曰く『カスタネットの魔術師』。
曰く『天使のガラガラボイス』。
曰く『うんたん教教祖』。
曰く『放課後ティータイムの心臓』。
曰く『クイーン・オブ・ロックンロール』。

数々の称号で称えられたそのミュージシャンの名は、平沢唯という。

彼女の死を悼む多くのミュージシャン仲間が哀悼のスピーチを捧げ、天国の唯へ届けと追悼の曲を演奏し、歌った。

武道館の外では顕花に訪れるファンが列を成し、深夜になるまで参列者が途絶えることはなかった。
ある者は泣きじゃくり、またある者は唯の残した曲を大声で歌い、またある者はギターをかき鳴らした。

明るく、楽しいことが大好きだった故人の遺志を反映し、顕花に訪れたファンには漏れなく、
生前の唯が満面の笑みでカスタネットを叩き狂う姿を納めたプロマイドが配布されたという。

そしてセレモニーも終盤に差し掛かると、放課後ティータイムのメンバー達と唯の家族が壇上に上がった。

憂「一つだけ言いたいのは――」

澪や律に促されてマイクの前に立ったのは、唯の最愛の妹、平沢憂であった。

憂「私が生まれた時から、お姉ちゃんはずっと最高のお姉ちゃんだった――」

憂は流れる涙を拭おうともしない。

憂「お姉ちゃん、愛してるよ――」

堪えきれなくなった憂は嗚咽とともに、傍らで見守っていた澪の胸に飛び込んだ。

そして放課後ティータイムのメンバーを代表して、梓が弔辞を読んだ。


梓「ゆいせんぱいー、えー、ゆいーせんぱい! 唯先輩との思い出に、ろくなものはございません。 突然呼び出して、チャルメラを弾かされたり。なんだか弾きにくいチューニングのギターを弾かせてみたり。 レコーディングの作業中にトンチンカンなアドバイスばっかり連発するもので、レコーディングが滞り、その度に私や澪先輩、律先輩、ムギ先輩は聞こえないふりをするので必死でした。でも今思えば、全部冗談だったんですよね。うーん。
今日も「唯先輩どんな格好してた?」って憂に聞いたら、「いつものTシャツのまま寝転がってたよ」っていうものだから、「そうか、じゃあ私もネコミミつけていくか」って来たら、
なんか、浮いてますし。
唯先輩のまねをすれば、浮くのは当然。でも唯先輩は、ステージの上はすごく似合ってましたよ。ステージの上の人だったんですね。
一番最近会ったのは、去年の11月。それは、ザ・フーの来日公演で、武道館の。その時、唯先輩は客席の人でした。ステージの上ではなくて。
沢山の人が唯先輩にあこがれるように、あなたはロックンロールにあこがれていました。私もそうです。 そんないち観客としての観客同士の共感を感じ、とても身近に感じた直後、唯先輩はポケットから何かを出されて、 それは、業界のコネをフルに生かした、戦利品とでも言いましょうか、ピート・タウンゼントの使用するギターのピックでした。
ちっとも唯先輩は観客席の1人じゃなかった。私があまりにもうらやましそうにしているので、2枚あったそのうちの1つを私にくれました。
……こっちじゃなくて(ポケットの中を探る)これです。ピート・タウンゼントが使ってたピックです。
これはもう、返さなくていいですよね。納めます。ありがとうございました。一生忘れません。 短いかもしれないけど一生忘れません。それで、ありがとうを言いに来たんです。
高校時代から今まで数々の冗談、ありがとうございました。いまいち笑えませんでしたけど。はは……。
今日もそうですよ、ひどいですよ、この冗談は。うん……。なるべく笑います。それでね、ありがとうを言いにきました。 唯先輩、ありがとう。
それから後ろ向きになっちゃってるけど、唯先輩を支えてくれたスタッフの皆さん、
家族の皆さん、親族の皆さん、友人の皆さん、最高のロックンロールを支えてくれた皆さん。どうもありがとう。どうもありがとう。
で、あと1つ残るのは、今日もたくさん外で待っている唯先輩のファンです。彼らに、ありがとうは私は言いません。
私も高校時代、あの新入生歓迎会で始めて先輩の演奏を見てからというもの、そんな唯先輩のファンの1人だからです。
だからそれは唯先輩が言ってください。どうもありがとう、ありがとう!」



そして最後は放課後ティータイム、残された4人のメンバーがステージに立つ。
天国の唯へ向け、最後の演奏だ。

数年前に惜しまれつつ解散した放課後ティータイムには、再結成の予定があった。
唯が凶弾に倒れることがなければ、この武道館のステージに立っていたのは、
喪服などではなく、マネージャー特製の色とりどりのカラフル衣装を纏った5人の放課後ティータイムであったかもしれない。

