それは「先輩後輩」から
X軸にプラスいくつ、Y軸からプラスいくつのところにある関係なのかは
私にはわからない。
そもそもプラスではなく、マイナスだったのかもしれない。

ただ、これだけは言わせてほしい。

梓の口調が敬語からため口に変わり、私のことを「澪先輩」ではなく「澪」と言う、
この関係はまさしく私にとってまぎれもなく、プライスレス。



「みーおー」

いきなり名前を呼ばれてまたもやびっくりする。
梓といるときの私の心は豆腐すぎる。

「な、なんだっ!?ど、dっどどどしたっ!?」

「なにそんなにあわててるの?」

「へっ?い、いや…べつに…」

「なーんだよぉーっ」と言いながら、梓はテーブルに突っ伏して。

今、どんな表情をしているのか、わからない。

先輩後輩のころには見られなかった梓が目の前にいる。
正直、たまりませんっ…


「ねぇ」

テーブルの上で腕を組み、その腕にあごをのせ、上目遣い。
梓、そのアクションどこでならったの?
とっさに梓から視線をはずす。
あー。間一髪、心臓射抜かれるところだった。

「っっな、なんだよ、あずさぁ」

もう顔にやけててもいいよね?

「黙ってないでなにかしゃべってよぉー」

「えぇ~」

「さっきから、私がしゃべってばっかりだよ。澪の話もききたいなぁ~」

なにその無茶ブリ。
でも、梓のお願いに私は逆らうなんて出来そうにない。
脳内の戸棚を開け閉めする。
その姿はさながら劇場版のドラえもん。
この状況を打破するなにかいい道具はないものか…。

「う~~ん…」

考える。必死に考える。
考えるけど、なんでかさっき解いた数学の問題が頭の中を駆け巡る。


え~~っと…
り、…
りつ、
律と…

そうだ、律と2人でいたときの私たちってどんな会話をしていたっけ?

ちょっと思い出す。梓はレモンティーを飲んでいる。きっとまだ時間はある。
あるはずだと思いたい。

思い出す。
中学の帰り道…修学旅行のバスの中…高校の行き帰り…

うんうん、そうだそうだ、それからどうした…うん…う…ん…

…あれ?


思い出して、愕然とする。

律と私、2人でいるときの話題の発言者はたいてい律だった。

うっわーー、私、完全なる聞き上手だ。どうしよう…

梓はレモンティーを飲み干して、あくびをしている。
・・・あくび・・・かわいい。

「みお?」

「おうっ!?」しまった、あくび見たまま見とれてた。

「いや、だからそんな驚かなくても…」

「あっ、す、すまんっ」

「ははっ、もうなれっこだからいいよ」

なれっこになるほど私は梓の前で驚いてるのか…
がんばれよ、私…

「それよりね」

「ん、なんだ?」

「そろそろ外暗くなってきたし、かえろっか?」

「えっ…」

窓の外をみる。ほんとだ、暗い。クライ。

「澪の話はまた次に持越しね」

そういいながら、左の席に置いた通学鞄を持って立ち上がる。

「ちゃんと考えておいてね」

そういって梓はにっこり笑う。

「う、うん。…わかった」

外が暗くても、ドントクライ私。
気を使われた。
今度はちゃんと話題を考えて、梓ばかりに話させたらだめだ。
今がんばるのではなく、次を望む。
それはいけないことかもしれないけど、
でも、次をどうしても望みたくなる。


私の話で笑う、梓の笑う顔を見たいから…友達として。


あ、あと…次はもうコーヒーじゃなくて、いつものミルクティーを頼もう。
梓はむったんを、私はエリザベスを担いで店を出た。

外は本当に真っ暗で、でもそれはいつものことだった。
梓とこうして2人でいるときはいつだって陽が早く暮れてしまう。
これが俗に言う、アインシュタインの相対性理論なのか、と思う。
その、あれだ。
好きな、人と…いると…時間は早く過ぎる…うん、同感だね。

私の右横を歩く梓をチラッとみる。
身長差と暗さのせいで、その表情は定かではない。

こうやって2人、無言で歩くのは律となら気にならないんだけど
まだ、梓とは無言でいるのは緊張する。

私といて、楽しくないのかな?とか、本当は私と友達になりたくなかったりとか
友達になったせいで私のいやな部分とかみて、幻滅したりしてないかな…とか。
先輩後輩のままでいたほうが、…よかったのかな、とか。

さっきは、考えても考えても出てこなかったのに
今は梓に聞きたいことで頭の中がいっぱいだった。
わけわかんないな、私。

こんなはずじゃなかったのになぁ。
もっと、もっと、梓のことを知って、それで仲良くなって。
それで、それだけでよかったのに。

まいった。

私、梓のこと、知れば知るほどどんどん好きになってる。

上を向く。今日はこんなに星がきれい。
ほかでもなく、隣に梓がいるのに、
どうして私はこんなに悲しいんだろう。

ふと、手に暖かいものを感じる。
驚きすぎて声もでなかった。

「~~~~っ!!!!!」

「て、つなごうよ」

「っ、ななんでっ!?」

きっと私は顔が赤くなってる。

「…友達だから、かな」

その言葉を聴いて、ちょっと上ずった気持ちがひっそり落胆する。
そっか。友達だから、手をつなぐのか。

「友達って、手、つなぐものなのか?」

「わかんない」

「わかんないって…」

「でも、唯先輩は私に抱きついてくるから、友達同士で手つなぐのもアリかな?」

「梓…唯に考え方侵食されてきた…?」

「えっ…そうなのかな?」

「友達同士でも、私は結構、手つなぐの…は、はずかしぃ…」

ボンッと頭から煙が出そうだ。

「でも、きっと…友達だから手をつなげるんだよ」

梓はもっと手を、ぎゅっとつないできた。

「あずさ…?」

「だから、大丈夫。今日は手をつないで」

梓はそう言って、右斜め上を見上げる。

それは私の目の届かない範囲。
きっと、梓にとって、私がふれていいものの範囲外。
それが梓との距離の図り方。
私が先輩のころなら、きっとそのままでいた。
もしかしたら梓の表情なんて、気にも留めなかったかもしれない。


