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ガキィィン!!

エリ「く…!」ズサッ

「どうしたよ…『鬼神』の名が泣くぜ」

エリ「ふん…」ペッ

「スピードじゃ負けるかもしれねーけどな…こっちはパワーじゃ負けねぇんだよ」

ボ!!!

エリ「ッ!」ガガガッ

「…やっぱり、この『念動力(サイコキネシス)』の中では思ったように体を動かせないみたいだな」

広範囲に渡る衝撃波を受け止め、瀧エリは少なからず負傷していた。
しかしその顔にはまだ余裕がある。

エリ「…まだ私が本気を出していないとしたら…?」ニヤァ

「んなこたー知らねぇよ…オラァッ!!」

接近戦の攻防が続く。
近くで気を失っていた唯は、その開放された魔力の影響で無理やり覚醒した。

唯「う……ん………っぐ…っ!
  あれは………りっちゃん!?」

律「おお!やっと目が覚めたか!」

エリ「よそ見してていいの?」グオン

律「おっと!」バシィン!

目覚めた唯を気にかける暇もなく、エリと律はお互い一歩も譲らない激しい
戦闘を繰り広げていた。

律「唯!今の内にシャロを!」ガシッ

唯「シャロ………そうだ!私はシャロを助けようとして…!」

律「分かってんなら早く!」グググ

エリ「そうは…させない!!」

バァン!!!

唯「!」

唯めがけて放たれた魔力エネルギーは、律のとっさの反応で弾かれた。

律「いててて……」

エリ「…二人相手は流石に分が悪いか…なら、あまりやりたくなかったけど
  本気だすしかないみたいだね」

スッ

エリはそう言うと、姿を消した。

律(『隠(ヒドゥン)』…どこだ…!?)

律は空間の歪みを探すが、どこにも『隠(ヒドゥン)』らしき影は見当たらない。
すると、傍で鈍い音がした。

ズドッ

唯「あが…!!」フラ・・・

律「唯!?」

シャロの元へ駆けつけた唯がその場にうずくまる。

律「野郎…ッ!どこだ!」

律(『隠(ヒドゥン)』を使っている間は他の攻撃は出来ないはず…!どうなってるんだ!?)

律は全神経を集中させ、エリの気配を探る。

律(……!! 風…!?)バッ

律がとっさに後ろを振り返る。
しかし遅かった。

ガツン!!

律「つッ…!!」

振り返った律の後頭部に何かが当たり、視界が一瞬星が飛ぶ。

律(馬鹿な…エリのやつ、ただの超スピードだけでここまで…!?)

空気の流れの変化を敏感に感じ取った律は瀧エリの攻撃の正体をすぐに見破った。
しかし律の反応速度をもってしても対処しきれないほどの超スピードで移動するエリの姿を
とらえることはできない。

ドゴッ!

律「う…ッ!?」

パワーは大したことはないが、次第に攻撃の手が速くなっていく。

ドドドドドド

律「ぐ……」

律は軽音部の中でも近接戦闘のスペシャリストであり、この程度の打撃なら反撃しようと思えば出来る。
だが今はシャロのトイズの中で、しかも『楽器』によるサポートもない。
本来の実力の半分も出し切れない律は、徐々にその体にダメージを溜めていった。

律(畜生…!なぜエリはこの環境下でここまで動けるんだ…!?)

エリの攻撃は激しさを増し、律はとうとう地面に膝をつける。

エリ(もらった!!)


ゴッッ!!!


瞬間、律の体に強烈な一撃が放たれる。
律の顔に苦悶の表情が浮かんだ。

律「ゲホッ…」

エリ「そのまま場外に吹っ飛べ!!」

エリが拳を振り抜かんとした、その時。

ガシッ

エリ「何!?」

律「へへ…つかまえた…ぜ…!!」

律はエリの腕をがっしりと捕えていた。

律「流石に『硬化(ソリッド)』を解除すると…堪えるぜ…っ」フラフラ

エリ「く…離せ!」

律「さて…お前達の特殊装甲に、私の攻撃がどこまで通用するかな?」

律が再び『硬化(ソリッド)』を発動させ、掴んでいない方の手に魔力を溜めていく。

エリ「や…やめろ!!」

ズン!!

地面がめくれあがるほど踏ん張る。
全魔力を集中させた拳を思いっきり構え、エリのボディめがけて叩きつける。

律「フルパワーだ……くらえッッ!!」


ドゴオオオオオオオオオオオ!!!


