シャカシャカシャカシャカ

これは唯がこぐ自転車の音だ

唯「」ゼェゼェゼェゼェ

律「」♪~

私は荷台に唯と背中合わせで乗り、イヤホンをして音楽を聴いて鼻歌を歌っている
カーラジオのかわりだ

唯「り、りっちゃん・・・」ゼェゼェゼェゼェ

律「んあー?なんか言ったか?ゆいー」

イヤホンをしているから唯の言っていることはよく聴こえなかった
背中越しにひびいてくるその振動で唯がなにか言ったのだろうと思ったのだ
両耳のイヤホンとそれまで聴こえていたものが一気にフェードアウトして
かわりに唯のぜえぜえという息遣いが聞こえた
唯の体温で背中が妙に生暖かい

唯「そろそろ自転車こぎたくなってきてたりとか・・・してない?」

律「あー・・・残念ながらまだまだだなぁ」

唯「う~~、そ、そんなことおっしゃらずにぃ、ずっと私がこいでるじゃん!!」ゼェゼェゼェ

律「だって。私はこんなくそ暑いなか外なんて出たくないのにお前がアイス食べたいって言うから」

唯「それは・・・そうだけどさぁ・・・」ゼェゼェゼェ

律「もっというとお前がじゃんけんで負けるから」

唯「それは・・・ごもっともです・・・」ゼェゼェゼェ

律「だいたいお前が悪いんだからなぁ~」

律「私はちゃんと2人分のアイスを昨日買ってたのにお前が全部勝手に1人で食べるから!!」

唯「そのことはもう謝ったじゃん・・・」

律「へいへい、悪かったよ、むしかえして」

唯「っていうか、そんなに体重かけられると自転車のバランスとるの難しいんだけど・・・」

律「・・・。ほら、これでいいだろ」

ほんのちょっとだけ前かがみになって、唯との間にスキマを作った
そのスキマにこころなしか風が通り抜けてなんだか涼しい

唯「・・・・・・涼しい」

同じことを思ったらしい
それが少しうれしい

律「だな。ちょっと、くっつきすぎてたわ」

唯「くっついててもいいからこぐのかわって?」

律「もうここまで来たらコンビニあと少しだろ?帰りはかわってやるから、がんばれよ、唯」

唯「う~~~!!!りっちゃんのいじわるぅううう!!!」

律「はいはい、なんとでもいえ。そのかわり、アイスは私のおごりでいいから」

しゃかしゃかと、唯がこぐスピードをあげた
現金なやつめ
私はまたイヤホンをつける
もう次の曲にすすんだらしい
夏らしいメロディと16ビートを刻むハイハットが耳にここちよい


