「澪の事がずっと好きだったんだ!だったじゃない!今でも!今だって!」

「でも、でも澪には私より幸せに出来る人が居るはずだって、思って、信じて……」

「女の私じゃ!出来ない事が多すぎるから!」

「澪があんな風に言われるなんて耐えられなくて!だったら私から離れた方が良いって!」

「だからって、あんな言葉で澪を傷付けるしか出来なくて!」

「私だって!澪が隣に居るだけで幸せだったよ!」

「二人で居たいよ!ずっと!ずっと!」

「澪が何より大事で!何より大切で!私の隣は澪以外考えられなくて!」

「澪さえ居ればそれで良かったんだ!それで良かったのに!」

「そばに居て欲しいよ……澪……」

澪だけを想って、澪の為に生きる。

それだけを考えて生きていきたかった。

無理をして、嘘まで吐いて、突き放して、別れて。

もしも他に方法が有れば、もっと考えれば、子供な考えのままで先輩に反論していたら。

もしかしたら違う結果が有ったかもしれない。

そんなたらればが、波の様に押し寄せる。

でももう別れを告げたから、悔やんでも悔やんでも戻れない。

過ぎ去った時間は戻ることも無く、今日が終わっていく。

「りっちゃんにとっての幸せってなんだったの?」

私を抱き込んだまま、唯が優しく訪ねてくる。

「私は、澪と居るだけで幸せだったな……」

「澪ちゃんも、そうだったと思うな」

そうだ。澪も、そう言ってくれていた。

そうだ。私も、そう思っていた。

今になって一番大事な事に気づく。

二人で居る事が二人の幸せだったのに。

二人の気持ちは、同じ前を見ていたのに。

澪も、そう言っていたのに。

私も、そう思っていたのに。

澪と居る事が私の一番で、私と居る事が澪の一番だと言ってくれた。

そんな事も忘れて、勝手に澪を突き放した。

そんな私の嘘も、澪はきっと気付いている。

嘘を吐いてまで別れた私を、澪は許しはしない筈だ。

もう会う事も無い。会える訳が無い。

もう、大好きな人の隣を歩く事は出来ない。

彼女の決意を聞いたから。

彼女から、さよならを、受け取ったから。

* * *

「りっちゃん、落ち着いた?」

「うん、ありがとう。唯。でも、もう少しこのままでもいい?」

「りっちゃんとなら何時間でもこうしてられるよ」

私を抱き込んだまま、唯は甘えさせてくれる。

「流石に何時間もやってらんないって」

「だよね~。……りっちゃんはさ」

「うん」

「本当は、どうしたかったの?」

「澪に、幸せになってほしかった」

「澪ちゃんを想うりっちゃんじゃないよ」

「え?」

「りっちゃんが、どうしたかったの?」

「どう。って……」

「りっちゃん、私はね」

「ん?」

「何でも自分で決めれる様になって、初めて大人になったと思ったんだ」

「何をいきなり」

「子供の内はさ、先生とか、お父さんお母さんとか、私の未来を一緒に考えてくれる人や決める人が一杯居たけど」

「大学を卒業して、就職先も住む所も、ぜ~んぶ自分で決めて」

「誰の意見に従わなくても自分の事を全部自分で決めるんだって」

「そう思ったとき、初めて『自分が大人になったんだ』って思ったんだ」

「唯?」

「だからさ、りっちゃんも大人になったんなら、自分たちの事は自分で決めて良いんだと思うよ?」

「世間がどうとか、日本がどうとかさ」

「そんな周りに振り回される事も無い、大人になったんだからさ」

「子供の頃は通せなかったワガママも、大人になったら通せるよ」

そっか。二人が良ければ、我を通してもいいんだ。

「……私は、澪と一緒に居たかったな」

「うん」

「澪には色々言い訳したり、嘘吐いたりしちゃったけど。うん、それが本心」

「澪の都合なんか考えないで、私の好きにしていいよって言われたら、私はきっと一日中澪に抱きついてるかもしれないな」

そんな事、した事も無かったけど、今にして思えばもっと甘えれば良かったかな。

「じゃあ、それでいいじゃない」

といっても今更戻れないし、こんな事言ったって後の祭りでしかないわけで。

