坂の頂上

律「ひー、どうにか登り切ったな」

澪「・・・唯は、まだか」

紬「もう少し、ゆっくりめに走る?」

律「そうだな。・・・梓、行くぞ」

梓「あ、はい」


   20分後

律「・・・結構追い抜かれたな」

紬「でも、唯ちゃん来ないわね」

澪「どうする。ここで待つか」

律「ただ唯は、先に行けって言ってたしな」

梓「・・・待ちましょう。唯先輩が来るのを」

澪「それはある意味、唯の言葉に逆らう事になるんだぞ」

梓「・・・分かってます。だから私一人でも、ずっと唯先輩を待ち続けます」

梓「だから先輩達は、先に」

紬「あー、お茶を持ってくれば良かったわね」 ちょこん

澪「そういう問題なのか」 ちょこん

律「どいつもこいつも、全く。・・・唯が来ないと、軽音部が始まらないぜ」 どかっ

梓「律先輩」

紬「そういう事だから、梓ちゃんも座って座って♪」

梓「はいっ」 ちょこん


 さらに10分経過

律「・・・来ないな、唯の奴」

紬「調子でも悪くしてるのかしら」

澪「そういう様子には見えなかったけどな」

梓「・・・私、戻って見てきます」

律「待て待て。行くなら私達も一緒に行くからさ。・・・ん?」

   ぱたぱたぱた

憂「・・・みなさん。お姉ちゃんは?」

梓「憂、戻って来てたの?」

憂「うん。学校まで一度行ったんだけど、全然お姉ちゃんが来ないから」

律「坂の下で靴の紐が解けたとか言って、それっきりだ」

澪「まさか、さぼってるとか?」

紬「それはちょっと」

澪「無いよな、いくらなんでも。だったらやっぱり、調子悪くしてるのか?」

憂「・・・坂の手前ですよね。何となく分かりましたっ」 だだだっ

梓「う、憂っ。私も行くからっ」 だだだっ

律「憂ちゃん、早すぎだろ。・・・でも、思い当たる事があるみたいだったな」

紬「この坂に、怖い何かが出てくるのがトラウマになってるとか」

澪「出るのはトンネルだろ。トンネルなんてもう、壁から天井から地面から」

律「こっちが怖くなるから、その辺で止めろ。・・・お、見えてきた」

紬「・・・憂ちゃんと、梓ちゃんと。・・・唯ちゃんもいるわっ♪」

律「あの野郎、心配掛けやがって。・・・でも、座り込んでないか」

澪「とにかく、急ごうっ」

律、紬「おーっ」


   坂の登り口

律「唯っ、大丈夫か」

唯「・・・大丈夫。全然平気」 ぐったり

澪「すごい汗だぞ。・・・それにこの脱輪してる軽トラと、散乱してる古雑誌って」

憂「この坂は登り口のカーブがきつくて、たまにその側溝へ脱輪する車がいるんです」

紬「唯ちゃんはそれを知ってて?」

憂「ええ。私達は、何度か見かけた事があるので」

梓「唯先輩は落ちた雑誌や新聞を、脇へずっと寄せてたんですか」

唯「危ないからね。たはは」

梓「唯先輩」 きゅっ

唯「暑いよ、あずにゃん♪」

律「笑ってる場合かよ、おい」

梓「り、律先輩。唯先輩は遊んでた訳じゃなくて」

律「お前は黙ってろ」

梓「は、はい」 びくっ

律「唯、お前何やってんだ」

唯「ごめん、りっちゃん。私のせいで遅れちゃって。みんなも、ごめんなさい・・・」

憂「済みません、律さんっ。私も謝りますっ」

律「そういう問題じゃないんだよ、この野郎っ」 

律「・・・お前言わなかったか。全員で一緒にゴールするって」

唯「あ」

澪「困ったならすぐに伝えろとも言ったぞ」

唯「う、うん」

紬「唯ちゃんがいないと、私達一生ゴール出来ないわ♪」

唯「ムギちゃん♪」

律「そういう事だ。全員で新聞を脇へ寄せるぞっ」

澪、紬、梓、憂「おーっ」

梓「あー、びっくりした。はぁ・・・」

憂「本当。でも律先輩は、それだけお姉ちゃんの事を思ってくれてるんだね」

唯「りっちゃんは部長だからね♪」

梓「ええ♪」

憂「お姉ちゃんは休んでてね。・・・あ、純ちゃん?うん、やっぱり坂の下だった」

梓「純?」

憂「うん。すぐに迎えに来てくれるって」

梓「純って、そんな体力あったっけ?」

プップーッ

 ぶろぶろー、きゅーっ

さわ子「これはまた、派手にやらかしたわね。運転手はどこに行ったの?」

唯「携帯を忘れたとか言って、公衆電話を探しに行ってるよ」

さわ子「このサイズなら、私の車でも動かせるか。ロープで引っ張るから、バンパーの下に結んで」

憂「もやい結びで良いですね」 するするっ

梓「何結び?」

唯「おむすびでないのは確かだね」

梓「もう、唯先輩ったら。・・・でも、ちょっと元気が出てきたみたいで安心しました」

唯「どして?」

梓「初めに見た時は完全にへたり込んでて、殆ど動いてなかったんですよ」

唯「たはは、ごめん。柄にもなく、張り切っちゃった」

