澪「貸し出したこのカードを作ってくれたら出来るからいつでも借りてってね(云々」
梓「はい……」ウトウト
紬「早速作ったわ! 貸出しカード~♪」
唯「ぐぅ~……」
────
澪「でね、この本棚は私が作ったんだ~(云々」
梓「Zzz……っとそうなんですか!」
紬「凄いわっ! 手作りだなんて! 私にも作れるかしら……」
唯「ずぅ~ぴぃ~……」
────
澪「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」
梓「(長かった……まさか三時間も話続けるなんて……元の澪先輩もこうなのかな)」
紬「絶対入部するわね!」
唯「ふぁ~……」
澪「ありがとう。文芸部も先輩達がいなくなって今は私一人なんだ……実は今月中に部員が入らないと廃部だって言われてて……。
今日知り合ったばかりの人にこんなこと言うのは間違ってると思う。けど、私は本が好きだから……だから、文芸部に入ってくださいっ!」ペコリッ
梓「……」
紬「……」
胸が、苦しい。
この澪先輩のお願いを、叶えてあげたいのに……そうしたら、何もかも忘れてしまいそうで……体が震えてしまう。
紬「わかったわ。ちゃんと入部するから、ね? 頭上げて澪ちゃん」
ムギ先輩……駄目ですよ。
唯「お菓子が出るならいいよ!」
唯先輩まで……。
澪「ありがとう、二人とも」
いなくなっちゃう……このままじゃ、二人とも。
ううん、軽音部みんなが……!
だから────
梓「っ!」
紬「あっ」
唯「えっ?」
気が付けば、二人の手を取り、走り出していた。
驚いたムギ先輩顔も、
呆気に取られてる唯先輩の顔も、
悲しそうに顔を歪める、澪先輩の顔も……
全部無視して……私は二人を連れて無我夢中で外に出た。
途中二人に何回も話しかけられても、絶対に止まれなかった。
後ろから何かが追いかけて来てて……それが私達を飲み込んで行く気がしたから。
怖かった……忘れてしまいそうで。
あの楽しかった日々を、何もかも……。
──
梓「はぁ……はあ……」
紬「梓ちゃん……どうしたの?」
梓「駄目ですっ! あのまま流されたら……きっと私達戻って来れなくなりますよ!?」
唯「でも……澪ちゃん……泣いてたよ」
梓「それは……」
紬「どんな世界でも澪ちゃんは澪ちゃんだもの。それなのに……」
梓「ち、ちが……」
唯「謝りに行こうよ、あずにゃん」
紬「そうね。それがいいわ」
梓「違う……違う違うっ!」
三人一緒だと思ってたのが、いつの間にか私一人切り離されている間隔に陥る。
唯「あずにゃん、いこ?」
紬「梓ちゃん」
私は……、
不意に目を落とした携帯の待ち受けが、呼び覚ます……!
