さていよいよ二曲めです。
エフェクタを踏み込むと、レスポール Jr のキレのある高音がきらびやかに輝きます。
梓(ふ~っ)
大きく深呼吸をして、先輩達とアイコンタクトを取り演奏を始めました。
ゆっくりと昇る月を眺めているような気持ちが感じられます。
律先輩と澪先輩のゆったりとした音数の少ないリズム。
ムギ先輩の抑揚を抑えた控えめなキーボード。
唯先輩の慣れていないけど無理をしないアルベジオ。
全てがゆっくりしています。
最初は面白くなさそうだった客席も、いつのまにかゆったりとした時間の心地よさが伝わったのか、
自然とリズムを刻んでいます。
さて最初のブレイクです。
曲調は一転して3倍ほどの速さになります。
そしてクライマックスに向かって、唯先輩がエラ・フィッツジェラルドのようなスキャットを始めました。
まずは私のギターと掛け合いです。
律先輩のドラム以外に聴こえるのは、唯先輩の声と私の QP の音だけです。
そして最大のクライマックスは
唯先輩に絡むように澪先輩とムギ先輩が加わった3声スキャットです。
先輩方はこのパートを一生懸命練習していたのですが、音取りに苦労していたというよりは完成度をあげるための練習だったんでしょう。
私も聴き惚れてしまいます。
梓(私も歌に自信があれば加わりたいけど...)
歌うことにコンプレックスを持っている私に、律先輩は
律「梓は軽音部のジェフ・ベックみたいなもんだから歌わなくてもいいんだよ!!」
って言ってくれたっけ?
でも、
梓(ルート音だけでもいいから参加したいなぁ~)
そんなことを考えながらも、エンディングが近づいてます。
まさにタイミングが命のエンディング!!
緊張するはずなのに、なんだか余裕があります。
楽しめてるからなんでしょう。
全員が顔を見合わせています。
そこには笑顔しかありませんでした。
アイコンタクトも必要ありませんでした。
寸分の狂いもなくスキャットパートから私のギターソロに移りました。
私のソロにキーボードとベースがユニゾンで加わります。
もったいぶらすような律先輩のフィルインを絡めて...
F=>F#=>G(ジャーン)
終わった
この充実感ってなんなんだろう?
高校生離れしたテクニック?
いやいやテクニックに満足するほど安っぽいものじゃない!!
こればっかりは簡単に表現できないけど、多分演奏自体が楽しかったんだろう。
客席の反応は遅れてやってきた。
みんなニコニコしながら拍手をくれている。
ジャズ研関係が圧倒的に多い客席からのこの反応は予想外だけど、うれしい限りです。
そんな拍手に包まれて、ステージ上の5人は顔を見合わせながら笑っています。
そんな充実感はさらに客席に伝わっていることでしょう。
私たちは客席に一礼をしてステージを降りました。
控え室に戻り、折り畳み椅子に腰かけた瞬間
梓「ふぅ~」
緊張から解放されたせいか、思わず大きな息を吐きました。
そんな私を先輩たちが囲んでいます。
律・澪「梓」
紬「梓ちゃん」
唯「あずにゃん」
一同「お疲れ~」
唯先輩は私の肩を揉んでいます(もちろん冗談で)。
律先輩、澪先輩、ムギ先輩はただニコニコとしています。
律「いやあ~、梓って本当にギターが上手いんだなぁ~」
澪「本当だよ。リハの時も凄かったけど、本番は凄いとしか言えなかったよ」
紬「梓ちゃんって、ちっちゃくて可愛いのにどこからあんなパワーが出てくるのかしら?」
唯「本当だよ!!今日のあずにゃんは格好よかったよ」
先輩たちは手放しで私を褒めてくれます。
でも、私がそんな演奏ができたのは先輩たちのサポートがあったからですよ。
律先輩と澪先輩のドラムスとベースは疾走感も開放感も自在に表現でき、
ムギ先輩のキーボードはいつも通りに控えめながら、全体のバランスを考えて私のソロに負けないソロを展開してくれたし。
唯先輩のスキャットは絶対音感の賜です。
そんな唯先輩の才能を際立たせる方法を知っているのが澪先輩とムギ先輩。
梓(お父さん達の才能は凄いことは知っているけど、先輩たちはそれに負けないくらい凄い!!)
梓(こんな人たちが間近にいるなんて...)
