さわ子「それじゃあ、卒業生のみんなは在校生から花をつけてもらってね」

クラス「はーい」

さわ子「……どうしたの? ムギちゃん」

紬「……」ぎゅっ

さわ子「ちょっと、どうしたの!?」

紬「先生が、顧問で、先生が担任で……先生が先生でよかった……」

さわ子「……なぁに? それ」

紬「私、最初は合唱部に入りたくって……。でも、でもりっちゃんたちに誘われてよかっ
た。唯ちゃんや澪ちゃん、梓ちゃんに出会えたんだもん」

さわ子「うんうん」

紬「その中でも、さわ子先生が顧問になってくれて……そうじゃないと、私たちは部活と
して認められなかったんですもの。吹奏楽部も大変なのに、ありがとうございます」

さわ子「……ムギちゃん。私が私でいられる場所は、どんどん減っているの。大人になる
ってことは、素でいられる時間が短くなって、仮面を被っている時間が長くなるってことなん
だから。――でもね、あなたたちは私が持ってる、数少ない仮面を被らないでいい場所な
んだから。私の大事な生徒で、私の可愛い後輩。それがあなたたち」

紬「……はい」

さわ子「さあ、卒業式はきりっとしなさい。ほわほわなムギちゃんもいいけど、ね」


――講堂・卒業式――

ウメハラ「……」

進行「卒業生、入場」

在校生・父兄・職員「パチパチパチパチ」

唯澪律紬「……」

梓憂純「――」パチパチパチパチ

梓(卒業、しちゃうんだ)

憂(また、一歩前に行ってしまうんだな)

進行「――卒業証書、授与」

先生「3年1組、相川ヒカリ!」

唯(……)

さわ子(うわー。何度も名簿読むけど、この場は緊張するー)

先生「渡辺真由美! 以上、37名。卒業」

さわ子「3年2組、秋山澪!」

澪「はい!」


進行「卒業生、退場!」

在校生・父兄・職員「パチパチパチパチ」

さわ子(無事に終わった……。さあ、あとは最後のホームルームね)

ウメハラ「あの、山中先生……」

さわ子「あら? なんでしょう?」

ウメハラ「ホームルームなんですが、5分でもいいんで、お時間貰っていいですか? 生徒
に話したいコトが……」

さわ子「……あのこと、ですね」

ウメハラ「はい。今日まで話せなくて、すいません」

さわ子「いいのよ。あなたも、1年一緒に面倒見てきた副担任じゃない」

ウメハラ「ありがとうございます」

さわ子「さあ行くわよ。最後のホームルームで、泣くんじゃないわよ!」

ウメハラ「はいはい」


――教室――

さわ子「それじゃあ、今日で高校生活も終わりです。みなさん、本当にいい子で、これから
も素直に、いい大人になってくださいね」

風子「先生!」

さわ子「なあに? 高橋さん」

風子「山中先生と梅原先生に、渡したいものがあります!」

風子「あれ、だれが持ってる?」

唯「あ、私と和ちゃんが持ってるよ!」

和「私はさわ子先生に渡すわ」

唯「じゃあ、私はウメちゃん先生だね」

さわ子「あ、あなたたち――!」

和「えと……1年間、ありがとうございました。唯の面倒、お疲れ様でした」

さわ子「ははは。本当に、大変だったわよ」ぎゅっ

唯「ウメちゃん先生。色々と、ご迷惑をおかけして。でも、最高の1年でした!」

ウメハラ「……うん」ぐすっ

律(ウメちゃん……涙ぐんでんじゃねえよ……こっちもやばくなるだろ……)ぐすっ

さわ子「……梅原先生」

ウメハラ「……はい」

姫子「?」

ウメハラ「みんなのなかに――知ってる人はいないことなんだけど。俺、今日で先生を
辞めることになったんだよね」

春子「!?」

ウメハラ「実は俺、アメリカの会社と契約してるプロ格闘ゲーマーなんだ。そう言っても
ピンとこないだろうけど、これからはそっちに力を入れていこうと思う」

エリ「そんな! そんないきなり!」

ウメハラ「本当はもっと早く言わないといけなかったんだけど、ごめん」

さわ子「先生はギリギリまで、決定を遅らせたの。先生を責めないであげて」

ウメハラ「みんなの卒業式を見られて、本当によかった。1年だけだったけど、みんなは
俺の大切な生徒だから。その生徒たちの進路が決まるところや、卒業する姿を見られ
て、本当に幸せだよ」

ウメハラ「これから、みんなは多くの人や出来事に裏切られると思う。世の中、先生たち
みたいに、君たちを想ってる大人だけじゃないから。何度も何度も、泣くことになると思う。
でも、それだけじゃない。きっと、自分を貫けるものがあるから」

ウメハラ「……だから、みんなも見付けてほしい。誰にも邪魔されない。一番を、見つけて
ほしい。これが、俺の最後に言いたいことなんだ。卒業、おめでとう」

ウメハラ「……ごめん」

ドア「がちゃ」

さわ子「……梅原先生、ありがとう」


さわ子「梅原先生が貫けるものはゲームなの。みんなは、ゲームって聞くと幼い。子ども。
本気になるのは馬鹿みたいって思うかもしれない。でもね、それは大きな間違いなの。
野球もサッカーも、バンドでも、一生懸命やって結果を出すことは素晴らしいことなのよ」

