一方その頃舞台袖では、
憂「お姉ちゃん……本当に大丈夫?」
唯「うん……ここまできたら信じるしかないよ」
憂「そうだね……澪さんがきっとさっきの紅白を見ててくれると……」
紬「大丈夫よ。そのためにわざわざ日本で一番視聴率の高い音楽番組の紅白歌合戦で、澪ちゃんにメッセージを伝えたんですもの」
梓「澪先輩がきっと日本のどこかにいる……そう踏んでの最後の賭けです。考えても仕方ないです!」
律「そうそう! 澪はきっと戻ってくる!! その日のためなら、私は何度だってさっきの紅白みたいなクソ演奏をしてやるし、どんな批判にも耐えられる!」
スタッフ「HTTのみなさーん、お願いしまーす」
憂「! 結局……演奏開始には間に合わなかったね」
唯「悲しい顔しないで、憂。お姉ちゃんは大丈夫!」
紬「ここまできたらどんな試練だろうと……どんとこいです!」
梓「そうです! やってやるです!」
律「だな! どこかにいる澪に私たちの演奏が届くように!」
決意を新たに、満を持してステージへと出る4人。
しかし、ステージにベースとアンプが備えられているにもかかわらず、
そこに立つベーシストがいないという歪な状況を目の当たりにしたオーディエンスは、異様な静寂を保つしか選択肢がなかった。
本当に大丈夫かよ――。
こりゃ期待できそうにないな――。
どうせ紅白と同じクソ演奏だよ――。
寧ろクソ以下のハナクソだよ――。
こんなバンドが年またぎの大トリなんてキャスティングミスだろ――。
あのHTTも墜ちたもんだよ――。
もう解散した方がいいんじゃね――。
オーディエンスのそんな心の声があちらこちらから聞こえてくる。
しかし、それに耐え、唯はボーカルマイクの前に立ち、愛用のレスポールを肩にかけた。
梓は周囲の雑音を気にしまいと、俯き加減でひたすらにチューニングとワウペダルの踏み込みの確認に打ち込む。心なしか疼く右腕のケロイドの痛みに耐えた。
紬はキーボードブースから見える仲間の尻がいつもより一人分少ない光景に一抹の寂しさを覚えながらも、気を取り直して深呼吸をした。
律は緊張を誤魔化すように、それまでのジャックダニエルに代わって彼女のライヴ中の水分補給の源となるミネラルウォーターに口をつけた。
唯「こんばんは、放課後ティータイムです。それでは聴いてください」
唯の言葉少ななMCから、曲の演奏に入ろうとしたその瞬間――。
?「ちょっと待ったーーーーーーッ!!!!!」
アリーナの後方から突如響き渡る咆哮。
唯律紬梓「!!!!」
人ごみをかきわけ、ステージへと向かうその人影は、誰あろう
秋山澪その人だった。
唯「み、澪ちゃん……!!」
紬「ま、間に合った……!?」
梓「と、いうより本当に戻ってきてくれた!?」
律「つーか本当に澪か? あの澪がマイクを通さずにホール中に響き渡るような大声を出すなんて……」
そう、メンヘラにこじらせるほどの恥ずかしがり屋だった澪からは考えられないようなその行動。 しかし、4人の、そして大勢のオーディエンスの瞳が捉える黒髪の女は、間違いなくあの秋山澪――。
そうして最前列までたどり着いた澪は戸惑う会場整理スタッフを尻目に柵を乗り越え、
あろうことかパンツを丸出しにしながら、ステージへとよじのぼった。
澪「(ああ……なんか高2の学園祭の時の唯を思い出すなぁ……これ)よっと!」
そしてとうとうステージへと上がった澪を、スポットライトが容赦なく照らし出した。
思わず持ち場を捨て、澪のもとに集まるHTTメンバー。
紬「澪ちゃん……」
梓「本当に戻ってきてくれたんですね……」
律「ったく、待たせやがって。ちょっと前の私なら酒奢れじゃ済まない借りだぞこれ……」
