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 同じ頃 職員室

さわ子「もう4日続けて休まれているんです」

さわ子「電話をしているんですが出てもらえなくて……」

さわ子「……ご両親のほうからも電話はなさっていると思うんですけれど」

さわ子「はい……はい。やはり出ていただけませんか」

さわ子「……はい。そういった可能性も十分に考えられます」

さわ子「ですので、今日にでもご自宅に伺わせてもらおうと思うんです」

さわ子「……ええ、はい」

さわ子「お父様かお母様どちらかでも付き添っていただけると助かるのですが」

さわ子「……」

さわ子「……そうですか。では、私のみで伺うことにさせていただきます」

さわ子「はい。では、平沢さんもよろしくお願いします」

さわ子「では失礼いたします。お忙しいところありがとうございました」

さわ子「……はい」

 ガチャン

さわ子(……っはぁー、めんどくさいわぁ)

さわ子(和ちゃんにでも任せちゃおうかしら)

さわ子(……いいわねそれ。……というか和ちゃんなら既に事情を知ってそうかも?)

さわ子(さっそく呼び出しましょうか)カチャ

 カチカチ…

 トゥルル…

和『もしもし? どうされたんですか山中先生?』

さわ子「もしもし真鍋さん? 申し訳ないんだけど、いま時間あるかしら?」

和『はい、大丈夫ですが』

さわ子「それじゃあ、ちょっと……そうね、音楽準備室にでも来て頂戴」

さわ子「大事な話があるの……」

和『大事な話……ですか』

和『わかりました。それじゃあ、今すぐ向かいます』

さわ子「待ってるわよ、真鍋さん」

 プツン ツーツー

さわ子「さって……行こうかしら」

さわ子(それにしても、唯ちゃんのご両親も冷たいわねぇ)

さわ子(国内にいる今ぐらい、唯ちゃんたちの顔を見る意味でも付き添ってくださればいいのに)

さわ子(会いたくないのかしら? 心配はしてるみたいだったけど……)

さわ子(……でも、唯ちゃんたちがそんな家庭で育ったとは思えないわね。あんな子が……)

さわ子「……行きましょ」



 2年1組

澪「……山中先生から、携帯に電話くるんだな」

和「ええ、よく仕事を頼まれるから。今回のは違うみたいだけど」

澪「でも、来いと」

和「そうみたい。大事な話らしいわ。ちょっと行ってくるわね」

澪「和」

和「なに? 澪」

澪「もし……唯の話だったらさ、仮に口止めされても、私たちには話して欲しいんだ」

澪「本当に心配だから……いいか?」

和「……澪」

澪「……なんだ、和」

和「心配なんてしなくても、唯たちなら平気よ。……たぶん」

澪「ありがとう。……でも、何か先生から聞かされたら、教えてほしい」

澪「メールをしたら返してくれるから、生きて無事なのはわかってるんだ」

澪「でも、これ以上休んだら、唯の進級だって危ういだろうし。だから、なんとかしたい」

澪「軽音部の、ためでもあるから」

和「……」

和「わかったわ。もし何か聞かされたら、ね」

澪「うん、頼む」

和「じゃあ、行ってくるわね」スタ

澪「ああ、行ってらっしゃい」

 テクテク

和(……軽音部、唯には合わなかったみたいね)ガチャ

和(一部員としての責任なんて、唯には背負えない……背負わせちゃいけないのよ)

和(こうなった以上……軽音部の子たちにも、唯と憂のこと、話しておくべきかしらね)


