数日後、桜ヶ丘女子高にて。
この日、梓が行方不明になったことを告げる全校集会があった。
さらに、学校周辺に不審者の目撃情報が多発しているとのこと。その不審者は、梓を狙ってきた組織の者であった。
事件を受け、『警備員』及び『風紀委員』は警戒を強化。和は仕事に追われていた。
憂は結局、梓より先に放課後ティータイムを見つけることはできなかった。
和と協力し、インターネットなどで調べるなどしても、梓と同じ道をたどっただけで手がかりは得られない。
そして、梓は行方不明になった。
おそらく、放課後ティータイムの居場所に関して有力な情報を得てしまい、『闇』に巻き込まれたのだろう、と憂は推測した。
この日、すべての部活動は中止。
誰もいなくなった放課後の教室に、憂と純がたたずんでいた。
「憂……話って何?」
「……梓ちゃんのこと」
梓が行方不明になったことを受け、憂は純にすべてを話すことにした。
「前に、私のお姉ちゃんのこと、話したよね。あの話には、続きがあって――」
学園都市の『闇』の存在。放課後ティータイムのYui。それと今回の事件の関係について。
レベル5でありながら友達を救えなかった自責の念にかられ、ときおり泣きそうになりながらも、淡々と話した。
そして、話を聞き終えた純が激昂する。
「……憂のバカっ!! なんで今まで黙ってたのさ!!」
「……っ!
ごめんね、純ちゃん……純ちゃんまで、危ないことに巻き込みたくなかったから……」
「だからって!? 友達でしょ!? そりゃ私は、レベル5に比べたら役に立たないかもしれないけど……
私だって、知ってたら梓や憂のために協力したかったのに……!」
「ご、ごめん……ね……うぅ……」
ついに憂は泣き出してしまう。
「まったく……憂はいつもそうやって一人で抱え込むんだから。ちょっとは友達を頼ってよ」
「うん……うん……!」
「私も、協力するからね。梓も、憂のお姉ちゃんも、絶対に見つけ出そう?」
梓が暗部に入ってから数週間が過ぎようとしていた。
梓はまだ精神的に不安定な状態で、あれから一度も全員で演奏はしていない。全員でのティータイムもまばらだ。
仕事のときは、梓の能力は戦闘に向いていないため、基本的にはアジトに残って情報収集を担当していた。
(なんか、いまだに実感わかないな……私は放課後ティータイムの一員、そして、人殺しの組織の一員)
ギターを弾く気も起きなければ、人殺しに加担する気も起きない。
常に憂鬱な気分で、パソコンで仕事を適当にこなすだけの日々が続いていた。
(だめだ……こんなんじゃ、先輩たちの足を引っ張るだけだよ)
実際、その先輩たちはそんなことは微塵も思っていない。仕方ないよ、休んでていいよ、と優しく接してくれている。
しかし、自分がいるせいで放課後ティータイムの音楽活動が止まってしまうのが許せなかった。
(……決めた。人殺しでもなんでも、やってやるんだ。立派な、放課後ティータイムの一員になるんだ)
大好きな放課後ティータイムのため、梓はついに心も闇に染めることを決心した。
次の日、梓から仕事へ同行させてほしいと申し出があった。
「……ほんとうにいいの、梓ちゃん?」
唯が心配そうな表情で訊く。
「はい。もう、みなさんに迷惑かけられません」
「……ま、今日の仕事は殺しの予定はないからな。初陣にはちょうどいいんじゃないか?」
律が許可し、梓の同行が決まる。
今日の仕事は、とある研究所に忍び込み、ある『薬品』を盗むこと。警備に見つからないかぎり、無血で済む任務だった。
その日の深夜、無人となった研究所の前に一同が集合する。
各人の役割を律が説明する。
「梓には、うちのパソコンからここのシステムにハッキングしてセキュリティを落としてもらう予定だったんだ。
ま、来てくれたからには直接やっちゃってくれ」
「はい、やってやるです!」
