最後のターゲットは、今回の騒動の発端となった、機密情報をばら撒いた暗部崩れの男である。
その男が潜んでいるのは、廃墟と化したとある研究所跡だった。

「情報によると、ターゲットはレベル4の『念動力』使いらしいぜ~。おっ、いたいた、あいつだな」

廃墟の中に一人たたずむ男の姿が見える。

「四人でかかれば楽勝だろ。よし、行くぞ~」

「……待って」

一歩踏み出した律の腕をつかんで止めたのは唯だった。

「……唯? どうした?」

唯は普段の呑気さからは想像できないような暗い表情を浮かべていた。

「……わたしが行くよ」

ただならぬ雰囲気の唯に圧倒された律は言葉を返せず、唯がゆっくりと男のほうへ向かっていくのをただ眺めているしかなかった。

「どうしたのかしら唯ちゃん……まるで別人だったわ」

「さあ……よくわかんねーけど、見てるしかなさそうだな……危なくなったら助けに入ろう」

唯の姿に気づいた男が振り返る。

「ん? ……ほう、こいつはおもしれえな。まさかお前が俺の始末に来るとは。久しぶりだなあ、平沢?」

「……なんで生きてるの」

「なんだ、感動の再会だってのに冷たいねえ。確かにあの時、俺は瀕死の重傷を負ったが、なんとか逃げ延びた。
それからは暗部もやめて、こうして上の情報を盗んでは売って暮らしてたんだよ」

この男こそ、唯を暗部に引き込んだ張本人。あのときの「少年」であった。
彼らの暗部組織は当時、上層部に反抗すべく戦力を必要としており、唯を利用した。
しかし、その作戦はあえなく失敗。用済みとなった唯は捨てられ、闇を転々とする生活を送ることになる。

その後、彼らのグループは別の暗部組織によって壊滅させられたと唯は聞いていたが、この男は生き延びていたようだ。

「暗部を……やめたの?」

唯の人生を身勝手な理由で狂わせた人物が、ぬけぬけと表の世界で生きている。
その事実に唯の表情がゆがみ、ギターが黒いオーラに包まれ始める。

「ああ、俺は一応死んだことになってたからな。やすやすと抜けられたわけよ。
あんなクソな世界、できるものなら一秒たりともいたくはねえ」

「その世界に……わたしを引き込んで、捨てて、しかも自分は暗部を抜けてゆうゆうと暮らしてるなんて!
そんなの……勝手すぎるよ!!」

唯がギターを思いっきりかき鳴らし、無数の真っ黒なエネルギー弾が発射される。
しかし、男は自らの体を念動力で操り、空中浮遊して難なく避けた。

「知ったことかよ。どのみち、あのとき俺が暗部に引き込んでなければお前は死んでいたはずだ。
お前こそ、いつまで上層部の犬をやってるんだ?
いいか平沢、お前が俺を殺すってことは、クローンだのなんだの言ってるあのイカレた実験を擁護するってことになるんだぞ、ああん!?」

男はあたりに転がっている瓦礫を操り、唯へ向かって高速で放つ。

「効かないよ!」

唯がとっさにギターを軽く鳴らすと、唯を中心に球状のバリアーが展開される。
瓦礫はバリアーにすべて阻まれ、唯に届くことなく落下した。

「けっ、相変わらず何でもありな能力だな。だがお前の攻撃パターンはすべてお見通しなんだよ。
なんたって、この俺が育ててやったんだからなあ!」

男はさらに瓦礫をバリアーへと叩き込む。だんだんとバリアーにはヒビが入っていき、ついには音を立てて崩壊した。
すぐさま唯がギターのネックを男のほうへと向けかき鳴らすと、六本の弦に沿って黒いレーザーが発射される。
しかし男はレーザー攻撃を読みきっており、飛び回って避けながらさらに瓦礫を唯へと投げつける。
唯は再びバリアーを出し、戦いは振り出しに戻る。

両者決め手のない戦闘を眺めながら、律はあることに気づく。

「さっきから平沢、平沢って、唯の苗字か? ということは唯のフルネームは平沢唯……なーんかどっかで聞いたことあるような」

「「!!」」

その言葉に澪と紬が反応する。

「ん? どうした澪、知ってるのか?」

「……いや、唯じゃないけど、似た名前なら……知ってるだろ?
――学園都市第六位、平沢憂

「あ、そうそうそれ! 一文字違いか~似てるな」

「いや……まあ、そうなんだけど」

澪は唯の寝言に出てくる「うい」という人物のことを思い出していた。

(まさか……唯と第六位は)

