○月△日 AM2:00
おなかはなんとか収まった。
もう天ぷらもスイカも二度と見たくない。
唯「ヒマだなぁ…」
唯「あ~あ ギータも一緒に連れてくればよかったなぁ…」
そんなことをつぶやきながら部屋を転がってると窓からコツコツコツ、と何かを叩く音が聞こえた。
思わずビクッとなり動きが止まる。
唯「風… だよね…」
あずにゃんのお守りを胸にあてがいギュッと握りしめる。
風で何かが窓に当たっているのか、それとも誰かが…。
そんな思いを振り払いこれは風のせいと思い込もうとする。
唯「そもそもここ二階だよ?
そんな場所の窓にノック出来る人なんて…
その瞬間2メートルを超える『あれ』の姿を思い出す。
駄目だ!こらえろ!あれは風だ!
コツコツという音は二方向にある窓を行ったりきたりしていたが、始まった時同様突然やんだ。
唯「ふぇ~…」
安心した瞬間だった。
廊下とこの部屋を隔てる襖の方から声がきこえる。
?「唯?もう寝ちゃったか?唯?ゆーいちーゃん」
笑いがこみ上げる。
りっちゃんの声だ。
こんな時にのんきなものだ。
?「ヒマなんだろ?出てきて遊ぼーぜー」
まったく何を言ってるのか。
私はこの部屋から明日の朝まで出れな…
「もし誰かの声がきこえたとしても相手をしては駄目
誰の声であろうとそれはその人ではないのよ」
おばあちゃんの言った言葉が思い出された。
?「3人とも寝ちゃってさぁ~、参ってんだよ
聞こえてるんだろ唯?遊ぼーよー」
あずにゃんのお守りとムギちゃんのお札を握りしめ、部屋の真ん中にある仏像に向かってお祈りをしはじめる。
唯「(助けてください!助けてください!)」
そしてみんなの顔を思い浮かべる。
澪ちゃん、りっちゃん、ムギちゃん、そして…あずにゃん!
みんなに会いたい!早く全て終わってみんなに会いたい!
○月△日 AM7:00
婆「よく頑張ったわね、唯ちゃん
さ、もう部屋を出ても大丈夫よ」
あの後、私はどうやらお祈りをするうちに意識を失ってしまったらしい。
開け放たれた襖から朝の陽光が差す。
唯「おばあ…ちゃん…
それに…
いつも馴染んだ顔ぶれ。
だけどこの時ほど彼女たちのことを愛しく思ったことはない。
みんなあああああああああ!」
私は暗い部屋から駆け出すと彼女たちに飛びついた。
○月△日 AM8:00
婆宅 食卓
一晩を明かした私達はおばあちゃんの家で朝ごはんをご馳走になっていた。
紬「唯ちゃん、お札色変わった?」
唯「ん~ん、貰った時のまんまだよ」
紬「おかしいわねぇ…話だとお札が悪いものから守ってくれる代わりに色が黒く変わるらしいんだけど…」
律「まあー部屋に貼ってあったお札で充分だったってことだろ
しかし唯って思ったより辛抱強いのなー」
唯「へ?」
律「だってさー、夜中誘いに行ったのに返事もしないんだぜ?
あ、それとも寝てただけとか?」
澪「お前そんなことしてたのか!?」
律「だってさーみんな寝ちゃってヒマでしょうがなくてさー
どうせ唯もヒマしてんだろうなーって思ったら…(ゴッ!)痛え!」
澪「お前はあああああああッ!」
唯「なんだぁ… あの声はりっちゃん本人だったのぉ…
心配して損したじぇ」
律「ははっ 悪い悪い」
梓「まったく、冗談でもやっていいことと悪いことがありますよ」
そうつぶやくあずにゃんの目は真っ赤に腫れていた。
なんでも私が部屋にこもった後泣き続け、そのまま疲れて眠ってしまったらしい。
唯「お!泣いたカラスがもう怒っとりますな」
梓「ちょ!唯先輩!
そもそも私は最初から大丈夫と思ってました!
みんな騒ぎ過ぎです!」
唯「うりうりうりうりうりー」
梓「ちょ…!」
唯「じゃああと不思議だったのは窓を叩く音か
あれはやっぱり風だったのかなぁ」
憂「あ、それ多分私だよ」
唯「憂!?ていうかいつの間に!?」
憂「ほらお姉ちゃんギータ忘れてったでしょ?
寂しいとかわいそうだから持ってってあげようと思って」
憂「そしたら玄関の戸締まりしちゃってるし…
夜中にお騒がせしちゃいけないだろうから脚立持ってって窓からノックしたの」
律「憂ちゃんも大概人騒がせだよなぁ…
流石は唯の妹」
憂「そ、そうですかねぇ~…てへっ」
梓「なんで嬉しそうにするのよ…」
唯「なんだぁ~
じゃあ不思議なことや怖いことなんてなんにもなかったんじゃん」
けどいいかな。
今回の件でまたみんなと私を繋ぐなにかは強くなったような気がする。
変わらない日常が一番だけどこういう気持ちになれるならたまにはこういうことがあっても…
紬「待って」
紬「そもそも最初に唯ちゃんが見た背の高い女の人って?
