投入。
失敗。
投入、失敗。投入失敗。
純「うん、まあまあかな。次は取れるよ」
一人熱くなっている純を横目で見ながら、――ふと気付いた。
梓「律先輩?」
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律「かあー! 太鼓の達人最高!」
唯「りっちゃん、上手いね。さすがドラムやっているだけはあるよ!」
律「へへ。だろ?」
唯「私もやってみていい?」
律「おう、どうぞ」
律は唯にバチを渡す。ちなみに澪と紬は、ゲームセンターに入ってすぐ横にあるプリント倶楽部の中にいる。
唯「よーし、やるぞー!」
レベルを選択し、曲を選んだ唯は、バチを振り上げ、ゲームが始まるのを待った。
梓「ああ、やっぱり律先輩です。それに唯先輩も」
ちょうど、ゲームが始まったときに、そう声をかけられた。
律「梓! どうして私たちの場所が分かった!?」
梓「? 大声出していたから、いやでも目立ちますよ」
律「あ、そ、そうか。それより、梓。ここでデートしているのか?」
梓「え?」
律「違うのか?」
梓「あ、はい! そうです。奇遇ですねえ」
意地の悪い笑みを浮かべる律。
律「ふーん、ほーお? 純ちゃんと遊んでいるのに?」
律「マフラーと手袋買ってイチャコラしていただけなのに?」
梓「え? な、なんでそのことを……」
律「ネタばらしをしてやろう! 私たち軽音部は梓を尾行していたのだ!」
驚いたかー! と言わんばかりに腕を広げる。
梓「……はあ、なんでまた?」
さして驚いた様子も見せず、梓が切りだす。
律「彼氏とやらと梓が何をするか――ナニをするかを観察するためだ!」
梓(おっさんみたいだなあ、そういう下ネタ)
律「な・の・に! 彼氏は一向に現れず純ちゃんとやらとのイチャコラしか起きないとはこれいかに!」
梓「いや、べ、別にいいじゃないですか。クリスマスをどう過ごそうと」
律「何で軽音部との約束を優先せず、プライベートに走るのかを聞いているんだー!」
梓「それは……」
律「私たちは高3でな? もうこのメンバーでは遊べなくなるわけだよ。だから最後のクリスマスくらいは、軽音部のメンバーで一緒に過ごそうって思っていたのに……」
梓「…………」
律「…………」
嫌な沈黙だな、と律は思った。唯を横目で見る。太鼓を必死に叩いていた。思わず、ため息。
そのため息に影響されてか、梓が口を開いた。
梓「……ごめんなさい。彼氏とか、嘘だったんです」
ただ純粋に、と梓は言う。
梓「純とクリスマスを過ごしたかっただけなんです」
梓「去年も、純と約束したんですよ。クリスマス一緒に遊ぼうって」
滔々と独白が続く。
梓「でも、軽音部との先約があったから、守れなかったんです、純との約束」
梓「だから、今年は守ろうって」
律「……………………」
梓「律先輩たちと遊べなかったことは謝ります。だから、純と、あと少しだけ付き合ってもいいでしょうか?」
それに、と梓は続ける。
梓「私、純のこと好きなんです」
梓「今はまだ片思いだけど、いつかきっと相思相愛になろうと思っていて」
梓「そのためにも――、一日でも長く純と一緒にいたいんです」
律は数秒押し黙って。
律「…………………………………………か?」
梓「はい?」
律「正月は軽音部みんなで、集まるって約束してくれるか?」
梓「――はい」
律「よし」
唯「いやー、やっと高得点取れたよ。あれ? あずにゃん?」
律「帰るぞ、唯」
唯「え? いきなり何で?」
律「梓に悪いと思ってな。それに、澪達と遊ぶ時間もなくなるだろう?」
唯「ああ、憂に料理を作ってもらってるんだった!」
律「早く帰らないと冷めちまうじゃん」
唯「澪ちゃん達はどこ?」
律「プリクラだろ」
唯「早く迎えに行こうよ!」
律「ああ。それと唯、何かバカみたいなことに付き合わせてごめんな」
唯「いいから早く!」
律「唯、ひっぱるなって」
そのとき。
梓は律と眼があった。
口パクで、律が何事かを言う。
五文字の言葉。
がんばれよ、と言っているのだとわかった。
いい先輩だな、と梓は思った。
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純「ほら、取れたよ! キティ! 3400円の価値があるキティ!」
梓「おお、17回のチャレンジでやっと取れたんだ」
純「私もやればできるんだよ」
梓「すごいね。純」
純「へへー」
梓「ねえ、ここ出ない? 何かうるさいしさ」
純「そうしようか。私の財布もピンチだし」
外。
梓「うう、まだ耳がキーんってなる」
純「私も。でもすぐになおるよ」
二人の吐く息は白い。人通りの多い街中はクリスマスイブの夜のはずなのに、何故かいつもより静かに感じられた。
純「ああ、そうだ。この人形、梓にあげるよ」
梓「……いいの?」
純「うん。大事にしてよ」
梓「わかってるよ。あと、ありがと」
