桜高に入学して早くも2年が経ち、私たちは3年生になった。平沢唯。私の名前である。
私は高校入学と同時に軽音部に入部しギターを始めた。これも周りにいる仲間の勧めからである。
> 
 澪「律!まじめにやれ!」
 しっかりものだが恥ずかしがり屋の澪。
 律「はいはーい!やればいいんでしょー」
 その幼馴染でお転婆な律。
 紬「あのー、お茶入りましたよー」
 おっとりぽわぽわ、お嬢様の紬。
 そして後輩の梓。梓は訳があり今は学校に来ていない。
 この4人と私で軽音楽部。

唯「ねえみんなー、今日帰りご飯でも食べに行かない?」
 私は一つしたの妹、憂がいる。両親はいつも家にいない。憂とは喧嘩し、家にいてもしょうがないからみんなを食事に誘う。暇つぶしとでもいうのだろう。

紬「ごめーん、私今日お客様がうちにくるの。また今度ね。」

唯「そっかー、じゃあまた今度ね」

紬「ごめんねえ」

律「私は行く!」

澪「おいお前ら来週期末テストだぞ。大丈夫なのか?」

唯・律「大丈夫なのです!」

澪「…、私は勉強する。お前らもちゃんと勉強しろよ」

 結局律と近くのビックリドンキーで晩飯を食うことになった。


―――ビックリドンキー
店員「ご注文はお決まりでしたか?」

律「私チーズバーグディッシュに、食後はチョコレートパフェ!」

唯「私はレギュラーバーグディッシュに食後は…チョコレートパフェ!」
店員「かしこまりました」

律「なにぱくってんだよー!同じの頼んだら食べ比べできないだろー?」

唯「えへへ・・・ごめんりっちゃん今日はチョコレートデーなんだよっ」

律「そんな日あんのか?」

唯「私の中ではねえー」

律はビックリドンキーに来ると必ずチョコレートパフェを食べる。とはいうものの律はチョコレートを特別好みとはしていない。―――なぜ食べるのか。

店員「おまたせいたしました、レギュラーバーグディッシュとチーズバーグディッシュになります。」

唯「ねえねえりっちゃん、あずにゃんのことだけど…」

律「ああ、中野がなした?」

唯「お父さん、残念だったね…。交通事故だなんて。」

律「ああ…、そうとうショックだろうな。学校にだって一か月も来ていないしな。」

そう言うと、律はハンバーグを大口をあけて頬張った。


梓の父親は一か月前に交通事故で死んだ。43歳だった。雨の日に交差点を渡っているところ飲酒運転の車にぶつけられた。即死だったらしい。それ以来梓は学校に来ていない。

その梓から先日こんなメールが来た。

「唯先輩、お元気ですか。私は今回の事件であることに気が付きました。
それは、平穏な、いつもと変わらない毎日が幸せだったということ。お金があったら幸せという人がいますが、それは幸せではない。
本質の幸せとは平穏の日々に隠れて、いや、私たちが気づかないだけで、たくさんあるんです。しかし、気が付くには遅かった。もっと早くに気づいて親孝行するべきだった。
唯先輩、また今度会うときがあればその時はよろしくお願いします。」
さすがに内容が重たい。いつ会えるのだろうか。しかし会うことには全然期待はできなかった。

