唯「うーい、一緒にねよー」

 春もすっかり暖まったのに、梅雨が来て急に冷え込んだ夜のこと。

 お姉ちゃんが扉を2回ノックして部屋に入ってきました。

憂「うんっ、いいよ」

 お姉ちゃんは最近の暑さに耐えかねて、布団をしまったばかりでした。

 毛布2枚では、さすがに今日の寒さはこたえたと思います。

 だからまだ羽毛布団をしまっていない私のところに来たのでしょう。

唯「よっとー」

 お姉ちゃんはにこにこしてベッドに飛び込むと、

 お行儀悪く布団の中に入ります。

憂「あれ、お姉ちゃん枕は?」

唯「えー?」

 その動きが妙に素早いと思って観察すれば、

 一緒に寝るときにいつもお姉ちゃんが持ってくる枕がありません。

 追及すると、お姉ちゃんはとぼけた声で首をかしげます。

唯「いいじゃん、一緒の枕でねようよ」

憂「私の枕で……?」

 起き上がって、枕を見てみます。

 どうにかぎりぎり、私たち2人ぶんの頭は乗っかりそうですが……。

憂「むずかしくないかな?」

唯「……できなくはないってことだね?」

憂「そうだけど、でもねぇ……」

唯「そりゃーっ」

 私が枕を見て悩んでいると、お姉ちゃんが枕に顔をうずめてしまいました。

唯「ういー、ぐずぐずしてると枕とっちゃうよ」

憂「もう。……わかった」

 あきらめて、お姉ちゃんと一緒に枕に頭を乗せました。

 向き合うかたちで横向きに寝そべると、お互いの呼吸が顔にかかってしまっているのがわかります。

唯「んー」

 く、くすぐったい……。

 さすがにこれでは寝れそうもないので、少し後ろに下がります。

憂「おっと」

 すると途端に後ろに引っ張られる感覚がして、枕から落ちてしまいました。

憂「やっぱり狭いって」

唯「一回落ちたくらいであきらめないの」

憂「いやいや……」

唯「落っこちそうになったら、お姉ちゃんのことぎゅってしていいから」

憂「なんとしても同じ枕で寝たいんだね……」

 ちょっと笑ってしまいました。

 体をひねって枕の上に戻ると、再びお姉ちゃんと顔を見合せます。

 満足げなお姉ちゃんの顔が暗がりの中に見えた時、

 ふと私の心にいたずら心が芽生えました。

憂「じゃあ……」

 腕を振り上げて、がばりとお姉ちゃんに抱きつきます。

唯「おおっ!?」

憂「ずっと落っこちそうだから、ずっとぎゅーってしてるね♪」

 足も絡ませて、息苦しいぐらいにお姉ちゃんをきつく抱きしめます。

 ぎゅ、ぎゅっ、ぎゅーっ。

唯「あうぅ~」

 ここまですれば、お姉ちゃんも観念して枕を持ってくるでしょう。

 抱きしめた腕をすこし緩めました。

唯「やったなぁ、憂め!」

 けれどお姉ちゃんは、ちっとも懲りていませんでした。

 耳もとで怒ると、お姉ちゃんは私の首にほっぺたをすりつけて、

 私より強く、強く、抱きしめ返してきました。

唯「おりゃー!」

憂「お、おねえちゃ……っ」

 指先から手首ぐらいまで、じぃんと痺れて力が抜けます。

 次に耳が聴こえなくなって、音が遠くなりました。

 鼻の奥にせっけんの匂いがただよいます。

 頭の中が急に眠くなったようにぼやけて、なんだろう……

 すごく、気持ちいい感覚です。

憂「……っ」

 お姉ちゃんを腕に抱いたまま。

 私はお姉ちゃんに抱きしめられてしまった。

 思えば、こうしたのは初めてかもしれません。

 お姉ちゃんと抱き合ったことは幾度もあります。

 だけど、いつもお姉ちゃんに抱きしめられては、

 私が抱きしめ返すというパターンで、

 私から抱きしめたのは、どうもいまいち記憶にありません。

憂「んんーっ」

 そう。

 これはきっと、不慣れな違和感でびっくりしているだけです。

 お姉ちゃんと抱き合って、こんなにドキドキするなんて、あってはいけません。

 おかしい、おかしいよ。

唯「あ、」

 抱きしめる力が、やっとゆるんでくれた。

唯「ごめん憂、大丈夫?」

憂「う、うん」

 いや、そうだ。

 苦しかったんだ。暑かったんだ。

 頭にこもった熱を払うように、枕に耳をこすりつけた。

 そんな私を見て、お姉ちゃんはにこっと笑う。

唯「今日は、このままぎゅってして寝ちゃおっか」

憂「えっ……」

唯「嫌?」

 いやなんて言えない。

 この、変な気持ちは、お姉ちゃんには話せない。

憂「いいけど……」

唯「やったぁ♪」

 幸せそうな笑顔が見えて、またお姉ちゃんの感触がした。

 頬の柔らかさ。

 胸の暖かさ。

 脚の滑らかさ。

 指先の愛しさ。

 こんなこと思わないのに。

 こんなこと思っちゃいけないのに。

憂「お姉ちゃあん……」

 私は切なげな声で鳴いてしまった

 何をするつもり?

唯「どーした、憂?」

 こんな風にお姉ちゃんを求めて、

 何をしてもらうつもりなの?