この町は坂が少ない
私と唯にとっては好都合この上ないこの町の地形は
外の気温のことを考えなければ自転車の2人乗りに最適だった


唯「つ・・・ついた・・・」ゼエゼエゼエゼエ

律「おぉ!おつかれさん、唯!!」

自転車を降りて、ばしん!っと背中を叩くと
いたい!っと言って唯は汗を前髪からしたたらせながら私をにらんだ

唯「それが恋人にする仕打ちですか・・・りっちゃん・・・」

しゃがみこんだ唯のかわりに自転車をとめる

律「まぁまぁまぁ。ほら、コンビニ涼しいぞ?さっさと中に入ろうぜ!」

唯「うぅ~~。涼しいのはとっても魅力的だけど、私、クーラー苦手だし・・・」

律「ちょっとの間だけだろ?迷ってもいつも最終的にガリガリ君かパピコかの二択なんだからさっさと買えばいいじゃないか」

唯「うう~。りっちゃん買ってきてぇ・・・」

律「えぇ・・・。お前ここで座っとくの?」

唯「うん・・・。ちょっと疲れた」

ちょっとやりすぎてしまっただろうか
帽子かぶってるし、体力つけがてらいいかと思ってたけど
唯にとっては予想以上にきつかったみたいだ
すまんかった、ゆい

律「じゃあ、ガリガリ君買ってくるな。あと、飲み物なにがいい?」

唯「・・・おちゃ・・・」

律「わかった。じゃあ、さっさと買ってくるから。待っとけよ」

唯「あ、りっちゃん、あいふぉんかして~」

律「あぁ、そうだな。音楽でも聴いとけ。ほれ」

唯「えへへ、ありがとう」

律「じゃあ、ここで待っとけよ!店来る人の邪魔にならないようにな!でもどこにもいくなよ!!」

唯「うん、はやくね!りっちゃん」


そう言って、少しだけすでに日に焼けてしまった夏の顔で唯は笑った
なにげないときにみせる、唯の笑顔がとても好きだ

コンビニに入るとすぅっと汗がひいた
涼しい、実に涼しい
普段は立ち止まるマンガコーナーを素通りして
アイスコーナーでガリガリ君2本とパピコを1つ
ドリンクコーナーで麦茶とスポーツドリンクそれぞれ1本を買った

コンビニを出ると、唯が遠くの空のほうを見ていた
近づくと、音楽に合わせて歌っている鼻歌が聞こえてきた
さっき私が聞いていた曲はすっとばしたらしい
鼻歌の曲は4曲くらい後のほうの曲だった


律「ゆいー、買ってきたぞー」

唯「あー、りっちゃん、おかえりー」

律「へいへい、ただいま。とりあえず、まずはこれを飲め」

にこっと笑う唯のその隣に座りつつ、スポーツドリンクを渡した
正確にはほってっているだろうそのほっぺたに押し付けた

唯「うひゃぁ!?」

律「へへっ。冷たいか?」

唯「冷たいけど・・・おちゃ飲みたい・・・」

律「おちゃはおちゃで買ってきてるからまずはそれを半分くらい一気に飲め!」

唯「半分を一気は無理だよ・・・」

律「まぁ、一気はいいからとにかく飲め!喉は渇いてるだろ?」

唯「でも・・・おちゃが飲みたい・・・」

律「ほら、はやくしないとガリガリ君とけちゃうぞ?飲んだ飲んだ!」

唯「うぅ・・・わかったよ」

唯はしぶしぶスポーツドリンクのふたを開けて飲み始めた

ごくごく、と鳴る音を聴きながら唯の左耳のイヤホンをとって
自分の右耳につける
曲は、もう終盤に近づいていた

唯「・・・ふぅ」

きゅぽん、という音がしそうなのみっぷりだった

律「結局、半分飲んでるじゃねぇか」

唯「でへへ・・・喉は渇いてたんだね」

律「まぁ、あれだけ自転車こいで汗かけばなぁ。ご苦労様でした」

唯「なに買ってきたの?」

唯は2人の間においてあるビニール袋をガサガサした

律「べつに。ガリガリ君とパピコと麦茶だけ」

唯「必要最小限って感じだね」

律「まぁ、いそいでたからな、ほら、ガリガリくんがとけちまう。はやく食べよう」

唯「だね!」

そういって、もう溶けはじめていたガリガリくんを
コンビニの駐車場の片隅に座って2人で食べた
右耳には2人の大好きな曲が流れ始めて
左耳には遠くのほうの蝉の大合唱が聴こえていた