梓「はっ!」
梓「唯先輩! ムギ先輩! これをっ!」ババッ
唯「ほぇ?」
紬「これは……」
唯「ふんぎょおおおおおおお」
紬「むぎゅうううううううう」
梓「戻りましたか……?」
唯「うん……」
紬「危なかったわ……。何だか元に戻ることなんてどうでも良くなってた……」
梓「目的を見失わないでください。確かにこの世界の澪先輩も澪先輩ですけど……私達の知ってる澪先輩じゃないです!」
梓「このまま今の澪先輩と一緒文芸部をやったら……きっとそれはそれで楽しいです。
でも、じゃあ軽音部はどうなるんですか? 律先輩は?」
梓「私はそんなの嫌です……このまま全部忘れて……違う楽しいことやってる自分なんて許せません!」
唯「うん……そうだね。私達が間違ってたよ、あずにゃん」
紬「私達が知ってる澪ちゃんはベースが大好きだもんね。本が好きなのも本当かもしれないけど……だからってベースを知らない世界のままにするなんて酷いわよね」
梓「気をつけてください……こうやって私達の記憶を塗り替える機会を伺ってます」
唯「誰が……?」
梓「言うなればこの世界が……ですかね。異分子である私達を取り込もうとしてるのかもしれません」
紬「目に見えない敵ってことね……」
梓「はい。記憶を失う前に手がかりを見つけて、私達はもう一度タイムトラベルしなきゃ行けないんです。
それまでこの画像をしっかりと見てください」
梓「これが、今の私達を唯一繋ぐ絆ですから」
翌日────
違う時間で過ごす夜は、同じ場所なのによく眠れなかった。
寝たら忘れてしまうんじゃないかと、私はただ一生懸命画像を見て……気付いたら眠ってしまっていたという、唯先輩も呆れるバカさ加減だ。
梓「ふぁ~……ぉはようございますムギ先輩」
紬「おはよう梓ちゃん。唯ちゃんは?」
梓「まだみたいですね」
私達はこれから少しでも一緒にいられるようにと、学校の登校、下校は常に一緒に行うことにした。
私は学校なんて行かなければいいと言ったけれど、ムギ先輩が駄目と言うのでこうなった。
確かに、いきなりそんな態度を取れば回りから不思議がられる……。
敵は目に見えない世界だ、いつ襲ってくるかもわからないなら、気付かれないよう毎日を過ごすしがない。
唯「おはよ~」
梓「遅いですよ唯先輩!」
紬「まあまあ」
唯「んじゃいこっか~」
こうして三人並んでいれば絶対に忘れない。
私達が軽音部で、一緒に過ごしてきた仲間だってことを。
唯「違う世界でもちゃんと授業聞かなきゃだめなのかな?」
紬「勉強はいつだってやっておいた方がいいわよ唯ちゃん」
梓「来年受験なんですから。しっかり勉強してくださいよ」
この三人で登校すると言うこと自体が、あっちの世界では一回もない異質なことだとしても、もう、私達がこの世界に足を取られているのだとしても……。
唯「わかってるよぅ」
紬「うふふ」
梓「ふふっ」
こうやって笑っていられる限り、大丈夫だと信じたい。
授業中──
梓「(唯先輩にはああ言ったけど……今は真面目に授業してる場所じゃないよね)」
色々やることが多すぎて、紙に書いてまとめないと頭がパンクしそう。
梓「(まず私達がタイムトラベルをしてこの世界に変わったことは間違いないはず……)」
\/と線を二本書き、そこに私達の世界、筆箱がある世界と書き分ける。
梓「(私達のしたことと言えば他に……」
その下にあの時やったことを書き連ねて行く。
梓「(ざっとこんなもんかな……やっぱり怪しいのはどう考えても筆箱と律先輩かなぁ)」
梓「(普通に考えればこのままあの時間以降に飛んで私達が取った筆箱を取って戻せばいいだけなんだけど……何か引っかかるなぁ)」
シャーペンを鼻と口元の間で摘まむと、フイフイと動かして遊んでみる。
何か思いつくかもしれない。
梓「……」
思い付かなかった!
梓「(とにかく今は澪先輩が筆箱を持ってるかどうかの確認が最優先かな。もし持ってないとしたら逆に律先輩に会ったっていうのがキーになってるかもだし……)」
梓「(まあ律先輩に限ってそんな細かいこと覚えてないと思うけどね)」
先生「ここ、中野~答えてみろ」
梓「はいっ!わかりませんっ!」
先生「そ、そうか……じゃあ平沢~」
梓「(なんかこっちと違う世界から来たからふわふわするって言うかやりたい放題出来ちゃうって気持ちがヤバいかも!
って純みたいなこと思ってたり)」
純「へっくしっ」
何と言うか、この状況にワクワクしてる、私!