手渡された人形をぎゅう、と抱きしめた。
純「そういえばさ」
梓「うん?」
純「私たち、来年は高校三年生だね」
梓「……うん」
純「ついこないだまで、中学生だったのにな」
梓「時間が流れるのって早いね」
純「だね」
満点とは言えないけれど、そこそこの星空が、夜を彩っている。
二人並んで、夜空を仰いだ。
純「そうだ、マフラー付けない?」
梓「え?」
純「さっき買った二人用マフラー。使わない?」
梓の返事を聞くより早く、純は自分の首にマフラーを巻きはじめた。
純「ああ、やっぱ長いね。二人用って」
純「ほら、梓。マフラー付けなよ」
梓「……うん」
促されたとおり、首に巻く。
純「こうやってしているとさ」
梓「していると?」
純「恋人みたいだね」
頬が急激に赤くなるのが分かった。
梓「そ、そうだね」
恋人。コイビト。
いい響きだと、梓は思った。
純「なーに本気にしてるの。冗談だよ、冗談」
お茶らけるように笑う純。
梓「あ、ああ、冗談だなんて最初っからわかってたよ」
純「ほーう。じゃあなんでそんなに梓は顔を赤くしているのかな?」
梓「さ、寒いからだって」
やられっぱなしじゃ悔しいから、梓も何か、言ってやることにした。
梓「ねぇ、手繋がない? 恋人みたいにさ」
純「――え?」
純が一瞬動揺したのを、梓は見逃さなかった。
梓「ああ、恋人見たいにってのは冗談だよ。だけど、手を繋ごうってのは本気」
梓「だってほら、寒いでしょ?」
梓が手を差し出す。
純「じゃあ、そうしよっか」
純がその手を握る。
梓(今はまだ、これでいい)
梓は心の中で呟く。
好きだ、なんて告白できなくてもいい。
友だちとして笑い合うことが出来ればそれでいい。
今はまだ、純の手の温かさを感じているだけで構わない。
そして梓は、純の手を握り返した。
同じ足取りで、二人は夜の街を歩く。
終わり
番外編 イブの夜
平沢家で、クリスマスパーティが開かれた。
今は、その帰り。澪と律は二人、並んで帰路についていた。
律「あー、食った食った。憂ちゃんの作ったケーキは最高だなー」
澪「……うう、また太る」
律「そんなこと気にするなって、食いたい時に食う、それが一番じゃないか」
澪「そんなこといっても……」
律「それにさ、今年で最後じゃないか。こうやってみんなで集まってどんちゃん騒ぎ出来るの」
澪「まあ……そうなんだけどさ」
そういえば、と澪が続ける。
澪「何で尾行やめたんだ?」
律「クリスマスくらいゆっくり二人で過ごさせようっていう先輩の配慮だ」
澪「配慮って、提案したのはどこの誰だよ」
律「私は過去にとらわれない主義なんだ」
澪は苦笑した。
律「なあ、さっきゲーセンで撮ってたプリクラある? 見てみたいな」
澪「ああ、あったな。そんなの」
澪はポケットから、プリクラの張られた縦長の台紙を取り出した。
変顔をしている紬と、それを見て笑っている澪が映っていた。
律「おお、澪、写真うつりいいな」
澪「そうか? ありがと」
律(……羨ましいな)
律(私と一緒にいるときじゃあ、絶対に浮かべない表情だ)
律「ああ、本当によく撮れてる」
私が嫉妬してしまうくらいに、とは言わなかった。
澪「一枚あげるか?」
律「いいの? サンキュー」
手の甲に貼ってもらった。
そのプリクラを眺めながら、律は思う。
律(私と梓は、少し似ているのかもしれない)
律(大切な人に、好きだと言えない――という一点で、私も梓も一致している)
律(だからあの時、私は梓の願いを否定しなかったのかな)
澪「どうした? 律」
律「あ、あ? あー、悪い、考え事してた」
澪「何か悩みでもあるのか?」
律「いや、大したことじゃないって」
それよりさ、と律は語を継いだ。
律「クリスマスプレゼント欲しくないか?」
澪「え? でも、私何も用意していないぞ?」
律「プリクラくれたじゃん。そのお返し」
澪「ああ、そういうことか。で、何くれるんだ?」
律「じゃあ、澪、目をつぶって」
澪「ん」
その言葉に従って、澪は目を瞑る。
律「では、クリスマスプレゼントでーす!」
そう言って、律は澪に詰め寄ると、背伸びして、そして。
唇を重ねた。
澪「きゃっ」
澪はとっさに後退した。
律「何だよー、そんなに驚かなくてもいいじゃん」
澪「だ、だって律がいきなり……」
律「いきなり?」
澪「……キス……をしてくるから」
律「だから、キスがクリスマスプレゼントなんだって。豪華だろ?」
澪「まったく……」
呆れたように息を吐きながら、澪は律の眼前まで歩み寄ってくる。
律「あれ? 澪さん? おこってらっしゃる?」
その律の問いに答えず、澪は腰をかがめると、間髪いれず、律の口元に――。
再び、律と澪の唇が重なる。
律「んなああ!」
今度は律が驚く番だった。
澪「私からもお返しだ」
澪は薄く笑んだ。
自分の頬が熱くなるのを感じながら、律は、こういう夜も悪くないなと思った。
終わり
最終更新:2011年03月29日 22:23