唯先輩といられる最後の日、朝から唯先輩はどこかに出掛けにいっていた。最後の日くらい一緒にいたかったが、これはこれで自由な唯先輩らしいなとも思った。

唯先輩が帰ってきたのは、結局、夕方になってからだった。
「まったく、どこ行ってたんですか」
「えへへ~ごめーん。おわびにギュッってしてあげる!」
「お断りですよ」
逃げるようなそぶりをしてみたが、あっけなく捕獲された。

「わたしはあずにゃんがどう逃げようと絶対抱きつくからねっ!!」
「やれやれ」

「それで、なんで出掛けてたんですか?」
「ああ、それはねー」
唯先輩はわたしの手を引っ張り、外に出た。空はもう暗くなりはじめていて、星もちらほら顔をみせている。
「これを探してたんだ」

そう言って唯先輩が取り出しのは、たくさんのカラフルな棒が入った袋だった。
「ジャーン、花火だよっ」
「これがですか」

「ほら、開けてみてよ」と唯先輩が言うので、まさか爆発するわけでもないだろうが、わたしはおそるおそる袋を開いた。わたしは中から一本を取り出して言う。
「こんな細いのも花火なんですか」
「線香花火だね!それは最後のお楽しみだよー」

こんなひょろひょろしてるのが最後のお楽しみなんて花火も大したことないな、と思う。そして、その予想はすぐに外れた。

唯先輩が持っている花火の先端に火をつける。花火は赤っぽい光を発した。唯先輩が手をくるくると回すと、それにあわせて、光も円を描く。しばらく、わたしはそれに見惚れる。

「ほらっ、あずにゃんもやりなよっ」
そう言って、唯先輩はわたしに花火を手渡し、火をつける。ゆっくりと紙が燃え、やがて黄色い光が飛び出した。少しして、光の色が緑にが変わり、わたしは驚く。

「…きれい」
わたしは呟いていた。
「でしょー花火はきれいなんだよ」
唯先輩はまるで自分が花火を発明したかのように誇らしげだ。

「でも、星という感じはしないですけど」「ああ、それは打上げ花火のこと。さすがに今日は持ってこれなかったけど」

「でも、この花火もすごくきれいですよ。それにしても花火にもいろんな種類があるんですね」
「そうだよー。じゃあ、これは知ってる?」

 わたしが知らないのを知ってて唯先輩は言う。唯先輩がわたしに手渡したのは、小さい輪っかが重なった花火だった。

「じゃあ、わたしが火をつけたら下に落としてね」
唯先輩が輪っかの先端に火をつける。わたしは言われたとおりに手を放すが、それは下に落ちてそのままだった。

「何もおきな…わあっ!!」
いきなり下の輪っかが光を放ち、暴れだした。
「あはははっ」
「もうっ!なんですか」
わたしは唯先輩のほうをにらむ。
「いやーごめんごめん、あずにゃんがあまりに予想どおりに驚くから」
「うるさいです」

「あれはネズミ花火って言うんだよ。あずにゃん、猫さんだから喜ぶかなーって」
「…あずにゃんは犬じゃないんですか」
「そうだった」

わたしたちはすごい勢いで花火を消費していった。三本とか一斉に使うから当たり前だ。気づくと、唯先輩が持ってきた4つの袋はほとんど空になっていた。
「あとはお楽しみだけですね」
わたしは紐みたいなそいつをつまみ上げる。