律「店員さーん!食後のデザートおねがいしまーす!」

店員「かしこまりました。」

唯「この前あずにゃんからこんなメールが来たんだ。」

律は食い入るようにメールを見る。そして読み終わると一言ぼそっと言った。

律「本当に気づくには遅かったのかもな…」

唯「今はそんなこと考えられるような状況じゃないはずなのに…」

父親の死を目の当たりにしてこんな哲学的なことを考える梓には頭が上がらない。


店員「お待たせいたしました、チョコレートパフェお二つです。」

律「おー、今日のはうまそうだな」

唯「日によって変わんないよー」

律「いや、このチョコレートのあたりが違う!」
唯「おぉー、そうなんだー」

重たい話になってしまったからか、話は弾まない。

そうだ、律がチョコレートパフェをいつも頼む理由…

唯「ねえりっちゃん、なんでいつもチョコレートパフェ頼むの?」

律「なんでって、食べたいからに決まってんじゃん。」

唯「でもりっちゃんて特別チョコ好きでもないよね?」

律「まーな。でも食べたいっていうのは、食べたいから食べるってのとは違うんだぜ、チョコレートパフェの場合はな。」

意味が分からない。でも何か続けて言おうとしてるのがわかったから聞いてみる。

律「唯はさぁー、なにが好きだっけ?食べ物。」
唯「うーん、甘いものとか?アイスとかかな。」

律「なら唯はアイスが好きだから食べるんだろ?純粋に。」

唯「うんそうだねー。おいしいからねぇ。」

律「私のチョコレートパフェの場合はちょっと違うんだ。」

唯「どういうこと?」

なおさら話が見えてこない。律はさらに続けた。

律「私昔さー、父さんと二人でビックリドンキー行ったことあるんだよね。その時さ、私の友達が転校した日の夜だったんだ。」

律「私は家に帰ってからずっと泣いてたんだ。いつも仲良くて一緒にいたようなやつが転校するんだもん、そりゃあ泣くよ。それを見て父さんが出掛けにいこうって。」

唯「へぇー、その友達ってもしかして澪ちゃん!?」

律「違うよ。澪とは仲いいけどな。出掛けに行くってどこに行くのかなーって思ってたら車でビックリドンキーに行ったわけ。そして好きなもの頼んでいいぞって言った。」


7年前―――

律父「好きなもの頼んでいいぞー。」

律「うん…。でも今は食べたい気分じゃない…。」

律父「そうかあ。じゃあ俺だけ頼んでいいか?」

律「うん…」

律父「すいませーん。チョコレートパフェ一つ。」

店員「かしこまりました。」

律父「おい律。どうしてそんなに悲しいんだ?」

律「だってもう会えないんだよ?いっつも遊んでたお友達ともう会えないんだよ!!」

律父「おい大きい声だすなよ。…確かにつらいかもしれないけどな、律はそのお友達としっかり同じ時間を生きてきたんじゃないのか?」

律父「一緒に遊んだり、勉強したり、時には喧嘩もしただろう。その一瞬一瞬が最高の幸せなんだと思うぞ。」

律「…。」

律父「今は寂しいかもしれないが前を向いてがんばれ。そのお友達とも会おうと思ったら会えるじゃないか。新しいお友達もこれからたくさんできるだろう。心配しないで、大丈夫だから。」

律「わかったよ。父ちゃん。」

律父「ちょっと難しい話だったかな。そのうちわかると思うぞ。」

店員「お待たせいたしました。チョコレートパフェになります。」

律父「ほら、チョコレートパフェ食ってみろ。おいしいぞ。」

律「うん。いただきます。」




律「こういうことがあったんだ。それ以来ビックリドンキーに来たときはチョコレートパフェを必ず食べるようにしてるんだ。そのことを忘れないために。父さんの言ってたのは友達だけの話ではないとおもうしな。」

そう言い終わった後律は最後の一口を口に放り込んだ。

唯「友達だけの話ではないっていうのは?」

律「ほら、一瞬一瞬が最高の幸せって父さんが言ったって言ったろ?そこだよ。」

唯「どういうこと?」

興味が湧いた私は律にさらに問いかけた。

律「んー。口で言うのは難しいな。なんつーか、『今』が幸せなんじゃねーかなーって。今っていうのは常に変わりゆくものだろ?例えば10年前にも『今』という時間があったわけじゃん?そして私たちは『今』を生きてるだろ?」

唯「うん。今、だね」

律「その今を幸せと感じられるかが、幸せか、不幸かの分岐点だと思うんだ。私から言わせてもらえば、昔のことをずっと引きずって生きるのはとっても不幸せなんだよ。」

律「だって昔のことを考えたってどうしようもないだろ?そんなこと考えるなら『今』を精一杯生きろよってな。そもそも、その昔を引きずってるのは、その昔が『今』という時間だったときに精一杯生きれなかったからそういうことになってんだろ。

律「それなら私は『今』を精一杯楽しみたいね。」

まさか律からこんな言葉が出てくるとは思わなかった。いつもふざけて何にも考えていないような律がちゃんとした芯があったとは考えもしなかった。

唯「でもさりっちゃん、例えば来週テストあるじゃん?そういうときはどう楽しめばいいの?・・・」

律「辛いときは辛いことを精一杯噛みしめればいいんじゃね?その時間がずっと続くわけないだろ?もちろん楽しいこともずっと続くわけではない。時間は常に変わり続けるという普遍性だよ。だからこそ『今』を精一杯味わうんだよ。」

唯「りっちゃんありがとう。なんかすんごい勉強になったー!私、明日からがんばるよ!」

律「お前何話聞いてたんだよww」

冗談を言ったが、本当に律の話はグッとくるものがあった。私は今までそんなことを考えたことはなかった。しかし、「今」という時間、その言葉にはとても魅力を感じるものとなった。


『今』という時間はとにかく変わり続ける。律は「今」は変わり続けることに普遍といった。言葉の使い方が妙にうまい。それはともかく、私は「今」をちゃんと生きているだろうか。少し不安になってくる。あの律があれだけ考えてたわけだから。
ただこれからの生き方は変わってくるだろう。『今』しかない目の前にあることに対して一生懸命にぶつかって、楽しんで、苦しんで生きたい。そんなダイナミックな幸せな生き方は他にないだろう。律、ありがとう。



―――1週間後
私は憂をビックリドンキーに誘った。

唯「憂…まだ怒ってる?」

喧嘩していてもしょうがないと思い、仲直りをするのが目的だった。

憂「怒ってないよおねーちゃん!」

唯「ういー!これからも仲良くしてねー!」

憂「うん!」

私の人生これからどんなことが待ち構えているのだろうか。たとえどんなことがあろうとも、私はいつでも幸せだなあと思えるような人生を送りたい。そして、周りにいる身近な人たちに感謝の気持ちを忘れてはいけないと思っている。今、私はそう思っている。

店員「ご注文は決まりでしょうか?」




唯「チョコレートパフェください!」






おしまい。



最終更新:2011年07月30日 00:17