――――

 その後の家族会議の結果、お姉ちゃんはお母さんの友達の家に預けられることになった。

 とにかく私と同じ家に住まわせてはいけない、ということだったと思う。

 学校もお姉ちゃんだけ転校になった。

 ただほとぼりの冷めた今は、互いの教室に行かないという約束で同じ高校に通っている。

 その監視は幼馴染の和ちゃんに任されたらしいけど、

 和ちゃんは「そんなの知らないわ」と笑っていた。

 お話を、お姉ちゃんが転校したあとに戻す。

 お姉ちゃんは新しい家でそれなりに可愛がられていたみたいだけれど、

 やっぱり私に会えない寂しさにはかなわなかったみたいだった。

 数週間して終業式の日。

 お姉ちゃんは中学校の校門にいて私を見つけるなり飛びついて来た。

 その日はそれぞれ友達の家で遊んでくると連絡を入れ、

 薄暗いカラオケ店でひと月ぶりのキスをした。

 1時間いちゃいちゃした後、少し外れた場所にあるファストフード店で私たちは作戦を練った。

「どこか、誰にも見つからないで二人だけで会えるところを探そう」

「それで学校の帰りに、部活でもやってるふりしてそこで会おう」

 それが私の持ちかけた提案だった。


――――

 しばらくして私が、今わたしたちの溜まっている廃アパートを見つけ出した。

 ベッドや椅子や洋箪笥など、必要最低限の家具を運び込み、

 ほとんど毎日寄りついて、エッチをしたりお話したりしている。

 今のところ、ここは誰にもバレていない。

 玄関のドアは表面が剥がれてかさついているし、

 鉄柱やパイプは赤サビにとりつかれて、このアパートは今にでも崩れ去りそうだ。

 こんな建物に寄りつく人はきっといない。

 周りも家が少なくて、目につく危険性も低い。

 おかげでこの1年半、気付かれずにお姉ちゃんとの逢瀬を続けている。

「さて、誰かにみられる前に行きましょっか、憂さん」

「そうですね、お姉さん」

 壁に立てかけた自転車のスタンドを蹴り、サドルに座った。

 後ろからぎゅっと抱いて、お姉ちゃんが荷台に座る。

 来るときはお姉ちゃんが前だったから、今度は私がペダルを漕ぐ番。

 アパートの敷地を出て、二人ぶんの体重で重たいペダルを踏む。

 お姉ちゃんが全身で私に掴まる。

 心もくっつけて、ぎゅっと。

「しょんぼりのひまわりも、大きくなったね」

 アパートの裏に広がるひまわりの自生地を見て、お姉ちゃんが言う。

 私たちの来る時間には、いつも夕日を見てうなだれているから、しょんぼりのひまわり。

「もうすっかり夏だからね。きれいに咲いてる」

 私はももに力を込め、自転車をぐんぐん進ませる。

「おっ憂、がんばるねぇ」

 お姉ちゃんが楽しそうに言った。

 私も楽しくなって、懸命にペダルをこいだ。

 唸る風を服のうちにまといながら、自転車で駆けていく。

 めくれあがりそうになるスカートをお姉ちゃんが小指で押さえつけている。

 埃っぽい街の空気がどこかから流れてくる。

 ぴったり抱きついたお姉ちゃんのせいで少し漕ぎにくいけれど、

 背中に伝わるハートのリズムがあったかくて心地いい。

 いつもお姉ちゃんが帰る道からは少し外れて、今日はいつもの帰り道へ。

 私たちが姉妹だったころ使っていた、中学校からの帰り道。

 いちばんの近道からすこし遠回りの、ちょっとだけ長くお姉ちゃんと二人きりでいられる道。

 ゆるやかな勾配の坂道を上っていき、川の匂いのするほうへ。

 夕焼けに塗りたくられた空がまぶしい。

 次第に視界が明るくなる。

 白い橋が見えてきて、川面で橙の光が撥ねていた。

「憂、ここらでちょっと止まろっか」

「うん、景色見たいね」

 お姉ちゃんが言ったので、私はブレーキを握った。

 慣性の法則で後ろからお姉ちゃんがぎゅっとくっついてきて、一瞬ひとつになれるかと思った。

 足をついて自転車を降りる。

「ささ、お姉ちゃん」