「あたしが唯とムギを抱えて研究所に突入。唯は念のためバリアー、ムギは透視でターゲットを探してくれ」
「「了解~!」」
「澪は梓と留守番な。大丈夫だと思うけど、もし警備が来たらぶっ飛ばしてくれ」
「え……ここで待つのか?」
今は深夜。真っ暗闇の中で長時間待つことを澪は怖がる。
「ははーん……澪、怖いのか~?」
「そ、そんなわけあるか!? 梓は私が守るからな!」
「み、澪先輩……?」
「す~ぐ帰ってくるから安心しろって。じゃ、梓、頼む」
「あ、はい!」
梓が研究所の門へ近づき、入口にあったセキュリティシステムから研究所内全体のシステムへとハッキングする。
(うわ……たいしたことない……お金ないのかな、この研究所)
あっという間に解析は終わり、全てのシステムがダウンした。
「終わりました!」
「早っ! サンキュー梓。行くぜ!」
律が豪快に門を蹴破ると、何も反応はない。セキュリティは完全に停止していた。
ヘッドライト付きのカチューシャを装着し、唯と紬を両脇に抱えると、高速で研究所内へと侵入していった。
残された澪は、ガタガタ震えながら梓に話しかける。
「あ、梓……緊張しなくてもいいぞ!? 律たちがすぐ終わらせてくれるからな~!?」
「は、はあ……」
(澪先輩って、怖がりなんだな……ふふ、意外)
放課後ティータイムのMioといえば、かっこいいイメージで世間に知られている。
メンバーだけが知ることが出来るMioの意外な素顔を見れた梓は、ちょっぴり優越感を感じていた。
真っ暗な研究所内をライトで照らしながら、律が高速で駆け抜けていく。
左脇に抱えた唯を中心として球状のバリアーが展開されているが、今のところ迎撃システムからの攻撃はない。
梓のハッキングは完全に成功したようだ。
「あったわ! 三階の一番東の部屋よ!」
紬は電波、赤外線を駆使してターゲットの場所を探し当てた。
律は天井を蹴破り、三階へ速やかに移動し、目的の部屋に到達する。
「ここか。変なトラップ作動しないでくれよ!」
扉を破壊し、中へと侵入する。特に罠は作動しなかった。
奥にある金庫を力ずくでこじ開けると、10cm四方の箱がいくつか敷き詰めてあった。
箱の中には白い粉が入っている。
「一つだけもらえばいいんだったっけか?」
「うん。全部いただいちゃうと、ここの研究が進まなくなっちゃうらしいから。
そこまでする必要はないから、一つ拝借すれば十分とのことよ」
紬はその一つを取り出す。
「やさしい依頼者さんなんだね~!」
「やさしさなのか……? ここの研究も一応価値はあるから残しておいてやるけどその薬ちょっとよこせ、みたいな感じじゃないか?
まあどうでもいい、帰るぞ!」
一方、梓はセキュリティの貧弱さについて考えていた。
(う~ん、なんであんなにしょぼかったんだろ……上層部が欲しがるほどの薬品の研究をしてる研究所なのに。
もしかして、わざと? だとすると……)
その瞬間、あたりがまぶしくライトで照らされる。
「動くな!!」
「うわあああぁぁぁぁぁぁ!! って、駆動鎧!?」
突然のことに悲鳴を上げた澪だったが、相手が幽霊ではなく駆動鎧だとわかると即座に恐怖心を忘れ、戦闘体制に入る。
逆に、梓は敵の不意打ちに驚き、恐怖する。
「あ……ああ……」
「大丈夫だ、梓。後ろに隠れてて」
怯える梓をかばうように澪が前に立つ。
「動くなと言ってんだろう?」
駆動鎧の胸の部分から放たれるライトのまぶしさに目が慣れてきて、その姿がはっきりと見えてくる。
駆動鎧はかなり大型であり、こちらに銃口を向けて立っていた。その銃口には既に炎の球のようなエネルギーの塊が現れており、今すぐにでも発射できる状態だ。
(あのエネルギーの弾……もし発射されたら、やばいな)
目の前のエネルギーの塊がかなりの威力を持っていることを、澪は直感で感じ取る。
衝撃波を放てば敵は倒せるだろうが、暴発して弾が発射されてしまえば、こちらも無傷ではすまないため、身動きがとれずにいた。
