唯先輩と別れてから数ヶ月が過ぎた。
 東京での暮らしも、大学にも慣れたものの、心の中にはもやもやした物が残ってた。
 やっぱり唯先輩のことが忘れられない。
 いや、忘れるなんてできない。
 たまらなく会いたい。
 せめてもう1度会って、ちゃんと話をして納得のいく返事が欲しい。

 そんなある日だった。
 その日、講義を終えて外に出ると雨が降っていた。
 梅雨入りしているのに私は傘を持ってくるのを忘れていて途方に暮れてしまう。
 仕方ないのでその場で雨宿りしていると、この学校の生徒らしい人に声を掛けられた。

モブ『おっ、キミこの大学の生徒さん?』

梓『ええ』

梓(うわっ、何か面倒そうな人がきた……)

モブ『見かけない顔だね、もしかして今年入った新入生の子?』

梓『そうですけど……』

梓(すっごい嫌な予感しかしないんだけど……どうやって抜けだそうかな、これ)

モブ『ならさ、これから新入生の歓迎コンパがあるんだけどキミもどう?』

梓(やっぱりそのパターンだよね。当然No!Thank Youですよ。ん?あそこにいるのって……)

 この時校門の外、人ごみの中に見慣れた人の姿を見つけた。
 茶色のショートのボブヘアー、前髪を留めたヘアピン、間違えるなんてありえない、唯先輩だ。

梓(唯先輩?どうしてこんなとこに居るんだろう……)

モブ『ねえねえ君、話きいてるー?』

梓(あっ、帰ろうとしてる!とにかく、追いかけて話を訊かないと!)

モブ『おーい』

梓『すいません、ちょっと急用できたので失礼しますっ!!』

 私は傘もささずに唯先輩を追いかけようと雨の中駆け出した。
 丁度夕方で、通りは学校や仕事帰りの人でいつも以上に溢れかえっていたせいもあって先輩の姿を見失ってしまう。

梓(唯先輩……どこ!?どこに行ったの!?)

梓(ひょっとしたら……唯先輩、私に会いに来たのかも。なら、どうして!?)

 私は人ごみを掻き分け必死に探した。
 絶対に会わなきゃいけない、そうしなきゃいけないという予感がしていたから。

 全身ずぶ濡れになりながら、私は駅前の交差点まで来ていた。
 ふと気になって駅のホームを見ると、そこには電車を待っている唯先輩の姿があった。
 壁によりかかってとても辛そうな仕草をしてる……どうしたんだろう、風邪でも引いたのかな。

梓(いたっ!唯先輩、やっぱりそうだ、唯先輩だっ!!)

梓『唯先輩っ!待って!先輩っ!!』

 はやる気持ちを抑えられなくなった私は、電車が来る前に唯先輩に追いつこうと青信号に切り替わった瞬間に横断歩道へ駆け出していた。

梓(電車が来たら一巻の終わりだ……とにかく急がなきゃ。お願い、気が付いて……唯先輩……)

日野デュトロ『ゴッフオォォォ!!』

梓『え!?』

 後から聞いた話だと、私はこの時信号の切り替わりに急いで飛び込もうとしてたトラックに撥ねられたらしい。
 薄れいく意識の中、私の視界は唯先輩が電車に乗り込む姿をずっと映し続け、ずっと唯先輩の名前を呼び続けていた。

梓『私……会わなきゃ……唯先輩に……』

梓『お願……い……まって……ゆ……い……』

 私の意識はここで完全に途絶えた。


 ――

 気が付くと、私は全ての記憶を失って森の中に1人佇んでいた。
 そして目の前には少し歳をとったあなたと憂がいた。

 多分、誰に言っても信じて貰えないだろうし、自分でも信じられない。
 理由は分からないけど、交通事故に遭った18歳の私は、未来へジャンプしていた。
 6年後の、雨の季節に。
 私は唯先輩と結ばれていて、私達2人は一緒に生活をしている事を知った。
 記憶は無くなってたけど、とても幸せな毎日で、私はもう1度あなたに恋をした。
 だからあの旅行の夜、砂浜でしたキスは私にとっては初めてのキスで、あなたにとっては何度もあった事かもしれないけど、私にとっては初めての事でとても嬉しかった。
 あなたと1つ屋根の下で幸せな暮らしをして、25歳になった軽音部の皆さんとまた演奏をして、憂や純と高校時代と変わらない付き合いをしたり……
 私が夢にまで見た未来がそこにはあった。