 スタンドを立てて、ジェントルマンな感じでお姉ちゃんの手を取る。

「どういたしまして、お嬢ちゃん」

「どっちがお嬢さんだかわからないね」

「どっちもお嬢さんだよ」

 お姉ちゃんは夕陽で陰を作りながら、そう言って笑った。

 夕陽に焼けたようなお姉ちゃんはどうしてか眩しくて、私は少し俯いて笑顔を返した。

 私たちは橋の手すりにもたれかかって、夕陽を眺めていた。

 昔は学校の帰りに、よく二人こうして並んでアイスを食べて、あと少しだけと話していた。

 そうしてそのまま暗くなるまで話していることもよくあったし、

 そんなことは仲良しねと笑ってもらえた。

 今ではだめだ。

 陽が沈む前に帰らないといけない。

 お姉ちゃんは肘を手すりにつけて頬杖をついていた。

 右手はスカートのポッケにしまって、髪を湿った風になびかせている。

 写真におさめたいような美しいお姉ちゃんだったけれど、

 夕陽を眺める瞳だけ悲しそうだった。

 私も沈みゆく太陽を見つめる。

 太陽は遠くの川面にお尻をつけて、もう夜になりかけていた。

 橋の下の広い土手では少年野球チームがまだ練習を続けている。

「お姉ちゃん」

「……ん?」

 ぼーっとしていたお姉ちゃんに呼びかける。

 昨日、考えてわからなかったことがあった。

「わたしたちって、どうして別々に生まれたのかな」

「お姉ちゃんと一人なら、こんなふうに引き離されることないのに」

 お姉ちゃんは難しい顔をした。

「そうだね。……私たち、半分だしね」

「うん、半分だよね」

 私は頷く。

 私たちは、1であったところをむりやり1/2に引き裂かれたのだ。

「でもたぶん、私たちが半分ずつ生まれたのは……」

「うん……」

「半分ずつ、倍のことを感じあって、いつかひとつになるときに大きな私たちになるためだと思うよ」

 お姉ちゃんはすっと手すりから離れて、私のほうに一歩近づいた。

 そうしてまた、背中から私を抱きしめる。

「今はこうやって、ひっつくことしかできないけどね……」

「……」

 お姉ちゃんは私の肩にあごを乗っけて、一緒に夕陽を見た。

 揺れて、海に向かう川面をきらめかせて、世界を照らす。

 すごくきれいだった。

「……」

 お姉ちゃんの生きている音を聞きながら、私は切なくなった。

「いつ……」

「うん?」

「いつ、ひとつになれるかな……」

「……いつか、かなぁ」

 お姉ちゃんは曖昧に答えて、けれどぽんと手を叩く。

「あぁでも、地球が滅ぶって言われてるでしょ?」

「2012年のやつ?」

「そうそう。だからあれが本当で、本当に地球が滅ぶんだったら」

「そのときには、憂とひとつになりたいな」

 えへっ、とお姉ちゃんはくすぐったそうに笑った。

 夕陽はもう、半分ほどまで沈んでしまっていた。

「そろそろ、かえろっか」

 お姉ちゃんの腕の中で言う。

「そうだね。また明日……」

 名残惜しそうに、お姉ちゃんの腕がほどかれる。

 もっと抱きしめていて欲しいけれど、早く帰らないといけないんだ。

「じゃあ、バイバイ」

 自転車のハンドルを握り、お姉ちゃんは言う。

 カラカラと車輪の音がし、スタンドが蹴られる。

「お姉ちゃんっ」

 私は少し大きな声でお姉ちゃんに呼びかける。

 そして、ハンドルに乗ったお姉ちゃんの手に手を重ねて、ぐっと近づいた。

 目指すは、唇と唇。


――――

「……」

「……バイバイ」

「うん、また明日」

 お姉ちゃんは私の手を撫でて、自転車に乗る。

 そして振り向かずに、元きた道をどんどん走って、見えなくなってしまった。

 私も帰ろう。

「……」

 振り向きざま、少し夕陽と見つめ合う。

 あの太陽がずっと沈まなかったら、お姉ちゃんとひとつになれるかな。

 そんなことを思いながら、私は半分のお家に行くために、ちょっと急ぎ足で歩きだした。


  おしまい




最終更新:2011年06月26日 21:05