……

さわ子「……そう、唯ちゃんが……」

私は先ほどのことをさわ子先生に話した。
さわ子先生は何かを思いつめたようにして言った。


さわ子「……部室に行きましょ」

紬「えっ、でも梓ちゃんを探さなきゃ……」

さわ子「この辺は探したんでしょ?それでこの辺にいなきゃいないでしょ」

あとは澪ちゃんやりっちゃんにまかせなさい、とさわ子先生が言った。


さわ子「それにあなた達……いくらなんでも梓ちゃんのことを気にかけすぎだわ」

紬「で、でも……あんなことあったんだから……梓ちゃん、すっごく泣いてて……」

さわ子「そうじゃなくて」


部室に向かってる足を止め、さわ子先生が言った。


さわ子「……唯ちゃんのこと、気にかけてなさすぎよ」



そう言われ、私はハッとした。



さわ子「確かに、それらの事は10割唯ちゃんが悪いわ。」

さわ子「でも梓ちゃん大好きの唯ちゃんがいきなりそんな事言うなんておかしいと思わない?」



そうだ、唯ちゃんはいきなり何の脈絡も無しに、梓ちゃんにあんな事を言うような人じゃない。

何か理由があるのかもしれない。だけど私たちは……


さわ子「……別にムギちゃん達を責めるつもりは無いわ。ただ、もうちょっと冷静になって考えてみて」

さわ子「あなた達は、梓ちゃんの先輩でもあるけど、唯ちゃんの友達でもあるんだから」


紬「……はい」


さわ子「……まっ、お茶でも飲みながら話せば、唯ちゃんだって気楽に話すでしょ」


紬「……そうです、かね」

さわ子「そうよ。だって唯ちゃんよ」

紬「……それも……そうですね」

クスリと笑い合った私とさわ子先生は、やがて軽音部の部室の扉の前に立っていた。

まずは唯ちゃんと向き合おう。そして何があったのかちゃんと聞こう。

そしていつもの軽音部に戻るんだ。いつもの……私達に――。

そう思い、ドアノブに手をかけた瞬間――


さわ子「……ちょっと待って」

さわ子先生が私の動きを止めた。何事かと思ってると、先生がドアに耳を当てた。

私は不思議に思いながらも、先生に続いて、ドアに耳を当てた。

すると聞こえてきたのは――。


『うえ゛っ゛……ひっ……グスッ……ええ゛……』



  ……唯ちゃん、泣いてる?




『あず……にゃあ゛……ん……あずにゃあん……』


   梓ちゃんの名前を……それに、呼び方が……いつも通り「あずにゃん」に……



『ごめん……ねえ゛……グスッ……あ゛ぁ……ごめぇん……な゛ざぁい゛』



   ……謝ってる?やっぱりさっきのは本心じゃなかったの?



『いま゛……いま、いぐがらあ゛……』


   えっ

   いくって


   どこに?



カタタタタッ


   カッターの刃を、出す音。



『んえ゛っ゛……はぁっ……リストカットって……いたいのかなぁ……』



バタァン!

と、耳元で大きな音がした。


さわ子先生が、「なにやってるの!」と怒鳴ると、
唯ちゃんは涙と鼻水でグシャグシャにした顔で、「ふぇ?」と気の抜けた返事をし


……右手に持った図工用のカッターナイフを左手首に刃を押し付けようとしていた。



紬「唯ちゃんやめてえっ!」


私は、何も考えれずに唯ちゃんの元に走り、ただ絶叫しながら
その手からカッターを奪おうと唯ちゃんの右手首を押さえつけた。



唯「っ!……はなして!はなしてよぉっ!わた……わたしあずにゃんに言われたもん」

唯「「どっか行ってください」って!だから、わた、私……」


唯ちゃんは激しく抵抗してきた。すごく混乱してるんだと思う。

どうにかして落ち着かせないと……


私がどうやって唯ちゃんを落ち着かせようかと考えてると、

さわ子先生がズカズカと私たちに近づいてきて、私から唯ちゃんの手首をひったたくり、

そのままの勢いで先生と向き合った唯ちゃんの頬を思いっきりひっぱたいた。


パァン!