 お姉ちゃんの息が唇にかかる

 今度はくすぐったくない、けれど背筋が冷えた

唯「う」

 お姉ちゃんのふわふわのくちびるが動く。

唯「い?」

 私はその柔らかさを知っている

 だけど直接触れたことはない。

 いつも布ごしだった。

 食後にお姉ちゃんの口を拭いてあげていたんだ。

唯「だいじょうぶ?」

 でも今なら、今日なら、直接さわれる

 わけなんかなくたって、くちびる同士で触れあえる――

憂「おねえ、ちゃんっ」

 もう、息もうまくできない

 お姉ちゃんの抱きしめる腕はそこまできつくないのに。

唯「うん、言ってごらん?」

 お姉ちゃんの手のひらが、私の髪を優しく撫でました。

憂「……」

 せめて、キスがしたいと言いたかったのですが。

 あ、その前に好きと言うべきでしたか。

唯「んっ……」

 だめですね、私。

唯「……ぷぁっ」

 お姉ちゃんに、キスしちゃいました。

唯「う、憂……?」

憂「お姉ちゃんっ」

 戸惑っているお姉ちゃんに、再びダイブ。

 唇をひっぱって、ちゅっと鳴らしました。

憂「えへへ、だぁい好き」

唯「ちょっと、待」

憂「んーっ」

唯「あむうぅっ」

 お姉ちゃんの口が開いた瞬間を見逃さず、

 すぼめた口を押しこみます。

唯「んうっ、ちゅ……」

 お姉ちゃんが私のくちびるを吸った。

 じゃあ、おかえし。

唯「むーぅー!」

 大好きな大好きなお姉ちゃんの、

 おいしいおいしい口の中。

 舌がどこまででも伸びて、食べていけそう。

憂「んっ、ちゅ、ちゅぱっ」

唯「っ、く……あぷぁ……!」

 抱きしめたままのお姉ちゃんの手が、肩を叩く。

唯「待っ、ういぃ」

 大丈夫だよお姉ちゃん。

 今のお姉ちゃん、とってもかわいいから。

 お姉ちゃんの舌を裏からなぞって持ち上げる。

 お姉ちゃんが「ひああぁ」となさけなく呻いて、かわいい。

 持ち上げた舌をくちびるで吸い寄せて、私の口の中に連れ込んでしまった。

 なま暖かい舌の感触と、唾の匂いが口の周りにしみる。

 お姉ちゃんの匂いはなんだか甘い花のようだった。

 私の口の中で、絶えかけの魚のように力なくぴくぴく動く、お姉ちゃんの舌。

 そっと歯で挟むと、お姉ちゃんは私をぎゅうっと抱きしめた。

唯「んー、ふーっ」

 お姉ちゃんの体は小刻みに震えていた。

 舌の先どうしを触れ合わせて、解放する。

唯「あっ、……はぁ」

 お姉ちゃんは、私にしがみついたまま、離れようとする気配はありません。

憂「……お姉ちゃん」

 熱く、湿った吐息が首筋に絡んで、髪を濡らします。

 枕の上でこもった真夏のような空気は、どこへ去ることも無く、私たちにまとわりつきます。

唯「うい……」

 お姉ちゃんはうっすら涙を浮かべていました。

 ぴったりと抱き合った私たちの胸の間では、激しい鼓動の応酬がなされています。

 お姉ちゃんも、ドキドキしちゃってる。

唯「……どうして、こんなことしたの?」

 慎重そうに、お姉ちゃんは言います。

憂「すきだ……って、思ったから」

唯「……お姉ちゃんのこと?」

憂「……うん」

 頷くと、おでこがこつんとぶつかりました。

唯「憂」

憂「……ん」

唯「んーじゃないの」