「みんな、これを見て」

紬が携帯電話の画面を見せる。そこには、唯とそっくりな人物の顔写真。
画面の下には、「学園都市第六位 平沢憂」と表示されている。澪の予想は的中していた。

「うそっ、唯じゃん!? ん、いや、姉妹か?」

「やっぱりか……律、唯は第六位の姉妹で間違いないと思う。中学三年って書いてあるから、唯が姉か」

「まじかよ……いや待て、本人が化けてるって可能性はないか? 唯の能力ってわけわかんないし、レベル5ならありえるんじゃね?」

「ううん、うちのグループで第六位の動向はつかんでいるけど、普通に中学校に通っているわ。同一人物ってことはないと思う」

「っちゅーことは姉は暗部、妹は表でしかもレベル5……こりゃ~厄介だな、いろいろ」

「唯が寝言で言ってたんだ、『うい』って……あれは間違いなく、第六位のことだろうな。
唯とあの男の会話からすると、唯はあの男に暗部に引き込まれて妹と生き別れになったってことか……」

唯と暗部崩れの男の戦いは長期化し、唯の能力の精度が落ちてきていた。

「へっ、そろそろ限界か。お前の能力は強力だが、技を知り尽くしている相手じゃあさすがに分が悪かったな」

「……だったら」

唯は一旦距離をとり、ギターを構えなおす。

「今、新しい技を作ればいいんだよ!」

唯がポン、ポンと優しい音を出すと、唯の顔ほどの大きさがある黒い音符が多数出現した。

「……あ? なんだそれは」

「いっけえ~!」

唯の声とともに、音符が男めがけて飛んでゆく。そのスピードは決して速くはなく、軽々と男に避けられてしまう。
しかし、音符はUターンして再び男を追跡し始めた。

「ちっ、追尾だと!?」

男は空中を逃げ惑うが、音符はしつこく追尾してくる。だが、唯から離れすぎるとコントロールを失い、
軌道を外れた衛星のようにあさっての方向へ飛んでいき、やがてスーッと消えた。

「……へっ、たいしたことはねえな。離れちまえば――」

「逃がさないよ!」

距離を置こうとした男に対し、唯はさらにレーザーを打ち込む。不意打ちを避け切れなかった男の肩をレーザーがかすめる。
さらに、唯は新しい音符をどんどん生み出し、男を追い詰めていく。

「くっ……! ならこれでどうだ!」

一気にたたみ掛けようと考えた男は、全演算を集中し、大量の瓦礫を唯めがけて投げつける。
唯はバリアーを張るが、精度が落ちてきているため男の全力の攻撃に耐えられず、一撃で破られる。

「くらいな、平沢あぁぁ!!」

バリアーが破られた隙をつき、男が拳を掲げながら突撃してきた。

「ここでもういっちょ新技!」

唯が大きく腕を振り回しながらウインドミル奏法でギターを激しく鳴らすと、竜巻が発生した。
空中にいた男はそれに巻き込まれ、吹き飛ばされる。

「な、なんだと――」

そして、吹き飛ばされた先には追尾してきた音符があった。
音符の正体は爆弾であり、男に触れると爆発し、さらに後続の音符も巻き込んで大爆発を起こした。

唯の能力に律が驚く。

「うわあっ! すげーなオイ……どうなってんだあの能力? ムギ、そのキーボードで唯の能力を調べたりできないのか?」

紬の『合成魔術』はレベル4の能力を使用できないとはいえ、
『自分だけの現実』に接続してどんな能力かをある程度調べることは可能だった。

「ええ。さっき唯ちゃんの『自分だけの現実』にアクセスできたんだけど……
単純に、何か一つのものだけを操る能力みたい。なんであんなにいろんなことができるのかしら?」

唯の多彩な能力は、とても一つの物理法則を操るだけでは説明できそうにない。一同は首をかしげる。
さらに、紬はもう一つ気になることがあった。

(唯ちゃんが能力を発動するたびに『自分だけの現実』が広がって、解除すると元に戻るみたい。どういうこと……?)

