「――はっ! 憂は!?」
突然目が覚めた純があたりを見回すと、同じように目覚めたばかりの和と梓が目に入った。しかし、憂と唯の姿はない。
「梓! 大丈夫!?」
「あ、純……和先輩……」
梓は気まずそうに目をそらす。和は起き上がると、梓のほうへ近づいてきた。
「梓ちゃん……いいわね?」
「はい……そのつもりで来ました」
梓の腕に手錠がかけられる。
「よく戻ってきてくれたわね、梓ちゃん」
「梓……もう離さないからね!」
「うん、ありがとう……そしてごめんなさい」
一同は立ち上がってあたりをよく見回すと、爆発の痕跡が随所に見られ、唯と憂の激しい戦闘があったことが見受けられた。
「憂と唯はどこに行ったのかしら……向こうに行ってみましょう」
三人が歩き出そうとした瞬間、何かが収縮したような感覚が三人を襲う。
「!?」
この感覚を、和は知っている。
「まずいわ……憂の能力が暴走してる!!」
「「ええっ!?」」
『自分だけの現実』が、吸い寄せられるような感覚。間違いなく、憂の『能力吸収』が暴走している。
「そんなっ、憂っ!!」
和が動くより先に、純が駆け出した。それを見て和は、すべてを純に託す決心をする。
「純っ! 憂を救ってあげてっ!!」
和は温度差を利用し純に追い風を起こす。純もまた、自らの体を構成する炭素原子を前方へと引っ張り、加速する。
結合を切らないように炭素を動かすのは慣れておらず、分子レベルのダメージを受け、体のあちこちが悲鳴をあげる。
「つっ……! 憂ーーーーっ!!!」
純が憂の100メートル以内に突入すると、強烈な違和感が襲う。
(うっ……! これが、和さんの言ってた感覚!? やばい、意識飛びそう……)
その感覚は、近づくにつれて大きくなる。次第に、憂の姿が見えてきた。
「――ああああああああああああああああ!!!!!! おねえちゃああああああああああん!!!!!!」
憂の悲痛な叫び声が聞こえてくる。憂は唯の亡骸を抱え、絶叫していた。
姉の死を目の当たりにし、暴走した『能力吸収』はブラックホールと化し、あたりの『自分だけの現実』を吸い込んでいく。
(ちっくしょーーー!! 間に合えーーーーーーーっ!!!)
感覚的にはもう憂のすぐそばまで来ているのに、体は遥か後方を走っている。そして、純の意識は憂の中へと入っていく。
そのとき、すぐ近くに誰かがいるような感覚を覚えた。
(だめ……かも。ごめん、憂……まに、あわない――)
「――純、純っ!」
「……え?」
純が目覚めると、和と梓の姿があった。体を起こしてあたりを見渡すと、50メートルほど前方に憂が立っているのが見える。
「私、助かったの?」
意識が戻ったということは、憂の暴走が止まったということ。三人は、足並みをそろえて憂のもとへ向かう。
向こうを向いて立ち尽くす憂の周りにはきらめくオーラが渦巻いていて、なぜか唯のギターを持っている。ギターの弦はすべて元通りになっていた。
そして、憂の視線の先には、傷一つなく、眠ったように死んでいる唯の姿があった。
「唯っ!!」
「唯先輩!?」
和と梓が唯の亡骸へと駆け寄る。
「そんな……唯! イヤよ! せっかく、会えたのに……!!」
「あ……ああ……唯先輩……私のせいで……」
純は、立ち尽くす憂に何と言葉をかけていいかわからず、とりあえず憂の前に回りこんで表情をうかがう。
すると、憂の目は遠くを見つめていて、心ここにあらずといった感じだった。
「う……憂? あのさ……」
「わたしは……唯?」
「――え?」
純は憂の言った意味がわからず、きょとんとしてしまう。
「そうだよ、わたしは唯だよ? えっと、キミは……憂のお友達だね! えへへ、いつも憂と仲良くしてくれてありがと~」
「……は? ちょっと憂、何言ってんの?」
和と梓も振り向き、憂の言動に驚く。
「憂、どうしたのよ……? 唯は、ここに……」
「あっ、和ちゃ~ん! 久しぶりに会えたね! 何年ぶりかな~」
「やめてよ、憂! 唯先輩は、もう……!」
「あずにゃ~ん! 今日もかわいいねえ」
憂は梓に駆け寄ると、抱きしめる。梓は違和感を覚えた。
(なんで、私のあだ名を……?)
