【物語の舞台裏】


私はゆっくりとさきほど私が倒れこんでしまったベッドへと近づいていく

「りっちゃんたら……やっぱり嘘つきね」

少し乱れたシーツの上に転がったキーホルダー付きの鍵を拾い上げる
今この部屋の主はいない
きっと彼女のところへいったのだろうと思う

「もう……もう少しわからない嘘にすればいいのに」

誰もいない部屋で一人呟く
とはいえ、もうこれ以上ここにいる理由があまりない
なぜなら、留守を預かった理由が鍵がないからということだったからだ
ならば鍵が見つかった以上は留守を預かる意味も薄い

「結構本気だったんだよ……りっちゃん」

その一言を誰に言うわけでもなく入り口へと向かう

ただこのまま家に帰るのは少し寂しい気がした
だから私は携帯を取り出し

「あ、ごめんね唯ちゃん、こんな時間に。えっとね、実は家の鍵を失くしちゃって今日泊めてくれないかしら?」

『うわぁ、ムギちゃん大変だね。うん、もちろんいいよ。むしろムギちゃんなら大歓迎だよっ!!』

「ふふ、そう言ってもらえると私も嬉しいわ」

唯ちゃんは本当にいい子だ。
ここから唯ちゃんの家に行くまでにケーキを買って行くことにしよう
喜んでくれるだろうか

………
……

りっちゃんの家から唯ちゃんの家はそう遠くない
やはり彼女も部屋を借りての一人暮らし
よくできた妹である憂ちゃんは心配して、結構頻繁に訪れているみたいだ

いつのまにか、唯ちゃんの部屋の前まで来ていた
手袋をつけたままインターホンに手を伸ばそうとしたその時

――ガチャ

扉が開いて、中から唯ちゃんが顔を出した

「いらっしゃい、ムギちゃんっ!」

そうして迎えてくれた唯ちゃんはやっぱり笑顔だった
すごく暖かな気持ちになるのがわかる

「うん、ごめんね。唯ちゃん急に……」

「うんうん、気にしないでいいよ。私も少し寂しかったしね」

彼女は人の感情に対してはすごく敏感だと思う
それはすごいことだ
なにも言わずにそのことに気付き、笑顔を見せる
するとこちらも柔らかい気持ちになっていく

「ささ、入ってくだせぇ~」

「ふふっ、ええお邪魔するわ」

唯ちゃんが部屋の中へと私を誘う
冷える外の景色から、暖かい部屋の景色へとかわる
そこは本当に暖かい空間だった

――


テーブルの上の空間に湯気がひろがった
そこにはクリームたっぷりのショートケーキと少し甘めに入れたミルクティー
そしてテーブルの対面には、嬉しそうな顔で笑う唯ちゃん

「うーん、本当にありがと~ムギちゃん。このケーキすっごくおいしいよ」

唯ちゃんが口にフォークを加えながら言った

「それなら本当によかったわ。大学で同じ講義をとっているお友達においしいお店を教えてもらったの」

「うーん、本当におしいいよ~。そのお店私も聞いていい?」

「ええ、今度みんなで行きましょう」

そういって私はミルクティーに口をつけた
さきほど飲んだものとはまた違う味がする
そのことに少し不思議な感覚を覚えるが、また心地いい気がした

「ねぇ……ムギちゃん」

やはり唯ちゃんは人一倍だれかを気遣える子だ
おそらくわたしになにかあることを理解しているのだろう

「うん、ごめんね唯ちゃん。家の鍵を失くしたっていうのも嘘で、少し誰かと話したかったの」

唯ちゃんはそれ以上促したりはしない
ただ待つことに徹してくれている

「今までね、私りっちゃんの家にいたの。それで少し自分に正直になることにしたら
見事に空回りしちゃって。」

「そっか……」

それだけで唯ちゃんは悟ってくれる

「りっちゃんかっこいいもんね」

おそらく全てをわかった上でその言葉を言ってる

「うんうん、違うの。りっちゃんは確かにかっこいいいんだけど、でもそれよりもかわいいの。
たぶん一番乙女なのもりっちゃん。」

きっとこのことをりっちゃんに言うと彼女は照れて否定するだろう
でも、きっとそうだと思う
おそらく澪ちゃんはとっくにそんな一面も知っていて……

「きっとりっちゃんが聞くと照れちゃうね」

彼女も同じことを考えていたようで、微笑みを浮かべる

「あはは、ごめんね。こんなこと聞かせちゃって」

そして私もフォークでケーキを口に運ぶ
すると唯ちゃんが、なにかひらめいた顔をした

「ねぇ、ムギちゃん。クリスマスパーティやろうよ」

楽しそうな計画
それは想像するだけでにぎやかになりそうだ

「みんなも誘って、25日の日にさ。大きい七面鳥を並べて」

「ふふっ、楽しそうね」

……でもそれは大丈夫かしら?
りっちゃんと澪ちゃんは一緒に過ごしたいのではないだろうか

「うーん、りっちゃんと澪ちゃんには我慢してもらおう。それにきっとあの二人は24日は一緒にいるだろうしね」

そういえばさっきりっちゃんの家のカレンダーの24日に○がつけてあったことを思い出す
……あれはそういうことだったのね

「だからね、25日は恋より友情を選んでもらっちゃおー!」

「………」

「あれ?ムギちゃん」

「唯ちゃんには本当に救われてばかりだわ。そうね、もらっちゃおー♪」

「おー!!」

私と一緒に唯ちゃんが声を上げる
ところで気になることが一つある

「でも、唯ちゃんは恋のほうはどうなの?」

「え?」

「ふふっ、梓ちゃんかしら?和ちゃんかしら?それとも憂ちゃんかしら?」

「あはは、ムギちゃん。えっとノーコメントはなし?」

「うん。 それに私の愚痴みたいなことも聞いてくれたんだもの、唯ちゃんの悩みも聞いてあげるわ♪」

半分嘘で半分本当
やっぱり好奇心はある
ただ誰が相手でも唯ちゃんの隣は似合っているだろうなぁ と思う

「えっとね、それじゃぁ……」

唯ちゃんの話に耳を傾けながら、25日のことを考える
どうかみんなが楽しくありますように
そして願わくばその中に私の笑顔もありますように

実はこんなことは願わなくても答えはわかっている
きっと私はその中で最高の笑顔を浮かべているだろうから





最終更新:2011年04月01日 23:12