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和「・・・落ち着いた?」
唯『うん。・・・・・ごめん。やっぱ、今日の私おかしいのかも』
和「ううん。私も疲れてるのよ、主に試験勉強で」
唯『……』
和「・・・・私があの人と寝られなかったのは、単に男の人だったからよ」
唯『・・・・うん』
和「無理やりキスまではしてみたけど、やっぱり抵抗あったわ」
唯『・・・・でも、私のこととか思い出したんじゃ』
和「そうね。でも、それを後悔はしてないわよ」
唯『……後悔しなきゃ、いけないのかもしれないよ?』
和「・・・・そう、かしら」
唯『死んだ人とつきあってるなんて、和ちゃんお父さんお母さんに言える?』
和「それは・・・・・ううん。確かに、唯の言うとおりよね」
唯『やっぱりさ、死んだ人とつきあうなんておかしいんだよ』
和「……」
唯『……もうさ、2011年なんだよ。今さら死んだ恋人を思い続けるとか、ケータイ小説みたいな話なんて流行んないよ』
和「・・・・・王道はいつの世でも残るものだと思うけれど」
唯『でも、それはドラマの中だけの話だよ。・・・・やっぱり、私は消えた方がいいんだ』
和「・・・そういって戻ってきたわよね、前も」
唯『うるさいなあ! 今度こそ、みんなが私のことをすっかり忘れて私が消えるまで・・・・!』
ぎゅっ
和「・・・ばかなこと、言わないの」
唯『・・・うぅっ・・・・のどかちゃんの、ばか・・・・』
和「・・・・・ねぇ唯。私が初めて書いた脚本、あったでしょう。憂や澪たち、・・・・梓ちゃんにも見せた話」
唯『うん。・・・・覚えてる』
和「あれもね、結局は死んだ女の子の話だったじゃない」
唯『うん。・・・・・だからあずにゃん怒ったんだよね。唯先輩のことをネタにするんですかって』
和「そう。書いたときはそんなつもりなかったけれど、気が付いたら唯の話になってたのよ」
唯『・・・・しかたなかったんだよ。それに、私はうれしかったな。・・・・あずにゃんには、悪いけど』
和「ありがとう。・・・・唯が気に入ってくれなかったら、今まで書いてないもの」
唯『・・・そっか。ありがと、和ちゃん』
和「・・・・認められたいとかじゃなくて、書かずにはいられなかったんだけど」
唯『うん。・・・・あの頃の和ちゃん、げっそりしてたもん』
唯『・・・・でもね、あずにゃんのこともうれしかったんだよね。ほんとはよくないのに』
和「そうね。でも自分のために怒ってくれるのは、私だってうれしいと思うわよ」
唯『うれしがっちゃいけないはずなのになあ・・・・ダメだね私。成長してない。・・・できっこないけど、あはは』
和「・・・・」
唯『・・・・』
唯『・・・・ねぇ』
和「なあに?」
唯『私が見えるのも、触れるのも、和ちゃんだけなんだよね』
和「そうね」
唯『・・・・もしかしたら、今の私はただの幻覚なのかもしれないよ』
和「・・・・・!」
唯『そんな顔しないでってばぁ。はっきし言って、気づいてたでしょ?』
和「・・・・」
唯『和ちゃん、もう二年ぐらい精神科も通ってないし抗うつ剤も飲んでないから悪化してきてるんだよ』
和「・・・・」
唯『和ちゃんは、ただの病気。私は、ただの幻覚。それでもう終わりにしようよ』
和「・・・・そんなこと、・・・っ!」
唯『私のことを、・・・・忘れてよぉ、おねがいっ、だから・・・!』
和「・・・・」
唯『そうじゃないとっ、・・・和ちゃんまで、昔のことにしばられたまんまで・・・・死んだみたいに、なっちゃうから・・・!』
和「・・・・」
唯『・・・・わたしっ、・・・もうのどかちゃんのこと・・・・・っ・・閉じ込めたくない・・・!』
和「・・・・」ぎゅっ
唯『もうだきしめないでよぉ・・・ぐすっ・・・はなれられなく、なっちゃう・・・・』
和「・・・・バカね、唯は」
唯『・・・ぐすっ・・・・』
和「そんなに思いつめてるなら、早く言いなさいよ」
唯『・・・・だって、のどかちゃんがっ・・・』
和「……唯。昨日は、最期に桜ヶ丘を見に行こうって思ったんでしょ」
唯『・・・・うん』
和「やっぱり・・・・自分の命は、粗末にしちゃダメでしょう」
唯『あは・・・わたし、もう死んでるのにね・・・・』
和「……死んでなんかないわよ。私の中では、生きてるから」
唯『でもそれも、幻覚なんだよ・・・?』
和「・・・・私にしか見えないもののことは、私が決めるわよ」
唯『・・・・そんなの、ダメだよ』
和「私にしか見えないものが幻覚かどうかなんて、私が決めればいいことじゃない」
唯『・・・そう、かな』
和「・・・・あのね。脚本書くようになって、一つ分かったことがあるのよ」