三人は、姉の死を受け入れられない憂が唯になりきっているのかと考えたが、どうも様子がおかしい。
その目つきや挙動はまるで唯そのものだし、唯しか知りえない情報も知っている。
「まさか、憂、あなた……」
和は嫌な予感がしていた。先ほど憂の能力が暴走し、純は間に合わなかったにもかかわらず、暴走は止まった。
そして今、憂は謎のオーラを発しながらギターを構え、その性格はほとんど唯。
「唯の『自分だけの現実』を、吸収したのね……?」
「え? ん~よくわかんないや。なんか記憶があいまいで……」
「憂は、どこに行ったの!?」
「の、和ちゃん、こわいよ……えっとね、憂は、わたしの中にいるよ、多分。うっすらとだけど、感じる」
憂はギターに宿っていた唯の『自分だけの現実』を吸収し、姉の存在を感じた憂の暴走は止まる。
しかし、暴走を続けた憂の『自分だけの現実』は、自重でほとんど押しつぶされてしまった。そのかわりに、憂の脳内は唯の『自分だけの現実』で満たされる。
とはいっても、『自分だけの現実』だけでは完全な記憶は引き継げず、性格や習性など、本人のアイデンティティに強くかかわる要素や、強い記憶だけが残っていた。
憂の記憶は失われていないが、精神が唯に変わってしまってため、それを完全に引き出すことはできない。
一同が状況を飲み込めず呆然としていると、憂の周りのオーラが消え、あっけらかんとしていた表情は真剣なものに変わっていく。
「……少し、思い出してきたよ。わたしは、みんなと一緒にはいられない」
「「「!?」」」
唯の強い思いが残っていたようだ。憂はきびすを返すと、三人から離れていく。
「待ちなさい、憂!」
「ごめんね、和ちゃん。なんかわかんないけど、そう感じるんだ。一緒にいちゃ、みんな不幸になっちゃうんだよ」
「そんなことないわよ! 憂、お願い、行かないで……あなたまで、失いたくない!!」
憂は振り返らない。
「憂! 目を覚ましてよ! なんで憂までいなくなんなきゃいけないのさ!!」
「純ちゃん、だよね? ごめんね。あずにゃんを、よろしく」
「そんな……!!」
憂はさらに歩みを進めていく。
「……唯、先輩」
梓に「唯」と名を呼ばれた憂は、立ち止まる。
「あずにゃん。あずにゃんは、そっちに戻る決心をしたんだよね?」
「……はい」
「じゃあ、わたしが、守ってあげるから。あずにゃんも、和ちゃんも、純ちゃんも。
だから――二度と、わたしを追わないで」
憂が駆け出す。
「「「憂!!!」」」
三人が後を追うが、憂が軽くギターを鳴らすと、全員が圧倒的な力で地面に叩きつけられた。
レベル5の演算で使用する唯の能力は、もはや思ったことを何でも叶える能力と化していた。
「う……憂ーーーーっ!!!」
和の叫び声が響く。憂は超人的な勢いでジャンプすると、建物を軽く飛び越え、あっという間に見えなくなってしまった。
――学園都市第六位「能力複製」は、この日を境に行方不明となった。
とあるマンションの一室にて。
仕事を終え帰宅した教師・
山中さわ子は、先ほどから携帯で電話をかけ続けているが、相手は電話に出ない。
「……こりゃ『ユニゾン』は全滅ね。
教え子に自分たちと同じ道をたどらせちゃうなんて……教師失格ね、私」
次の瞬間、携帯の呼び出し音が鳴り響く。
しかし、ディスプレイに表示された名前は『ユニゾン』のメンバーのものではない。
それは彼女の上司を示す名であった。
「あ~あ、とうとうお迎えが来ちゃったか……」
その電話は、彼女が『ユニゾン』の壊滅の責任を取らされ、粛清されることを意味していた。
それを一瞬で理解した彼女は電話に出ることなく、壁へと投げつける。
その衝撃で通話ボタンが押され、携帯から上司の怒号がかすかに聞こえてくるが、遠くて聞き取れない。
