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憂「お姉ちゃんのこと、好きって言ったよね?」

唯「うん……」

憂「ずっとずっと、どれだけ好きだったか、わかる!?」

 怒ってなんかいないのに、声を荒げる。

 お姉ちゃんに怒鳴るのは初めてかもしれなかった。

唯「ひっ、憂……」

憂「カウントするのー? なんて、ふざけないでよ!」

唯「ご、ごめんね、そんなつもりじゃ……」

唯「許して、憂……」

憂「許さない」

 毅然として言いつける。

 けれど胸の中は、ドキドキと緊張でいっぱいだった。

唯「お願い……」

 お姉ちゃんが目を伏せる。

憂「……だったら、キスしてよ」

唯「……うん」

 お姉ちゃんが息を吐く。

 グロスを塗られたくちびるはいつもより潤っている感じがして、

 私たちをいくぶんか素直にキスへといざなっているようだった。

憂「わたしからも、お返しするから……」

唯「……うん」

 お姉ちゃんは私をじっと見つめると、

 さっきグロスをつけてもらったときみたいにくちびるを向けた。

唯「憂、目とじて……」

憂「……ん」

 本当にしてくれるんだ。

 なんだか夢見心地で、ぜんぜん実感がついてこない。

唯「憂……わたしのこと、好きなんだね?」

憂「うん、好きだよ」

 反射的に答える。

 お姉ちゃんのことは好き。

 恋人としてではないけれど、キスならしたいって思う。

 それが好きって気持ちじゃ、だめだろうか。

唯「じゃあ……がんばるから、ねっ」

 胸がきゅんとしたのか、

 それともずきんと痛んだのか。

 一瞬だけそんな感覚があって、すぐにキスへの願望に塗り固められた。

唯「……いくよ」

 私の首筋にお姉ちゃんの手が置かれた。

 目をつぶって何も見えない中で、お姉ちゃんがすっと近付いたのがわかる。

唯「……ふー」

 そして、深呼吸。

 お姉ちゃんも緊張してるんだろう。

 血の繋がった妹に迫られてキスするんだから、当然だと思う。

 わたしだってドキドキしてる。


 何も言わずにお姉ちゃんが近づいて、ぴとっと鼻がくっつく。

 真正面から鼻をぶつけて、むりやりくちびるを合わせようとするお姉ちゃん。

憂「ん、……」

 なんか違うよ、お姉ちゃん。

 私は首をちょっとかたむけて、お姉ちゃんのくちびるを誘いこむ。

唯「んぶっ」

憂「っ」

 少し倒れ込むように、お姉ちゃんのくちびるが襲いかかってきた。

 鼻の下あたりに湿った感触がして、即座に固い歯がごつんとぶつかる。

憂「い、いたた……」

唯「ごめん、うい大丈夫?」

 お姉ちゃんが離れてしまう。

 手首はなんとか掴まえたままだけれど、

 くちびるは遠くに。

憂「お、おねえちゃん……」

唯「で、でも、もうキスしたよね?」

 お姉ちゃんはいそいそ笑ってごまかした。

 こんな状況は早く終わらせてしまえというくらいに。

 お姉ちゃんの手が首筋を離れて、頭をぽんぽんと撫でる。

 姉が妹によくそうするように、落ちつかせるように撫でてくれる。

 その触れ方が、今日だけは苛立った。

憂「……お姉ちゃん」

唯「うん、なあに憂?」

憂「……お姉ちゃんが悪いんだよ」

唯「えっ……」

 後ろに回っていたお姉ちゃんのもう片方の手を掴んで、

 そのまま無理矢理抱きついた。

唯「い、いたたたたっ!」

 お姉ちゃんの手をひねり上げて、顔をいっきに近づける。

 苦痛にゆがんだ表情はすごく苦しそうだった。

憂「おねえちゃん、あんなキスじゃ忘れちゃうもん……」

