唯「そんな慌ててどうしたの純ちゃん?」
純「さっき村に矢文が来たんですが……その内容が、これなんです」
唯「なになに」
『そなたらの作戦、力量、敵ながら天晴れであった。
しかし、こちらもこのまま引き下がるつもりはない。来季の収穫の際には他の野武士と合流し、500の大軍で村を襲うだろう』
唯「500……」
和「はったり……かどうかは微妙なところね。実際この辺りにはかなりの数の野武士がいるから。
もしそれらをまとめられる器の頭なら、有り得るわね」
澪「500……そんな人数で来られたらどうしようもない……」
唯「続きがあるよ」
『しかし、それはこちらとしても不本意。仲間を失ったこの借りは自らの手で返したい。
よって代表同士の一騎討ちを申し付ける。我が勝てば村の収穫物は根こそぎ頂く。そちらが勝てば二度と村に手を出さないと約束する。
時間は明朝6時、場所は村の西口にて。
まさか逃げるような腰抜け侍ではあるまいな?』
唯「野武士の頭、だって」
純「こいつ偉そうですよ! なんかもう偉そうですよ!」
和「一騎討ちとは古風なやり方ね」
紬「来たらみんなでボコボコにしちゃいましょう! りっちゃんの腕の敵よ!」
律「いや、それは駄目だ」
紬「なんで!?」
澪「胡散臭いとは言えあっちは一騎討ちを望んでる。それを袋叩きにするなんて侍の名折れじゃないか」
唯「そうだよ、侍は何より威風堂々じゃないとね!」
紬「じゃあ私が行ってミンチにしてくるわ!」
律「ほんとになりそうだから怖い」
唯「みんな……ここは私に任せてくれないかな?」
和「唯……」
唯「もとはと言えば私が受けた依頼、最後に褌を締めるのは私だと思うんだ!」
澪「……そうだな。私は文句ないよ。今までずっとその背中を見守って来た。最後までお前を信じるよ、唯」
唯「ありがとう、澪ちゃん」
律「私が負けたのは唯我独尊流の使い手ただ一人だ。文句なんてあるわけもない。蹴散らして来い、唯」
唯「うんっ! りっちゃんの腕の敵は任されたよ!」
紬「本当は私が行きたいけど……唯ちゃんになら任せられるわ。友達を信じて待つこともまた侍よね!」
唯「ありがとう、ムギちゃん。ムギちゃんの村が野武士に襲われようものなら私はどこからでも駆けつけるからね!」
和「私は勿論文句なしよ。多分この中の誰が行っても負けることなんてないと思うけどね」
梓「それって……」
和「見ればわかるわ。もうあなたは立派侍よ、梓」
梓「……はいっ!」
梓「私も唯先輩に任せます。皆さんが信じた腕、どれほどの物かこの目で確かめさせてもらいますからね」
唯「ありがとう、和ちゃん、あずにゃん」
純「やっちゃってください唯先輩!」
唯「任せて!」グゥ~
唯「その前に……」
憂「ごはんだよ! お姉ちゃん!」
唯「おおっ! ナイスタイミングだよ憂!」
唯「うまうま」モシャモシャ
和「新米か、美味しいわね」パクパク
純「なんたってこの村のお米ですから!」ムシャリムシャリ
梓「律先輩、あーんしてください」
律「出来るか! んな恥ずかしいこと!」
紬「でね、おにぎりを作るといつもお米がつぶれててあんまり美味しくないの。お餅をつくのは得意なんだけど」モグモグ
憂「こう赤ん坊を触る時みたいにしたらどうですか?」モグモグ
澪「刀が侍の魂なら、米は農民の魂だな」モグモグ
唯「一粒残さずいただきます!」モシャコラモシャコラ
澪「……さっきからなにやってるんだそれ」
唯「これ? ふふふ、実は同じごはんでも味が違うのです!