唯「澪ちゃんとあずにゃんは今頃うまく行ってるのかなぁ~」

しゃくしゃく、という音とともに唯が言う

律「どうだかなぁ。初デートで水族館ってのも結構レベル高いよな」

たぶん唯のアイスはそのままのスピードでいけば
いつもどおりアリのえさになるんだろうなぁ、と思いながら私は答える

唯「私たちの初デートってどこになるのかな?」

律「う~ん、『付き合った』っていうのをどこに設置するかで変るんじゃね?」

唯「そか」

律「ん」

すでに指がアイスの液でベタベタしていた
とけて落ちそうになったアイスをあわてて口の中に放り込む

その横で唯は、あっ、と声を漏らす

律「あ~、落としちまったな、アイス」

唯「うぅ~~、ガリガリくんがぁ~~。食べた気がしないよぉ~~」

がっかりした顔で唯はコンクリートに落ちたアイスを見てなきそうな声を出した
熱せられたコンクリートにアイスはすぐ溶けた

律「まぁ、落としちゃったものは仕方ないだろ?」

唯「でもー・・・アイス食べにきたのに・・・」

律「ほら、パピコも買ってきたんだ、こっち食えよ」

唯「でも、これ2本あるけど」

律「ん?私も食べるからべつに2本あってもいいだろ?」

唯「えぇ~~!!りっちゃんだけガリガリくんもパピコも食べてずるい!!」

律「そんなことしるか!!アイスを落とすおまえが悪いっ!!」

唯「むぅ~~!!」

なんだかんだ言いながら、2人でそのまま今度はパピコを食べた
パピコはほどよく溶けていた
食べごろだった

唯「おいし~~!!」

落ちる心配のないアイスに唯はご満悦みたいだ

律「おいしいか、ゆい」

唯「うん、おいしいよ!りっちゃん!!これぞ、アイス!!日本の夏だね!!」

律「ふふ、なんだよ、そりゃ」

唯「えへへ」

うれしそうな唯に自然と笑みがこぼれる
アイスを食べても外にいるから暑いはずなのに
そういうのもまるで気にならないくらい居心地がよかった

律「さて、そろそろ帰るか!」
唯「帰りはりっちゃんがこいでくれるんだよね?」

買ってきた麦茶を飲みながら疑い深げに唯は聞いてきた
暑さでうっすら汗はかいているけど
ここに着いたときの唯とはまるで別人だ
うまく涼めたのだろうか
まぁ、自転車こがせた私が悪いんだけどな

律「おう、そういう約束だったからな。ほら」

なんてことない黒いママチャリにまたがると
当たり前のことのように唯が荷台に乗った

唯「イヤホン、邪魔にならない?」

律「これコード長いしだいじょぶじゃね?」

唯「じゃあ、2人でイヤホン差したままでいっか!」

律「ん、だな。じゃあ、帰るぞ~」

唯「はーい」

足にグッと力をこめる
2人乗りの大変なところは、この最初のひとこぎだと私は常々思っている
2人分の体重にささやかな幸せを感じながら、それでもその重みに負けないようにペダルを回した
2、3回ペダルをこいでスピードにのったら、あとはそれに身をまかせるだけでいい
そうして、そのうちに今度は背中越しに聴こえてくるに鼻歌耳をすます

背中が妙に生温かい

流れてくる音楽が次のバンドにかわった

唯「おぉ!!この曲は!!」

律「あー、そういや、これ入れてたんだっけなぁ」

鼻歌が生歌にかわる
右耳からは澪の歌声も聴こえてるから、なんだか変な感じだ

唯「どんとすとっぷざみゅ~じ~」

律「くはは、そこもちゃんと歌うのな」

唯「え?なにか言ったー?」

ちょっと、音量の調節ができていない唯が大きな声で聞いた

律「いや、なにも。ほら、うたうた」

唯「おわわ、――しょうきりゅうにの~おて~」

ふと、左側の空を見上げると、ラピュタが隠れていそうなくらいのでっかい入道雲が出ていた

唯「あ、りっちゃ!!入道雲だよ!!おっきいねぇ~」

律「ほんとだなー、ゆい。でっかい入道雲だなぁー」

唯「なんか、あれだね」

律「ん?」

唯「あれだけ大きいと、ラピュ太が隠れていそうだね!!」

律「・・・」

律「・・・だな。ラピュタ、隠れてそうだな」

胸の奥のほうがきしむような感じがした
悲しみでとか、夏の雰囲気にのまれてとかそんなんじゃなくて
ただただ、唯が好きすぎて

唯「な~んど~でも~あえそ~な~きがす~るよ~」

しゃかしゃかしゃかしゃか

律「ゆいー」

唯「なに~りっちゃん」

律「今度、水族館行くかー」

唯「え!?ほんと!?」

律「ほんと、ほんと」

唯「わ~。行こう行こう!!行きたい!!」

律「ん、じゃあ、約束な」

しゃかしゃかしゃかしゃか

唯「この町以外でデートはじめてだね~」

律「だなー」

唯「えへへ~、楽しみだなぁ~」

そういって、唯はまた鼻歌を歌い始めた
顔は見えないけど、きっと笑顔でいてくれているんだろう
そうであってくれることを願いながら、背中に生ぬるさと重さを感じながら
私はペダルをこぐ足に、またグッと力を入れた

おわり



最終更新:2011年07月25日 02:20