 お姉ちゃんの呼吸が焦っている。

 私も心臓が跳ねまわって、うまく呼吸ができなかった。

唯「う、ういっ……」

 化粧もして頬も赤くなって、魅惑的な顔をしたお姉ちゃんは、

 息も絶え絶えに私の名前を呼ぶ。

唯「ま、待ってよ。落ちついて……」

憂「私は落ち着いてるよ。焦ってるのはお姉ちゃんでしょ?」

唯「どっちでもいいから、ちょっと待ってよ! 痛いんだからっ!」

 お姉ちゃんは叫び声を振り絞る。

 驚いて力が抜けた隙に、お姉ちゃんは私の手をねじって、振りほどいた。

唯「ねぇ、憂っ」

 逃がすものか。

 お姉ちゃんに抱きついたままの格好で床に向かって飛びこむ。

唯「きゃあっ!?」

憂「うっ、つぅ……」

 倒れ込んだ瞬間、お姉ちゃんとおでこがぶつかる。

 頭の割れそうな痛みが襲って、夕食を吐き戻しそうになる。

 どうにかこらえて、お姉ちゃんに覆いかぶさる。

 体重をかけ、手指を絡ませて、肘で腕を押さえつける。

憂「は、はぁっ……」

 お姉ちゃんは動かなかった。

 床に押し倒したままのお姉ちゃんの体は重たくて、力がすっかり抜けていた。

憂「おねえ、ちゃん……?」

唯「……」

 どうやら、お姉ちゃんは気絶してしまったみたいだ。

 目を閉じると、長いまつ毛がはっきりわかった。

 ぼんやりと開いた口元は濡れて、

 ゆったりとした寝息とともに、森に咲いている花のような匂いを漂わせている。

憂「あ……」

 その姿を見て、その匂いを感じて、

 私が思ったのは、お姉ちゃんが無抵抗だということだけだった。

憂「……はぁっ」

 ひざまずいて、お姉ちゃんを抱き起こす。

 くったりと頭が垂れて、首筋があらわになる。

憂「んーっ……」

 白い首にくちびるを押し当てる。

 グロスをこすりつけて落としていく。

 お姉ちゃんの首筋に薄い桃色が引かれていく。

唯「ふあ……」

 お姉ちゃんが微かに反応する。

憂「……」

 赤ちゃんにおっぱいを飲ませるみたいにお姉ちゃんの頭を片手で抱え上げる。

 口から吹いてくる生温かい風が心地よい。

憂「は、ぁ……」

 一度、お姉ちゃんを胸に抱き寄せた。

 私の心臓の音が聞こえるといいな。

 この早いリズムが、お姉ちゃんへの愛しさだよ。

憂「……好きだよ、お姉ちゃん」

唯「……」

 温もりを離した。

 今度はそっと、おでこをくっつけた。

憂「おねえちゃん……」

 鼻先をかわし、くちびるは少し引き、

憂「……っ」

 首の後ろから手のひらで抱えて、眠れるお姉ちゃんにキスをした。

 ふわっ、とお姉ちゃんに包みこまれる。

 意志の無いくちびるが吸いついてくる。

 幸せな感覚だった。

憂「ん……んっ」

 お姉ちゃんをさらに寄せて、くちびるを深く押し付け合う。

 とつぜん頭の中が真っ白になって、床に崩れ落ちそうになる。

 なんとか姿勢を保って、くちびるを離した。

憂「……」

 大好きなお姉ちゃんとのキス。

 想像していた通りの、最高のキスだった。

 もう我慢できない。

 ちょっと息を吸って、またくちびるに襲いかかる。

憂「ん、ちゅっ……ちゅ」

 くちびるを押し付けては離れ、押し付けては離れると、

 耳を刺すような高い水音がした。

 お姉ちゃんは反応しない。

 わたしは何かのたがが外れてしまいそうなくらい、体中を感覚がめぐるのに。

憂「お姉ちゃん……っちゅ、ちゅっ」

 お姉ちゃんに起きてほしい。

 一緒にこのキスの感触を楽しみたい。

 それがどういう事態を意味するのかもわからないで、