 でも私は知ってしまった。
 本当の私は、1年前に死んでしまっていることを……
 私は死んでしまう、23歳で。
 愛する唯先輩や大好きな人たちを残して……
 1年後の、雨の季節に戻ってくると約束して私は死んでしまうんだ……
 ひょっとしたらあの日記は、死期を悟った1年前の私がしまったものなんだろう。
 1年後に過去の私がこうしてタイムスリップしてくる事が分かっていたから。

 あなたを愛して、あなたに愛された6週間は私にとってはかけがえのない時間でした。
 雨の季節も終わって、私は6年後の世界に別れを告げて、元の世界へと戻りました。

 ――――――

 ――――

 ――

 未来から戻った私が、次に気が付いた時目に入ったのは病院の天井だった。
 どうやら6週間の間ずっと昏睡状態が続いていたらしい。
 みんな進学した大学がバラバラだったせいか、事故の事は両親以外誰も知らなかったようだ。
 ちなみに怪我は大した事なく、検査さえ終わればすぐに退院できるそうな。

 窓の外を見ると雨が降っていた。
 私はベッドから起き上がり窓の傍に行って外を見ながら物思いに耽った。

梓(あれは一体何だったんだろう……6年後の未来の世界……もしかしてずっと夢でも見てたのかな)

梓(いや……あれは夢なんかじゃない。夢にしては余りにもリアルすぎる。だから私は将来唯先輩と結ばれて、23歳の時にこの世を去っていくんだ)

 数日後、この世界での梅雨明けと同時に私は無事に退院できた。
 だけど私にはまだするべき事が残っている。

 ――

 唯先輩

 もしこのままあなたと出会わなければ、私は違う誰かと結ばれて違う人生を送るんでしょうか。
 もしかして、23歳で死なない未来があったりするんでしょうか。
 でも私はそんなの嫌です。
 私はあなたを愛してしまったから。
 あなたとの未来を知ってしまったから……
 私にとっては大好きで大切な人達、澪先輩、律先輩、ムギ先輩、純、憂……私はみなさんと一緒に生きる人生を過ごしたいんです。 
 この選択のせいで、皆さんに辛い想いをさせてしまうかもしれません。
 自分勝手過ぎるのは分かってます。
 けど、どうしてもそうしたいんです、こんな私を許してください。


 ―― 公衆電話

梓『もしもし唯先輩ですか?梓ですけど、ちょっと先輩に大事な用がありまして』

唯『私に?』

梓『少し唯先輩にお話があるんです』

唯『え?どうしたの突然お話って』

梓『今こっちに来てるんですよ。少しでいいんです、会えませんか?』

唯『うん、分かったよ。それじゃ明日会おっか』

 ――


 たとえ短くても、愛するあなたたちと一緒にいる未来を、私は選びたい。
 待っていてください唯先輩……

 いま、会いにいきます――



 ―― ヒマワリ畑

 唯先輩との待ち合わせの場所に選んだのは近所のヒマワリ畑だった。
 梅雨明け直後の抜けるような青空の下、ヒマワリが満開の花を咲かせ、一面に黄色い絨毯を拡げているようにも見えた。
 そんな黄色い絨毯の真ん中で、あの人は私を待っていた。

梓『お久しぶりです、唯先輩』

唯『うん……』

 私の顔を見た唯先輩の目からは段々と涙が溢れて零れ落ちているのが見えた。
 涙の意味は分かっていたけど咎める気なんてあるわけがない。

梓『もう……なんて顔してるんですか』

唯『だってさ……』

梓『病気のことなら知ってます。だからもう気にしないでくださいね』

唯『え……何で病気のことを?』

梓『ふふっ、何ででしょうねっ』

梓『唯先輩にそんな顔は似合いませんよ?いつも笑顔で元気一杯の、ありのままの先輩が私は一番好きなんですから』

唯『だって……私は、あずにゃんにはふさわしくないって思うから……』

梓『そんなことある訳ないじゃないですか、バカですよ先輩は……もう』

 私は唯先輩の背中に両手をまわして、自分の頬を先輩の胸に付けて優しく語りかけた。

梓『大丈夫……大丈夫ですから、私達はきっと幸せになれますから』

梓『私とあなたはずーっと一緒なんです。そう決められてるんですよ』

唯『決められてる?』

梓『そう……たったひとりの相手なんですから……』

 私は一度抱きついた姿勢から外れて、向かい合った状態で唯先輩の顔を見つめながらそう言った。
 これから先の未来の出来事を思ってしまったのか、いつの間にか私の目も涙で溢れていた。