わたしは花火が減っていくにつれ、どんどん寂しさを感じていた。だって、花火が終わったら唯先輩とはさよならだ。

「よーし、やっと線香花火君の出番だよ」唯先輩は線香花火の遊び方をわたしに説明する。
「なんだか地味ですね」

「やってみれば、わかるって」
線香花火に唯先輩が火をつける。パチパチという音とともに閃光がほとばしる。線香花火だけにだ。

わたしのほうはすぐに落ちてしまったが、唯先輩のは長い間光り続けている。線香花火の光はなんだか切なくてわたしの胸をきゅっと締め付ける。

「あずにゃん弱いねー」
「次です。次」

結果をいえば、一回しかわたしは唯先輩に勝てなかった。
気づくと、残りの花火は一本になっていた。最後の、一本だ。

「…これで最後ですね」
「うん、最後は一緒に持とうよ」

わたしたちは一緒に1つの花火を持つ。パチパチという音が悲しい。わたしの心を占めているのはすでに切なさだけだった。花火の光がこれまでになく輝いて見える。

皮肉にも最後の線香花火が一番長くもった。それはまるで永遠に続くかのようだった。だけど、それは落ちる。永遠なんて、ない。

「さよなら」
唯先輩が呟く。わたしは聞こえないふりをした。

わたしたちはほとんど無言で花火の片付けをした。唯先輩はあらかじめまとめてあった荷物を手にし、ギターケースを肩にかける。

「またいつかここに来るよ」
「ずっと、待ってますよ」
「それともさ……ううん、またね、あずにゃん」

唯先輩は手を振って、そして歩き出す。途中で一度振り向いたのがわたしにも見えた。

わたしは唯先輩が完全に見えなくなってから泣いた。目を閉じると、まだ、最後の線香花火の光が瞼の裏に焼き付いていた。



【第三部】

多分あのとき唯先輩は、一緒に来ない?と言おうとしたんじゃないかと、わたしは今では思っている。

いや、あの時だってわかっていた。じゃあなんでわたしは何も言わなかったのか。つまり、それがわたしの弱さだったんだ。人間、誰しも弱さを抱えている。オーケー、正直になろう。わたしは恐れてたんだ。

もう傷つきたくなかった。わたしは自分の孤独な世界を守るだけで精一杯だった。

だから、わたしはあの町を引っ越してしまった。別に自分からそれを望んだわけじゃない。あの町ではどうしても就職先を見つけられなかったし、働かなくてはそのうち生きていけなくなっただろう。

でも、あれは唯先輩との約束だった。唯先輩はきっとあの町に来るはずだ。でも、わたしはいない。

それでも、今、わたしは唯先輩に会いたいと願ってしまう。もし、唯先輩に会えたのなら、今度は変われるんじゃないかな、と思う。信じたいと思う。会いたいと思う。

わたしは気合いを入れるため大きく息を吸い込み、ゆっくりと玄関のドアを開ける。
そして、見た。

わたしは目の前で起きていることが信じられず、何度何度も目をしばたたかせる。だけど、目の前のそれは消えない。

「唯…先輩?」

「あずにゃーん。会いたかったよ」

唯先輩は言うなり、飛び付いてくる。唯先輩はあの時と同じで、暖かく、心地よく、そして懐かしい。

「な、なんで」

わたしは唯先輩に会うのをずっと期待していたくせに、いざその時になると動転して、何がなんだかわからなくなっていた。

ただ、あのことを謝らなくてはいけない、とは思い、なんとか言葉を紡ぐ。

「あ、あのときした約束守れなくて……」唯先輩はしぃーというようにわたしの唇に人差し指をあて、代わりに言った。

「わたし、言ったよ。わたしはあずにゃんがどう逃げようと絶対抱きつくからって」
そして唯先輩は、笑って続ける。
「ちょっと時間、かかちゃったけどね」
わたしも、笑う。

「大きな花火だね~」
今、わたしたちはわたしのアパートのベランダにいた。空に咲く花火を見上げている。

「唯先輩、どうしてここにわたしがいるってわかったんですか?」
「えへへ~実はね、わたしずっとあずにゃんを探してたんだよ」
「恐縮です」
わたしは頭を下げる。

「それで、この街で大きな花火大会があるのを聞いて、あずにゃんとした花火を思い出してここに寄ったんだ。それで昨日なんだけど、あのあたりでギターを弾いてたんだ」

唯先輩はその場所を教えようとするが、この街は広い、多分、わたしの行ったことない場所だろう。

「そしたら、なんと!もふもふした髪の子が来て、『唯さんですか?』って聞かれたんだよ。わたしもそんなに有名になっちゃったかあーと思ったね」
「そういうのはいいですから」
「あずにゃん、焦っちゃっダメだよ。それで、『そうだよ』って言ったら、その子がね『梓がよく話をしてますよ』って言うんだよー」

