きーんこーんかーんこーん
律「……結局、ろくに議論が進まないまま下校の時間か」
紬「でも、開け方や中身は、明日になって和ちゃんに聞いてみればいいし」
唯「うんうん。電話先の和ちゃんは、とても死んじゃうみたいには聞こえなかったし」
梓「ですね。きっと色々取り越し苦労だったんですよ」
澪「そうだといいんだけど……」
律「お前はまだ引きずってたのか」
澪「だ、だってぇ」
律「怖い夢見た小学生か! ……まったく、ほら、手繋いでやるから」
澪「えっ、い、いいよ。小学生じゃあるまいし」
律「……私が繋ぎたいから繋ぐんだよ。いいだろ?」
澪「……うん。分かった」
紬「微笑ましいわねぇ」
唯「おっ、じゃあじゃあ! 私は右手にムギちゃんを左手にあずにゃんを」
梓「箱。持って帰らないといけないんじゃないですか」
梓「唯先輩が持ってきたんですから、唯先輩自身の手で持って帰って下さいね」
唯「えええぇ。しょんなぁ。こういう時こそ準備室の物置に……」
梓「私物は持って帰るって決めたじゃないですか! ですが、まあ……」
梓「その代わり、途中まで二人で持って帰ってあげてもいいですけど……」
唯「あ、あずにゃん……」
紬「ほう!」
その次の日
さわ子「今朝は、みなさんにとっても大変辛い報告から伝えなければなりません。
昨日の夕方、クラスメイトの
真鍋和さんがトラックに轢かれて、この世を去りました。
真鍋さんは、昨日は体調が悪いと休んでいましたが、その日のうちに回復して、
晩ご飯の買い出しにスーパーに向かっていたそうです。その帰り道でのできごとでした。
葬儀の日程などは、詳しく決まり次第伝えられるかと思います。
今、真鍋さんの親族は、あなたたちと同じくらいか、それ以上に悲しんでいると思うので、
高校生として良識ある行動をお願いしたいです。私から言えることは以上です。
授業は、とりあえずしばらく自習になります」
それから数日して
律「あれから……どのくらいに経った?」
澪「あれからって、なにからだ?」
律「そんなの決まってるだろ。分かってる癖に」
澪「あ、うん……。ごめん」
紬「今頃、和ちゃんは安らかに眠っているんだよね」
梓「天国で、安らかに……そうであって欲しいです」
律「唯? ゆい? 大丈夫か?」
唯「あ、うん。ごめん。ちょっと思い出してた」
律「しっかりしろよ。まぁ、無理にとはいえないけど」
唯「ううん。違うよ、違うよりっちゃん。私大丈夫だよ」
澪「唯……そんな気張らなくても」
唯「澪ちゃんまで……私大丈夫だからね。今、今一つのことに集中して考えてるんだ」
梓「一つのこと、というと?」
唯「あの封筒」
紬「それって、和ちゃんが事故に遭う二日前に送ったっていう?」
唯「うん。あれは多分、時間から逆算しても、私に箱を渡した和ちゃんが送ったと思うんだ」
梓「それって……つまりどういうことなんですか?」
唯「ちょっと、頑張って説明してみるね」
唯「箱を渡して、私に封筒を送った和ちゃんは別人だった」
唯「つまり11月27日に和ちゃんになんらかの変化が起きた」
唯「いくら大学の説明会で忙してくても、夜まで空いてないなんてことはないはず」
唯「いっとき和ちゃんは別人になった。それで封筒を送って箱を持ってきた」
唯「その後、何故かその時の和ちゃんの記憶が消えて……いや、塗り替えられていたのかも」
唯「だから月曜日に電話をしても、箱についてはなにも覚えていなかった」
梓「……でも、あの、唯先輩?」
唯「うんっ?」
梓「それが、その……和さんが死んでしまったこととの関係は?」
唯「わかんない。でも全くの無関係とは思えないよ」
律「なぁ、唯さ。あれこれ考えるのは自由だけど、行き過ぎると陰謀論に」
唯「きっかけは陰謀でもいいよ。でも仮説から証明への積み重ねで、真実は見えてくるものだと思うから」
澪「唯? なんか、今日はいつも以上にいつもと違うような……」
紬「和ちゃんの死の原因を探りたいのね……」
梓「先輩……かっこゆい……」
唯「あ、それからね、もう一つ有力な仮説があるんだ」
律「もう一つの仮説?」
唯「うん。どちらかというと、こっちの方が確率は高いと思う。それはね……」
唯「あの晩。和ちゃんが二人いたっていう可能性」
封筒に入っていた手紙
『 全ての真相は箱が開いたときに分かるのよ 』
それからとっても時が流れる
梓「なんですか。藪から棒に」
唯「あーずーにゃんっ」
梓「やめて下さいよ。もう年なんですから」
唯「あはは……その言い方は酷いって」
梓「酷いもくそもないですよ。サンプルは採取できましたか?」