「……うるせえんだよ」
彼女はゆっくりと立ち上がり、床に落ちた携帯を思い切り踏みつける。携帯は真っ二つに折れ、声は途切れた。
そのまま、クローゼットのほうへと歩いていき、中の引き出しから拳銃を取り出す。
さらに、奥にしまってあった愛用のフライングVも取り出し、優しく抱きしめた。
ギターを抱いたまま、彼女は自らの頭に銃口を押し当てる。
だが、次の瞬間。
「――ヒャーッハッハッ!! 山中さわ子はいるかあ!?」
醜い笑い声とともに、玄関のドアを破壊して三人の男が乱入してきた。
「……あぁ?」
水を差されたさわ子は、鋭い目つきで侵入者を睨みつける。
「ヒャハッ、いたいた。さっそくだけどなあ、あんた死んでもらうわ」
「悪く思うな。これも仕事だ」
「そ。僕らに狙われたら最後。あきらめるんだね」
男たちは中学生ぐらいの年齢に見えた。おそらく、さわ子を処分する依頼を受けた暗部関係者だろう。
「言われなくても死ぬつもりよ。
……てめえらを、ぶっ潰した後になあぁぁぁぁぁ!!!」
「「「!?」」」
さわ子の突然の豹変に男たちは驚く。
その一瞬の隙を突き、さわ子は持っていたフライングVをフルスイングし、先頭にいた男の顔面を殴りつけた。
「グヒャァッ!?」
男は一撃で意識を失い、豪快に吹き飛び壁に激突する。
「てめえら……せっかく人がきれいに死のうとしてたのに……空気読めやゴラアァァァ!!」
さわ子は修羅の顔でフライングVを振りかぶり、男たちに襲いかかる。
「……甘く見るなよ。食らえ!」
二番目に立っていた男がエネルギー弾を連射する。
しかし、さわ子はそれを超人的な動きでかわし、素早く懐にもぐりこむと、男の鳩尾に拳を叩き込んだ。
「ぐふっ!? ……き、貴様、肉体強化系か?」
「はあ? ……なんでもかんでも能力、能力。最近のガキは能力に頼らないと女一人倒せねえのか、ああ!?」
さわ子は男の腕をつかむと軽く投げ飛ばし、既に恐怖で立ち尽くしていた三番目の男にぶつける。
「ぐはあっ!」
「うわああっ!?」
「てめえら、それでも暗部か? ひょろっちい体しやがって……このデスデビルのキャサリンが、本物の暗部ってのを見せてやるよ!!」
「な、貴様、あの伝説の……ぐうっ!?」
言い終わる前に、さわ子は男の首を片手で締め上げ、持ち上げる。
そのまま壁へと投げつけると、男は後頭部を強打し意識を失い、うつ伏せに倒れた。
「う、うわあああ!!」
最後に残った男は念動力を使い、部屋にある物をがむしゃらにさわ子に向けて飛ばす。
さわ子はその一つをフライングVで打ち返すと、ネックが折れ、飛んでいったボディが男の顔面を直撃した。
「ぶっ!?」
鼻血を出し、尻餅をついた男に、さわ子が指をポキポキと鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。
「ひ、ひいいいっ!」
男はついに戦意を失い、背を向けて逃走する。しかし、さわ子はすぐさま距離を詰め、男を後ろから羽交い絞めにした。
「た、助けてくれ! 僕は命令されて来ただけなんだ! 僕は悪く――」
「シャラァァァァァァーーーーーーーーーップ!!!!!」
チョークスリーパーが決まり、男はその場に倒れ伏した。
「……ふう。まったく、とんだ邪魔が入ったわ……。
ふふ、でもまあ、久々に暴れたらすっきりしたわね」
さわ子は再び拳銃を手に取り、銃口をこめかみに押し当てる。
「クリスティーナ、デラ、ジェーン。……やっとそっちに逝けそうだわ。
ねえ、着いたらさっそく合わせない? 唯ちゃんたちを見てたら、うずうずしてきちゃったの」
――そして、引き金を引いた。
最終更新:2011年06月28日 04:19