紬「二人から電話がかかって来たの、今から遊びに行くって。
だからりっちゃんと梓ちゃんにも連絡して……お茶入れて待っていたの」
梓「覚えていますよ、私……ムギ先輩が私たちにお茶を入れて回っているのを、
使用人さんたちが、この世のものとは思えない光景を見る目つきで眺めていたの」
紬「ちょっと私も配慮が足りなかったわね。でも私だって興奮していたのよ、
わかるでしょう?こんなことが起こるなんてまったく予想してなかったんだから」
梓「もちろん。私だってびっくりしてましたよ」
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唯「久々のお茶会が終わる頃にはさ……わだかまりがなくなったのを感じた。
二人で一緒に帰る途中、澪ちゃんに尋ねたんだよ、もういいのかな?って。
大丈夫だよって言ってくれた。おかえりって抱きしめてくれたの、澪ちゃん」
梓「……」
唯「色んなこと謝ったらさ、澪ちゃんも聞いてきたんだよ、もういいんだよな?って。
だから私ももう大丈夫だよって答えたの。ただいまって言えたんだ」
梓「……先輩」
唯「そしたら、自然とそういう話になったんだよ、いまこそ5人でライブをやろう!って」
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澪「そう、わだかまりが消えたらさ、それが当然って気分になった。
私、やっぱ唯のいない放課後ティータイムなんてやりたくなかったんだ。
一緒にやるのも大変だったけど、唯がいないんじゃ、もういいやって思ってた」
梓「はい……」
澪「でもその唯が戻ってきた。これからまた始めようって気になったんだよ。」
梓「私もその話を聞いた時、嬉しくてたまらなかったんですよ?」
澪「まさかひと月も経たないうちに、
自分で言ったことを撤回させられるとは思わなかったけどね……」
梓「よかったですよ……すぐに撤回してもらえて」
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律「昔、唯が言ったよな?高校生の夏休みに、はじめてフェスでプロの演奏を見た時に
……『でも私たちの演奏の方が凄いよね?』って」
梓「はい。私も同意しましたよね、今思い出すと、ちょっと恥ずかしいですけど」
律「いや、今なら私も信じられるよ。私たちは最高のバンドだって。唯と梓が正しい。」
梓「……そうですかね?」
律「そうさ……ただしプロになってから、誰も私たちの本気の演奏を見てないんだよな。
唯も梓も欠けてない5人の放課後ティータイムをさ」
梓「そう……そうなんですよ」
律「だったらさ、やるしかないだろ?」
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紬「また有名になりたいわけでも評価されたいわけでもないわ。
みんなには怒られるかもしれないけど……
もう音楽ですら、どうでもいいの。ただ、私はね……」
梓「……はい」
紬「失った友達を取り戻したかった。私にとっては、それが全てなの。
観客がいなくてもいい、また5人で演奏したかった」
梓「……そうなんですね、ムギ先輩」
紬「うん。みんな、最高の仲間なんですもの。一緒に素晴らしいものを築きあげてきたし、
これからもそれが出来る。そう信じている」
梓「その通りですよ、私も同じ気持ちです」
紬「ええ、証明してみせるわ。家の仕事は……延期かしらね?」
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唯「あのフェスがいいって思ったよ、また5人でライブするなら。
私たちが初めて一緒に見に行った、思い出の。覚えているでしょ?」
梓「もちろんですよ、忘れるはずがないです」
唯「プレッシャーとか抜きにしてさ、思いっきり楽しみたかったから、
新作を作るのかとか、それ以降の予定だとかは決めてないけど」
梓「ええ……けどそのせいで、ただの同窓会だとかお金のためだとか
言われているのが私はちょっと面白くないですけど、正直なところ」
唯「まあシニカルな見方をされるものだよね、リユニオンって。
でも何を言われたっていいんだよ。だって私たちの演奏が退屈だったことなんて、
一度もないんだから。高校生の時から、ずーっとね。
聴きに来てさえくれればわかるよ。最高のものになる」
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澪「この再結成の意義深さは疑いようがない。もう二度と交わらないと思っていた私たちの歩みが、
また一つになる時が来たんだ。つまらないものになるはずがないよ」
梓「私もそう思います」
澪「今までも苦しい時を乗り越えて何度も最高の瞬間を作って来た。
今回だって乗り越えられたんだ。もう何も怖いものなんてないさ」
梓「はい、澪先輩」
澪「この5人が集まれば奇跡だって起こせる。だから、その瞬間を記録しておきたい。
そう思って……この話を受けたんだけど……」
梓「この話って……ああ」
澪「ところで、梓はどうなんだ?」
梓「はい?」
澪「今回、夏フェスにむけて、この再結成の様子を、
梓をインタビュアーにして記録してもらってきているわけだけど。」
梓「ええ、テレビ番組からのドキュメンタリー制作の話にみなさん賛成したので、
私が自分から志願したんですから、みなさんの話の聞き役に」
澪「それはどうして?」
梓「……私も共有したかったんです、高校生以降の放課後ティータイムの思い出を。
いいことも悪いことも。だって、私だってメンバーの一員なんですから」
澪「そうだな……それでさ、苦しいことや辛いこともあったって、
梓も分かってくれたと思うんだけど。私たちの嫌な所も含めて」
梓「ええ。初めて知る話ばかりでした」
澪「それで、梓にとって、この再結成はどんな意味があるのかって思ったんだ」
梓「……私にとっての意味……ですか」
澪「私たちは梓と一緒にできることを心待ちにしていたけど、
梓にとってそれはいいことなのかな?