 私はそんなことを思った。

憂「……」

 私は脇に落ちていたメイク落としのシートを引き出した。

 お姉ちゃんのくちびるを拭いて、くるむ。

 もう1枚出して、まぶたをそっと擦る。

 ぴく、ぴく、とお姉ちゃんが震える。

 お姉ちゃんは化粧をはがされて、いつものとおりの顔になった。

 いつものお姉ちゃん、いつもの寝顔。

憂「……おねえちゃん」

 私はおでこをくっつけて、さっきのように口づける。

 メイク落としのせいで、さっぱりした感触になっていた。

憂「起きて、お姉ちゃん……ん」

 私は、またキスを繰り返す。

唯「う、ぅ」

憂「ちゅっ。ちゅ、ちゅ」

唯「ん、うー」

 お姉ちゃんは私のキスを嫌がるように顔をそむけた。

憂「おねえちゃんっ……」

 それでも追いかけてキスを続ける。

 お姉ちゃんは私のキスで目を覚まそうとしている。

 まるでおとぎ話のお姫様みたいだ。

 これでお姉ちゃんが私のキスで目を覚ましたら、私はお姉ちゃんの王子様なのかな。

憂「んー……」

 何度もキスをしているせいで、首が疲れてくる。

 お姉ちゃんを抱きしめて顔をくっつけて、

 くちびるを突き出したり引っ込めたり、ほとんどくちびるを押すだけのキスを続ける。

唯「ん、んーっ」

 お姉ちゃんがうめいて、肩をゆすった。

憂「んむ、ちゅ、ちゅ」

唯「ん……うい?」

 名前を呼ばれて目を開けると、お姉ちゃんが大きな瞳で私を見ていた。

憂「……ちゅ、ちゅ」

唯「っん、むぅっ!」

 お姉ちゃんは私の肩を掴んで引きはがした。

 そういえば、お姉ちゃんをつかまえておくのを忘れていた。

唯「う、憂……いま、き、き、きき」

 今更しどろもどろになるお姉ちゃん。

 わたしが何回キスしたか教えてあげよっか?

 私も数えてないんだけどね。

憂「……えへへ。お姉ちゃんとちゅーするの、気持ちよかった」

 私は胸の痛みをごまかすように笑顔を作った。

唯「憂……」

 お姉ちゃんは呆然としたような顔をして、しばらく息を止めた。

 そのうち、ゆっくりとため息が漏れて、私の頬を撫でていった。

唯「ほんとに……お姉ちゃんのこと好きなんだね」

憂「うん……」

 私が頷くと、お姉ちゃんは薄く微笑んだ。

 そしてまた、私の頭を撫でた。

唯「……うれしい」

 お姉ちゃんが深く息を吸う。

唯「私もね、憂のこと好きだったんだ」

 背中に手が置かれて、私はそっと抱きしめられた。

唯「だから、……うーんとね。もう、こうなっちゃった以上」

唯「憂と付き合っても、いいよね?」

 その質問がどこに向けられたかはわからない。

 お姉ちゃんは私をじっと見つめて、嬉しそうににこにこしていた。

憂「……うん」

 胸を絞ったのは、ときめきか罪悪感かわからないけれど、

 私は、喜びに任せて頷いた。

――――

 その翌朝。

 お姉ちゃんは結局、やたら慌ててお化粧をしないまま学校に行った。

 中学校から帰ってくると、台所のゴミ箱に買ったばかりのお化粧品が捨てられていたので、

 お化粧をするのは諦めたんだと思う。

 お化粧をしたお姉ちゃんは確かに綺麗だったけど、

 ちょっと似合ってもいなかったからそれでいいんだと思う。

 そのかわり、お姉ちゃんは高校で部活動を始めた。

 なんだかんだでお姉ちゃんの高校デビューは成功したみたいで、

 毎日楽しそうに笑っている。

 だけど、そんなお姉ちゃんを見ていると、

 ときどき急に悲しくなるのは、どうしてなんだろう。


  おしまい



最終更新:2011年06月24日 21:36