梓「本当ですよ、もう」 にこっ

さわ子「じゃあ引っ張るから、誰か運転席に乗って」

唯「仕方ないな。私が最後まで責任を」

律「冗談は良子さん」 ぽふっ

憂「うふふ。山中先生、ハンドルの操作だけで良いですか」 バタン

さわ子「ええ」

憂「サイドブレーキ戻しますね。・・・オーケーです」

さわ子「みんなはどいてて。・・・行くわよ」 

ぶろろーっ

 ぶろろろー、がくん、がくん、ぶろろーっ

さわ子「・・・良しと。憂ちゃん、ありがとう」

憂「いえ。後はサイドブレーキを掛けてと」 ばたん

律「何でも出来るんだな、憂ちゃんって」

憂「大した事じゃないですよ。それよりお姉ちゃん、山中先生の車に乗せてもらったら」

唯「ありがと、憂。でも私は、最後まで走り抜くから」

憂「お姉ちゃん♪」

律「いや。あれは言葉のあやで、お前はもう無理するな」

唯「大丈夫。でも私はゆっくりしか走れないから、一緒のペースでは無理だけど」

律「この、可愛い奴め」

澪「明日の朝になっても、私達は最後まで唯と一緒にいるよ」

紬「夜空を見ながら走るなんて、ロマンチックねー♪」

梓「けいおん、ふぁいおーです」

唯「みんな♪」

さわ子「青春してるわね、全く。じゃ、憂ちゃん乗っていく?」

憂「いえ。私も走りますから。では皆さん、失礼します」 ぱたぱたっ

律「本当、どこまでも出来た子だな」

唯「いやー、それ程でも」

澪「お前が言うな」 ぽふっ

さわ子「ふふっ。私もそろそろ行くわね。何かあったら迎えに来るから、今度こそ無理しないのよ」

唯「さわちゃん、ありがとー」

さわ子「みんな、頑張ってね」

 ぶろろーっ

律「とは言ったもののって感じだな」

紬「坂の下だったわね、ここ」

澪「後悔先に立たずだ♪」

律「笑顔で言うな、笑顔で。・・・唯、大丈夫か?」

唯「平気平気。私はカメのように、ゆっくり確実に進んでいくよ」

律「よし、その意気だ。梓、唯の事ちゃんと見てろよ」

梓「はいっ。唯先輩、最後まで一緒に走りましょうね」

唯「うん。あずにゃん、よろしくね♪」

紬「なんなら、私が背負おうか?」

律「じゃ、頼む」 どたっ

澪「いい加減にしろ」 ぽふっ

唯、紬、梓「あははっ」


   翌朝、教室

律「おーす。・・・寝てるのか?」

唯「いや、その。筋肉痛でね」 ぐったり

和「走る練習はしても、古新聞を運ぶ練習はしてなかったものね」

紬「でも昨日の唯ちゃんは、大活躍だったわよ♪」

澪「そうそう。やっぱり唯は、ああでなくちゃ」

唯「でも私のせいで、全員最下位だったでしょ。本当、ごめんね」 しゅん

律「その代わり、全員でゴール出来ただろ。私は、そっちの方が嬉しいよ」

唯「りっちゃん♪」

紬「本当に唯ちゃん、大丈夫?今日は休めば良かったのに」

和「大丈夫よ。昨日の夜に、しっかり真鍋式マッサージをしてあげたから」

澪「真鍋式?」

紬「マッサージ?」

和「昔から唯が筋肉痛になった時は、私がマッサージしてあげてるの。効果はこの通りよ」

律(和が、諸悪の根源だったか)

紬「でも、まだ完全ではないみたいね」 にぎにぎ

唯「へ?」 びくっ

澪「確かにな」 にぎにぎ

唯「な、何の事?」 

律「つまりだ。琴吹式と秋山式と、田井中式マッサージをしてやるって事さ」 にぎにぎ

唯「たはは、冗談ばっかり」 だらだら

律「ふふふ♪」 にぎにぎ

澪「くすくす♪」 にぎにぎ

紬「むふふ♪」 にぎにぎ

和「みんな、ちょっと落ち着きなさい」

唯「和ちゃーん♪」

和「まずは、私が見本を見せるから♪」 にぎにぎ

唯「ら、らめーっ♪」


   放課後、軽音部部室

梓「それで唯先輩は、私の肩を揉んでるんですか」

唯「だってみんなの肩を揉まないと、真鍋式マッサージの餌食だもん」 もみもみ

律「餌食って言うな」

澪「とはいえ、唯ばかりにやらせてもな」

紬「ああ、そういう事ね」

唯「へ?」

澪「梓、立って」

梓「え?は、はい」

澪「梓の前に私が立って、私の前にムギが立って」

紬「私の前にりっちゃんが立って、その前に唯ちゃんが立って」

律「これで完成だ」

梓「・・・輪になりましたね」

澪「梓も、この方が良いだろ」

梓「はい、勿論ですっ」

紬「みんなでみんなをもみもみね♪」

律「その言い方はどうかと思うけどな」

唯「あー、極楽極楽」

梓「物足りないなら、中野式マッサージでも良いですよ」

唯「もう、あずにゃんのいじわる」

律「お前が言うな」 ぽふっ

澪、紬、梓「あはは」



                        終わり






最終更新:2011年04月15日 00:29