「ケッ、こいつの威力がわかったようだな? こいつはなぁ、『超電磁砲』を解析して作られたんだよ。
まだ試作品だが、てめえらをぶっ飛ばすには十分だろうよ」
エネルギーの塊がさらに大きくなる。
「セキュリティを弱くしといて待ってたら、本当に釣れるとはな。
てめえら、能力体結晶を狙ってきたんだろ? ったく、俺らの研究を無意味だの悪あがきだの散々罵ってくれた上に、
能力体結晶をよこせだあ? ふざけるのも大概にしやがれ」
「……なんの話だか知らないが、私たちは依頼を受けてきただけだ」
「ケッ、下っ端かよ。面白くねえな。さっさと死ね!」
(まずい! いちかばちか、やるしかない――)
澪が能力を発動しようとした瞬間、今まで黙っていた梓が突然口を開いた。
「解析終わりました。スイッチオフです」
「――え?」
突然、大きな音を立てて駆動鎧が膝から崩れ落ちた。照明が消え、あたりが再び真っ暗になる。
銃口にあったエネルギーの塊は既に消えていた。
「な、馬鹿な!故障だと!?そんなことがあるはずが――」
ぽかんとしている澪に梓が激を飛ばす。
「何やってるんですか! 今です!」
「……あ、ああ!」
澪がすかさず衝撃波を放つ。至近距離からの直撃を受けた駆動鎧は大破し、吹き飛ばされた。
「……ふう、なんとかなったな。ありがとう、梓」
「……いえ。本当は、無理やり電源を落とそうとしたんですけど、銃が暴発したらまずいと思って……
解析して安全にスイッチを切ろうとしたんですが、あの機械、すごく複雑で時間がかかってしまいました、すみません」
「お~い、澪、梓、大丈夫か~!?」
律たちが駆けつける。
「ああ、梓ががんばってくれたおかげで撃退できたよ」
「梓ちゃん、大丈夫? よかった~」
唯が梓に抱きつく。
「ちょ、ちょっと唯先輩!?」
「うふふ、無事で何よりね」
一同は、吹き飛ばされた駆動鎧にライトを当てて確認する。
中に入っていた男は全身の骨を砕かれ、絶命していた。
「うっ……!!」
初めて間近で見る惨殺死体に、梓が吐き気を催す。
「梓ちゃん、大丈夫~……?」
唯の心配をよそに、梓は強がりを見せる。
「だ、大丈夫です……私は、立派な、放課後ティータイムの一員に……ううっ」
「無理しなくてもいいんだぜ、梓?」
「で、でも……」
「梓。お前が私たちについてこようとしてくれるのは、嬉しいよ。
でも、それでお前が壊れてしまったら意味がない」
「そうよ、梓ちゃん。ゆっくりでいいの。私たちもサポートするから、ね?」
「は、はい……ありがとうございます……」
「梓ちゃん……」
唯がまだ心配そうな目で梓を見つめている。
「大丈夫ですよ、唯先輩。ちょっとずつ慣れて、そのうち私もみなさんと同じラインに立ってみせます。
それまで……よろしくお願いします」
「うん……わかった。よろしくね、梓ちゃん」
唯が梓を優しく抱きしめる。
梓が闇に染まることを最も嫌がっていた唯だが、梓の決意を聞いてついにそれを認めたようだ。
「あ、あの……毎回抱きつかれるのはどうにかならないんですか?」
「そいつはあきらめるんだな~、梓」
「ああ。あきらめろ、梓」
「そう。あきらめて、梓ちゃん」
「……ええぇ~!?」
ふと、梓があることに気づく。
「あ、この銃……まだ使えますね」
駆動鎧に装備されていた、『超電磁砲』を模して作られた銃。奇跡的にも、損傷が少なくまだ使える状態だった。
「使えるっつっても……そんなでっかいの持ち歩けないだろ?」
「いえ、必要な部品だけあれば能力で回路は再現できます。これなら、多分手持ちサイズにできるはずです」
「おお……梓ちゃんの武器ゲットだね!」
「ほほ~、なるほど。ようし、じゃあ持って帰るか!」
律が巨大な砲身をひょいと持ち上げ、一同はその場を後にした。
最終更新:2011年06月28日 03:49