音楽室!

憂「先生、今日からよろしくお願いします!」

さわこ「いいけど……急に、何で?」

憂「音楽に目覚めたんです!」

梓「と、言うわけなんで、憂と二人で新歓やります」

さわこ「いいけどねぇ……憂ちゃん、楽器出来るの?」

憂「ギターなら……」

さわこ「ギターは梓ちゃんがやってるのよ。他は?」

憂「ああ、なら――」

迷った。それ以外に弾ける自信がない。

憂「――ハーモニカ、なんてどうでしょう」

思い切って、言ってみた。未経験で、一度もやったことがない。

律たちがいたら、既視感を感じていたに違いない。

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梓「さわこ先生は、職員会議で出て行ったから、二人だけかー」

憂「うん、何か新鮮だね」

梓「だね。じゃあ、早速練習しようか」

憂「わかった!」

憂はハーモニカを吹く。

梓「へえ、なかなか上手いじゃん!」

憂「ありがと。…………何か、上から目線?」

梓「あ、ごめんごめん。嬉しくなっちゃって」

憂「まあいいや。でも、本当に上手く吹けてる?」

梓「うん! 練習したら、もっと上手くなれると思うよ!」

憂「えへへ、そうかな」

憂は頭をかいた。

梓「じゃあ、次は私の演奏聴いてね」

憂「うん!」

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平沢家!

憂(梓ちゃん、凄かったな……)

憂(演奏もプロ並みだし……声も綺麗だし)

憂(梓ちゃんに負けないように、私も頑張んなきゃ!)

憂(でも、ハーモニカなんてどうやったら上手く吹けるのかなぁ)

憂(練習したら上手くなるって言ってたけど、練習の仕方がわからないや)

ピンポーン

憂(…………純ちゃんかな?)

憂は玄関へ向かった。

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純が、玄関先にたっていた。

憂「やっぱ、純ちゃんかー」

純「へえ、わかったんだ」

憂「うん」

純「どうしたの? 浮かない顔して」

憂「うん、実はね…………」

憂はけいおん部に入ったことを言った。

憂「それでね、純ちゃんに聞きたいんだけど……」

純「何?」

憂「……ハーモニカって、どうやって吹くの? 上手にさ」

純「ハーモニカ? 私もあんまやったことないなぁ」

憂「そっか…………」

純「うーん。でもさ、何でハーモニカにしたの? もっとやりやすい楽器あったんじゃない?」

憂「まあ。じゃあさ、何の楽器がいいかな?」

純「キーボード、とか?」

憂「キーボード、かぁ。うちにはないなぁ」

純「あ、私の家に一個あるよ。やってみる?」

憂「え、いいの?」

純「うん。どうせ、使わないしね」


純宅

憂「へー。純ちゃんの家って、はじめて来たよ」

純「そうだっけ?」

憂「うん。で、キーボードはどこ?」

純「私の部屋。大抵の楽器は、私の部屋にあるんだ」

憂「へー、すごいな」

純「じゃ、部屋においでよ」

憂「うん!」


純部屋

憂「へえ、本当だ! キーボードある!」

純「へへー」

憂「弾いてみていい?」

純「うん」

♪  ♪

純「うーん、何か今ひとつ」

憂「うう、どうしたら…」

純「ほら、こんな風に……」

♪ ♪ ♪  ♪

憂「すごい! 上手」

純「いやー、それほどでもー」

憂「んーと、こうかな?」

♪ ♪ ♪  ♪

純(飲み込み早!)

憂「どう?」

純「うまくなってるよ! じゃあ次は……」

二人の練習が終わったのは、一時間ほど経ってからのことだった。


鈴木家玄関前

憂「今日はありがと! 純ちゃん!」

純「いやいや、なんの」

憂「なんか、とてもうまくなった気がするよ…」

純「気、じゃなくて、本当にうまくなったよ……」

純(何しろ、私より上手になったもんな)

憂「そうだ! お礼するよ。何か欲しいものある?」

純(欲しいもの……)

純「キス?」

憂「へ?」

純「わわわ、なんでもない!」

憂「そ、そう?」

憂(いま、キスって言ったよね……)

憂(よし……)


翌日、放課後!

梓「……で、キーボードにしたの?」

憂「うん。ハーモニカは無理なような気がしてね」

梓「まあ、いいけどね。でも、なんか憂が紬先輩に見えてきた」

憂「紬さんに?」

梓「キーボードが紬先輩ってイメージだから、ね」

梓は遠い目をした。

憂「ねえ、梓ちゃん」

梓「何?」

憂「寂しい?」

梓「…………ちょっと、ね」

梓「一人で頑張るぞーって、張り切ってたんだけどさ」

梓「こうしてみると、寂しくなっちゃってね」

憂「…………そっか」

梓「まあいいや! とにかく、練習しよ! もう時間もないんだし。明日に迫ってるんだし、新歓!」

憂「そうだね、頑張ろう!」

梓憂「おー!」


翌日 新歓ライブ――体育館

梓「えーと、軽音部です! 部員は、二名しかいませんが………………」

梓はMCが終わった後、憂と目配せし、演奏を始める。

流れるような旋律が、体育館を包んだ。

小気味いい歌詞が、一年生の鼓膜を震わす。

その音楽は、聴く人の耳を捉えて放さない。

梓「――ありがとうっ!」

梓の科白の一瞬後、怒涛のような拍手が、沸きあがった。


放課後! 音楽室!

