唯「あー、暇だねぇ」

律「そーだなー」

紬「お茶いれよっか?」

・・・・って

練習しろよ!

心の中でそう呟いてみたけど、
あえて言わないでおく。

だって・・・・

梓「練習してください!」

唯「えぇ~?あずにゃんこわい~」

律「そうだぞっ!そんなんじゃお嫁に貰ってもらえないぞ!」

紬「お茶でもいれよっか?」

・・・どうせこうなるに決まっている。


…私は明らかに、下に見られてる。
身長、年齢、学年、そんな些細なことで。

私はもっと対等でいたいのに。


話は飛ぶけど、
私が澪先輩に対して強い好意・・・っていうか、
憧れを持つようになったのは、
自分にはない「大人らしさ」を感じたからだと思う。

そもそも好き、とか嫌い、とか言った物は、
若い女子(私もそうだけど、もっとギャルとかああいう人)が使う

「生理的に無理」

の「生理的」がいったい何なのか説明できないように、

自分でも上手く言葉にできない、言葉にならないものだから、

確信をもっては言えないけど、
なんていうか、そんな気がする。

その理由も同じく言葉には出来ないけど。


そして、先輩と後輩の立場を思い知る度、こんな事を考えてしまうのだ。

「あぁ、同学年だったらよかったのに。」

私がどんなにギターを練習しても、勉強しても、自分を磨いても、お金を積んでも(これに関しては可能性はあるけど)
今の日本のシステム上、先輩達全員が留年しない限り、先輩達と同学年になることはできない。

入学式から一緒に同じクラスで授業を受けたかったのに。
この軽音部を発足から見てたかったのに。一年目の学祭にでたかったのに。ノート写し合いとか、一緒に勉強とかしたかったのに。
一緒に修学旅行に行きたかったのに。
一緒に受験生活を送りたかったのに。