梓(私って幸せなんだなぁ~)
そんな思いを知ってか知らずか、才能をひけらかすことのない先輩達。
先輩たちは部室に集まってティータイムを楽しめるだけで十分なんでしょう。
梓(気負わないからこそ生まれる音楽ってあるんだなぁ~)
最初はのんびりとしすぎた部室の雰囲気が嫌だったけど、いつの間にか慣れてしまい。
今は、そののんびりさが生み出す「楽しさ&素晴らしさ」を実感してます。
梓(来年、新入部員が入ってきたら私が率先して、この緩さになれることを伝えよう)
自分の世界に耽っているころ、先輩達はジャズ研の人たちとも談笑してます。
どうやらジャズ研と兼任して欲しいとか言われてるみたいだけど、4月から3年生になる先輩たちには
無理な相談でしょう。
逆に先輩たちはジャズ研の先輩たちになにか一生懸命にお願いをしているようですが、ヒソヒソ話なんで聴こえません。
舞台では最後のセットが始まりました。
ジャズ研の1年生が主体の演奏です。
演奏はジャズにはほど遠いレベルだけど、一生懸命さは伝わります。
梓(普通の高校生の演奏レベルって、これ位なんだよねぇ~)
梓(聴いていると恥ずかしくなるレベルでも、演奏することの楽しさを知ったもの勝ちだし)
梓(そもそも軽音部のレベルが高すぎるから、生半可なものじゃ満足できなくなったのかな?)
梓(あれ?あの子は憂の友達じゃなかったっけ?)
いろいろな事を考えながら最後の方はぼーっとしながらステージを見ていました。
梓(なんでジャズ研は最初のセットに上級生たちを持ってのかわかった気がする)
梓(ジャズ研でも軽音部は意識されてに違いない!!)
梓(本気の軽音部が前に演奏したら、ジャズ研でもかなわない)
梓(な~んて事を思っていたりしてwww)
ライブが終わった後は、ジャズ研と軽音部で打ち上げでカラオケに行ったのは覚えていますが、
歌が苦手な私は先輩達に歌を任せて、目立たないようにしていました。
ステージでメインを任されたんだから、打ち上げではサブに徹しても許されるはずです。
それにしても
梓(唯先輩や澪先輩が歌が上手いのは知っているけど、ムギ先輩も本当に上手いなぁ~)
梓(ジャズ研の人はボーカルがいないけど、ジャズ好きなだけあって上手い人が結構いるんだな~)
なにもかもが楽しかった一日は楽しいまま終わりました。
数ヶ月後...
私は2年生になりました。
残念ながら新入部員は入ってきませんでしたが、それは仕方ないことです。
楽器に興味がある人であれば、軽音部はあまりにもレベルが高いことがわかったんでしょう。
ちょっと残念ですが、この先輩達のレベルを下げるような事はしたくありません。
今年は先輩たちを一緒に限界に挑戦できたらと思っています。
気楽な軽音部は、私が3年生になる来年度に実現できればと思っています。
...さらに数ヶ月後...
先輩たちはとうとう卒業してしまい、私は一人になってしまいました。
梓「軽音部は絶対続けます!!」
とは言ったものの、一人になると自信が全くありません。
そんな時
純「なあに、そんなに深刻な顔してるんだよ」
憂「実はね軽音部に入りたいって人がいるんだよ!!しかも二人も!!」
梓「えっ?どこどこ?」
純「それってボケてるのか?」
憂・純「私達が入部するってことだよ!!」
..........
梓「.......」
梓「かっ、確保~www!!」
梓(先輩方!!軽音部は続けられそうです。)
梓(しかも先輩達に負けず劣らずのレベルで!!)
純から聞いた話ですが
純「1年前にジャズ研と軽音で合同ライブやったじゃん」
純「その時にね、軽音部の先輩がジャズ研の先輩に『うちらが卒業した時に、梓しか部員がいなかったらジャズ研と兼任でいいから軽音部もやってくれるよう後輩にお願いしてよ』っていわれたんだって」
あ~!!あの時のヒソヒソ話ってそう言うことだったんだ!!
純「あっ!でも私は自分の意思で入ったんだからね!!」
純「ジャズ研って人数が多いから、スポットライトが当たる機会は少ないしさぁ」
純「その点、軽音部は数が少ないから、この純様が目立つってもんさ♪」
純は良い奴だけど、ちょっと素直じゃないなwww
でも、そんな純が私にはとても頼もしく思えます。
梓(純って、律先輩そのまんまだなぁ~)
憂は唯先輩が卒業したから入部を決意したようです。
憂「だって、おねーちゃんと比べられるのは恥ずかしいし...」
憂?逆だよ?憂の才能は唯先輩のはるか上だよ?
そんな天然な憂の入部も私は大歓迎でした。
新生軽音部は3人からのスタートです。
関羽のような憂。
張飛のような純。
私はさながら劉備か?
あとは諸葛孔明のような新入部員が入ってくれればいいなぁ~。
新歓ライブでの私は、ムッタンではなく QP を持っています。
初めて私がメインを努めたステージでの相棒。
そして本当に大好きなギター。
あの時のライブの気持ちよさを新歓ライブで表現できれば...
きっと新入部員も入ってくれることでしょう。
...おしまい...
あとがき
高校生のうちは楽しかったら青臭い演奏でも許されるにも関わらず、
梓はそれに妥協しないはずと思っていました。
そんな梓は軽音部の奇跡的な才能を見抜いた事でしょう。
でも、そんな才能に囲まれているからこその遠慮があったと想像して書いてみました。
あ
遠慮の象徴をムスタングにしてみました。
途中で展開が発散の方向に進んだけど、無理矢理ながら収束させました。
非才凡文はご容赦を
最終更新:2011年07月24日 23:19