憂「……ごめんなさい」

唯「……だめでしょ」

 はぁ、と溜まりに溜まったものをみな吐き出して力を抜くと、

 お姉ちゃんは私の腕をひきはがし、ベッドから体を起こしました。

唯「枕びしゃびしゃになっちゃったね」

憂「……ごめん」

唯「いいよ、持ってくる」

 きしりとベッドを鳴らして、お姉ちゃんはお姉ちゃんの部屋に戻っていきます。

 残された私は、ひとまず起き上がると、パジャマの袖で口元を拭いました。

 私たちの汗と唾液で濡れた悪い枕は、勉強机の方に投げておきました。

憂「……」

 体が汗ばんだせいで、今夜の冷え込みはなお厳しいものに感じられます。

 私は布団を肩まで持ち上げると、ベッドに倒れこみました。

 枕のないベッドは、スプリングがよく押し返してきました。

 2回ノックがしてすぐ、お姉ちゃんが入ってきます。

唯「うい、枕持ってきたよ……」

 私は目を閉じて、眠ってしまったふりをしました。

 これ以上わたしの過ちについて追及されたくなかったのか。

 なんにせよずるい行動だと思いましたが、今だけはお姉ちゃんが恐ろしくありました。

唯「憂? 寝ちゃったの?」

 いつも通りにふるまうお姉ちゃん。

 心の中はもやもやや、気持ち悪さでいっぱいだというのに、

 健気で、どうしても、愛しく思えてしまう。

 ベッドがきしりと鳴った。

 寝たふりを続けて、お姉ちゃんが眠ったら、またくちびるを奪おう。

唯「……あのね、憂」

 お姉ちゃんは布団に入りながら呟く。

 わたしは何も聞こえないふりを続ける。

唯「お姉ちゃん、怒ってないからね。あんまり、気にしないで……」

唯「なかったことに、とは言えないけど……今日のせいで、私を避けたりしないでね」

 布団が大きくずれる感じがしました。

 私は寝返りをうって、お姉ちゃんから背を向けます。

唯「うい……」

唯「憂のしたことは、しょうがないことだと思うんだ」

唯「私だって憂のこと大好きだもん。わたしの……せいだよね」

 困ったように、お姉ちゃんが頭を掻く音が聞こえてきました。

唯「わたしと憂が、7:3くらい……うん、だから」

唯「私ががんばって、憂には私から罰をあげるね」

唯「お姉ちゃんだからっていうのもあるけど……やっぱ、私もいつこうしててもおかしくなかったから」

唯「だから、私ががんばるね」

 お姉ちゃんの呟きは、ひとりごとというには、そろそろ明瞭すぎました。

 いやな、予感というにはあまりにも確信めいた感覚です。

 私はうっすら目を開けてみました。

唯「……憂。あんまり寝たふり長いと、またちゅーしちゃうよ?」

 私はすぐに目を閉じなおし、仰向けに戻ると、呼吸を深く装った

 お姉ちゃんのいたずらっぽい笑い声が聞こえる

唯「うい、罰を受けるんだね?」

 答えずに、たぬき寝入り続行。

 頭の両横のシーツが沈み込むと、お姉ちゃんの吐息がかかった。

唯「それじゃあ、勝手に姉妹にちゅーした罪を」

唯「ふたりで一生、背負っていこうね」

 くすっ、と笑いがくちびるをくすぐった

 お姉ちゃんをさきっぽに感じた

唯「ちゅうっ……ぅ」

 深くて、愛しいくちづけだった


   しまい



最終更新:2011年06月13日 22:42