欲を言えばキリがないが、一言でいうと、もっと近くにいたかった。

だけど、それは無理な願いだ。
それどころか、これからはもっと遠くなってしまう。

経験上、相当仲が良かった友達でも、離れたら日常から葬り去られるなんて事はよくある話で、
私たちなら大丈夫なんて油断は、まさにフラグといって過言ではない。


運動部の三年生は夏に解散。
JAZZ研他、文化部の三年も冬には解散しており、
受験が終わっても恒常的に居座ってるのはうちの先輩達ぐらいで、

唯先輩なんか、

「練習ちゃんとするから、毎日ここでお茶してもいいよね!?」

って言ってたくせに、
練習なんかほとんどしないし。

正直言って、いなくなるのは寂しいし、
頭を下げてでもここに居て貰いたいのは事実だけど、

どうせなら、ギリギリまで一緒に練習して、演奏して、
軽音部として活動していたい。

だけど、先輩達はそんな私の気持ちに気づきもしないようで…

だからこんなにやきもきしてるんだ。

ほんとなら、

「練習しようよ!」

と、澪先輩みたいに注意したい。

でも、私はあくまで後輩。

同級生じゃないんだ…

あぁ…もっと近くにいたい…

もっと近くに…

先輩達はその後1ヶ月間、正確には29日の間休日以外は部室に居座り続けた。

そして今日、卒業式が終わり、何でだろう、私の心はもやもやで満ちている。
雨が降りそうだけど、降らない、そんな危うい曇り空のような心情。

先輩達、昨日は来てたけど今日は来るのかな…?
そんな不安もあるし、
それと違った何かも心の中をぐるぐる回っている。

あぁ・・・何だろほんとに・・・

もう・・・・


そんなことを思い、暗鬱にしていたら憂がやってきた。

家に帰って、唯先輩の卒業のお祝いの準備をする予定らしい

「卒業・・・か」

伊達に17年生きてきたわけじゃないから、別れくらい経験したことはある。
そりゃ、もちろん人並みには。

だけど、ああいう先輩…いや、仲間と出会ったことはあったかなぁ。

そりゃ、伊達に17年生きた訳じゃないよ、私だって。

でも、そんなこと考えてると

たった17年しか生きてないような気がしてくるから不思議だ。

あぁ・・・・・

もしかしたら単純に寂しいだけなのかもしれないなぁ。

…いや、きっとそうだ。

私は寂しいんだ。先輩が居なくなるのが。

あぁ・・・そうだ。

きっと。

…だめな子・・・だ。

私は、だめな子だなぁ

あやうく先輩をしんみりした空気で送り出しちゃう所だった。

危ない危ない。

唯先輩とか、律先輩はそういう空気が苦手なんだ。

澪先輩とかムギ先輩にも、気を遣わせてしまうだろうな…

いつでも、明るく、笑顔で、そして仲良く。

それが軽音部なんだから、
突き通すなら最後まで突き通そう。

私がそんな関係を壊すのだけは勘弁。

大学でも仲良くしてほしいもんね、せっかく同じとこだし。

だから、笑顔で送り出そう。

涙はなし、笑顔で祝おう。

だから憂に

「ごめん、私もちゃんとお祝いする!」

って言ったら、喜んでくれた。

そうだよ、卒業は、嬉しいものなんだよね。

やっと気づけた。

気づけて良かった。




…せっかくだから、お礼に手紙でも書いて渡すことにしよう。

紙は…まぁノートでいいか。


えぇと…まずは唯先輩。

「卒業おめでとうございます」

から始めて…

…ふぅ。

気づいたらノートが文字でびっしり。

なんだかんだで唯先輩とはいろんな事があったからなぁ

ゆいあずとか…ね。



…さてと、じゃあ次は澪先輩。

書きやすそうな所から、ね。


…よし、こんなもんかな?