空気が激しく震え、その衝撃波で周りの校舎もびりびりと鳴る。
もろに攻撃をくらったエリは『念動力(サイコキネシス)』の領域の外まで吹っ飛ばされた。

律「…ぶはあっ…!はぁ…はぁ…結構…きついぜ…」

律はその場にへたり込んだ。
魔力を出し切ったことによって体が言うことをきかない。
それに加え、今の律の全身はシャロのトイズに支配されつつあった。

律「…おい唯!…起き…ろ…!」


唯は相変わらず気絶している。
ただでさえ『念動力(サイコキネシス)』によって身動きが取れない上に、エリから受けたダメージも相まって
唯の意識はそう簡単に戻らない。

律(……シャロを助けられるのは…お前しかいない…!)

律は体を引きずりながら唯の元へなんとか近づく。

律「私の出番はここまでだな…あとは頼んだぞ…!」

そう言って律は唯の頬に手を当てた。
身体変化系の魔技は自分の体の細胞組織を再構築できるだけでなく、触れた相手の傷を治すこともできる。
さらに律は『念動力』から身を守るための開放系魔技も唯に預けた。

唯「………っ!!」ガバッ

突如覚醒した唯の視界に、眠るように横たわる律が見えた。

唯「りっちゃん!!」

律「………シャロを…」

唯はすぐに状況を呑みこみ、律の周りに物がないことを確認したあと
シャロのいるところへ走った。

唯「シャロ!」

シャロ「………」

外傷はない。だが息が荒く、苦しそうにしている。

唯「……!」

唯はシャロにそっと触れる。その瞬間、莫大な魔力が流れ込んでくるのが分かったが
今の唯は不思議とそれに対抗できていた。

唯(『憑依(ジャック)』……!)

シャロの意識に侵入する。
すると決壊したダムのようにあちこちから魔技が溢れているのが感じられた。

唯(……止まれ…! 止まってよ…っ!!)

必死に念じるが、ギリギリのところで押し返されてしまい、シャロの魔力の源に辿りつくことが
できない。

唯(ここで負けちゃダメだ…止まれ…止まれええええええええ!!!)



フッ…


全身の力が抜けた。

シャロの中で激しく渦巻いていた魔力が消えたのだ。

唯「…………と…止まった…の?」

唯は心臓をバクバクさせながら、シャロの暴走が止まったことを確認した。

次の瞬間、宙に浮かんでいたコンクリートや建物の残骸が一気に降り注ぐ。

唯「!!!」

唯はとっさにシャロに覆いかぶさった。
しかし付け焼刃の『硬化(ソリッド)』ではこれだけの瓦礫を受け止めきれるか分からない。

唯(潰される…っ!)

目をつぶり、衝撃に耐えようと身を固めた時、どこからか爆発音が聞こえた。


ドン!! ドン!! ドン!!


唯「……!?」


…何も落ちてこない。
唯は恐る恐る目を開けると、上空に大きな影が浮いているのが見えた。

マミ「ふぅ……間一髪、ってところね」

唯「マミさん!?」

マミ「危ない所だったわ。さ、今の内に!」

マミはそう言うと、唯とシャロを黄色いリボンで包み、安全な場所へ運んだ。

シュル・・・

唯「あの…あ、ありがとうございます…」

マミ「いいのよ、気にしないで。あのおでこさん…軽音部の部長も無事よ」

シャロ「………う~…ん」モゾモゾ

唯「! シャロ! 大丈夫!?」

シャロ「…ここは…?わたし、何を…?」

焦点の定まらない目でぼんやりと呟く。
暴走が止まったことに一安心するも、まだ油断はできない。
唯はシャロを抱きかかえ、オカルト研の教室へ運ぼうとした。



ドガアアン!!



マミ「!!」

唯とマミが驚いて音のする方を向く。

三花「ちっ……あの黒髪…しぶといヤツだね…」

壁を突き破って出てきたのは『無人軍隊(アームズ)』の総指揮官、佐伯三花だ。
続いて現れたのは、ボロボロになった暁美ほむらとネロだった。

マミ「暁美さん!」

ほむら「…………」

マミたちの居る所へ出てきた三花は、シャロが唯の腕に抱かれている姿を見ると
表情を一変させた。

三花「…なんでオカ研のそいつがそこにいるの?」

三花はそのまま微動だにせず、ぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。
マミ、唯、ほむらは警戒する。