唯「うん。問題ないよ」
梓「干渉率は原子レベルで抑えられていますか?」
唯「オールグリーン」
梓「……ほう。まっ、なんだかんだ仕事をこなして物を言うのが唯先輩ですからね」
唯「当たり前でしょ。この研究所の所長なんだから」
梓「そうでしたね。しかし、私が「やめて下さい」って言ったら、いつから本当に手を出さなくなったのでしょうね」
唯「……いつからねぇ。いつからだろう?」
梓「思い出せなくなるくらい年をとったってことですかね。それか、ある意味、唯さんが聞き分けが悪くなったのか」
唯「酷い言い方だなぁ」
梓「私はあんまり変わってないって言いたいんですよ」
梓「で、どちらから作動させます?」
唯「どちらでも」
梓「……あの、いよいよ大詰めだっていうのにやる気ないんですね」
唯「だって理論上での計算式は完成してるんだもん。失敗しようがないよ?」
梓「まぁ、それはそうなんですけど……。」
梓「箱の秘密がついに明らかになるんですよ。嬉しくないんですか? 和さんにまた会えるんですよ」
唯「だって……これじゃ裏技みたいだもん。ルールに則ってないっていうか」
梓「はいはい。これだから理系頭は……。でも他に方法が無かったじゃないですか」
梓「ドラえもんとキテレツの道具はあらかた作ってみましたけど、箱はどうやっても壊せなかったんですから」
箱「ポツーン」
唯「だからって和ちゃんを生き返らせたり、タイムトンネルを作るのは反則だよ」
梓「その反則に最も熱心に打ち込んでいたのはどこのどなたさんですか?」
唯「はい」
梓「はい、よろしい」
梓「ともかくこれで真実が明らかになるんです。半々世紀かけて科学力を三十倍にした私たちの努力の結晶です」
唯「それはそうなんだけど……」
梓「はぁ。せっかく生き返っても、この反応じゃ和さんがっかりするんじゃないかな……」
梓「んもう、二ついっぺんに作動させちゃいますからね。ぽちい!」
ぷしゅー
和「あ、おはよう」
梓「反応軽っ!」
唯「和ちゃん……」
和「唯、久しぶり。梓ちゃんも。ちゃんなんて似合わない年齢になっちゃったみたいだけど」
唯「……久しぶり」
梓「お久しぶりです。和さん」
梓「あの、唯さん? もっと喜んでもいいんですよ?」
唯「喜ぶって、そんな……」
和「どうしたの唯。素直に喜んでもいいのよ」
唯「今でも割と素直なつもりなんだけど……」
和「まったく……。約束を守れなかったことがそんなに残念?」
梓「約束というと、やっぱり」
唯「生き返らせる方法は五年前くらいから知ってた。でもあえてやらなかったんだ」
和「箱を壊して、それから私に会うんだって決めていたとか」
唯「……まぁ、だいたいそんな感じ」
梓「でもそれじゃ埒があかないだろうと思ったから、私が強く勧めて……」
和「でもね、経緯に些細な違いこそあれど、この展開こそが予定調和だったのよ」
梓「えっ!?」
唯「今、なんて……?」
和「今こそ真実を話してあげましょう。あの箱を開ける方法なんてこの世に一つもないのよ」
唯「…………」
梓「ちょっ、ちょっと待ってください。理解が追いつかな」
和「まぁまぁ聞きなさい。今までの概念をすっぽりと取り去ってね」
和「絶対に到達できないところ、それを象徴しているあの箱は、“向上心”を与える役割を持っているの」
和「届かないから手を伸ばしたくなる。昔の人はよくこんなことを言ったものね」
和「私が死んでる間に、ざっと二十世紀くらい科学力が進んでるみたいだけど……なるほど効果は絶大だったみたいね」
梓「え、あの、ちょっ、ストップ!」
和「……なにかしら?」
梓「まず、まずですね。色々聞きたいことはありますが、どうして和さんがそれを知ってるのですか?」
和「決まってるじゃない。神様仏様に聞いたのよ」
唯「神様……?」
和「そう。死んで天国に行った後で教えてもらったのよ」
梓「天国なんて、そんな非科学的な……」
和「あら。じゃああなたたちのスーパー科学力をもって私の言ってることが間違っているとでも証明できるの?」
梓「それは……どうなんでしょう」
唯「本当のことだよ」
梓「えっ、ちょっ、唯さん……!」
梓「あなた、ノーベル賞を15個も貰った欲張り者が言っちゃいますか?」
唯「和ちゃんは嘘ついてない。機械がそれを証明してるし」
梓「いつの間に嘘発見器を……!?」
唯「それに機械に頼らなくても、和ちゃんが嘘ついてるかついてないかくらいは分かってるつもり」
和「あら。昔に比べて随分と飲み込みが早くて助かるわ」