唯「み、澪ちゃん……みおちゃん……ううっ……」
一様に感極まる4人の顔を見渡し、澪は静かに口を開いた。
澪「見たよ……紅白」
澪「それはもう……酷い演奏だったよ。唯はところどころコードも歌詞も間違ってるし、梓はエフェクターを踏み忘れてるし、ムギはなんか音色がおかしかったし、律は走り過ぎ……」
澪「ほんと酷かった……でも、あれ以上に私にとって心に響く演奏はなかった」
澪「それはあの演奏を通してみんなが私に伝えようとしていたことが分かったからだし」
澪「何よりも、あのステージに自分が立っていないことが……たまらなく悔しかった」
澪「でもそれは全部私のせいなんだよな……」
梓「そ、そんなことないです! 私がヤクにハマって腕を腐らせたりしなければ!!」
紬「わ、私が幼女になんか手を出していなければ!!」
律「私だって、アル中になってプールにロールスロイス沈めたりしなければ!!」
唯「わ、私も私も……皆が苦しんでるのにもっと早く気付いてあげられれば!!」
澪「わかった。皆それぞれに悪かったんだよな?」
唯律紬梓「(コクコク)」
澪「だったら……やるべきことは一つだと、私は思う」
そう言うと澪は、やおらベースギターを手に取り、ストラップをかけると客に背を向けたまま、ひたすらにチューニングを始めた。
その行動から何かを悟ったように、他の4人はそれぞれの持ち場へと戻った。
澪「私の居場所……残しておいてくれて本当にありがとう。必要としてくれて……仲間でいさせてくれて本当にありがとう」
澪は誰に言うでもなく、小さくそう呟くと、
澪「よーし、律!!」
その声に条件反射するかのようなスピードで反応した律は、性急にスティックを鳴らしてカウントを取った。
5人の放課後ティータイムの演奏が始まったのだ――。
一方、舞台袖にて。
憂「先生! それに和さん!」
和「お久しぶりね、憂ちゃん」
さわ子「憂ちゃんも、御苦労さまだったわね」
憂「そんなことないです。澪さん本当に間に合ってよかったです! ありがとうございました!」
さわ子「いーのよ、これくらい。私もあのまま澪ちゃん抜きのあの子達が何べんもクソ演奏を
繰り返すことになったら、私の学校での異名が『HTT育ての親!
優しく美人の博愛の天使、さわ子先生!』から『桜高のクソ製造機!
30過ぎてお肌も曲がり角。婚期遅れて腹いせにデスメタルに復帰のさわ子先生!』
になっちゃうところだったんだから。これは私の為でもあったのよ、
うん、ある意味」
和「でもこれで本当によかったのでしょうか……」
憂・さわ子「??」
和「HTTがデビューしてからの話、唯に聞きました。
自分たちの想像を超えて大きくなりすぎるバンド、
利権目当てに近づいてくる大人達、厳しいファンの目、
トップを守り続けるための苦労……その連続で皆は狂ってしまったって」
憂・さわ子「…………」
和「こうして5人のHTTは戻ってきた。でも、それによってまた同じようなことになってしまうんじゃないかって思って……」
憂「………」
さわ子「あら、その心配はないわよ。だってほら――」
そうして、さわ子が指し示す先には、熱のこもった最高の演奏を繰り広げ、オーディエンスを熱狂させる5人の姿が。
さわ子「変わってない……いや、正確には戻ったというべきかしらね。
演奏してる時のあの子達の表情――高校の時と全く同じでしょ?」
憂「あっ……ほんとだ」
和「確かに……みんなこれでもかってくらい笑顔です」
さわ子「結局、あの子達はどこまでいっても軽音部の仲良し5人組なのよ」
さわ子「そもそも音楽っていうのは、音を楽しむものでしょ?