昨晩来なかっただけでまさかまだ何も終わってないんじゃ…」
唯、律、梓、憂「あ」
ムギちゃんを見つめ唖然とする私達。
だが澪ちゃんだけが全く違う方向を見て固まっている。
手に持ったお味噌汁のお椀からはダラダラと中身がこぼれていた。
律「おい澪、味噌汁こぼれてんぞ
ムギが言ったことがいくらショックでも固まりすぎ…
澪ちゃんの視線を追ったりっちゃんも固まる。
その視線の先にあるもの。
食卓のある部屋に面する縁側を越え、庭を越え、道路に面した塀の向こう。
そこそこの高さがある塀の向こうの道路に『それ』はいた。
朝日の逆光で見えにくい巨大な姿。
本来なら人影とも言うべき形だが、その異質な大きさがそう呼ぶのをためらわせた。
紬「あれが…」
梓「『八尺様』…?」
○月△日 PM8:30
終わる世界
皆固まって動けない。
目がなれるにつれその姿が明瞭になる。
『それ』の姿は私が昨日見たものに間違いはなかった。
ただ服装が違う。
帽子はかぶっておらず白と黒のボーダーカットソーにデニムパンツ、その上にグレイのワンピースを羽織る今風の服装だ。
ウェーブのかかった髪に特徴的な大きな口。
笑っている…。
その顔はどことなくトドやアザラシといった海獣を思わせる。
憂「お姉ちゃん… 逃げよ…
お姉ちゃんだけでも」
梓「逃げて… 逃げてくださ…い…」
脅えながらも気丈に私を気遣う二人。
こんなにも二人を、いや彼女をいとおしく思ったことはない。
こんな時に不思議な気持ちだった。
唯「私、行かなきゃ…!」
梓「ゆいせんぱいッ!?」
思いもよらないことを言ったのだろう。
泣き叫び取り乱すあずにゃん。
そのツインテールにまとめた綺麗な髪にそっと手をかける。
唯「大丈夫、あずにゃんが心配するようなことにはならない」
そう言って人差し指で涙をぬぐう。
梓「ゆい…ゆい…せんぱい…?」
唯「私には解るの
あれはもう一人の、ううん、違う私だって!」
一同「!?」
『私』は微動だにしない。
その笑みからは残忍なイメージを思い浮かべるが不思議と恐怖はない。
『私』「ようやくこうして話が出来るのね…
ずっと会いたかった…唯ちゃん」
唯「あなたは…私…なんですよね?」
『私』「そう、私はあなたたちと別の次元、別の世界から来た
ある意味ではあなた自身よ」
唯「最初見た時は解らなかったけど、今なら全て解ります」
彼女の語ることは驚くべきものだった。
私達の住む世界はいくつもの平行宇宙で成り立っているらしい。
そしてそこには旅館でバイトをする内気な私、双子の片割れでド淫乱宇宙人な私、鍛冶屋のお手伝いをするエルフ耳ロリな私、頭に花を乗せてハワイアンな私、
その他大勢の私がいるとのことだった。
そしてその平行宇宙は生まれては消滅する運命にある。
しかし何年かそのサイクルの加速が異常な程に早まり、このままでは全ての平行世界、いやこの次元が消滅する可能性が出てきたのだった。
『私』「そしてそれはたとえ別次元に住むといっても私に消滅に等しいダメージを与えます」
○月△日 AM9:00
世界は崩壊しつつあった
律「唯達に!この世界に何が起こってるんだ!」
和「あってはならない平行世界同士の接触
暫近線に近づきながらも決して触れあうことのなかった世界が今一つになろうとしてる…
その中で唯はただひとつの特異転と化そうとしてる
彼女は既に人を越えてしまっている…」
紬「三行で!」
和「世界が
終わる
のよ」
次元震の衝撃のあまり食卓の焼き魚が吹き飛び固まりつづける澪の顔面に当たる。
梓「ゆいせんぱい!ゆいせんぱあああああああああい!!」
唯「(この感触はあずにゃんから貰ったヘアゴム…
一体私は何を…そうだ!)」
唯「そんなことは…
そんなことは…させない!」
唯「破ぁあああああああああああッ!!」
八尺様(あいなま)「なぜだぁあああああああああッ!」
光に包まれる唯と八尺様(あいなま)
そして二人は唯達の世界でも八尺様のいた世界でもどこでもない空間を漂っていた。
八尺様(あいなま)「本当に後悔はないね?」
唯「ない
だって生きていくことは…戦いだから!」
八尺様(あいなま)「なら私はここでお別れね…
ちょっとだけ、寂しいけれど」
唯「あ…待って! 行かな…」
八尺様(あいなま)「大好きだったわ、私の未来…
さよなら」
唯「…さよなら」
○月□日 PM15:00
軽音部部室
唯「いや~一時は本当にどうなることかと思ったよ~」
律「まったく人騒がせな奴だよな
まぁ無事に帰ってこれたんだしよかったけど」
澪「私固まってて気付いたら全部終わってた…」
紬「けどあの時の梓ちゃんすごかったわぁ~
「ゆいせんぱああああーい!」って(くすっ)」
唯「え~ 私それ知らないよー
…あずにゃぁん、も一回だけやって、も一回だけ」
梓「やりません!ムギ先輩も今更そんな話しないでください!」
さわ子「あんた達、今日も元気ねぇ…」
唯「あ、さわちゃん来た どったの?」
さわ子「おとといの晩ライブ行った帰りにハメ外し過ぎてね…
昨日はお休みしちゃった上にまだ調子悪いのよ…」
律「うわ、私らあんなことになってる最中お休みかよ
ていうかまだ微妙に酒くせー」
律「じゃあみんな集まったことだし…一曲やるか!」
澪「おー律からそんなこと言い出すなんて珍しい」
紬「さんせー!」
梓「ほら、唯先輩も行きましょ!」
唯「……うん!」
こうして私達の日常が戻ってくる。
未来が解らなくたって、闇に包まれていたっていい。
もう先を進むことに恐れなんてないんだから…みんなといれば!
唯「みんなだ~い好きだよぉ!」
完
最終更新:2011年05月19日 23:40