だからごはんに合うごはんとごはんを一緒に食べてるんだよ!」
律「ははっ、まるでごはんはおかずだな」
唯「そうだよ! ごはんは主食でありおかずでありみんなを結ぶ絆でもあるんだ!」
唯はごはんを天に掲げる。
それを見た他の侍達も同じくそれを天に掲げ、唯の言葉を待つ。
唯「この一杯のごはんから始まった絆に」
七人の侍+純「乾杯っ!!!」
明朝6時
野武士の頭「逃げずに来たようだな。お前が代表か(てっきり
真鍋和が来ると思ってたが……)」
唯「そうだよ。一騎討ちの前に約束を確認しよう。私達が勝てば今後この村、引いてはこの辺りの村全体に手を出さないこと」
野武士の頭「多少変わってるが、まあいいだろう。ここ以外興味はない。俺が勝てば村の収穫物は全てもらう、そして七人の侍全員打ち首とする、いいな?」
唯「これでおあいこだね。わかったよ」
野武士の頭「刀を抜け、日が出た時が開始の合図だ」
唯「私はこのままでいいよ」
野武士の頭「ちっ……舐めた野郎だ」
純「なんか勝手に追加されてるけど大丈夫なんですか!?」
和「唯が負けたら全員打ち首、みんなで仲良く死ねるならそれも悪くないわね」
純「悪いですよ!」
紬「大丈夫。唯ちゃんは勝つわ!」
純「ですけど……」
梓「うるさいです! 黙って見てやがれですこのマリモ頭!」
純「マ、マリモ……」
澪「で、実際どう見る?」
律「相手が普通のやつなら唯が勝つよ。ただ基本に囚われないやつなら……唯は簡単に負けるだろう」
澪「律だって基本に囚われない型だろう?」
律「私のは初動だけ、後は基本的だよ。唯は多分肩や体の流れでどこから打ち出して来るかわかるんだ。つまり人間の動きを捨てなきゃ唯には当てれない」
澪「そんなカラクリがあったのか……唯我独尊流には」
律「見破るまで時間かかったけどな。腕があれば再戦してたところなんだがな」
澪「……後悔してるのか? 梓を仲間に入れたこと」
律「そんなわけないだろ。逆に感謝してるよ梓には。自分の詰めの甘さを救われたんだから。
梓がいなきゃ多分死んでたよ」
澪「そうか……なら腕のことはもう何も言わない。色々大変だろうけど、何かあったら言ってくれ、力になるから」
律「ああ。その時は頼むよ。
そう言えばいつの間にか梓や純ちゃんが『先輩』って呼ぶようになったんだが、ありゃなんだ?」
澪「先輩って言うのは南蛮で目上の人に使う呼び方らしい。さんとか様と一緒じゃないかな」
律「先輩、か。どうしてだろうな、こんなに心地がいいのは」
澪「さあ、そればっかりは言葉を作った神様にでも聞いてみないとわからないよ」
澪「……始まるぞ」
日の出──
山からうっすらと出てきた光が、
唯を正面から、野武士の頭を下方から照らす。
野武士の頭「行くぜえええええっ!!!」
閉じていた目を開き、その光を受け入れる唯。
唯「来いっ!」
唯の、いや、七人の最後の戦いが始まる。
野武士の頭「おらっ!!!」
ぶっきらぼうに斬りつけるも、唯は一方後ろに引きかわす。
目線でその刀を追うことが出来るぐらいの冷静さ。
しかし、その冷静さもここまでだった。
野武士の頭「ペッ」
唯「あっ」
何かが唯の顔に当たる、それは唯の気を一瞬だけでも反らすことに成功した。
野武士の頭「おらよっ!!!」
返す刀で切り上げ、
唯「あぐぅっ」
かろうじて避けるも左肩に深く刀が食い込んだ。
紬「唯ちゃん!!!」
律「野郎っ! 唾吐きやがった!」
澪「侍の風上にも置けないな……!」
