#プロローグ
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「あれ、和?」

アーケードに反響する喧噪の中、聞き慣れた声に足を止めた。
振り返ると、買い物袋を下げた馴染みの笑顔がふたつ。

「あら、澪。律も」

「よっ」

「ふたりも買い物?」

「うん、寮で必要なものを色々。和も?」

「大きいものは向こうで買うから、とりあえずすぐ必要なものだけね」

買ったばかりの生活用品が詰まったエコバッグを掲げてみせると、
そっか、と澪が小さく頷いた。

「和と会うの卒業式以来だっけ」

「そのあとの、クラスの打ち上げ以来ね」

「ああ、そうか」

高校の卒業式からまだそれほど経っていないのに、
季節の変わり目のせいか、それとも私服姿だからなのか
久し振りに会ったような不思議な感覚。
”以来”なんて言葉を使った澪も、同じことを思っているのかもしれない。

「ふあぁ~……、ぁふ……」

暖かな春の陽気に誘われたのか、律が大きく欠伸して、
口元隠せよ一応女子なんだからと澪がたしなめる。

「なー、歩きっぱなしで疲れちった。どっかでお茶しない?」

「え?私はいいけど……。和は時間ある?」

澪に訊ねられて、予定はないから大丈夫と応える。

「よしけってーい!私お腹空いたから、マックスバーガーな!」

「律……。充分元気じゃないか」

先陣を切って大股で歩き始めた律の背中を追いかけながら、
呆れ顔の澪と苦笑いを交わした。



…………



カウンターでそれぞれ注文を済ませて、階段をのぼる。
左腕に掛けたエコバッグが少し重い。

律はダブルバーガーセットをトレイに乗せ、
澪はシェイクを、私はカフェオレのカップを手に持って
2階隅の、ガラス越しに通学路が見える4人掛けの席に座った。

「あれ、そういえば和とここ来るの初めてじゃないか?」

座るなりポテトをざらっとトレイに広げて、律が私に訊ねる。
そう言われて、学校帰りにこのハンバーガー屋に寄ったことが
ほとんどなかったことに今頃になって気が付いた。

「言われてみればそうね」

「和、ジャンクフード嫌いだった?」

「そういうわけじゃないけど。まあ、タイミングが合わなかったのね」

そう応えて、ポテトを1本失敬する。

「そっか、生徒会も忙しそうだったしな」

うんうん、と律は自分の言葉に相槌を打ちながら包装紙をガサガサとめくり、
いっただっきまーす!と弾んだ声でハンバーガーにかぶりついた。

「和はいつ向こうに行くの?」

シェイクを一口啜って、澪が私に顔を向ける。

「今週の土曜日に行く予定」

「そっか、早いんだな」

「家具とか家電を見なきゃいけないからね。地理も覚えたいし。ふたりは?」

「早く行き過ぎてもアレだし、入寮式の前々日に行くつもり」

「そうなんだ。じゃあ唯と一緒の日ね」

うん、と澪が頷いて、ムギも同じ日だよと律が付け加えた。

「相変わらず仲良しねぇ軽音部は。曽我部先輩にもよろしく伝えてね」

そう言ったら、澪が短い悲鳴を上げて固まった。
口いっぱいに頬張ったハンバーガーを咀嚼中の律と視線を交わしてちょっと笑う。

「澪ぉー、寮に入ってからもそんなだったら、曽我部先輩悲しむぞ?」

左肘で小突きながら、律がいじわるそうな表情で澪を覗き込む。

「わかってるけどさ……まだちょっと苦手で……」

「いつまで引き摺ってんだよ。ほっんと澪タンってば恐が」

「うるさい!」

パカンといい音を鳴らして律がテーブルに突っ伏した。
眉間に皺を寄せて右手をさすっている澪の姿に、思わず笑ってしまう。

「もう、和も笑うなよ」

照れたような、困ったような表情をして、澪が私を軽く睨んだ。

ごめんごめんと軽く返して、カフェオレのカップに口をつける。
口の中に広がった砂糖抜きのほろ苦い味を、こくり飲み込む。
ほろ苦さを押し出すように、ふう、と溜息をひとつ落とした。

「でももう、あんた達のボケツッコミも見れなくなっちゃうのね」

頬杖をついて呟いたら、なーに辛気くさいこと言ってんだよ和、と
後頭部をさすりながら律が顔を上げた。

「別の大学行っても、ずっと逢えなくなるわけじゃないんだから」

「メールとか電話もするし、時々は一緒に遊ぼうな?」

律の言葉を引き継いで、澪が私に微笑みかける。

「……そうね。まあでも、私のことよりも」

「うん?」

「唯のこと、よろしく頼むわね」

ふたりの顔を交互に見て口角を上げてみせると、
律は何故だか少し困ったような表情で私を見た。

「……和、」

「あの子、憂から離れたら多分身の回りのこともちゃんと出来ないし」

「なあ、」

「下手すると入学式の日も寝坊しちゃうかもだから、気をつけてあげて」

「……」

「今までみたいになんとかなるじゃ済まないことだって増えるし」

「……」

「でもあんた達と一緒に寮に入るって聞いたときはほっとしたわ。それに、」

「和」

強い口調で律に遮られ、出しかけていた言葉を飲み込んだ。
律は息を吐くと、少し口調をやわらげてもう一度私の名前を呼んだ。

「……なあに?」

「えっと……、私らは同じ大学だし、同じ寮に入るからアレだけど」

「うん」

「こういうの……その、おせっかいかも知れないけどさ」

「……」

「ちゃんと唯に言ったか? 離れるの寂しいって」

「……寂しい」

言われた言葉の意味を探るように、口の中で復唱する。

「唯のことばっか心配してるけどさ、和だって」

「律、」

静かな声で、澪が制止する。
律はちらりと左隣に目を向けて、もう一度正面の私に視線を戻す。

「……ごめん」

「……」

「……」

「寂しい、か」

「……」

「そうね……。今、寂しいのね、私きっと」

口に出した言葉とは裏腹に微笑んだ私を、ふたりが困惑した様子で見ている。
ゆっくりとカップを傾けて、もう一口カフェオレのほろ苦さを楽しんでから、
眼鏡を直して顔を上げた。

「……ねえ律、澪」

「うん?」

「なに?」

「昔の話をしてもいい?ちょっと長くなるかもだけど」

一度顔を見合わせて再びこちらを向いたふたりに、微笑んでみせる。

「どうってことない話なんだけど、ね」


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プロローグ  END




最終更新:2011年06月29日 23:03