そんな不安半分ワクワク半分のまま、放課後。
唯「とりあえず、昨日のことは謝ろうね」
梓「はい。もう大丈夫です。ちゃんと割り切ってますから」
紬「うん。私も大丈夫。この世界の澪ちゃんとして話すわ」
唯「うん、じゃあ行くよ!」
ガラララ──
澪「あっ」
梓「昨日はごめんなさいっ! いきなりあんなことして……あの……怒ってますよね?」
澪「」ポロポロ
梓「あっ、えと、ほんとにごめんなさいっ!」
澪「よかった……」
梓「えっ」
澪「もう二度と来てくれないんじゃないかと思って……こっちから謝りに行こうとしたんだけど……他の教室で誰かを呼んでもらうのって恥ずかしくて……」
唯「間違いなく澪ちゃんだよこの子は~」ウルウル
紬「二人とも、ハンカチよ」ウルウル
梓「確かに、澪先輩ですね……」
澪「改めて自己紹介するよ。
秋山澪です。三年一組だから二人とは違うクラスかな」
紬「私は
琴吹紬。三年二組よ。よろしくね、澪ちゃん」
唯「
平沢唯だよ! ムギちゃんと同じ三年二組だよ! よろしく澪ちゃん!」
梓「
中野梓です……二年一組です。よろしくお願いします」
澪「中野さんは二年生なのか~じゃあ来年は部長だな」ニコッ
梓「(何かもう入ってる前提で話が進んでる!? それより……)」
梓「あの、梓でいいです。その方が落ち着きます……」
澪「そ、そっか。下級生にさん付けなんてちょっとカッコ悪いもんな。じ、じゃあ……梓って呼ぶよ」
梓「はい!」
唯「私も唯でいいよ!」
紬「私はムギね」
澪「う、うんっ! よろしくね、唯! ムギ!」キラキラ
梓「(澪先輩凄い嬉しそう……こっちじゃよっぽど友達がいなかったんですね……)」
梓「(さて、ここからどうやって聞き出そう)」
紬「とりあえず最初は仮入部ってことでいいかしら?
実際やってみないとわからないことも多いだろうし。掛け持ちだと続けるのが難しくなるかもしれないから」
澪「うん、わかった。掛け持ちだもんね……しょうがないよね……」
梓「(ムギ先輩上手いですっ! これなら後々断っても嫌な感じはしませんしね!
澪先輩はちょっとかわいそうですけど)」
梓「(筆箱筆箱……ないなぁ。かばんの中かな)」
紬「」チラッ
梓「」チラッチラッ
紬「」コクリ
紬「澪ちゃんの眼鏡って可愛いわね~」
澪「そ、そうかな?」
紬「度は入ってるの?」
澪「うん。あんまり視力が良くなくて」
紬「本は離して読まなきゃ駄目よ?」パチッ
梓「(ふふ、時を越えた私達に取ってアイコンタクトなんて造作もないです! 今のうちに本を見るふりして澪先輩のかばんの中を失敬して……っと)」
唯「」パチクリパチクリ
梓「……」
唯「(大好きだよあずにゃん!)」パチクリパチクリ
梓「(さ、早くかばんの中を失敬して……)」
唯「(私のは通じてないの!?)」
ガサゴソガサゴソ。
梓「(なになに? トイプードルの大行進? クマさんとキツネの冬眠生活? ペンギンは空を夢見る? パンダさんとコアラの灰色ラブロマンス?
メルヘンチックな本ばっかり……澪先輩らしい。筆箱は……ないなぁ)」
梓「(まあ高校生にもなってさすがにキティちゃんの筆箱は持ち歩かないか……家にあるのかな?)」
梓「(こうなったら直接聞くしかないですよね……)」
梓「あ、あの……」
澪「ん? 何か気に入った本あった?」
梓「いえ、その……(どうキティちゃんの筆箱に話を持って行く私っ!