梓『……好きよ』

梓『――唯』

 私は唯の唇に自分の唇を合わせる。
 唯もそれに応えて私を強く抱き寄せてくれた。
 私達2人は時間も忘れてずっと抱き合って、互いにその唇を離すことはしなかった。

 少し湿った風が吹き付けてヒマワリの花が一斉に揺れ、黄色い絨毯がまるで波打つかのように動く。
 それはまるで、私と唯の門出を祝福でもしてくれるかのようだった。


~~~~

唯「ふぅ……」

 あずにゃんの日記を読み終えた私は、その表紙を閉じて脇へと置いた。
 それと同時に、玄関のベルが鳴った。

唯「おっ、そろそろみんな来る時間かな」

憂「私ちょっと見てくるね」

澪「こんにちは憂ちゃん」

憂「いらっしゃい澪さん。それにみなさんも」

律「憂ちゃんも唯も、今日は誘ってくれてありがとな」

憂「いえ、折角のクリスマスなので、どうせなら皆さん一緒がいいじゃないですか」

純「それで、唯先輩は?」

憂「もう中で待ってるよ。さ、立ち話もアレなのでみなさんあがってくださいね」

澪「じゃあそうさせてもらうよ」

紬「お邪魔しまーす」

――

唯「いらっしゃーいみんなー」

純「お邪魔します唯先輩」

律「ん?唯、お前またその日記読んでたのか」

唯「えーっ!いいじゃーん、何度読んでも飽きないんだよこれは」

憂「みなさんもう少し待っててくださいね。もうすぐお料理できますから」

唯「待ってよ憂。今日は私がみんなにご馳走するって決めてたんだから」

唯「でも、みんな本当にいいの?折角のクリスマスパーティにこんな料理で」

律「いーんだよ。唯のカレーと目玉焼き本当に旨いもんな」

唯「そっかぁー。じゃ、みんな待っててね」

――

 こうしてクリスマスパーティはとても賑やかに進んでいって……

律「でもさ唯、お前何でカレーと目玉焼き作るのがそんなに得意なんだ?」

唯「へへー、何ででしょうねぇ」

澪「何か思わせぶりな言い方だよな」

憂「お姉ちゃん、そろそろケーキあけようよ。今朝とどいたやつ」

唯「おおっ!そうだねー。みんなちょっと待っててね!」

紬(ケーキ?もしかして1年前の……)

――

唯「おまたせー。それじゃあけるよー?」

 そこに入っていたのは大きめのケーキとクリスマスカードだった。

澪「ん?クリスマスカード?表紙に何てかいてあるんだろう」

 【唯先輩、澪先輩、律先輩、ムギ先輩、憂、純へ】

紬「やっぱりあの時のケーキだったのね」

純「これって1年前に梓が贈ったケーキだったのか……だからあの時もクリスマスパーティをやったんだね」

憂「梓ちゃんが帰っちゃってから1年……か。あっという間だったなぁ」

純「そうだね。あれから色々変わったもんね。唯先輩の病気も大分いい方向に向かってきてるし」

紬「それにしても、過去の世界から未来に飛んでまで好きな子に会いに来るなんて……素敵ねぇ……」

澪「雨と共に訪れ、雨と共に去る……か。まるでアジサイのようだな、梓の奴は」

律「あーら澪ちゅわん、随分とロマンチストな表現ですことっ」

澪「やかましいっ!」ズガン

律「うわらばっ!」

唯「ねえみんな」

紬「どうしたの?唯ちゃん」

唯「私はさ、あの時確かにもう一度あずにゃんに恋をしたんだ。短い間だったけどとっても幸せだった」

律「ああ、分かってるさ。それ以来お前も変わったもんな」

澪「そういう出会いを果たせる人は、この世にどれぐらいいるんだろうな……出会ったら必ず、何度でも惹かれあってしまう、そんな関係の相手に出会うことが出来る人はさ」

紬「唯ちゃんも梓ちゃんも、出会っちゃったのよね。そのたったひとりの相手に……」

唯「うん!」

 私はクリスマスカードを手に取って、中をのぞいてみる。
 そこにはあずにゃんの手書きの文章が書き添えられていた。

~~~~ 

 お元気ですか?
 多分今年のクリスマスはみなさんと一緒に過ごしてて、今頃このケーキをみなさんで囲んで食べてるんじゃないのかな、って思ってます。
 私は一緒に祝うことは出来ませんけど、遠くからいつも見守っていますから安心してください。
 澪先輩、律先輩、ムギ先輩、いつまでも私が尊敬してた、素敵なままの先輩でいてください。
 憂、純、いつまでも仲良く幸せなままでいてね。私、いつまでも2人の事は忘れないから……
 唯先輩……あなたに会えて良かった。ずっと、ずっと愛してます……

~~~~

 おしまい!  







最終更新:2011年07月05日 01:53