 音楽準備室

 コンコン

さわ子「ん」

和「失礼します」

さわ子「いらっしゃい、和ちゃん。お茶淹れてあるわよ」

和「茶葉もティーセットもムギの私物なんですけど」

さわ子「いいのよ、ムギちゃんそのくらいじゃ怒らないもの」

和「そうですけど……」

さわ子「昼休みももうそんなにないから、座ってもらえる?」

和「……ええ」

 カタン

さわ子「それで、話なんだけど……」

さわ子「まぁ単刀直入にいくわね。唯ちゃんのことで、和ちゃんに聞きたいことがあるのよ」

和「……唯ですか」

さわ子「えぇ。このところ特に無断欠席がひどいじゃない」

さわ子「和ちゃん、なにか知らないかって思ってね」

和「残念ですけど、私は何も……」

さわ子「知らないはずないと思うのよね」

和「……」ピク

さわ子「和ちゃんが1年半近く続けてきた優等生の顔が仮面じゃないなら」

さわ子「唯ちゃんも憂ちゃんも留年しかかってると分かっていてなお、」

さわ子「二人を放っておくなんて有り得ないことだって……誰だって分かるわよ」

和「……」

さわ子「和ちゃんは、きっと二人を問い詰めているはずよね」

さわ子「そして、二人から事情を聞いていて、それを口止めされてるんじゃないかしら?」

和「私が唯と憂をかばっていると?」

さわ子「予想だけどね。和ちゃんったら、唯ちゃんと憂ちゃんにはとびきり甘いものだから」

和「そんなふうにしてるつもりはありませんけど」

さわ子「だからこそじゃない? 甘やかそうと思って甘やかせる人じゃないもの、和ちゃんって」

和「……」

さわ子「和ちゃん。このままだと、唯ちゃんたち留年よ?」

さわ子「私も顧問担当だから、校長先生にダメな先生だって思われちゃうの」

さわ子「ねぇ、唯ちゃんと一緒に卒業したくないの?」

和「……」

さわ子「……だんまりなのね」

和「……いいえ。話すのは構いません」

さわ子「……」

和「ですけど、条件をつけさせてください」

さわ子「条件?」

和「唯と憂がどうしているか知っても、二人に学校に来るよう強制しないことです」

和「二人は二人で、……暗黙のうちにですけど、納得した上で学校を休んでいるんです」

和「二人……というより、四人ですけど」

さわ子「まとまらないわね」

和「条件を飲んでくれるのであれば、わかりやすく説明します」

さわ子「……意地悪ね」

さわ子「はぁ……お給料のためには、そんな条件は飲めないと言いたいところだけど」

さわ子「無理に止めるつもりはないわ。諭しはするでしょうけど」

さわ子「それでも二人が休み続けて、留年して、退学するということになっても……止めないわ」

和「わかりました。……それじゃあ、平沢家のことを話しましょう」

和「ちょっと、ドアに鍵をかけてきます」

さわ子「ええ……」


和「さて……まず今の二人が学校に来ないその理由から話したほうがいいですよね」

さわ子「そうね、重要なところだし……」

和「メールで連絡をとって確認したので、確実なことなんですが」

和「唯と憂は、毎朝学校に来ようとはしているんです」

和「ですが、家を出る際にキスをすると唯がしたくなっちゃうらしくて」

和「それでセックスをしていたら、学校も終わる時間になっているんだそうです」

さわ子「……」

さわ子「なにそれ」

和「色欲にかられている、と」

さわ子「……わかるわよ、そんなことはわかるけど!」

さわ子「もうちょっとこうオブラートに包むか間を持たせるか……とか」パタリ

さわ子「つまり、唯ちゃんと憂ちゃんは……その、エッチしてて、学校に来れないというわけ?」

さわ子「……なにそれ」ハンッ

和「……二人が、いつからお互いに好意を抱いていたのかは私も知りません」

和「ただ幼稚園のころ、二人がキスしているのを見せられて、初めは一緒にやろうと言われてましたが」

和「小学校に上がるころには、『和ちゃんはダメ!』って言われるようになっていましたね」

さわ子「……」ムズ

和「ことが、ほほえましい光景から問題へと変化したのは唯が小学3年生くらいのときでした」

さわ子「子供なりに、自我が強くなりだす時期ね……」

和「そうですね。……唯の両親が言ったそうなんです。姉妹でキスをするのはやめにしなさいって」

和「好きな人同士ですることだから……と、よくある言い方で」

さわ子「それでどうなったの?」

和「唯は、憂が好きだからチューしてるんだよ、と答えたんです」

和「憂も同じように……」

さわ子「そしたら?」

和「……そしたら、どうにもなりませんでした」

さわ子「?」

和「でも、それから……唯の両親が家を空けることが多くなった気がしますね」

さわ子「……それって」

和「……一度、唯のお母さんに理由を尋ねたことがあります」

和「それで言われました。唯たちの目は本気だったからって」

和「でも、……なんとなく怖くて、見ていたくなくて。それで、海外の仕事を増やしたそうなんです」

さわ子「唯ちゃんたちは、放任されてたのね」

和「……つまり、それが親の意向だということです」

さわ子「私たちは唯ちゃんたちの太く短い生き方に口出しする権利はないってことね」

さわ子「唯ちゃんたちが二人きり苦しんで死のうがその生き方を認めなきゃいけないわけ」

和「そうするべきだと思います」

さわ子「……」

和「もちろん、そうならないために唯のご両親は仕事に明け暮れていますし……」

さわ子「色狂いのレズ姉妹でも娘は娘ってことねぇ」

和「……」

さわ子「……真鍋さん、それでもあなたは平沢さんの幼馴染みなの?」

和「……わかってませんね」

和「私が唯のことなんて放っておいて、毎日勉強して、優等生ぶっているのは」

和「何もかも、唯と憂を不幸にさせないためだけの努力です」

さわ子「……そんな生き方をしたら、今度は真鍋さんが不幸になるんじゃないかしら」

和「なりませんよ。……下心ですから」

和「唯と憂が幸せになってくれたら、私も間違っていなかったって思えるような……」

和「勝手に、そんな打算を持っているんです」

さわ子「……」

和「先生は……」

和「先生は、3人もの愛する生徒から、生きる意味を奪うような方ではないと思ってます」

さわ子「……そんなこと、わからないわよ」

和「今は悩んでいるかもしれませんが、きっと結果的には私たちを認めてくださると……」

さわ子「……」

和「私は、さわ子先生を信じてます」

さわ子「……和ちゃん」

和「はい」

さわ子「あなたってやっぱり……優等生の仮面をかぶった、問題児だったのね」

和「……そうですね」

和「でも、先生には言われたくないです」

さわ子「それもそうね」

和「先生」

さわ子「何かしら?」

和「一応……これを渡しておきます」ゴソゴソ

さわ子「家の鍵……?」

和「唯の家の合い鍵です。……一度、二人の顔を見てあげてください」

和「きっと……先生にもわかると思います」

さわ子「……」

和「先生は、私と同じように」

和「唯と憂のことを『愛している』人ですから」

さわ子「っ……ふふ、そうね」

さわ子「気が向いたら、行ってみるわ」

和「……」ニコッ


  おしまいやー



最終更新:2011年07月28日 21:18