私たちのドロドロした部分も見せられてさ、その中に飛び込んだわけじゃない?」
梓「……はい」
澪「きっと不愉快な話も聞いたと思うんだ。
梓にそれを背負わせて、よかったのかなって。どう思う?」
梓「そんなの……聞くまでもないじゃないですか」
梓「私はこのバンドでまた先輩たちと一緒に活動できることずっと目指していたんですよ」
澪「……うん」
梓「一人っきりで、楽しい音楽をやりたいんじゃないんです。
辛いことでも苦しいことでも先輩たちと一緒に分かち合うことに価値がある、
そう思っていたから音楽を続けてこれたんです」
澪「……そうか、そうだな梓。そうだった」
梓「だから、私はこれから始まるんですよ。苦しいことも、嬉しいことも。
それが楽しみだったんですから。再結成で、ようやくスタートラインに立てたんです」
澪「……うん、そうだな。また一緒に走ろう」
梓「もちろん!ようやく追いついたんですから!
ついてくるなって言われても、もう逃がしませんからね?」
そして四月。今、私たちは桜が丘高校にいます。
再結成した私たちの当面の目標は唯先輩の言っていた夏フェスですが、
いきなりそこに挑むほど無謀ではありません。
また、一回きりのライブで終わらせるつもりもありません。
そこでフェスまでの間、小さな会場から複数回のライブを行って、
5人の息を合わせながら、ファンをすこしずつ巻き込んでいこうと考えたのです
今日は、再結成後、観客を相手にした最初のライブになります。
その会場に、私たちはここ、桜が丘高校の講堂を選んだのでした。
紬「懐かしいわぁ……何年ぶりかしらね。5人でここでライブをするのって」
澪「卒業以来だからな……うわ、もう10年たったのか?」
唯「年を取るわけだよね……アラサーだもんね私たち」
梓「わ、私はまだ20代ですよ!一緒にしないでください!」
律「私らだってまだ全員20代だっつーの、一年以上は」
唯「さわちゃんなんかアラフォーだよ?」
さわ子「失礼なこと言ってるんじゃないわよ!」
澪「ひぃぃぃっ!?」
律「うわぁあ!びっくりしたあ!さ、さわちゃん……どっから出てきたんだよ」
さわ子「わたしはまだ当分30代ですからね?あなたたちだって、
もうすぐ同じでしょ?まったく、いくつ離れていると思っているのよ?」
梓「えっと……私が卒業する時に先生は26歳だったから……」
さわ子「計算せんでよろしい」
紬「ふふっ、お久しぶりです、さわ子先生」
さわ子「本当に、久しぶりね、みんな。活躍ぶりは聞いているわよ」
律「へへ、まぁねー。さわちゃんもサインいる?」
さわ子「りっちゃんのだらしなさも聞いていたわよ」
律「うっ……」
さわ子「色々あったみたいだけど……みんな立派になったわね。
こうやって10年以上も経って5人そろって活動しているなんて、
さすがに思ってもみなかったけど」
澪「先生にも……ずいぶんご心配おかけしましたよね、きっと」
さわ子「いーえ?でも、よかったじゃない。こうしてここで揃ってライブできるんだから。
私にも感謝してよね?先生方に話をつけたのは私なのよ?」
唯「ごめんね、さわちゃん。ここでどうしても始めたかったから……」
さわ子「冗談よ。先生方も喜んでいたわよ、放課後ティータイムの出身校だって広まれば
宣伝にもなるって。校長先生なんか私以上にノリノリだったんだから?」
梓「でも本当にありがたいです。なんてお礼を言っていいか……」
さわ子「お礼の言葉よりも、いい演奏を聴かせてちょうだい。大丈夫なんでしょうね?