爆発によって発生した煙が晴れ、倒れている男の姿があらわになる。
男は右手、右足を失い、もはや虫の息であった。
唯はゆっくりと男のもとへ近づいていく。

「た……すけて、くれ……」

男は命乞いを始めた。

「ひら……さわ……たすけて、くれ。いままで、やってきた、ことは……あや、まる……」

唯の顔が引きつり、ギターが再び黒いオーラに包まれ始める。

「おねがい、だ……なあ、おれが、そだてて、やっただろ……? その、おんを――」

この男によって、唯は幸せな生活から一転して暗部に堕ち、人殺しを強要させられてきた。
もともと優しい性格の唯は、その膨大なストレスをうまく発散できず、溜め込む。
そして、自分の人生を狂わせたこの男の、身勝手で醜い姿に、唯のストレスは限界に達し――

「――あ、あは、あははははははははははは!!!」

ついに発狂した唯の能力が暴走する。
その瞬間、唯から不可視の衝撃波のようなものが発せられた。

「「!?」」

それは物理的なものではなく、周囲の物体にまったく影響はない。
しかし、律と澪はその瞬間、強烈な違和感を覚えた。

「澪、感じたか、今の!?」

「あ、ああ……なんか、自分の精神が吹き飛ばされそうになるような感覚が……
いや、今も感じる。唯から、何かが暴風のように吹き出ている?」

「あは、あははは!!」

暴走する唯の周囲10メートル程には黒いオーラがうずまき、無秩序な爆発が連続して起こる。
近くにいた男の体は不可視の斬撃により切り刻まれ、内部から爆裂し、もはや肉塊と化していた。


一方、紬は自らの体には何も感じていなかったが、先ほどから接続していた唯の『自分だけの現実』の変化を感じ取る。

「唯ちゃんの『自分だけの現実』がどんどん膨張してる……むしろ、蒸発し始めてる!? このままじゃ、危ないわ!!」

『自分だけの現実』がなくなれば、無能力者になってしまう。
それどころか、一度脳に刻み込まれた超能力が無理に失われれば、精神に異常をきたす可能性もある。
唯の暴走を止めるため、律と澪が唯のもとへ駆け寄ろうとするが――

「……なんだコレ!? 頭がぼーっとする……能力がうまく使えねー!!」

「近づけば近づくほど、『自分だけの現実』が不安定になるな……あんまり近づくと、私たちも……くそっ!」

唯から発せられる何らかの力により、能力者の『自分だけの現実』が反発を受ける。
近づきすぎると『自分だけの現実』を吹き飛ばされてしまう――そんな感覚を、二人は感じ取っていた。

「私にまかせて!!」

能力者ではない紬は、唯から暴風のように吹き荒れる何かの影響を受けない。
しかし、唯の周囲の黒いオーラの勢いは止まらず、とても近寄れる状況ではなかった。

「唯ちゃん! もうやめて!!」

紬はギリギリの位置まで近づき、唯に向かって叫ぶ。

「あはははは!! なんで~ムギちゃん? この人、ひどい人なんだよ!? これぐらいしておかないと――」

爆発により巻き上げられた粉塵が紬に襲いかかるが、ひるまずに叫び続ける。

「その人のことはもういいの! 唯ちゃん、そんなことしてるとあなたの精神が壊れちゃうわ!!
お願い、やめて! 私たちは、唯ちゃんを失いたくないの!!」

紬の言葉に、唯の周りの黒いオーラが収まり始める。

「唯ちゃん。つらいんだったら、私たちを頼ってくれていいのよ?」

「……」

唯の表情から狂気が消え、それに伴って黒いオーラも霧散する。唯の暴走は完全に収まった。
『自分だけの現実』に影響を受けなくなった律と澪も駆けつける。

「そうだぞ、唯! あたしたちは、お前と違って最初から暗部にいたから、
気持ちは半分ぐらいしかわかってやれないかもしれないけど……それでも、力にはなれると思う」

「言える範囲内でいいから、唯の話、聞かせてくれないか? ……話せば、少しは楽になるんじゃないかな」

「……うん、ありがとう、みんな」



アジトへと戻り、任務完了の報告を済ませた一同は、リビングにて唯の話を聞いていた。

唯は置き去りであったものの、妹や親友とともに比較的幸せな学校生活を送っていたこと。
ある日、能力が発現し、それが解析不能だったために研究所に通いつめていたこと。
そして、研究者に拉致され、人体実験をされそうになったときに能力が覚醒し、研究所を破壊して逃げ出したこと。
疲れ果てて動けなくなっていたところを、あの「男」に保護され、暗部入りしたこと。