「それじゃ、改めて澪ちゃんへの気持ちを言ってみようか」

「え、何でそんな事」

「聞いてあげるから」

唯を見上げる。微笑んでくれる。

懺悔でもしようか。今日本当に言うべきだった事を並べようか。

「……澪」

正直に気持ちを、並べてみようか。

「私は、あの頃から、澪の事、今でもずっと大好きだ」

「大人になって、社会に出て、色々と周りが傷つけようとしてきたり、厳しい目で見てきたりするかもしれないけど」

「それでも澪といれば、私幸せなんだ」

「だから……私と、ずっと一緒にいてくれないかな?」

今日、あの海辺で、本当はこう言えば良かった。

又一つ、後悔する。

私って、ホント馬鹿。

「……だってさ、澪ちゃん」

「え?」

唯から離れる。視界の端で揺れる白いブラウス。

「なん……で?」

目線を映したドアの前に、愛しい人の姿。

混乱する私に向かって彼女が歩を進める。

「この……馬鹿律!!」

そのままの勢いで、拳骨を振り下ろした。

「痛゛っ!?」

頭を抑える私を、澪がそのまま持ち上げる。

「この、嘘吐き」

澪さん、顔が怖いです。

「ごめんなさい……」

「何が『澪の幸せが私の幸せ』だ。本当は一緒に居たいだけの癖に」

「はい……その通りです」

「本当に、私を幸せにしたいんだろ?」

「そりゃ!……勿論」

「じゃあ、兎に角今すぐ抱きしめてよ!」

バッと、両手を広げて私を待ち構える。

「澪ぉーー!」

全力で跳びかかり、力一杯抱きしめる。

そんな私を、澪はしっかり抱き返してくれる。

澪が私の頭を撫でてくれる。抱きつくといつもこうしてくれる。

澪のにおいがする。私の好きなにおい。

長い黒髪が顔に当たってくすぐったい。いつもの感触がする。

しっかりと、抱きしめあってお互いを確かめ合う。

今度こそ、二度と放さないと、願いを込めて。

これで良かったんだ。澪だってそう思ってくれている。

世間のしがらみも奇異の目も、二人で居れば関係無い。

傷つける奴が居れば、私が澪を守る。

あの先輩にだって、何が悪いと逆に問い詰めてやる。

好きな人を好きだと言えないで、何が大人だ。

ぎゅうぅ。

「あの~澪しゃん?」

何かどんどん抱きしめる力が強くなってるんですけど。

「付き合い始めてからさ、律に嘘吐かれたのって初めてだな~」

「……そうでしたっけ」

「嘘吐きには、罰を与えないと駄目だよね?」

「さっきの拳骨は?社会人になって初でしたけど……」

「与えないと駄目だよね?」

「はい……」

あれ、また涙が出ちゃう。違う意味で。

「じゃ~あ~、どうしようかなぁ?」

小憎らしく笑う彼女は、今や死刑執行人の様で。

「……軽めでお願いします」

まぁ、悪いのは私だし?どんな罰でも相応と思えば。

「許すまで放さない」

「え?」

「例え遠くに離れることが有っても、律の嘘を私が許すまで放してやらない」

さっきと違う、さわやかな笑顔で彼女は続ける。

「勿論、一生許す気は無いけどね」

そういって軽く口づけをする。

「あ、私を幸せにするまで、の方が良かったかな?」

「どっちでも一緒だよ。もう許したって幸せになったって放してやるもんか」

抱きしめる手に力を込める。そうだ。もう放したりするもんか。

「そうそう、それで良いんだよりっちゃん」

声に振り向くと拍手する唯。

そういえば人ん家で何やってんだ私達は。

「ココ、唯ん家だったな。忘れてた」

「いや~、良いもの見せてもらいました」

わざとらしく涙を拭う唯。

紅茶片手に良い御身分で。

「あ……あ……」

私を抱きしめたまま、澪が固まっている。

りんごかと思うほど顔赤くしちゃって、まぁ今の流れを見られたとあっちゃなぁ。

口パクパクして、可愛いなぁもう。

「じゃあこのままりっちゃん澪ちゃん仲直りパーティだね!あずにゃんムギちゃん、久々にHTT全員集合だよ!」

パンパン!と手を打つ唯。

「はぁ、何言って」

バターン!