昔みたいにお茶ばっか飲んで練習していないとかだったら、承知しないわよ?」
紬「うふふ……ご心配なく、先生」
律「そうだぜ、さわちゃん。こっちだってプロだからな!」
さわ子「ふふ、どうだかね?まあ、期待しているわよ。卒業生だって結構来るんでしょ?」
澪「ええ、今回は基本的に桜が丘高校の在校生と出身者対象の少人数ライブですから……」
唯「和ちゃんや憂も見に来るって言ってたよ。3年で同じクラスだった子とかたくさん誘って……」
梓「そうだ、純も来てくれるって言ってました。
軽音部の後輩とかも……あ、なんか久々に緊張してきたかも……」
さわ子「こらこら、夏にはもっと比べ物にならないぐらい大人数を相手にするんでしょ?
身内相手にそれじゃあ、もたないわよ?」
さわ子「まあ、せいぜい頑張ってちょうだいね?それじゃあ私、もう行くから」
唯「あ、さわちゃん、ちょっと待って」
さわ子「え?なあに唯ちゃん?」
律「……せーのっ」
「「「「「さわこ先生、ありがとうございましたっ!!!!!」」」」」
さわ子「……」
律「私たちの今があるのは、さわちゃんのおかげだよ」
梓「しまりのない軽音部を黙って見守っていてくれて……」
澪「卒業後もそれは変わらなかった。本当に感謝してます」
紬「今回も、先生がいたから、ここからまた始めることができるんです……本当に……」
唯「さわちゃん、ありがとう!最高のライブにするからねっ!」
さわ子「も、もう。さっきから言ってるじゃない。
いい演奏を聞かせてくれればそれでいいって……
じゃ、じゃあ本当にもう私、行きますからねっ」
唯「さわちゃん……行っちゃったね」
紬「……ちょっと泣きそうだったわね、先生」
律「おいおい、一緒にしんみりしてる場合じゃないぞ。これから本番なんだから」
梓「……そうですね、そろそろ私たちも準備しましょう」
澪「ああ、そうだな。」
律「さて……それじゃ、みんな準備できたな。忘れられないライブにしようぜ」
澪「ああ、またここから始めよう。何もかも」
紬「大好きよ。信じているわ、みんな」
唯「奇跡を起こそう、歌うよミラクル!」
梓「はい、やってやるです!」
律「よーし、いくぞーっ!」
「「「「「「おーっ!!!!!」」」」」
私が語るお話は、ここでおしまい。
けど、5人の放課後ティータイムの物語が、再びここから始まります。
私たちの友情と、みんなの愛が、いつまでも続くことを祈って。
『りゆにおん!/ No Distance Left To Run』is never end.
終わりです。
終わりです。つきあってくれた人ありがとう。
スレたてるのもSS書くのも初めてで、最後までさるくらったり
見苦しい部分もあったけど、支援のおかげで何とか終わらせられた。
舞台裏を明かすと興ざめかもしれないけど、盗用と思われるのも不本意なので。
話の骨格というか元ネタはイギリスのポップ・バンド、ブラー(blur)と、
その再結成のドキュメンタリー、No Distance Left To Run
あと一つだけ、みんなの年齢について。
4人は大学2年直前にデビュー、そこから毎年だいたい1枚づつ計7枚アルバム作った計算。
最後のアルバムが結成10周年で、そのちょうど3年後くらいに再結成となると
全員三十路にはなってないけど律の「まだ一年以上20代」はまちが……サバ読み発言に
そんなわけで拙い部分もあったけど、読んでくれてありがとう。
朝までかかって申し訳ない。だらだら居座るのもアレなので去るけど
書き込みとかはありがたく読ませてもらう。出かける人、いってらっしゃい!
最終更新:2011年05月20日 01:34