澪「唯、聞こえているか?」

ステージの正面、色とりどりの花に覆われた唯の棺に、4人はマイクから呼びかけた。

澪「唯がいなかったら、放課後ティータイムはなかったんだ」
律「高校1年のあの時、唯が入部してくれなかったら軽音部は廃部になっていたよな」
紬「つらいことや苦しいことがあった時も唯ちゃんの笑顔に皆助けられました」
梓「唯先輩がいなかったら、私は今ここに立っていません」

律「実はついこの間まで、私たち5人は放課後ティータイムの再結成計画を水面下で進めていたんだ」
紬「離れ離れになって初めて、皆がお互いの大切さに気付いたから」
梓「それなのに……唯先輩は勝手すぎます。 解散の時も一番最初に脱退を宣言しておいて、今度は再結成する前に一人だけ先に……唯先輩のバカ!!」
律「ああ、バカだな……バカだよほんと……」
紬「唯ちゃんはおバカです……」

澪「唯がいない放課後ティータイムは有り得ない。 私たち4人は今日、この場で唯に捧げる演奏を最後に、放課後ティータイムの名を永遠に封印します――」

そして、眼前に横たえられた棺に向けて、4人の演奏が始まった――。

ステージ中央には、歌う人間のいないマイクスタンド。
そしてその傍らに立てかけられた、持ち主を失ったギブソン・レスポール(=ギー太)。

中心にぽっかりと空いた巨大な穴、4人はその余りにも大きすぎる欠落を隠そうともせず、
まるで天に昇った唯に語りかけるように、泣きじゃくりながらも最後の『ふわふわ時間』を演奏した。

こうして家族に、仲間に、そして多くのファンに見送られながら旅立っていた平沢唯。
彼女がこの世に残した功績は、人々の心の中で永遠に行き続ける――。

~~

唯「……っていう夢を見たんだ~」

憂「お姉ちゃん、それはシャレにならないよ」

唯「えへへ~、やっぱり? あ、憂、リンゴもう一切れちょうだ~い」

ここは某病院のベッドの上。
妹の切ったリンゴに舌鼓を打つのは、どう見ても元気そうな唯の姿。

律「しっかしビックリしたよ。『唯が撃たれた』なんて聞いて、慌てて病院に飛んできてみたら……」
澪「撃たれたどころか弾は一発も当たってなかったっていうんだからな」
紬「それどころか犯人が持っていたのは本物の拳銃じゃなくてただのエアガンだったんですよね」
梓「アメリカじゃあるまいし、ただのオタがホンモノの拳銃なんて持ってるわけないですよね」

唯「えへへ~、でもホンモノかと思ってさ。銃を見たとたんにフラフラ~ってなって倒れちゃったんだよ~」
憂「お姉ちゃん、よっぽどビックリしたんだね……」

その通り――。
唯は決して凶弾に倒れたわけではなかったのだ。
キモオタは至近距離にもかかわらず4発連続で弾を外し(しかもBB弾)、弾切れで諦めて逃げてしまったらしい。
勿論、その後直ぐに、唯のマンション付近の路上で『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読みながらニヤニヤしているところを警察に捕まったらしいが。
ただ銃声が響いたこととそれに呼応して唯が倒れたのは事実で、
それを発見したオノヨースケとお付きの運転手が完全に唯が撃たれたものと勘違いしてしまったらしい。

律「テレビには『元放課後ティータイムの平沢唯、暴漢に撃たれ重体』なんてテロップでてるぞ。どうすんだ、これ」
憂「マスコミ各社には間違った情報が先に伝わっちゃったみたいなんです……」
唯「ははは~、『ごめんなさい嘘でした~』って謝れば許してくれるよ~」
澪「仮にも殺されそうになったのにこの緊迫感のなさはなんだろう……」

唯「でもね、私聞いちゃったんだ。薄れ行く意識の中で。 あの男(ひと)が、『ふざけるな! 今唯が死んだら、俺の逆玉の輿計画が……』って言ってたの」
梓「とうとう本音が出たんですね」
紬「あの男は金目当てで唯ちゃんに近づいたのよ」
澪「唯と出会う前も後も、金に関してはかなり汚いことをやってたらしい。 ま、マスコミが嗅ぎ付けて破滅するのも時間の問題だよ」
律「既にヤツはマスコミに追われて雲隠れの身らしいからな。ま、もう業界からは消えたも同然ってことだ」
憂「私からも『もう2度と姉には近づかないでください』って言ってあるよ」