澪「――」

さわ子「もっといえば、結果なんてものは必要ないの。高校野球を無条件に素晴らしい、
爽やかっていう人がいるけれど、その人の大体がゲームをよくないものにカテゴライズ
するわ。汗を流すことが素晴らしいっていう風潮で、ゲームは違うものだってこと。そんな
つまらない大人の話なんて聞かないで。その人には、一生懸命できるものがなくって、
人の文句を言うことしかできない人間なんだから」

紬「――――」

さわ子「私は――きっと去年まではつまらない大人だったのかな。梅原先生に出会わなか
ったら、ずっとあのまま、つまんない大人のままだった」

さわ子「私にも、みんなみたいな時期があったのに。それを忘れていた」

さわ子「みんな! 夢を持ちなさい! そして、なにがなんでも叶えなさい!」

さわ子「それが私の最後の授業! 過去は、たまに思い出すだけでいいのよ!」


――部室――

梓「……今日は、来るかな」

ドア「がちゃ」

唯「あずにゃん!」

梓「唯先輩!」

澪「今日が最後の部室だな」

律「ああ。今日は、ゆっくりしよう」

紬「お茶、いれるね」

梓「わ、私がいれます! いれさせてください!」

紬「……フフっ。じゃあ、お願いね」

唯「あずにゃん部長!」

梓「は、はい!?」

律「……」ぎゅっ

梓「にゃっ!」

律「ホント、情けない部長で、ごめんな」

梓「……そんなこと、ないです」

律「ぐーたらで、大雑把で、馬鹿で、へたっぴで」

梓「違います! 律先輩は……気が利いて、ホントは繊細で女の子らしくって……私の、
大事な大事な部長さんです!」

律「……へへ。ありがとう。私なんかの後輩になってくれて」

梓「……うう。先輩たちに、手紙を書いてきました。読んでください」

唯「うん。ありがとう」

澪「絶対に読むよ」

紬「一生大事にするよ」

梓「……私、先輩のこと、大好きです」

唯「――あずにゃん、これあげるよ。私たちが一年生のときに撮った写真。今のあずにゃ
んよりも若いよぉ」

梓「……」ぎゅっ

唯「あずにゃん……なでなで」なでなで

ドア「がちゃ」

さわ子「卒業式、お疲れ様」

ウメハラ「よく頑張りましたね」

唯「あ、先生!」

律「……二人とも、ここに座って」

ウメハラ「?」

さわ子「なにかしら」

梓「いいから。座ってください!」

紬「お茶もどうぞ」

さわ子「どうしたのよぅ」

ウメハラ「山中先生」

さわ子「ん?」

唯「ウメちゃん先生! 1年間ありがとう! さわちゃん先生も3年間ありがとう! 顧問に
なってくれてありがとう!」

澪「それじゃあいくぞ! 『天使にふれたよ!』」

梓「いきます!」

律「って、梓ー」

梓「え?」

紬「梓ちゃんもあっちだよ」

梓「え? え?」

唯「これはあずにゃんにも送る歌なんだよ~。あずにゃん、弾けないでしょ?」

梓「あ」

律「ほら、座りなよ」

梓「は、はい……」

ウメハラ「……」

さわ子「……味なこと、してくれるじゃない」

唯「それじゃあ、改めて――」

澪「天使にふれたよ!」

紬「――せえの!」

律「――!」カンカンカン

梓(唯先輩はギター用語覚えないし)

梓(律先輩は走り気味だし)

梓(でも――でも――みんな揃うと、どうしてこんなに良い演奏になるんだろう)

梓「――ようやく、わかりました」

さわ子「……」

ウメハラ「……」

梓「みなさん、心が通ってるんだ。私も、そうなりたくってここに入ったんだ」

唯「――どうだったかな」

梓さわ子ウメハラ「パチパチパチパチ」

梓「……あんまり上手くないですね!」

律「ばっさりだー!」

梓「でも、最高の演奏でした!」

紬「先生……」

さわ子「今更……なに言ってるのよ……」ぐすっ

ウメハラ「……ごめん。なにも言えない。ただ、さみしいもんだね」

唯「うう……」

澪「うあ……」

紬「梅原先生辞めないで!」ぎゅっ

ウメハラ「!?」

律「そうだよ辞めないで! ウメハラじゃない。梅原大吾先生としていてくれよぉ!」ぎゅっ

唯「ウメちゃん先生ええええ!」ぎゅう

澪「先生が大好きなんだ! だから――ここにいて!」ぎゅっ

梓「せんせえええええええ!!!!」ぎゅっ

ウメハラ「……」

さわ子「先生、私からも――無責任ですけど、一緒に仕事がしたいんです」

ウメハラ「……ごめん。俺は、俺を貫くんだ」

唯「先生……」

ウメハラ「卒業、おめでとう。あの曲は、一生忘れないよ」

ドア「がちゃん」

唯(そうして、私たちの卒業式は終わってしまったのです)



epilogue

梓「軽音部の3人とも、同じクラスでよかったね」

純「だねー。これで修学旅行も一緒だ!」

憂「ところで部長! 新入部員獲得の策は!」

梓「もちろんあるよ! 見てなさい! 気ぐるみとチラシで――」

憂「梓ちゃん! それ駄目だよ! 一人として入らない!」

ドア「がちゃ」

先生「始業式前のホームルーム始めるから席についてー」

純「おっと。先生来た」

梓「そうだね。……ん?」

ウメハラ「担任の梅原です」

梓「ふぇ?」

ウメハラ「昨年度で退職の予定でしたが、二足の草鞋を履くのも面白い」

梓「な……なななななんでえええええええええええええええええ!!!!!!!?」

ウメハラ「授業ノ……時間ダ」
                                          FIN



最終更新:2011年05月26日 22:45