和「でも効果的よ。唯もまさか唾を飛ばして来るなんて思ってなかった、だからこその被斬よ」
澪「綺麗なだけじゃ勝てないってわけか……」
和「ええ。さすが野武士の頭、手慣れてるわ」
律「となると唯にとっちゃ最悪の相手……もしかすると……」
和「そんなことになる前に私は侍を捨ててでも唯を助けるわ」
澪「私もだ。唯が殺されるぐらいなら……!」
憂「大丈夫です。お姉ちゃんは負けませんから」
律「でも……」
憂「お姉ちゃんの凄さは私が一番知ってます……その私が大丈夫って言ってるんです!」
澪「憂ちゃん……(本当は誰よりも唯を助けに行きたいんだろうな)」
和「(ここで助けたら唯の侍の意地は砕け散るも同然……姉の尊厳を守るために自らをも圧し殺す……いい侍になったわね、憂)」
律「よぅし、憂ちゃんがそう言うなら黙って見させてもらおうじゃないの!」
紬「唯ちゃん……がんばって」
梓「唯先輩……!」
純「がんばれ!がんばれ!」
憂「お姉ちゃんは誰にも負けません……」
皆が応援する祈りも虚しく、野武士の頭の攻撃は唯を追い詰めて行く。
野武士の頭「どうしたよッ!? そんなもんか侍大将さんはよォ!」
唯「くっ……」
義意太を使わなければ避けられぬ程に疲弊し、後ろに下がるだけの一方的な展開が続く。
野武士の頭「ちっ!」
痺れを切らした野武士の頭は一旦距離を取り、また大振りで斬りかかって来る。
律「さっきのが来るぞ!」
太振りな為、受ければ大勢が崩れる。
唯は何とか義意太を使わずこれを回避、しかし二の矢、
野武士の頭「ペッ」
たっぷりとためこんだであろう唾が唯の顔目掛けて飛翔する。
唯「同じ手を食うか!」
斬られてない方の腕で唾をガード、しかし……
野武士の頭「三の矢まであるんだよォォォォ!!!」
土蹴り───
古典だが効果的な一撃が、唯の腕と体の間をすり抜けて顔に向かってくる。
唯「ぐっ……!」
律「もらっちまったか!」
目に大量の土が入り込み唯の視界を奪う。
野武士の頭「もらったァァァァァァ!!!!」
和「」ダッ!
澪「」ダッ!
和と澪が無言で駆け出す、間一髪間に合うか、というタイミング。
それでも、憂だけは微動だにしない。
律「唯っ!!!!」
紬「唯ちゃんっ!!!」
梓「唯先輩っ!!!」
憂「お姉ちゃんこそ……唯我独尊……!」
憂「
平沢唯なんです!!! 私のお姉ちゃんは負けません!!!」
サアアアア……
野武士の頭「なっ」
唯「唯我独尊、我一人也」
野武士の頭「刀が……避けて……」
ガタガタガタ……。
野武士の頭「刀が震えてやがる……違う、震えているのは俺か……?」
殺気、それもそれだけで人を殺しめる程の。
野武士の頭「う、うわあああああああ!!!」
無茶苦茶に刀を振る、しかしどれも唯には届かない。
唯「っ────」
野武士の頭「ご……」
何かに斬られてたかのように崩れ落ちる。
泡を吹きながら地面に倒れ込んだ野武士の頭が、立ち上がることはなかった。
純「何もしてないのに野武士が倒れましたよ!?」
澪「なんだ……さっきのは」
憂「あれが唯我独尊流奥義、第三の剣、心斬です」
律「心斬?」
憂「人には三つの剣があると言われています。一つは真剣、一つ手刀、そして心斬……」
和「一つ、剣を使い己を鍛え、二つ、己の体を剣とし、三つ、心すらも斬り裂く刃となれ……まさか唯がそこまでの領域に踏み込んでいるなんて」
律「唯は野武士の心を斬ったってのか? あの殺気で……」
憂「あれこそ唯我独尊流初代師範代、原点にして頂点、平沢唯なんです!」
唯「」どん!!!
