母「唯、あなたがそんなに悩んでたらダメでしょ?」
母「憂の未来はあなたに任せたのだから、あなたが憂を先導しなきゃね」
唯「……わかってるよ、わかってるケド」
父「唯、もう一度言葉にしてごらん。憂への気持ちを」
唯「私は……憂が好き」
そうだ、憂が他の人に取られたく無くて憂と結婚したんだ
絶対に私の手で憂を幸せにしたくて……
私以外の人に憂を任せたく無くて……
唯「ありがとう、もう大丈夫だよ」
父「お父さん達はずっと味方だからな」
母「中で待ってるからね」
唯「うん!」
お父さんとお母さんは会場へ戻った
これからの人生、悩んでいる暇なんてないんだよね
私がしっかりしないと
─────
暫く待つと憂がお色直しを終えて戻ってきた
先程のドレスから緑のカクテルドレスに着替え少しは歩きやすくなったようだ
唯「おかえり、憂は緑が似合うね」
憂「ふふ、ありがとう」
緑のドレスは中学の頃の制服を彷彿とさせた
憂「準備できてる?」
唯「大丈夫だよ」
ソファから立ち上がり憂の手を取る
唯「新郎らしいことしないとね」
憂「お姉ちゃんかっこいい!」
唯「てへへ、じゃあ行こうか」
再び会場の扉の前に立つ
高い天井まで伸びる荘厳な扉からは中の雑音が漏れていた
和ちゃんとアナウンスが聞こえた
和「皆さんお待たせしました。お色直しを済ませた二人が再入場します。カメラの準備をどうぞ」
ドアが開かれる
相変わらずフラッシュの嵐、各卓のキャンドルに火を燈しながら高砂まで進んでゆく
みんな酔っ払っているようだ
絡んで来る友人達を振り払い再び席についた
黒服「おかえりなさいませ。舌平目のパイ包みでございます」
魚料理が運ばれてきた
少々進行が押しているようだ
和ちゃんはサクサク式を進める
和「新郎の高校時代の友人によるバンド演奏です」
りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん、あずにゃん、ステージに立っていた
楽器の準備もできている
律「今日は唯と憂ちゃんの為に曲を作って来ました。食事を進めながら聞いて下さい」
唯「え?そんなの聞いてないよ?」
憂「サプライズだね」
まさか私達の為に曲を作ってくれたなんて……
思わず涙腺が緩んだ
─────
唯「うぅ……みんなありがどゔ……」
曲が終わるまで終始涙が止まらなかった
律「なに泣いてるんだよ。次は唯の番だぞ!」
唯「えっ?」
律「キース!キース!」
キス?
嘘、みんなの前で?
会場からはキスコールが湧き上がる
憂「お、お姉ちゃん……」
憂は真っ赤な顔をこちらに向けた
唯「あぅ……りっちゃんめ……!」
今はりっちゃんを恨んでもしょうがない
憂「どうするの?」
唯「う……やるよ。サプライズで曲を作ってくれたんだから……」
尚も止まないコールをどこか遠くで聞いていた
今は憂の姿にだけ集中する
唯「憂、するよ」
憂の肩に手をかけ最後の確認をすると
無言で私の手に腕を絡め目を閉じた
唯「……」
乾燥する唇を潤わせ私は憂の唇に自分のそれを重ねた
柔らかくて甘い
そして憂の匂いが鼻腔をくすぐった
唯「……ん」
黄色い声が響き
恥ずかしさが込み上げて来た
そろそろ離していいかな
憂「……!」
しかし、憂は腕に力を込め更に唇を押し付けて来た
私は半ば仰け反るような体制になっていたが憂は構わず長いキスを続ける
唯「はぁ……はぁ……」
長いキスが終わり会場は微妙な空気に包まれた
唯「えっと……」
憂「……ごめん」
理性を取り戻しシュンしてしまった憂
なぜこんなにも可愛いのか
私はそっと頭を撫でてやった
それてりっちゃんに目配せをする
律「えと、新婚夫婦の熱いキスでしたー!」
律「見せつけやがって、コノヤロー!」
りっちゃんの言葉を受け更に顔を沸騰させる憂
和「えっと進行に戻ります。続いてはご来賓による祝辞です」
憂の元担任の先生だ
私とはあまり面識は無いが来ていただいただけで有難い
憂「先生の話すごく長いと思うよ」
唯「えー……」
祝辞は一人五分ほどの予定で組んであるが
その先生はゆっくりと十分かけて憂の優秀さを説明した
まぁ、憂のいいところを挙げたらキリがない
良く十分に収めたと思う
その後も祝辞は続き
いよいよメインディッシュの肉料理が届いた
黒服「牛フィレ肉のグリエ、フォアグラ添えでございます」
唯「わー!美味しそう!」
湯気を立てる牛フィレ肉に視覚、嗅覚を刺激され
否が応にも食欲をそそられる
唯「憂!食べてみなよ!」
憂「うん、美味しそうだね」