唯「そう……。やっぱりそうだったんだ。うすうすは感じていたけど……私、騙されてたんだね」
律「まっ、人間誰しも過ちのひとつやふたつあるもんさ! しかしホッとしたよ。 まさか唯が私たちの中で一番最初にケッコンすることになるかもって思ったら、いてもたってもいられないからさ」
唯「ぶーぶー、りっちゃん、それ差別だよ~」

澪「でもまぁ……心配したのは事実、だよな」
律「そうそう! 澪なんか病室に入ってきた時、ボロボロに泣いてて酷かったんだから。
『ゆい~ゆい~っ!! 死んじゃいやだ~!!』って」
澪「なっ! 律だってデコまで濡れるくらいびしょびしょだったじゃないか!」
律「なんだと!」
澪「なにを!」
紬「まぁまぁ2人とも。でも撃たれたなんて誤報で本当によかったわ」
梓「夢の中じゃ私、あんまり泣いてませんでしたけど、実際にそんなこと起こったら大泣きする自信ありますもん!」
唯「あずにゃ~ん!! 嬉しいよ~!」
梓「ちょ、ちょっと唯先輩! くっつくのは止めてください!」
律「なんだかこの感じ……」
澪「ああ。高校時代に、軽音部時代に戻ったみたいだな……」
紬「期せずして、最後のアルバムのコンセプトが実現されたんですね」

そしてほくほくとした顔をしてほほ笑む澪、律、紬を見て、

唯「でもね、あの時、一瞬なんだけど『本当に私、もう駄目なんだぁ』って思っちゃってね」

唯「その時にほら、『ソーマトー』っていうのかな。あれが見えて」

澪「走馬灯、な」

唯「思い出したのは、なぜか高校時代、軽音部での日々のことだったの」

唯「思えば、あれが私の人生で一番楽しかった時間だったんだね」

唯「その時、本当に心から『あの頃に戻りたいなぁ』なんて思っちゃって」
憂「お姉ちゃん……」
唯「ははは……。でもおかしいよね。 とっくに高校なんて卒業しちゃって、バンドは自分たちの想像よりもどんどん大きくなっちゃって、自分自身もオトナにならなくちゃいけなくなっちゃって」

澪律紬梓「…………」

唯「そうしたら色々と『しがらみ』っていうの? そういうのにとらわれて、昔みたいに楽しくできなくなっちゃって、へんに意地も張って、気がついたら放課後ティータイムは壊れてた」

唯「でも今になってようやく気付いた。私は今でもあの頃の気持ちを捨てたくないし、実際にまだ捨ててはいないってことに希望を持ってる」

唯「だからもう一度だけチャンスが欲しいんだ。皆と一緒に放課後ティータイムをもう一度やりたい!!」

その瞬間、あの高校時代、紅茶を飲みながら楽しく笑い合った仲間たちが見せた、青春の輝きのような笑顔が、5人には戻ってきたのであった。

そしてそれから数カ月後。日本武道館――。
日本の音楽史に新たな1ページを刻むライヴが今にも幕を切って落とされんとしていた。

憂「うわぁ……。こんないっぱい人が入ってるしすごい熱気……。お姉ちゃん大丈夫かなぁ……」

ステージの舞台袖には、どきまぎしながら満員の客席を見渡す憂の姿があった。
そして、そんな憂の肩を叩く人影。

さわ子「憂ちゃん、久しぶりね」
憂「さ、さわ子先生!?」

さわ子もまた、放課後ティータイムの再結成に尽力した一人だった。
特に再結成に伴う、大人の思惑渦巻くマネジメントの世界での折衝は、彼女の協力なしにはスムーズに進まなかったことだろう。

憂「でも、先生は……これからはマネージャーには戻らないんですよね?」
さわ子「うん。流石に二度も生徒を放り出すわけにはいかないからね」
憂「そっかぁ……。お姉ちゃんも残念がってましたよ」
さわ子「安心して。マネジメントじゃ力になれないけど、今後も衣装提供は続けるから♪ ま、あれはもはや私のライフワークみたいなものだしね」
憂「……もしかしてさっき楽屋の方から澪さんの悲鳴が聞こえてきたのは」
さわ子「あの子もいいオトナなのに恥ずかしがり屋の性格が治らなくて困っちゃうわよね~」