唯「前が見えないよぉ~」ゴシゴシ
こうして私達の村は野武士との戦いに勝利し、平和を取り戻しました!
これも何もかもお侍さんのおかげです!
一杯のごはんから始まり、集まってくれた七人の侍に、どれだけ感謝しても感謝しきれません!
だからこの気持ちを何とか形に出来ないかと色々試行錯誤するつもり。
今は、こんなことしか出来ないけど……。
唯「純ちゃん早く~」
純「もうちょっと待ってくださ~い」
和「しかし良くあんなものもってたわね」
澪「あれも南蛮の人の貰い物だよ。映写機って言うらしいよ」
紬「私達の姿が残るなんて……何だか緊張するわ」
梓律「……」
律「なんだよ、寄ってくんなよ」
梓「いえ、そうは行きません」
律「……」
梓「……」
律が一歩動けば、梓も一歩動く。
つかず離れず……。
律「だぁっ! なんだってんだよ! 一緒に写るって言っても近すぎだろ!」
梓「私は律先輩の右腕ですから」
律「まだそんなこと気にしてんのかよ。いいって、長い人生なんだ、私なんかで無駄にすんな」
梓「嫌です。ずっと側にいます」
律「わがままだな梓は」
梓「はい、わがままです……それでも、一緒にいてくれますか?
こんなわがままでも…」
律「……こっちにこい」
梓「えっ……」
律「右側に立たれると私が何もしてやれないだろ? だから、こっちに来い」
梓「あっ……」
律「こっちなら、私もお前を守れる」ぎゅっ
梓「……はいっ」
純「これでいいのかな? じゃあ撮りますよ~?」
七人がそれぞれの返事を返し、純が映写機を覗き込む。
純「え~と、こんな時どんな掛け声かけたらいいんだろ」
唯「純ちゃん! ごはんごはん!」
純「あぁっ! わかりました!!!」
純「じゃあ行きますよ~?」
純「ごはんは~?」
律「おかず!」梓「おかず!」唯「おかず!」憂「おかず!」和「おかず!」澪「おかず!」紬「おかず!」
───────
律 梓 唯 憂 和 澪 紬
律 梓 唯 憂 和 澪 紬
パシャッ
純「撮れましたよ~」
澪「ごめんね純ちゃん。タイマー式の持って来るの忘れて」
純「いいんですよそんなの! 気にしないでください!」
唯「それにしても私達に良く似てるよね~この七人の侍像!」
憂「うん。お姉ちゃんがピースしてるとことかそっくりだよぉ」
和「もしかしたら私達の古い祖先とか? 何てあり得るわけないわよね」
紬「でもこの眼鏡つけた人なんて和ちゃんそっくりよ?」
梓「ありえませんよ! 私が律先輩に寄り添ってるなんて!」
律「なんだと中野ぉ!」
梓「大体卒業旅行って私達はまだ卒業してな」
唯「細かいこと言うあずにゃんはいね~が~?」ぎゅ~
梓「もうっ! いいから早く次のところ回りましょう!」
駅前──
唯「あ~楽しかった!」
梓「唯先輩ははしゃぎすぎです」
律「さて、解散か」
澪「私はちょっと寄るところがあるから」
律「ん、わかった」
憂「私も買い物して買えるねお姉ちゃん」
唯「わかったよ!」
和「見事に全員帰り道がバラバラね」
純「私はどう転んでも一人な帰り道ですけどね」
紬「じゃあまたね~みんな~」
唯「うん! 大学生になっても頻繁に遊びに来るからね~あずにゃん純ちゃん」
純「はい!」
梓「あんまり遊び過ぎて単位落として留年して来年私と同学年なんてやめてくださいよ」
唯「わかってるわかってるぅ」
手を振りながらじゃあねと別れる。
それぞれがそれぞれの道を行き、またいつか交わることもあるだろう。
七人の侍達の最後も、こうだったのかもしれない。
唯
憂 和
澪 完 律
紬 梓
最終更新:2011年06月06日 22:08