梓「新入生、来るかな?」

憂「……来る、と思うよ。精一杯やったんだし」

梓「だよね。早く、来て欲しいな」

梓の期待にこたえるように、音楽室のドアが開いた。

一年生数名「あの、部活見学に着たんですけど……」

初々しいその態度に、梓は頬を緩める。

梓「――ようこそ、軽音部へ!」

梓の晴れ晴れとした笑顔に、一年生はすこし見とれていた。

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純「こんばんわー」

純が憂の家に来たのは、その日の八時のことだ。

憂「あ、純ちゃん。あがってあがってー」

純「お邪魔しまーす」

憂「と、言っても私以外誰もいないけどね」

純「それもそうだね」

憂「今日の新歓、見に来てくれた?」

純「ごめん。私もジャズ研で忙しくてさ」

純「部員は入ったの?」

憂「まだわからないけどね」

憂「――多分、入ってくれると思うよ」

純「……そっか」

純は何故か、一抹の寂寥を感じていた。

憂「…………純ちゃん?」

純「……………………」

憂「…………純ちゃん!?」

純「……あ、ごめん、すこしぼーっとしてた」

憂「疲れてるの?」

純「あ、うん。それもあるかもしれないけど――」

憂「けど?」

純「何か、ものかなしいっていうか」

憂「……もしかして」

純「……何?」

憂「……軽音部、入りたかった?」

純「……まぁね」

純「楽しそうだなーって、思ったし」

憂「そっか」

純「うん」

憂「ねえ、純ちゃん」

純「ん?」

憂「軽音部、入らない?」

純「……いいの?」

憂「駄目ってことは無いよ」

純「……本当に?」

憂「本当に」

純「本当に本当?」

憂「本当に本当」

純「………………」

憂「………………」

純「………………かな」

憂「え?」

純「入ってみよう、かな」

憂「本当?」

純「うん。入る。高校三年なんだし、好きなことやりたいしね」

純「それに―――」

純は憂を見つめた。

小悪魔のように、瞳を細めて。

純「憂と、一緒がいいしね」

それは本音だった。

それが本音だった。

憂はきっと、頬を赤らめて驚くに違いない――そう、高をくくっていた。

しかし、憂は意に反して。

憂「…………私も、一緒がいいな」

純「…………え?」

憂「私も、純ちゃんと一緒がいいな」

純「…………何かの冗談?」

憂「ううん。冗談じゃないよ。私の本心」

純「…………からかってたり、しないよね」

憂「うん」

憂の瞳には、迷いがなかった。それは、憂の言葉が真実だ、と示唆しているようにも思えた。

純「…………うれしい」

憂「私もうれしいよ。純ちゃんに、やっと言えたんだもん」

純「この前も、言ってなかった?」

憂「あれは、どんな反応するかなーって」

純「………………」

憂「そういえばさ」

純「なに?」

憂「私にキス、してきたよね」

純「え、お、起きてたの?」

憂「ほっぺ触ってくれたおかげでね」

純「ご、ごめん! 悪気はなかったの! 衝動に駆られたの!」

憂「うん。だからさ、今回は、お互いの合意を得た上でキスしようよ。無理やり、とか寝込みを見計らって、とかじゃなくて」

純「……え?」

憂「私は純ちゃんとキスしたいな。純ちゃんは?」

憂はきっぱりと言った。

純「私は――、私も、したい」

言うのはかなり、恥ずかしい。

憂「じゃあ、どっちもキスしたいってことで。しようか」

純「今?」

憂「うん。私は今、キスがしたいな」

純「……うん。わかった」

憂「じゃあ、はい」

憂は純のところに詰め寄り、そのまま目を閉じた。

純「……え?」

憂「純ちゃんから、私にしてよ」

その科白に、純はつばを飲み込む。

ええいままよ! そう心の中で叫びながら、純はその唇を、憂の唇に触れ合わせる。

柔らかい肉感。どこか懐かしい、感触。

憂の鼓動が聞こえてきそうなほど、接近している。

甘い味がする。イチゴの味。

純は唇を放す。

憂が目を開ける。

憂「ねえ、純ちゃん」

純「うん?」

憂「これからも、ずっと一緒にいようね」

大学生になっても、社会人になっても、ずっと――。

憂「一緒にいてくれるよね?」

純「もちろん」

純「ずっと一緒にいよう」

死ぬまで、ずっと、一緒に……。

純「約束するよ、憂」

躊躇いもなく答えていた。
                               終わり



番外編  憂と純と


ある日の学校

憂「ねえ、純ちゃん」

純「なーにー?」

憂「私たち、友達? それとも恋人?」

純「え?」

憂「どっちなんだろ」

純「えー、えー、えーっと」

憂「恋人かな?」

純「うーん、恋人ってのは何か違う気がする」

憂「じゃあ、何だろ? 友達?」

純「もっと、親しい関係のような気が……」

憂「あ、じゃあさ、『親友』かな?」

純「あ、しっくりくる」

憂「そっか、まだ親友かぁ」

憂(いつか、恋人って認識されたいなぁ)

憂(そのためにも、コミュニケーションを……)

純「…ねえ、憂」

憂「へ?」

純「やっぱり、恋人にならない? そっちの方が、いいなーって」

純の科白に、憂は少し驚いた。

憂「……私でいいの?」

純「うん。むしろ、憂がいいな」

憂「――――嬉しいな」

純「よし、今日から『恋人』ね」

憂「うん。純ちゃん」

純「あのさ、恋人なんだから、呼び捨てにして欲しいなーなんて」

憂「うん、わかったよ、――純」

何だかとても、新鮮で。

純「ありがと、憂」

何となく、お礼を言ってしまった。
                               終わり



最終更新:2011年04月04日 21:16