三花「……任務『失敗』…?……はい…分かりました…了解です」

なにやら話を終えたあと、三花は周りをぐるりと見渡した。

三花「…まさか私たちの作戦を妨害するとはね…ま、その代わり、新しい任務も発生したけど」

ズ・・・

唯「……?」

ほむら「危ない!!」

三花「遅いッ!!」

ほむらと三花の声が同時に聞こえたかと思うと、唯の手からシャロがいなくなっていた。

唯「あれ!?」

三花「次の任務はオカ研メンバーの捕獲…あと3人」

シャロは三花に抱きかかえられていた。

マミ「…まさか…暁美さんと同じ、時間操作…!?」

唯「シャロ!三花、シャロをどうするつもりなの!?」

三花「別に乱暴はしないよ…てか手を出すなって言われてるし、安心してよ」

ズ・・・

マミ「…! また消えた…」

ネロ「うわぁっ!!」

唯「!!」

唯たちがネロの居た所を見ると、すでにネロはガクッとうなだれ、三花に捕えられていた。

ほむら「くっ…」

側にいたほむらは三花を攻撃しようと構えるが、すでにそこに三花はいない。

ほむら「!?」

三花「あ~あ、こんな簡単な仕事を任せられるなんて、バレー部の価値を甘く見過ぎてるよねぇ…。
   ちょっとくらい痛い目にあったほうがいいんじゃないの?生徒会も、キミ達軽音部もね……」

マミ「居た!あそこよ!」

マミの指差す方へ全員が一斉に視線を向ける。
三花は学校の屋上の手すりに器用に立ち、気絶したシャロとネロを両手に抱えていた。

三花「この子たちの命は私が預かってるってこと、理解してくれたかな?
   理解したなら、もうバレー部の邪魔はしないことね。じゃ、さよなら!」

ズ…

唯「あ…ああ……」ガクッ

シャロとネロを連れていかれてしまった。
唯はその場に崩れ落ち、敗北に打ちひしがれた。

ほむら「…あれが『女神』の佐伯三花…逃げられてしまったわ」

マミ「…あの移動距離…時間操作じゃないのかしら?」

ほむら「あれは私より格上の能力…『時空間干渉』系の魔法ね…。
    時止めに加えて、彼女は重力の影響を受けずに移動できる…やっかいな能力だったわ」

ほむらが傷を押さえながらマミの元へ近づいた。

唯「…エリーとコーデリアさん…!」

唯が思い出したように言う。

唯「2人が危ない!」

マミ「…軽音部の人…平沢さん…でしたっけ?
   私たち、悪いけどこれ以上は力になれそうにないわ…」

ほむら「…………」

マミ「まさか『無人軍隊(アームズ)』のトップが時空間干渉系を使えるなんて…ね。
   暁美さんで敵わないなら、私たちが出る幕じゃないわ」

唯がうつむき加減に答える。

唯「…ありがとう、マミさん…と暁美さん…。
  もともとは軽音部が解決するべき事態だったんだし、むしろこんな危険を冒してまで
  協力してくれて…感謝します」

マミ「…残りのオカ研の2人のことだけど、軽音部の人が音楽準備室まで運んで行ったのを見たわ」

唯「ホント!?」

マミ「ええ。奴らがそこまで手を出していなければいいけど…」

ほむら「……私たちも厄介事になる前に、ここを去りましょう。
    軽音部の人…せいぜい頑張りなさい」

ほむらとマミはそう言うとバラバラに去って行った。

残された唯は、動けない律を背負い、軽音部の部室へと向かった。


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バン!!

唯「みんな!」

勢いよく部室のドアを開け、汗を滲ませた唯は律を背負ったまま叫んだ。

澪「! …唯……か」

唯「……あれ…?エリーさんと…コーデリアさんは…?」

部屋に居たのは澪、紬、梓の3人だけだった。

梓「…………」

紬「……2人は…連行されたわ」

目を伏せて紬が言った。
その声は若干上ずっている。

唯「そんな……!」

唯がドサッと律を降ろす。

律「…痛えぞ……唯…」

体を動かすことが出来ない律は、口だけをかすかに動かして声を発する。

澪「…私たちは負けたんだ…結局、一人も助けられなかった。
  何が治安組織だ…!肝心の魔技も役に立たない…!」

澪は唇を噛み、悔しそうにうつむいた。
梓も誰を見ることもなくただ黙っていた。



5人は失意に打ちのめされた。
敗北。
その二文字が、軽音部の、唯の心に突き刺さった。




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最終更新:2011年05月25日 23:07