その点、あの子達以上に音楽の本質を体現している存在なんて私は見たことがない」
和「そうですよね……無用な心配でした」
唯「それじゃあ次の曲!! 『ふわふわ時間!!』」
憂「お姉ちゃん……すごく楽しそう」
和「良かったわね唯、今日はどれだけ長い時間演奏しても、私は文句を言わないわ」
さわ子「あーあ、私もあと10歳若ければ……。ま、皆のあの笑顔を見れただけで良しとするわ」
⑥後日談
カウントダウン・ロック・フェスティバルにおける衝撃的な復活劇は、
放課後ティータイムに再度、歴史的なロックバンドの地位を取り戻させるに相応しいものだった。
しかし、その後HTTはすぐに本格的な活動を再開することはしなかった。
それは各々が充電期間を置き、来るべき本当の再始動へ力を蓄えるため――。
中野梓はドラッグで失われた己の時間を取り戻すかのようにスタジオに籠り、
放課後ティータイムの次のアルバムに収録する曲のアイデアを練るため、
買い戻したフェンダー・ムスタングを苛め抜く日々を送っていた。
中野「あ……この曲は我ながらかなりいい! 先輩達も気に入ってくれるはず……。
タイトルは……『京アニケイション』にしよう!」
そして、HTTの次のアルバムにおいては、ドラッグで地獄の底を見て、
人間的に大きく成長した梓がソングライターとして大活躍することになるが、それはもう少し先の話。
律は心配をかけたファン達への謝意を込め、全国を西に東に飛び回り、
放課後ティータイムの部長兼広報課長としてトークイベントやドラムクリニック等、様々なイベントに出演した。
律「ファンの皆には初めて話すけどさ、澪のヤツ、今でも臆病でねー。
この前わざと脅かした時なんて、それだけで拗ねてまた3日間失踪したんだ。ね、笑える
でしょ?」
こうしてまたイベントでの発言内容を知った澪に怒られる日々が続いて行く。
つまりは幼馴染の澪との関係は相変わらずのようだというお話。
紬は改めて恵まれない子供たちへのチャリティ活動を継続すると同時に、
新たな世代の才能を育成するため、私財を投げ打ち、ガールズバンド専門のレコード会社を設立した。
紬「これで合法的に若い女の子とお話しできますね♪
勿論手は出したりしないですけど……っと、まずはさわ子先生に薦められた、現役の桜高
軽音部のバンドでも見に行ってみようかしら♪」
紬が設立した『タクアンレコード』は、歴史的なインディーズ・レーベルとなることになるがこれもまた先のお話。
澪もまた私財を投げ打ち、自らが一時期滞在した山村に経済的な支援を与えた。
そのおかげで、あの子供たちの両親も長い出稼ぎ生活に終止符を打ち、我が子のもとに戻ってくることができたらしい。 ただ、相変わらず村では○国人扱いをされているが。
澪「よーし……今度はHTTとして、あの村で野外ライヴを開催することだな。
待ってくれよ……きっともう一回『ふわふわ時間』を歌いに行くから……」
無論、野外ライヴは大きな成功を収め、村は『あのHTTがライヴを行った聖地』として、
観光客により盛況を誇ることになるが、これもまたちょっと未来のお話。
唯は……ぶっちゃけ何もしていなかった。
他の4人が個々に活動を行って自分が暇な間は、ひたすら家でゴロゴロして過ごす日々を続けていた。
ちなみに、憂はもはや姉の自立を諦め、放課後ティータイムのマネージャーとして今後は生きていくことを決めたらしい。
もっとも本人は乗り気なのだが。
唯「う~い~、あ~い~す~」
憂「ごはんたべてからね。それよりお姉ちゃん、もうすぐまたレコーディングなんでしょ? ギターの練習とかしなくていいの?」
唯「いいんだよ~、ギー太とはいつも一緒に寝てるし♪」
憂「……。ま、いっか♪ ギー太を抱いて寝てるお姉ちゃん、可愛いし♪」
唯はこの先も……きっとこのままであろう。
しかし、ひとたびステージに上がれば唯はたちまちに誰もが目を留め、溜息をつく完璧なロックスターになるのであった。
こうして、一見バラバラな5人も、ひとたび集まれば、すぐさままた笑顔で同じ音楽を演奏しあえるのだ。
確かに彼女たちは少女の時代を終え、大人になった。
世の中の汚い面も見たし、自分達が堕落したりもした。
それでもひとたび楽器を持てば、彼女たちはすぐにあの『放課後ティータイム』に戻れるのだ。
かのThe Whoのギタリスト、ピート・タウンゼントはこう言った――。
『ロックンロールは我々を苦悩から逃避させるのではない。悩んだまま踊らせるのだ』と。
そして放課後ティータイムの
平沢唯はこう言った――。
唯「みんなでジャーンと楽器を一斉に鳴らす瞬間がたまらなく楽しい!!
そう思えた瞬間、それはもう『ろっくんろーる』なんだよ♪」
今日も5人の放課後ティータイムは世界のどこかで、
貴方が生きている世界と同じ空の下で、
笑顔で、せいいっぱいのロックンロールを演奏していることだろう。
終わり
※元ネタ
律:キース・ムーン(The Whoのドラマー)
梓:ジョン・フルシアンテ(Red Hot chili Peppersのギタリスト)
紬:言うまでもなくMJ
澪:歌詞の面はモリッシー(The Smithsのボーカリスト)、
リストカットと失踪はリッチー・ジェイムス・エドワーズ(マニック・ストリート・プ
リーチャーズのギタリスト)
唯:特になし
最終更新:2010年01月13日 03:18