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戸惑わないということと、迷わないということは、しかし別のことだ。
こんな感情をどうすればいいんだろう?

こんなこと和ちゃんに言ったら、困ってしまうかもしれない。
私たちは仲がいいけれど、それは友達としてであって、恋人同士じゃない。
そもそも私と和ちゃんは、女の子だ。

もし私か和ちゃんのどっちかが男の子なら、こんなことは考えないで済むのかと思うと、気が暗くなる。
でも、男の子の和ちゃんなんて想像することが出来ない。
私だって男の子にはなれないし、なるつもりもない。
しかたがない、って言葉は嫌なものだ。
だけどしかたがない、って言うしかない。
しかたがない。
私は女の子だし、女の子の和ちゃんを好きになってしまった。

初めのうち、和ちゃんのことを好きだという自覚をもって、色々な和ちゃんを観察するのは楽しかった。
「好きだ」と思ってみると、いままで見ていた和ちゃんが急に鮮やかな光を放って見えた。
和ちゃんが私の視界の中で特別に輝きだした。

でもそれはやがてつらくなった。
あまりにも強い輝きで眼がつぶれそうな気がした。
和ちゃんという光に対して、私はあまりにも暗い感情を抱いてる。
そのことが汚らわしく思えた。
私は次第に和ちゃんから眼を逸らすようになった。

いつのまにか、何かにつけ和ちゃんに関連付けて物事を考えるようになった。
和ちゃんが欲しくなった。
和ちゃんにもこんな気持ちを抱いてほしい。
この思いをなくしてしまうか、この思いのままに行動するかしなければ、私は潰されてしまうだろう。

私が迷っているのは、結局和ちゃんに嫌われたくないからにすぎない。

この思いばかりは、和ちゃんにお話しすることは出来ない。
そして待っていても自然に解消することもなさそうだった。



気がつけば、三年の夏休みが目前に迫っていた。
その日も和ちゃんと一緒に学校から帰った。
和ちゃんが隣を歩み、和ちゃんの肌が私の指の近くにあると思うだけで気が気じゃなかった。
なるべく考えないようにして、足早に歩いた。

普段通りにしようとは思っていたけれど、私はたぶん「浮足立っている」という状態だったろう。

和ちゃんと一緒に帰れるのは嬉しいし、けれど怖くもある。
和ちゃんも私もお互いに信頼しているという自負もあるが、一方で私は和ちゃんに隠し事をしてるし、私も和ちゃんのことを本当はわかってないかもしれない。
私も和ちゃんもお互いに好きだけど、私の好きは大きすぎるかも知れず、それに気づけば和ちゃんは私のことを好きでなくなるかもしれない。

和ちゃんは私のことを怪しんでるみたいだった。

「ねえ、唯。最近なにかあった?」

なにかはあったけど、そんなこと言えるなら悩んでないよ、とひそかに心の中で恨み言を言った。
私が否定すると、和ちゃんもそれ以上追及してこない。
安心したような、さびしいような気もした。
和ちゃんは怖がっているように見えた。
そんな和ちゃんがかなしく、かわいそうだった。

――やっぱりだめかな。
もし私が想いを告げたりしたら、和ちゃんはきっとひどく弱ってしまうだろう。
そしてそれは取り返しがつかないかもしれない。
この思いはきっと告げるべきではない。

それはひどく暗い考えのようだが、かえって私の心を明るくした。
諦めようと思った。
この瞬間、今日で、和ちゃんへの思いで、ふつうの友情をはみ出す部分は、すべて捨ててしまおう。
たぶん、それがいいよ。
私の心は爽やかになった。
神さまが悩む私に見かねて、知恵を頭の中に投げ込んでくれたかのようだった。

私は和ちゃんにその現象について教えてあげようと思ったほどだ。

ところが、その矢先だった。

「ぷ……ふふっ、あはははは」

和ちゃんは、いきなり、笑った。

あまりの唐突さに、あっけにとられて、頭の中がまっしろになる。
いったい何に笑ってるのだろう、と考えてもわからなかった。
不思議なことに、その原因のない笑いは私にも伝染して、次第に口元を緩ませ、やがて笑い声となって私の口からもあふれた。
言葉にできない瞬間だった。

心臓がどきどきした。
和ちゃんは普段あまり大きな声で笑うタイプじゃないけど、一緒に声を合わせて笑ったことくらい今まで何度もある。
今度に限って、どうしてこんなに印象深いのか不思議だった。
あまりへんなことに頭を使い過ぎていたため、私は少しおかしくなっているのかもしれなかった。

笑い終えた後も、感動は強く持続した。

私の体は自然に動いた。
頭で思ったり、言葉が喉の奥に引っ掛かったりすることはなかった。
私は当然のように和ちゃんの手を掴んだ。
さわることは恐ろしくなかった。

「座ろっか」



和ちゃんと別れ、家に帰って憂が出してくれたアイスを食べながら、その瞬間のことを検討した。
あんなにおかしかったのは、なぜだろうか?
なぜ、あれほど気持ちがよかったのだろうか。

私は、『好きだなあ』と思った。

そうだ、あの時、私たちは同じ時間を、同じ笑いを共有して、今までにないくらい心を通わせ合っていた。
私は、『好きだなあ』と思って、たぶん、きっと、和ちゃんも私のこと、『好き』でいてくれてる。
そうにきまってる。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「ん? なにが?」

「今、すっごく悪い笑い方してたよ。にやー、って」

いけない、いけない。
憂にあやしまれてしまった。
でも、表情のコントロールが出来ない。
嬉しい。

和ちゃんは、きっと私のことが『好き』なんだ。
でも今はまだそれに気付いてない。
こんなことを考える私は、やっぱり傲慢で、悪い人間だなあ。

それにしても、あの帰り道の、諦めようという悟りは危なかった。
もし、和ちゃんがあの時笑わなかったら、ほんとに諦めてたかもしれない。
あれは神さまの知恵だと思ったが、悪魔の誘惑だったのかもしれない。

それとも、あれは本当に神さまの知恵だったのだけれど、私が悪魔だからそれに従いたくないのだろうか?
それなら、それでも構わない。

和ちゃんを困らせてやれ、という気になった。
和ちゃんにこの思いをぶつけたら、どんな顔をするだろう。

(私の恋の矢は痛いから、和ちゃんきっと泣いちゃうなあ)
そう思った。
(でもきっと、振られることはないだろう。)

へんな自信がある。
私がいちばん和ちゃんのことをわかっている。

どうやら私は残酷で、傲慢で、悪い人間なようです。
今となってはそのことに罪悪感を覚えないので、なおさら悪いような気がします。
でも、いいんだ。

和ちゃんもそんな私のことわかってくれるだろうし、好きだろうし、もっと好きになってくれる。
あの時から、そう自信をもって思えるようになった。

和ちゃんに会ったら、言おう。
恋を教えてあげよう。
私はそう悪だくみをして、ひとりでにやけてる。
憂よ、今、悪い顔をしてるから見ないでおくれ。

どうしようもないよ。
私はどうしようもないよ。
この思いはどうしようもないんだよ。

みんな知ってくれればいいなあ。
和ちゃんも、憂も、この気持ちを味わえるといいな。
このどうしようもなさは、すばらしいなあ。

窓の外の蝉の声がやけに近くに聞えた。

おわり。






最終更新:2011年08月15日 01:06