外
律「あー、駄目だ。まだ家留守電だよ」
梓「事前に帰省するって電話すればこんなことにはならなかったのに……」
律「うるせー、いまさら言っても後の祭りだ」
梓「どうします? 私の家に帰りますか?」
律「いや。正月番組は嫌いなんだ。面白くないから」
梓「じゃあ、どっか行きますか?」
律「とりあえず、その辺をぶらぶらするか。何か話でもしながら」
梓「でも、話すことなんてもうないような気がしますが」
律「そんなことないだろ。ここに現役女子大生がいるんだぞ」
梓「うーん、じゃあ……彼氏とかはできたんですか?」
律「彼氏がいたら帰省なんかしないね。絶対」
梓「ああ、そういえばそうかもしれませんね」
律「それに、女子大だから異性なんて教授くらいしかいないんだよ」
梓「なるほど」
律「梓はどうだ? 彼氏とか」
梓「彼氏がいたら正月は忙しかったでしょうね」
律「……まぁ、お互い頑張ろうや」
梓「……ですね」
律「あ、でもムギの奴は彼氏がいるみたいだぞ」
梓「え」
律「クリスマス、デートしているのを唯が見たらしい。羨ましいなー」
梓「……負けた気がします」
律「あぁ……私もだ」
梓「澪先輩とかに彼氏が出来るような気がしたんですけどね」
律「澪は……恥ずかしがり屋だからなぁ。男と手を繋ぐこともできないだろ」
梓「それは……言いすぎでは? 実際バンドも組んでるんですし」
律「いや、でもまぁ、澪は大学でファンクラブが出来てるしな。ある程度の人気はある見たいだぞ。女の子に」
梓「女の子にじゃ意味がありませんね」
律「まったくだ」
梓「あれ? 律先輩ってサークルに入ってるんですか?」
律「いや、入ってないよ」
梓「唯先輩たちは?」
律「唯も無所属、澪は軽音楽系のサークル、ムギが漫画研究会」
梓「ムギ先輩だけ異色ですね」
律「ああ、本人に何があったのかは分からないけど、同人に人生かける、とか訳のわからないことを言っていたのは覚えてる」
梓「…………意味不明ですね」
律「ま、ムギらしいて言ったらムギらしいんだけどな」
梓「何か……私の中の大学生活像がどんどん壊れて行きます」
律「私もさ、大学入ったばかりはどんな華やかな日々が続くんだろう! って思ったけどまったくの期待はずれだったしな」
梓「どんな生活を想像してたんです?」
律「唯達とまたバンド組んで、駅前とかで演奏する――そんな大学生活」
まあ結果としては
律「誰一人とも組めないまま、大学一年目が終わろうとしているんだけどな
梓「…………お気の毒さまです」
律「まだ三年あるしな。気長に頑張ってみるよ。夢は武道館! って言ってみたいからさ」
梓「……律先輩の新しくできた友達とは、組んだりしないんですか?」
律「みんな体育会系の女の子なんだよな。バレーにソフトボールのサークルに入ってるし」
梓「それは、残念ですね」
律「だからさ、梓とか純ちゃんとか憂ちゃんとバンド組んでさ、もう一度武道館目指したいな、とか思ってるんだよ」
梓「憂まで誘う気ですか?」
律「憂ちゃん、物覚え早いしな」
梓「まぁ、確かにそうですね」
律「ま、憂ちゃんは唯とずっと一緒にいるだろうから、バンドなんかやらないと思うけどな。誰かと音楽をしたいね」
梓「…………いいですよ?」
律「え?」
梓「…………私がN女入れたら、律先輩と組むって話。私、乗りますよ」
律「! ほ、本当か!? 組んでくれるのか?」
梓「はい、もしかしたら純も入るかもしれませんが、それでもいいですか?」
律「あぁ! 大歓迎だ! いやー、楽しみが一つ増えた。絶対合格しろよ、梓」
梓「もちろんです。律先輩こそ、留年とかしないでくださいよ」
律「留年するほど単位はやばくなーい!」
それからも、二人は談笑した。気がつくと四時を過ぎていて、律が自宅に電話をかけると、家族はもう戻ってきているようだった。
律「じゃあな、梓」
梓「はい、先輩」
律「あれだぞ、絶対受かれよ、N女」
梓「わかってますよ。絶対合格して見せます」
律「約束だぞ」
梓「はい。約束です」
律「よし――。楽しみに待ってるぞ」
梓「楽しみに待ってて下さい」
律が笑んだことに、梓は気付いた。
そして、二人は別々の帰路に着いた。
梓宅
家に帰っても、まだ両親は帰っていなかった。梓は自室に戻り、携帯を開く。
梓「あ、純からメール来てる」
梓「なになに……『北海道の氷柱って美味しいね!』……うわ、純が氷柱食べてる画像付きだよ」
梓「……そうだ、純に訊いてみようかな」
梓は返信ボタンを押し、メール本文を書いていく。
梓「『大学に合格したらさ、一緒にバンド組まない?』――――と、送信」
数分後、返信が来た。
『from 純 本文:梓と二人だけで?』
梓は『ううん、違う。律先輩と』と送信する
ヴーヴー
梓「お、返信早っ!」
『from 純 本文:いいね! 面白そう!』
……
エピローグ N女校門前
その日はN女の合否発表日で、たくさんの受験生たちが自分の受験番号があるかを確認している。
その様を律は、校門わきにある大木の幹に、寄りかかりながら眺めていた。
悔しいと泣いている者、嬉しいと喜んでいる者、残念だったねと励ましている者。その中に、律は彼女の姿を見つけた。
律は彼女の元へと走る。
彼女は二人の友人と一緒だった。彼女もその友人たちも、涙を潤ませながら喜んでいる風だった。
真っ先に律の姿に気づいたのは、彼女ではなくその友人二人。
憂「あ、律さん!」
純「あ、梓の先輩じゃない? あの人」
友人の言葉で、彼女も律に気づいたようで――。
律「久しぶり、梓」
梓「久しぶりですね、律先輩。約束はちゃんと守れましたよ」
終わり
最終更新:2011年04月04日 21:41