梓「えっ!? もしかして今の、科学の権威が地におちた瞬間!?」
唯「あずにゃん! シャラップ!」
梓「ぐうっ」
唯「……はぁ。なんていうかさ……」
唯「ねぇ、和ちゃん。どうしてこんなことになったのかな?」
和「どうして、ねぇ。私に聞かれても困るわ。だって全部神様が指図したことなんだもの」
唯「神様……仏様ね……」
唯「でもさ、それを言う言わないは和ちゃんの自由だったんじゃないかな」
和「……確かにそうね。別に私である必要は」
唯「私は、それを和ちゃんの口から聞かされたことが凄い悲しいな」
和「ゆ、唯……」
梓「唯さん……」
唯「箱は確かに変わらずに、今でもここにあるし、科学への向上心は少しも落ちてない」
唯「でも和ちゃんを想う気持ちは確実に落ちていってたんだよ」
唯「残念だと思うけど、これは本当のことだから……」
和「……そう。あなたの気持ちが冷めてることは分かったわ」
和「でも、それならどうして生き返らせてくれる気になったの?」
唯「それは……多分……」
唯「足枷、みたいなものかな」
和「ふぅん。足枷ね」
唯「一度決めた目標ってなかなか崩せないものなんだ。私みたいな、一つのことにしか集中できない人は特に」
和「なるほどね。惰性に似てるわね」
唯「でもね……でも」
唯「その足枷とか惰性みたいなものが、ぷっつり消滅しちゃったわけじゃあないんだ」
梓「え……そうなんですか?」
唯「和ちゃんは天国に行って、人間が変わっちゃった」
唯「私も変わったかもしれないけど、和ちゃんのほうがそれ以上に変わっちゃったんだ」
唯「天国なんて非現実なところにいたから……すっかり神様みたいに達観しちゃって……」
唯「昔の私と昔の和ちゃんは、今はもう測れないけど、きっと同じくらい心が通ってた!」
唯「でも今は、私も冷めちゃったけど、和ちゃんのほうがそれ以上に冷めてる!」
和「唯……。あなたまさか」
唯「つまりこれは! 数十年越しの私の失恋なんだああああああ!」
唯「うわあああああああああああああ!!!!」
梓「ゆ、唯さん、落ち着いて」
唯「梓! タイムトンネルの開閉準備できてるね!」
梓「え、あ、はいっ!」
唯「この、馬鹿みたいにかたい箱と一緒に!」ムンズッ
梓「唯さん、その箱を一体どうする……」
唯「神様に与えられた役目を! さっさと果たしてきなさい! 和ちゃん!」ブンッ
梓「なっ! 唯さんの投げた箱の軌道が、まっすぐ和さんの顔に!」
和「えっ! ちょっ! なにこれ聞いてな……」
和「へぶじッ!」
唯「今だ、梓! タイムトンネルオープン!」
梓「は、はいっ!」
ぶお~ん しゅるるるるるるる……
唯「今になって、過去の私に会って! 気持ちが変わったなんて言っても遅いんだからね! あっかんべーっだ!」
ひゅー……
和「あいたァ!」ドサッ
和「ううう。やっと生き返ったと思ったら、今度は死ぬほど痛い思いをするなんて」
和「全く唯ったら……こんなものを思い切り投げつけてよこすなんて……」
和「顎が割れそうに痛いわ……って、腫れてる? しょうがないわね、マフラーで隠せばと」
和「ああ、痛い……涙が出るほどだわ」ウルウル
和「ええと、まずは封筒を買って、それから適当な便箋も」
和「そしたらまずこの箱を届けなきゃいけないのよね。全く、疲れるわ……」
一方そのころ
梓「あの……唯さん?」
唯「なーにー」
梓「タイムトンネルの経過を観察しなくていいんですか?」
唯「いいよ、別に。そーいうのは全部機械にやらせておけばいいの」
梓「……だからって、私にこんなにくっつかなくても」
唯「いーじゃんいーじゃん。もうすぐ過去から戻ってくる和ちゃんを、とびきり嫉妬させてやるんだから」
梓「あはは。うまいこといけばいいですね~」
唯「ほんとにね」
梓「…………」
梓「あの、もしかして、もしかしてなんですが」
唯「ううん?」
梓「和さんに失恋したので、私に乗り換えようとか考えてます?」
唯「そうだけど、何か不都合とかある?」
梓「いえ、別に……」
唯「だって梓は私のことがずっと好きだったんでしょ?」
梓「え? あ、まぁ……。好きじゃなかったら、普通ここまで連れ添ったりしないと思いますけど」
梓「……はぁ。もっとロマンチックに告白し合えればと思ってたんだけどな」
唯「まっ、結果的についに一緒になれるんだから、オーライオーライ」
梓「ですね。随分時間かかっちゃいましたけど、これで良しとしますか」
唯「でもさ、年増のビアンカップルって結構きつくない?」
梓「それは言わないでいいです!」
おわり
最終更新:2011年05月25日 03:17