唯は全てを話した。また、その話しぶりから、どうやら妹がレベル5になっていることは知らないようである。

「唯……ひとついい?」

澪には、訊いていいのか悪いのかわからないが、どうしても確認しておきたいことがあった。
唯がうなずくのを確認すると、一呼吸おいて話し始める。

「妹さんに……会いたい? 気に障ったらごめん」

唯は特に顔をしかめる様子もなく、優しく微笑んで答える。

「大丈夫だよ、澪ちゃん。会いたくないっていったら嘘になるけど、そんなことしたら憂も不幸にしちゃうもん。
もう絶対に会わないって、決めたから」

表の世界に生きる憂と闇に生きる唯が接触すれば、当然憂にも闇の影響が及ぶ。
それを考慮せずに唯が憂と会いたいと思っているのではないかと澪は恐れていたが、それは杞憂だったようだ。

「それに、みんなに会えたから。もうさみしくないよ!」

唯にいつもの笑顔が戻る。それにつられて、皆も自然と顔が緩む。

ここで、律がひとつの提案をした。

「なあ澪。この際だから……」

「……ああ、そうだな。私たちのことも話そう」

「へへっ。まあ唯やムギに比べたら大して劇的じゃないけどな~。
あたしたちは置き去りどころか、そもそも学園都市内で生まれて、物心つく前から実験台だったんだ。
で、能力が発現したらさっさと脱走して、一人で乞食みたいな生活してたんだ。
実験で痛い思いするよりマシだったからな」

「私は律とは別の研究所にいたんだけど、能力が発現した瞬間に暴走して、衝撃波で研究所を吹き飛ばしちゃったんだ。
それで、瓦礫の中で一人で泣いていたところを律に助けられて……」

「そ! 澪を拾ってからは、二人でなんとか生きてきたんだ。
んで、よく覚えてないけどいつのまにか暗部に入ってたな~。たぶんエサにでも釣られたんだろ。
あのころはガキだったし、良いも悪いもわかんなかったしな」

「幸い、私も律も最初からレベル4だったから、暗部でも比較的重宝されたし、今まで五体満足で生きてこれた。
もし、あのとき律に助けられてなかったらって考えると……
律、その、あ、ありが……」

「お、澪ちゅわんデレましたな~?」

「……うるさいっ!」

「あだっ!!」

「あらあら、うふふ……澪ちゃんに叩かれるときは能力使わないのね、りっちゃん」

「えっ!? ああ、まあ、な……いちいち使うのめんどくさいし!? あははは~……」

しばらくして、話題は唯の能力のことにも及ぶ。

「唯ちゃん。暗部に入ってから、唯ちゃんの能力については何かわからなかったの?」

唯の『自分だけの現実』の不思議な挙動を体感した紬は、気になっていたことを唯にぶつける。

「ううん、あれからもいろいろ調べられたけど結局わかんなかったんだ~。
わたし、ギー太がないと能力使えないし、本当は無能力者なのかも?」

それを聞いた三人は違和感を覚える。唯の能力が暴走したときのすさまじいオーラは、とうてい無能力者に出せるものではない。
そもそも昔はギター以外の楽器でも音符が出ていたはずだ。

(ギターがないと能力を使えない、と思い込んでるのかしら? ますますわからなくなってきたわ……)

紬は難しい顔をして考え込む。それを見た律は笑いながら、

「ま、気にしてもしょうがないだろ、ムギ? 暴走しないようにすればいいんだし。
またあんな野郎がでてきたらボコボコにしてやるからな、なあ唯?」

「うん! えへへ、わたしはもう大丈夫だよ。ありがとう、みんな」

「……うふふ、そうね。気にしすぎてたわ」



その後も、一同は夜遅くまで話し続けた。
闇に生きる者同士ながら、お互いに素性を知り、心を許しあう。『ユニゾン』は、学園都市の闇には珍しい、絆の深い組織となった。



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最終更新:2011年06月28日 03:38