でも、私は梓の顔をみたくなった。それはもう猛烈に。
なにやら勘めいたものが働く。
今の私は、まぎれもなく梓の友達だ。

「梓、こっちを向いて」

「え、なんで?」

「なんででも」

「やだよ」

「そんなこというなよぉ」

「やだってば」

「あーもう、友達のいうことはきけって!!」

そう言って、私は梓の手をふりほどき、
そのまま梓の顔を両手で挟み私のほうへ顔を向けた。

「ちょっと、ちょっと!?やめてって!?み、みおっ!?」

梓は抵抗するけど、残念。
体格差からして、私に力でかなうわけがないよ。

両手で顔をはさまれた梓はなんてかわいい…じゃなかった。
頬を真っ赤にして、両目をグっと閉じていた。
右頬には少し、濡れたあとがあった。

私はたまらなくなった。
胸の奥がジーンとしてくる。
思わず、抱きしめてしまいそうになる。

うぅ~~~、といううなり声が少しずつ、少しずつ泣き声に変わりかける。
私はびっくりして、やっと梓の顔から両手を離した。

「えっ!?な、なんで泣くんだよっ!?」

「だって…、だって…」

「いきなりこっち向かせたのがそんなに嫌だったんなら謝るから、泣かないでくれよっ!?なっ?」

なんで私はこんなに饒舌なんだ?
梓が泣いているのに。
でも、だって…きっと、梓が泣いた理由ってさぁ…。
…なぁ。
ほら、私たち、似たもの同士だからさ。

うぬぼれていいかな?

泣き止まない梓の右手と私の左手をつなぐ。
今度は私から。

驚きすぎて声もでなかったのか、梓は無言で私を見る。

「て、つなごうよ」

「え、なんでっ!?」

「まだ…友達だから、かな」

「…まだ?なに、それ」

「さあな」

私はちょっと笑って、梓の手をひっぱって歩き出した。

私が梓の歩く速度にあわせているのか、
梓が私の歩く速度にあわせてくれているのか、わからない。

でも、2人で横になって歩いた。
たまに梓の肩が私の上腕にあたる。
梓はいつのまにか泣き止んでて、
たまにぎゅっぎゅっと私の手を確かめるように握ってきた。

この2人はいったい、傍から見たらどのように見えているんだろうな。


姉妹?はたまた…誘拐?それはないか。
同じ制服着てるし。
せめて、友達にみえていたらいいな。

やっぱり、無言で歩く。
そろそろさよならする交差点だ。

「泣いてごめんね?」

ボソボソと梓が言った。

「いいよ。私こそ、無理やり向かせてごめんな」

「うん、いいよ。許してあげる」

「仲直り?」

「仲直り…かな?」

2人で目を合わせた。
一瞬の沈黙の後、2人で笑った。
梓が、泣いた理由を
「無理やり顔をつかまれてこっちを向かせたから泣いた」ということにしたいなら
今はまだ、それでいいような気がした。

左手を離したくないな、このままずっと一緒にいたいなと思うけど、
きっと、これは友達の範囲外の気持ちだから。

いつか、私たちの関係が友達以上に平行移動するときまで
私はこの交差点で梓の手を離し続ける。

梓からすっと手を離す。
離した瞬間、すぐにまたつなぎたくなる。
なんという中毒性。
あ、手が震えてきた。禁断症状。

仕方がないから、その手を梓の頭へもっていってそのままナデナデした。

「な、なにいきなり!?」

「な、なんとなく…」

「なにそれ…」

「いやか?私に頭なでられるの」

「…」

「無言になるほどいやか?」

「…やじゃないよ」

私だけに聞こえるか聞こえないかの音量。

「そか」

「…うん。友達だから」

「あぁ…友達だからな」

「うん…」

私は無心でなでなでをした。
梓に怒られるまで。

「ちょっと…澪、さすがになですぎ」

「っはは、…そ、そうだな、すまんっ!」

バッと梓の頭から手をどけた。
梓の顔がまっかっかだったけど、ふれないでおいてあげよう。
家の鏡を見て、もだえさけびころげまわればいいよ。

「じゃあ、またな、梓。気をつけて帰れよ」

「うん。澪もね。また明日」

「おう、また明日」

ドラえもんみたいな足音ではなく、
軽快なステップで梓は走っていった。



帰り道。一人で歩く帰り道。
びくびくしながら歩いていると、ケータイが鳴った。

その音に死ぬかと思った後、ケータイを見ると
梓からのメールだった。

『月がきれいですね』

ん…?
これだけ?
しかもなんで敬語?
たしかに、今日は月がきれいだ。
だけど…

これだけ?わけがわからない。

なんだよぉ、と思いながら私は返信として

『月もきれいだけど、今日は星がきれいだぞ』

と返した。

次の日、梓に「ばか」と言われることなど知らない私は
月明かりをたよりに家に帰った。


おわり






最終更新:2011年05月10日 01:10