憂はミートナイフ、フォークを持ち肉を切り分ける
なんというか手馴れているな
憂の手捌きに見惚れていると
憂がこちらを向いた、そして
憂「あ、あーん」
唯「ぶふっ」
思わず吹き出してしまった
唯「き、今日の憂は積極的だねぇ」
憂「いいから!私も恥ずかしいんだよ!」
いつもの模範的行いを徹底する憂からは想像もできないことだ
私は口を小さく開き身を寄せる
唯「あ、あーむ」
憂「美味しい?」
唯「ふふ、おいひい!」
次は私があーんをしてあげる番だ
憂はとびっきりの笑顔で私が切り分けた肉を口に含んだ
憂「コレ凄く美味しい♪」
確かに高級な肉を使用したビィアンドは美味しかった
しかし同時に、一番美味しいのは憂の手料理だと確信した
ホテルの料理長には申し訳ないが、憂の料理を再現するなんて不可能だろう
そんな考察をしていると和ちゃんが祝電披露を読み上げ始めた
まずはお祖父ちゃんとお祖母ちゃん
お祖母ちゃんはどうしても来たいと言っていたが
足を悪くしてしまい、さらに病気を患ってしまった
現在は田舎の病院で療養中、お祖父ちゃんは病院でつきっきりだ
唯「……」
お祖父ちゃん達にとって私と憂は孫だ
憂「お姉ちゃん」
そして私は……
お父さんとお母さんに孫の顔を見せられない親不孝だ
憂「またあのこと考えてるの?」
唯「大丈夫、大丈夫だよ」
お父さんとお母さんは私達の味方だってさっき言ってたから……
唯「私はね、憂がいてくれたらそれでいいんだよ」
唯「憂とずっと一緒にいられたら……それだけで私は幸せなの」
憂「私もだよ」
さて披露宴もいよいよ佳境を迎えた
デザートが配られ最後の歓談に入る
お父さんとお母さんは相変わらず瓶ビールを持ち
来賓に注いで回っている
唯「はぁ、もう二時間も経ってる」
憂「楽しい時間は過ぎるのが早いね」
唯「そだね」
これからの生活も楽しすぎて
あっという間に過ぎ去ってしまうのだろうか
憂と永遠の別れを告げる日が来るのだろうか
唯「あぁ、なんかネガティブだよ」
憂「お姉ちゃん、しっかりしてよ」
唯「私達さ、いつか死んじゃうんだよね……」
憂「縁起でもないこと言わないでよ」
唯「だって、幸せ過ぎて……」
憂「じゃあ、天国に行ったらもう一回結婚しよ?」
憂は周りから見えないようにそっと手を重ねる
心がじんわりと熱を帯びた
今はその暖かさだけを信じればいいのかな
唯「うん!約束だよ!」
私達は少しだけ手を動かし
指切りをした
ウェイターさんがコーヒーを注ぎ回り始めた
あぁ、いよいよか……
和「皆様、宴もたけなわではございますが、新郎新婦の退場の準備に取り掛かります」
和「平沢家、ご両親は会場後方の扉の前までお願いします」
唯「私達も行こうか」
憂「うん」
憂と腕を組み、精一杯背筋を伸ばし扉へ向かう
和「花束贈呈です」
唯「お父さん、お母さん今日はありがとう」
母「ありがとう」
花束を受け取ったお母さんは既に涙目だった
和「新郎からご両親へ、手紙の朗読です」
私は目を閉じ呼吸を整えた
マイクを受け取り、手紙をポケットから取り出し心の準備を終えた
唯「ふぅ……ふぅ……よし!」
唯「お父さん、お母さん!今まで本当にお世話になりました」
唯「今日を以って私達姉妹は夫婦となり、互いに協力し、
お父さんとお母さんの元を離れ強く生きてゆきます。
私達を養う為に何年も働き続けてくれたお父さん。
私と憂を産んでくれたお母さん。
青春時代を共に過ごしたみんな。
私が困ったときに傍で支えてくれた皆さん。
今日披露宴に来れなかった人達にも本当に感謝の気持ちを伝えたいです。
たくさんの人に支えられ無事、最愛の人と結ばれることができました。
これからも私達夫婦を暖かい目で見守って下さい」
唯「そして、憂。
私の妹に生まれてくれてありがとう。
私の妻になってくれて本当にありがとう。
私を人生のパートナーに選んでくれて本当の本当に……ありがとう。
ずっと好きでした。
……貴女と結婚できるなんて夢みたいです。
これからの長い人生、喧嘩することもすれ違うこともあるだろうケド、
神様と仏様と会場の皆様に誓います!
絶対に貴女を幸せにすると。
貴女に会えて本当に良かった……
ずっと笑って共に歩んでいこう」
憂を見つめ最後まではっきりと伝えた
憂は感動の涙を流しただ一向に頷いていた
これからどんな苦難が待ち受けているのだろうか
壁にぶつかる度、今日のこの日を思い出せば
きっと乗り越えられる
愛し過ぎる貴女を守る為、私は今日から新郎として生きる
おわり
最終更新:2011年05月28日 21:49