「シャランラシャランラー」
私は、ティーポットのお湯を捨てると、茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
ティーポットの中で踊る茶葉は、まるで今の私の心みたい。
「さてと」
私は、ティーポットと暖めたカップを載せたトレイを抱え、お客様の待つ、お部屋に向かう。
「シャランラシャランラー」
さっきから鼻歌が止まらない。
と言うのも、私のお誕生日に、手作りケーキを持って、わざわざお友達が訪ねてくれるなんて初めてだったから。
そして、その二人は、私にとって、ある意味特別な存在だったから。
「お待たせ」
私が、部屋に戻ると、身を寄せあって話していた二人がぱっと離れた。
お邪魔だったかな?とも思ったけれど、仕方ないと思って諦める。
でも、雰囲気が似てるからか、仲のいい姉妹のようにも見えて、やっぱり素敵。
そんな風に、ぼんやりと二人を眺めていると、気まずそうに澪ちゃんが口を開いた。
「あ、ムギ、ごめんな急に押しかけて。
梓がどうしても、ムギの誕生日のお祝いをしたいって言うから」
「え?人のせいにしないでよ。
澪だって、乗り気だったくせに」
「うふふ」
頬を膨らまして反論をする、梓ちゃんの言葉に、思わず口元が緩んだ。
「お、おい梓……」
「あっ!」
真っ赤になって、あわてる二人がとてもかわいくって、私はちょっと意地悪をする。
「梓ちゃん、澪ちゃんと二人っきりの時は、敬語じゃないんだね」
「あ、あの……これはですね……」
「あ、あぁ、べつに……えっと……」
ふふふ、やっぱりかわいい。
「べつに隠さなくてもいいじゃない」
私が、そう微笑みかけると、二人は諦めたように俯いた。
「……まぁムギは、私たちのこと全部知ってるわけだしな」
「べつに隠す必要もないよね……」
二人の言葉を聞き、私の脳裏に、半年ほど前の記憶がよみがえる。
―――
あれは1月15日、澪ちゃんの誕生日のことだった。
私は、お昼休みに、楽譜を急に確認したくなり、部室に取りに向かった。
「…………」
すると、突然、梓ちゃんが部室を飛び出し、私の横を駆け抜けて言った。
(え?梓ちゃん泣いてた?)
私は、梓ちゃんの後を追いかけようとも思ったが、部室の中に、梓ちゃんが泣いた原因があるのではないかと思い、先に部室へ向かった。
「あ、ムギか……」
部室のドアを開けると、そこには、ぼんやりと窓の外を眺める、澪ちゃんの姿があった。
「澪ちゃん、今梓ちゃんが」
「あぁ、分かってる……
私のせいなんだ……」
「何があったの?」
「…………」
だが、問いかけても澪ちゃんは応えてくれない。
思い当たるところのあった私は、思い切って鎌をかけてみた。
「告白された……とか?」
「え?なんで?」
やっぱり図星だったらしく、澪ちゃんは驚きの声を挙げた。
「なんとなくね」
「…………」
「で、断っちゃったのね」
「……うん」
「どうして?」
「……分からない」
私は、うなだれる澪ちゃんに、さらに質問を続けた。
「梓ちゃんのこと嫌い?」
「嫌いじゃ!……ない・……けど……」
私は、その時の澪ちゃんの苦しそうな表情を見て、理解した。
澪ちゃんは、自分の気持ちに気付いていないんだ。
「ねぇ、澪ちゃん、梓ちゃんのこと、どう思う?」
「どう思うって言われても……」
私は、困惑している澪ちゃんに、違う言葉で問い直す。
「じゃぁ、どんな子だと思う?」
「えっと……ギターがうまくて、まじめで、でもちょっと生意気で、ちっちゃくって、かわいくって、いつも元気で、いつも、そんな元気をくれて」
「うふふ」
「ムギ」
「ごめんなさい。
でも」
澪ちゃんはちょっとむっとした表情を浮かべていたけど、私は続けた。
「でも、澪ちゃん、梓ちゃんのことべた褒めだよね」
「それは……」
「素直になった方がいいんじゃないかな?」
「素直になるって言われても……」
「断った理由が分からない。
でも梓ちゃんのいいところは、とめなければいくらでも出てくる……
それが答えだと思うんだけど」
「でも、もう……」
「澪ちゃん、きっとさっきは突然のことで、澪ちゃんも同様しちゃっただけだと思うの。
もう一度、梓ちゃんと二人で話してみて。
じゃないときっと後悔するから」
「……分かった。
もう一度梓と話して、自分の気持ちにも向き合ってみるよ」
澪ちゃんは、しばらく逡巡した後、そう約束してくれた。
―――
「思えば、あの時、ムギが偶然きてくれなかったら、こうやって梓といられなかったんだよな」
澪ちゃんも、あの日のことを思い出していたのか、しみじみと呟く。
「本当に、ムギ先輩には感謝しても感謝し切れません」
「ううん、そんなことないわ。
たぶん、時間がかかっても、二人は付き合っていたと思うの」
そう、私はそう思ったからこそ、あの時、自分の素直な気持ちを殺し、澪ちゃんに素直になるように言ったんだ。
やっぱり、それは正解だったと心から思う。
だって、二人の作ってきてくれたミルクレープがとってもやさしい味だったから。
そしてそれは、私の心の奥底に、わずかに残っていた、小さなわだかまりをすっかり溶かしてくれたから。
「澪ちゃん、梓ちゃん、本当に素敵なプレゼントありがとう」
私は、心からの笑顔でお礼を言った。
おしまい
最終更新:2011年07月03日 21:17