唯『・・・・?』
和「物語の登場人物なんて、頭の中にあるうちはみんな幻覚みたいなものなの」
唯『・・・・それは、私を登場人物にしてるからだよ。逆なんだ』
和「確かに、そうかもしれないわね。でも、形にすれば、それは幻覚ではなくなる」
唯『・・・・』
和「誰かが受け止めてくれれば、私の幻覚も誰かの記憶に変わる」
唯『・・・・和ちゃん』
和「・・・・昔見たドラマのキャラみたいに、思い出してもらえるようにも、なるかもしれない」
唯『・・・・そう、かな』
和「唯。私が小説じゃなくてマンガでもアニメでもなくて、台本にしたのはね」
唯『うん』
和「・・・・登場人物の声が、じかに伝わるからなの」
唯『・・・・それって、わたしのこと?』
和「そうね・・・・それだけじゃないけれど」
唯『・・・ああー。あー、あー。ふわっふわったーいむ』
和「・・・ふふっ」
唯『・・・えへへ。この声、か』
和「そうよ。その声を、私の言葉で誰かの心に残せるなら・・・・唯は、ただの幻覚じゃなくなると思う」
唯『・・・・だったら、いいなあ』
和「・・・・そうね。表に出さなきゃ、それこそ話にならないものね」
唯『・・・もう明け方だよ』
和「雨も止んだみたいね」
唯『・・・ちぇっ。雨降ったままだったら、今日は大学さぼろって言おうとしたのに』
和「あのねえ。唯じゃないんだから」
唯『あはは。・・・・ところで和ちゃん。私、もうちょっとここにいていい?』
和「・・・・家賃代ぐらいは、脚本書くのに協力しなさいね」
唯『・・・えへへ。ありがとう』
唯『・・・前にさ、私がもう一度死ぬ時の話、したよね』
和「そうね。この世の誰からも忘れられた時、だったかしら」
唯『うん。・・・・でも、今思ったんだけど』
和「うん」
唯『それまでの間は、もう一つの世界で生きてるってことで、いいのかな』
和「・・・・そうね。なんだかオカルトじみてるけれど」
唯『オカルトなんていったら私自体がオカルトだよぉ』
和「あはは。そうだったわね」
唯『私決めた。もう、和ちゃんのそばを離れない』
和「・・・・そう」
唯『ネタにしてほしいなんて思わない。ただ、和ちゃんの見る幻覚の中に、時々でいいから顔を出したいんだ』
和「・・・そうね。うん」
唯『絶世の美少女に書いてよ?』
和「・・・・唯を?」くすっ
唯『もー、笑わないでよぉ』
和「でも、そうね。死んでお別れの話なんて、そんな悲しいだけの話なんて、もう流行らないらしいもんね」
唯『・・・・あはは、さっき私が言ったことじゃん』
和「うん。・・・そのうち、どっかの話で使わせてもらうわね」
唯『えー、和ちゃんパクったー!』
和「私の幻覚ならいいじゃないの」
唯『げっ幻覚じゃないもん! 私は私だし!』
和「ついに認めたわね」
唯『うぐっ。・・・・えへへ』
◆ ◆ ◆
明け方四時過ぎ、机の上に突っ伏したまま寝ていた私はノートパソコンの熱に起こされた。
画面を見ると途中まで書いていた台本らしきものが残っている。
やっぱり、唯の話を書いていたらしい。
あまりの個人的な内容に消そうか迷ったけれど、もったいない気がしてとりあえず保存した。
三年前の卒業式の後、唯は自宅でふいに息を引き取った。
急な心臓発作だったらしい。原因は今でもわからない。ただ、よりどころを失って投薬を受け始めたのは覚えている。
私は憂や梓ちゃん、律たちに自分の幻覚のことを話した。けれど、それは遺された人を傷つけるだけだった。
その後、彼女たちとは距離をおき、逃げるようにサークル活動にのめりこんだ。
それも、結果的には自分の幻覚に引きこもるだけだったらしいけれど。
でも私は、自分の幻覚の居場所を見つけた。
架空の物語の中でなら、唯の声を残すことができる。
私はずっと、幻覚の居場所を見つけられずにうなされ続けていた。
この世から唯たちの方へ引きずられそうになったこともあった。
けれど、彼女や他に出会った人々の居場所を物語の中に見つけた時、もう一度呼吸の方法を取り戻した気がした。
処女作を書いたあの日、画面の向こう側に彼女の声を、はっきりと聴いた気がしたのだ。
とうに冷めてしまったホットミルクをすすりながら、ノートパソコンに浮かぶ文字をもう一度読み返す。
どうしようもないほど個人的な話で、唯のことも私のことも知らない人には理解できないだろう。
けれど、彼女の声は確かに聴こえた。目を瞑ると、あの日と同じ笑顔が見える気がした。
そんな気がした、だけだとしても。
無数の愛しい幻覚と共に生きていこう。
死んでお別れの悲しいだけの話より、その先に生きていくことを書かなくてはいけないから。
おわり。
最終更新:2011年06月06日 20:55