相変わらずだな――そんなことを憂は思うと、思わず吹き出し笑いが零れてしまった。

さわ子「あ、それとね。教師を辞められないもう一つの理由があるの」
憂「はい?」
さわ子「実は数年前からしばらく廃部状態だった軽音部に4人、新しい1年生が入ってね。
偉大なる先輩である放課後ティータイムに追いつけ追い越せって毎日頑張ってるの。今日のライヴも見に来てるわ」
憂「それって……!」
さわ子「ま……とは言いつつも楽器の練習してるよりお茶してる時間の方が長いのは相変わらずなんだけどね~。 これは我が部の伝統なのかもしれないわね~。ま、かくいう私も美味しく頂いちゃってるんだけれど♪」
憂「ははは……。でも、そっかぁ……。軽音部に……」

新しい世代は既に胎動を始めている。

しかし、今日この武道館のステージに立つバンドに、世代交代などという言葉は似つかわしくないし、そもそも全く縁がない。

会場が暗転する。客席のボルテージが一気に高まり、
地響きにも似た観客のストンピングと『HTT(放課後(H)ティー(T)タイム(T)!! HTT!!』の大合唱が武道館に響き渡る。

そしてステージを照らすスポットライト。

その中心には5人のレジェント(伝説)――否、伝説になんかなっちゃいない。

彼女たちは今も目の前でこうして生きている。

律「うおーい!! 盛りあがっとるね~!」

ドラムセットから身を乗り出して客席を見渡す律。
(乗り出しすぎて倒れ、デコを打ったのはご愛敬)

紬「心配かけちゃってごめんなさいね」

キーボードブースから、申し訳なさそうに恭しく頭を下げる紬。
(確かに紬はファンを心配させた。主に裁判とか整形疑惑とか)

澪「そして待たせてごめんな!」

凛々しく縦にベースを構えた澪。
(衣装の恥ずかしさは無理やり忘れた。でも終演後きっとまた新たなトラウマになる)

梓「また武道館のステージに立てて、うれしいにゃん!」

余りの興奮に語尾が錯乱している梓。
(勿論さわ子持参のネコミミ装備済み)

そして、フロントに立った唯が爆音でギー太(レスポール)でパワーコードをかき鳴らし、マイクに向かって高らかに宣言した。

唯「今日、放課後ティータイムは再結成しました!」

(終わり)



<エピローグ>

ここは私立桜ケ丘女子高校の音楽室。
軽音部の部室となっているこの部屋には、それらしい機材(ドラムセットやアンプ)が所狭しと並べられ、活動に打ち込む部員達の熱心さが窺えた。
もっとも……そんな感想も机の上に並べられたティーセットとお菓子の山を見ると打ち砕かれるのであるが……。

部員1(ドラム)「いや~、凄かったなぁ~、昨日の放課後ティータイムの再結成ライヴ@武道館!!」
部員2(ベース)「凄かったなあ、じゃないよ。お前が隣でバカ騒ぎするせいで、私はちっとも演奏に集中できなかったじゃないか。ほんと、お前は昔から……」
部員1「なにをう!? お前だって頭振ってノリノリだったじゃん!」

部員4(ギター)「でも、凄かったよねあのバンド、特にギター弾いてた2人、上手かったなぁ~。私はまだ初心者だからあんなに弾けたらなぁ、って思うよ」
部員3(鍵盤)「大丈夫、私たちも練習すればきっと上手くなりますよ♪」

部員1「でもやっぱり律のドラムは最高だよなぁ~! こう、暴れたくなってくる感じで!」
部員2「甘いなぁ。あのバンドのリズムを支えてるのはむしろ的確な澪のベースの方だろ? それに澪は歌もうまいし、作詞も……(うっとり)」
部員1「確かに歌は上手かったけど……作詞ってネタだよなぁ?」
部員2「な、なにをう!?」

部員3「まぁまぁ2人とも……。でも放課後ティータイムの5人って、この軽音部のOGなんですよね?」

部員1「そうそう! さわちゃん先生に聞いたよ!」

部員2「いつか私たちも放課後ティータイムみたいに武道館のステージに立てるのかなぁ……」

部員1「まぁまぁ、それよりも今は美味しいお茶とお菓子が先決ってことで~」

部員4「さっすが~♪ 話がわかる~」

部員3「はいはい。今、ティーセットを用意しますね♪」

部員2「お、おい! 練習はどうするんだ!?」

部員1「大丈夫だって。さわちゃん先生の話じゃ、あの放課後ティータイムも高校時代は殆ど練習しないでこうやってお茶してばっかりだったらしいぜ?」

部員2「そ、そういう問題じゃなくて!」

部員3「お茶入りましたよ~」

部員4「わ~い♪」

さわ子「ふふっ、あの子たちと対バンさせるのが今から楽しみね♪ 勿論両バンドの衣装はどっちも私がプロデュースして……」

かくして歴史は繰り返す!?


(本当に終わり) 



最終更新:2010年01月22日 04:30