頑張れ私っ!)」
紬「(がんばって梓ちゃん!)」
唯「(ファイトだよあずにゃん!)」
梓「わ、わたし~キティちゃん大好きなんですよ~」
澪「えっ?」
唯「(声が上ずってるよあずにゃん!)」
梓「とくに~筆箱に目がなくてですね……(もうどうにでもなれですっ!」
澪「キティちゃんの筆箱……?」
梓「澪先輩……持ってたりしませんか?」
紬「(豪快なセンタリングね! 梓ちゃん!)」
澪「う~ん……昔持ってたような」
梓「い、今は!?」
澪「どっかに無くしちゃったのかな。覚えてないや」
梓「そう……ですか」
澪「売ってる場所探そうか?」
梓「いえっ! 結構です!」
紬「(……おかしいわね」
唯「(おかしいと言えば……なんであずにゃんに私のアイコンタクトが届かないんだろう……」
その日は四人でマクナルに行き、華の女子高生らしく談笑した後解散、に見せかけてまたマクナルに来て私はシェイクを注文しているところです。
店員「……?」
梓「(言いたいことは痛いほどわかります……。いっそのこと……)」
__________
梓「さっき私が来なかったですか!?」
店員「え、あ、はあ……」
梓「何してるです! そいつがあずにゃんですよ! 追え~!」
_ ________
0o。
梓「(とでもやった方が店員さん的には面白いだろうけど……)」
梓「(いくら違う世界から来てもそんな大それたことできな」
唯「さっき私が来なかったっ!?」
店員「えっ?」
紬「私も私も!」
店員「来ましたよ!!! ま、まさか!!?」
唯「そいつはル○ンだ~追え~!」
紬「追え~」
店員「はいいいいっ!」
梓「(店員さんめちゃくちゃノリいいしっ!)というか何やってるんですか二人ともっ!」
────
梓「目立つ行動は控えてくださいよ……全くぅ」
唯「ごめんごめん。ついやりたくなっちゃって」
紬「誰しもが憧れる名シーンよね~」
唯「こんな機会でもないと出来ないもんね!」
梓「(……そっか、二人とも私と同じ気分だったんだ。不安だけど……ワクワクする。
時間を越えて世界を越えて、今私達三人だけが知ってるんだ。そんな状況にワクワクするなと言う方が無理なんだ)」
梓「(そう、私達は唯一のタイムトラベラーなんだから!)」
でも、ちゃんと帰るためには……。
梓「じゃあ、作戦会議を始めます」
真面目さも、必要だよね。
それを読み取ったかのように二人とも真面目な顔にシフトした。
梓「今の澪先輩は多分、筆箱を持ってません」
紬「私もそう思うわ」
唯「でも確かに澪ちゃんのランドセルの中に入れたよ?」
梓「はい。それは間違いないはずです。その後何かがあってまた無くしたか、或いは……」
紬「澪ちゃんが大切なものは筆箱じゃないっていう可能性ね」
唯「でもでもじゃあ何でこんなにこの世界が変わっちゃったの?
私達がやったことは筆箱を入れたことぐらいだよ?」
梓「こうなるともう可能性は二つです。あの時会った律先輩が私達を見て何か違うアクションを起こしたか……それか澪先輩の大切なものは別にあって、それは筆箱を入れることによって消滅した……或いはその両方ですかね」
唯「さっぱりわかんないよあずにゃん……」
梓「私もちょっと混乱してます。どっちにしろもう一度あの世界に行って澪先輩の動向を確かめる必要がありますね……」
紬「その前にりっちゃんに会って私達のことを覚えてるのか確認した方が良くないかしら?」
梓「そうですね……。じゃあ明日は律先輩に会いましょう」
紬「わかったわ」
唯「……」
梓「唯先輩?」
唯「え、うん。わかったよ」
梓「?」
梓「じゃあ今日の会議はこれにて終了です。解散っ!」チューッ!
紬「」ムギチュー!
唯「」チュュー
三人共一気にシェイクを吸い上げる姿は、端から見ればどう見ても仲睦まじいだけの女子高生にしか見えないだろうな……。
翌日────
梓「おはようございますムギ先輩」
紬「おはよう梓ちゃん」
唯「おはよ~」
梓「今日は早いですね唯先輩」
唯「憂に早く起こしてって頼んだから」
梓「こっちの憂も変わらずしっかりものみたいですね」
昨日の巻き戻しのようにまた三人で歩を進める。
多分今日、律先輩に会った後にまたタイムトラベルをすることになるだろう。
そうしたらまた未来が変わってしまうかもしれない……それでも、私達は元の世界を取り戻す為にやらないといけない。
二回目のタイムトラベルを。
────
最終更新:2011年06月15日 20:37