読み返してみると、ちょっと恥ずかしいこと書いてるけど、まぁ、本心を書いただけだし、
それに最後の手紙なんだから、これくらい許容範囲だよね。



さてと、問題は律先輩とムギ先輩…か。

律先輩は、適当で、練習もしないし、いつもつまんないことばっかりいってるし…

ムギ先輩は、すごくいい先輩なんだろうけど、ちょっと掴み所がないし…ね。

それに、あんまり二人で居たことがないんだよなぁ…


…だけど、思い返してみると、

律先輩はそう、適当な性格だけど、軽音部のことを一番理解していた。

それに、私に対しても一番フランクに接してくれた。

唯先輩みたいに抱きついたりするとかじゃなく、あくまで自然に。

もし私が悩み事を抱えていたら、たぶん律先輩に相談するだろうな…

澪先輩とかとふざけてるときはあんなに子供っぽいのに、

ピンチになったときとか、困ったときには凄く大人っぽく見えるんだもんなぁ…



…そんなこと考えてる内に、律先輩への手紙は書き終えてしまっていた。

なんだかんだで澪先輩宛てのより長い…



…そしてムギ先輩か。

あんまり関わりはないけど、多分、あのひとは軽音部のことを誰よりも大切に思ってたんだろうな、と思う。

いつもは笑ってるだけのように見えるけど、誰かの喧嘩とか、軽音部の人間関係には一番敏感で、いつもみんなを気遣ってた。

イベントごとなんかにも、積極性に参加してたし、軽音部が本当に好きなんだと思う。

もしかしたら、ムギ先輩がいろんな事のケアを担って軽音部を支えていたお陰で、軽音部が上手く行ってたんじゃないかと今になって思う。

個人個人との関わりは薄いけど、誰と誰のペアの間にも入れる人はムギ先輩だけなんじゃないかな…

そう考えると、意外に凄い。

ムギ先輩には感謝しないとな…



…よし、やっと書き終えた…

結局四枚の手紙を書くのに二十分くらいかかっちゃった。

はやく、音楽室に行かなきゃ

最近先輩達は遅れてくるし、早めに行ってお茶でもいれとこう。

今日くらいは…ね。



ガチャ

…あれ?先輩達、もういる


澪「お、梓!」

…今日ははやいなぁ


梓「すみません!今日くらいは私がお茶いれようと・・・」

律「いいっていいって、ほら、早く!こっちこっち!」

梓「…はいっ」

いないものと思ってドアを開けただけあって、
顔に出そうなくらい動揺しちゃってる・・・

笑顔・・・笑顔・・・・

律「でさ、今後の軽音部のことなんだけど・・」

あ、その話か・・・

…そうか、先輩達がいなくなったら私一人なんだよね

梓「だ、大丈夫です!」

つい、口をついた。

先輩達に心配かけたくない。

澪「で、でも・・・」

梓「だ、大丈夫ですから!」

そうだ。今日くらい楽しい話がしたい。

終わりこそ、大切にしたい。

梓「それより私、いままでお礼をしてなかったので、手紙を書いてきたんです」


突然になっちゃったけど、
一人一人にしっかりと手渡しできたし、まぁいいか。

唯「今読んでもいい?」

梓「あ、はい!」

・・・・・。

ちょっと恥ずかしいな・・

その場にいるのが気恥ずかしくなって、
とりあえずちょっと席を立つことにした。
とりあえず鞄を・・。


鞄をソファーに置こうとして、ふと気づいてしまった。

卒業証書・・・

卒業・・・しちゃうんだ・・・

いなく・・・・なっちゃうんだ・・・

・・・・・・・・

梓「いなく・・・ならないでよ・・・」

涙があふれて、止まらなくなった。

もう訳がわかんなくなって

・・・・言っちゃいけないことを口走った

梓「すみません・・・涙は流さないって決めてたのに・・」

・・・・・・・

あぁ、こういうしんみりとした空気にしないように、

決意を固めてきたのに・・・・

台無しだ・・・・・・もう・・・

涙も止まらないし、取り返しは、もう・・つかない・・・


唯「これをあげよう!」

・・・・・えっ?

梓「これは・・・」

写真・・・先輩が一年の時の・・・

唯「これもあげよう!」

花・・・

唯「花びらが五枚!私たちみたいだね!」




だめだ・・・・

違う涙も溢れ出して

もう・・・・・



澪「梓」

梓「はい・・」

澪「聞いてほしい曲があるんだ」

・・・・・・・

聞いてほしい曲?

私の為につくった・・?

いつの間に・・?

もしかして、最近遅れてきてたのって…


・・・・・・・
・・・・・
・・・
・・


梓「…あんまり上手くないですね」

演奏が終わってすぐ、

私はまた、憎まれ口を叩いてしまった。

でも…

梓「でも私…もっともっと聞きたいです!」

もっと、もっと…

唯「じゃあ、あずにゃんも一緒に! 」

もっと…ずっと…

自然に演奏が始まったのは、

軽音部で最初に作ったという曲で、

必ずライブでやってきた曲。

私が初めて軽音部を見に行った時やってた曲。

裸で生まれ、裸で死ぬ。

そんな言葉が思い浮かんだ。

それだけ、私に、いや、軽音部にとって大切な曲。



ほんとは、もっと、もっと、

ずうっと近くにいたかった。

でも、それは叶わない。


…時間は本当に非情だった。

大切な時間は直ぐ過ぎる。

二年間があんなに早く過ぎてったんだから、
五時間なんてそりゃもうあっという間だった

最後の最後、私は先輩に「さよなら」が言えなかった。

そのうえ、また涙を見せてしまった。

なにが涙を流さないで、明るく別れる、だ。

あぁ、私はだめな子だ。

でも…

しかたない…じゃん…


私は、夜通し、まさに涙が枯れるまで泣き尽くした。


朝になって携帯をみたら、四件のメールが届いていた。

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送り先 唯先輩

件名 ずーっと一緒

本文

あずにゃん、手紙ありがと!
私も、感動して泣いちゃったよ

でも…あずにゃんは泣かないで!
あずにゃんは笑ってる方がかわいいよ!

ね?

大学に入ってからも、演奏しようよ!

淋しくなったら、メールしてね!

…ずっと、ずっと一緒だよ!

一番近い存在のあずにゃんへ

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・・・
・・・・・
・・・・・・・

唯先輩へ

最初、軽音部に入ったとき、
正直こんな人が先輩で大丈夫かと心配になりました。
でも、先輩と演奏していると、すごく楽しいし、
今となっては、先輩に出会えたことをほんとに嬉しく思っています

…ちょっと堅苦しくなってしまいましたね

唯先輩、これから離れ離れになってしまいますが、
私は別れだとは思いません。

ゼッタイに来年、先輩と同じ大学に入って、先輩とバンドを組んでやります!

…だから、待っていてください。

そして、もっと近くに、

今より近い存在になれることをいのってます

中野梓より



…それから一年間過ごしたけど、

あの涙は何だったんだろ?

と思うくらい、先輩達とは頻繁に会った。

ていうか、先輩達が遊びにきた。


大学生って、暇なんだろうか?



その後、私も、憂も例の大学に無事入学し、
六人でバンドをやることになるんだけど、

それはまた、別の話



つづく







最終更新:2011年08月08日 21:13