「それは純じゃないですか」とわたしは言う。

「へぇー純ちゃんって言うんだ。その純ちゃんがね『梓に会ってください』って頭を下げるから、わたしもよくわかんないから、とりあえず『わかったよっ』って答えたんだ。あずにゃんを探してたわけだし」

「それで、どうしたんですか?」
「純ちゃんが紙に住所と地図みたいなのを書いて、『梓をよろしくおねがいします』って、それを渡してくれたんだ。」

そこで、唯先輩は一呼吸おいて続ける。

「それと、純ちゃんからの伝言を頼まれたんだ。『これからもよろしく』だって」

わたしは純がわたしのことを迷惑に思ってるとばかり思っていた。けれど、違った。わたしはバカだ、と思う。

唯先輩はわたしのほうを見て、ニコニコと笑っている。

「あのさ、ずっと言いたかったことがあるんだ」
「何ですか?」

「一緒に来ない?」

「もちろん…行きますよ」

 わたしは部屋に行き、旅に出るための準備をととのえる。その間、唯先輩はギターを弾いて、新曲だという曲をいくつか歌ってくれた。わたしはそこで、あることに気づいた。
「あれっ、そういう曲も歌うことにしたんですか?」

「…わたし、あずにゃんに会えなくなってすごく、すごく寂しかった。寂しくなったのなんてはじめてで、どうしたらいいかわかんなかったよ」

「…唯先輩」

「そしたら、どんな歌作っててもさあずにゃんの顔が浮かんでくるんだよ。だから、こんな曲になっちゃった」

わたしは顔まで真っ赤になって、照れくさいから、こう言った。

「あんまりうまくないですね」
「あずにゃんのバカぁー」

そう言って唯先輩が抱きついてくる。

 わたしは準備を終え、荷物を持ち、ギターを背負って、部屋を出た。外だと花火の音がよりいっそう、大きく聞こえた。先に出ていた唯先輩がこちらに向かってくる。
「やり残したことはない?」
「はい、大丈夫です」
「そっかあー」

「あの、でも、またここに戻ってくることがあってもいいですか?」
「もっちろん!わたしも純ちゃんと友達になりたいな。あのもふもふはかわいい」
「そんなセンスしてるから、犬に、にゃん、とか平気でつけるんですよ」
「それは…あずにゃんはにゃんって鳴いたんだよ」

わたしたちは声を合わせて笑った。

「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「そうですね、行きましょう」

そう、行かなくちゃならないんだ。

わたしの決心が揺らぐ前に、最後の花火が終わる前に。

夜空にはたくさんの花火が、まるで星のように輝いていた。




【エピローグ】

わたしたちは、すでに街から出て、街から、ずいぶん離れたところまできていた。

花火大会はクライマックスをむかえていて、少し遠いがわたしたちにも、たくさんの花火が上がるのが見える。

わたしたちは立ち止まって、その花火を眺めていた。すると、それまで上がっていた花火が止み、この花火が最後だな、とわたしは思う。

最後の花火は空を横切るように一直線に上がっていき、そして、消える。

「あれっ」
わたしはつい、声を出している。

「あー、消えちゃったねー」

不発だったのかなとは思ったけど、なんとなく聞いている。
「どうしたんですかね」

「うーん、宇宙に行ったんじゃないかな」「宇宙?」

「うん!わたしたちには見えないけど、今も宇宙を飛んでるんだよっ」

唯先輩は自信たっぷりに言う。

わたしは一直線に宇宙の闇に向かっていく花火の姿を想像する。まるで今のわたしみたいだ。

すると、もう一人の自分が馬鹿じゃないの、と言ってくるのに気づく。
「だいたいさ、あんた、このままうまくいくと思うわけ?みんな花火みたいにすぐに消えちゃうよ」

わたしは、冷ややかな目を向けてくるそいつの肩に手を置いて言った。

「強がるな、あずにゃんよ」

わたしはもう一度、真っ暗な宇宙に向かって飛んでいく、打上げ花火について考える。きっと、それは楽なことじゃない。

けれど、わたしたちは二人だ。


満天の星空の下を、わたしと唯先輩は並んで、二人で歩いていく。





これでおしまいです。
読んでくださった皆さんありがとうございます。



最終更新:2011年06月17日 00:10