「話は聞かせてもらったわ!りっちゃん!」

「ちょっと!折角隠れてたのに何でバラすんですか唯先輩!」

開いた口が塞がらない。

そのクローゼットは今すぐ閉じてほしいけども。

今の一部始終全部HTTで共有かよ。恥ずかしいなぁオイ。

取り敢えずムギ、その手に有るカメラは後で没収だ。

「あちゃ~。澪……あれ?」

あ、澪ったら立ったまま気絶してる。

そりゃ限界も突破するよな……。

* * *

「皆心配してくれてたんだよな」

「そうだよりっちゃん。あずにゃんなんか今日だってずっと泣いてたんだから」

そのままの流れでパーティが始まり、どんちゃん騒ぎ。

澪も目を覚ました後、皆に礼を言いながらドリンクを一気した。

色々有って喉が渇いてたからって、チューハイ一気は無茶だったんだろう。

そのまままた倒れちゃって今は私の膝の上で眠っている。

一段落ついて、唯から今日の話の流れを聞いた。

ムギと梓から今日の私たちの話を相談されていた唯は、今日の朝の時点で私達二人共にメールしてたらしい。

私の本心を引き出し、澪に聞かせて仲直りさせようと画策し、私達は見事に乗ってしまった訳だ。

何がびっくりって、発案から何から全部唯が主導って事だな。

「ありがとな、唯。凄いよお前」

ホント感謝してる。まだまだ子供かと思ってたけど、私より断然大人じゃないか。

後の二人はそこで丸まって寝てる事だし、後で改めて礼を言わないとな。


「どういたしまして。愛するりっちゃん隊長の為ですから」

「そうかそうか、素晴らしい隊長愛だぞ唯隊員。まぁ私は澪のモノだけどな」

「妬けますなぁ」

唯のニヤケ顔でこちらを見る。酔ってるからかやけに顔が赤い。

「ほら見てみろ唯。お前の愛しのあずにゃんが無防備な格好で誘ってるぞ」

恥ずかしさに負けた田井中律中野梓を生贄に捧げた!……スマン、梓。

「ホントだ。……あ~ずにゃ~ん!」

「んにゃ!?ちょっ、止めてください唯先輩!」

「良いではないか良いではないか~」

さて、私も少し寝ようかな。

ふと膝に目をやると、澪がこちらを見つめていた。

「あぁ、澪起きてた?」

「うん」

寝ぼけ眼なまま澪が起き上がる。

顔がほんのり赤いのはまだ酔いが抜けてないからだろう。

「大丈夫か?」

「ちょっと、頭痛い」

「ベランダ出るか?」

「うん、外の風浴びる」

肩を抱いてベランダに出る。

一度戻ってジュースとタオルケットを取ってベランダへ。

視界の端で梓が半裸になってる様に見えたけど、きっと酔いの所為だろう。

「律せんぱ、たすけ「あ~ずにゃぁあ~ん」ひゃん!」

グッドラック、あずにゃん。

ムギがしっかり撮ってくれてるから安心しろ。

「ムギ先輩も何でカメラを「あ~ぁずにゃぇあ~ん」にゃぁあ!」

ベランダに出て、ジュースを開けて、一つ澪に手渡す。

「ありがと。何か梓の声がしたけど」

「気にするな。問題無い」

「何だよそれ」

目線をジュースに落とした澪が、思いついた様にこっちを見なおした。

「そうだ、乾杯しようか」

「え、もう口つけちゃったよ」

「良いよ良いよ。乾杯しよう」

缶をこっちに向ける澪。

「何に?」

「律に任せる」

やけにニヤニヤしてると思ったらそういう事か。

そうだな。乾杯する事なんか一つしか思いつかないよ。

「じゃあ、二人で幸せになれますように?」

今度は私が、決意の言葉を。

「それはいいな」

まずは、どうしようか?

両親に報告、は流石に早いな。笑われるか、怒られるか、呆れられるか。

聡辺りには笑われそうだな。

「だろ?それじゃ……」

まぁ、澪と二人なら、もう何が有ったって一緒に歩いて行けるよな?

「「乾杯」」

END






最終更新:2011年05月28日 00:54