と乾いた音がした後、唯ちゃんは中身が抜けたように、力を抜いた。



紬「……!」

唯「あ……」


さわ子「……落ち着きなさい」


紬「さわ子先生……」

唯「さわちゃん……なんで」


唯ちゃんの手からカッターナイフを奪い取り、先生は淡々と喋りはじめた。


さわ子「はぁ……廊下を歩いてたらたらムギちゃんが校内をウロウロしてて」

さわ子「事情を聞いて私も部室に来てみたら、あんたがカッター持ってオイタしてるの見つけたの」



唯「そう……なんだ」

さわ子「……さ、何があったか話してもらおうかしら」

唯「……」


この空間に、気まずい空気が流れ出した。

紬「わ……私、梓ちゃん探してきますね」タッ


私はといえば、先ほどの決意はどうしたのか、
また唯ちゃんから逃げ出そうとしていた。



唯「……待って、ムギちゃん」

紬「っ!……」


そんな私を引き止めたのは、他でもなく、唯ちゃんだった。


唯「……ムギちゃんも聞いて……」


唯ちゃんの決意のこもった声に押されつつ、私は頷いた。



さわ子「……話した内容については絶対に口外しないわ、約束する」

紬「……私も……誰にも言わない」

唯「うん……ありがと」


……

唯「……」

さわ子「……」

紬(……気まずい)

紬「……お茶の用意でもしますねっ」ガタッ


カチャッ カチャッ 

   シュー シュシュー

     コポコポ コポコポ


唯「……」

さわ子「……あら、良い香りね」



紬「はい、どうぞ」

コトッ

さわ子「ありがと、ムギちゃん」


紬「……はい、唯ちゃん」

唯「……ありがと」


唯「……」ゴキュゴキュ

唯「……おかわり」


紬「あ、はい」


コポコポ


唯「……」ゴキュゴキュ


唯「……おかわり」


紬「は、はい」


コポコポ


唯「……」ゴキュゴキュ


唯「おかわ」



さわ子「飲みすぎよ」ビシッ


唯「あうっ」

さわ子「今の今までだんまりだったのに、何いきなりがぶ飲みしだしてんの」

唯「だって喉渇いてたんだもん……」


紬「……唯ちゃん、お菓子食べる?」クスッ

唯「……たべる」

さわ子「今日のおやつはどんなかしらねー♪」




紬「はい、唯ちゃん。ケーキ」

唯「ありがと……」


パクッ

  モキュモキュ


唯「……んまい」テレッテー

紬「はい、お茶のおかわりも」

 コポコポ

唯「……あんがと」

モクッ

 モキュモキュ

    ゴキュゴキュ


唯「……おいひぃ~♪」テレッテテレッテー


紬(よかった……唯ちゃん、いつもの調子に戻ったみたい)

さわ子「さっ、そろそろ話してもらおうかしらね」

唯「ええ~これ食べてから~」モヒュモヒュ



さわ子「……」バシッ

唯「あうっ」


……


律「くそぅ、梓のやつどこいったんだよ……」

律「下駄箱見る限りまだ帰ってはなさそうだから……てことはまだ校内か?」

律「くそっ、澪やムギからも連絡は無いし……」

律「……どこだよぉ……」


ブーッブーッブーッ


律「あっ……電話……っ澪から!」


澪『もしもし律?梓見つけたぞ!2年の教室に憂ちゃんと鈴木さんといる』

律「わ、わかった!今すぐいくよ!」

ピッ


2年の梓たちの教室の近くに来ると、教室の戸の前で澪がコソコソしていた。

律「澪っ」

私がなるべく大きくなり過ぎない声で澪を呼ぶと、澪はこちらを振り返り、自分の方へ手招きしてきた。


律「梓は?」

澪「あそこ」

教室の中を、戸の前からこっそり覗くと、梓が自分の席に座っていて、その周りを憂ちゃんと鈴木さんが囲っているという状態だった。


……

梓「わだ、わだしね……それで、ゆいせんぱいに、どっかきえてください、って、ひっ、いっちゃっで」

梓「ゆ、ゆいぜんぱ、すごいびっくりしたかおして、きっとおこらせ、ちゃった」

梓「わだ、し……ゆいぜんぱいのこど……ひっぐ……きらいに、なりたくない……」

梓「きらわれだくも……うえ゛……うえ゛えええんっ……!」ボロ…ボロ…


憂「梓ちゃあん……」ギュウッ

純「……唯先輩、まだ音楽室にいるんだよね!?文句言いに行こうよ!」

純「だってこんなの、梓が可哀想すぎるよ!梓何も悪くないじゃん!」

憂「純ちゃん、ちょっとだけ待って。お姉ちゃんも何かあったのかも……」

純「憂!お姉ちゃんが大事だからって唯先輩が梓にしたこと許せるって言うの?」

憂「そうじゃないよ!でもそんな事を荒げなくても……梓ちゃんもそんな事望んでないよね!?」

梓「わたっ……わだしぃ…」ボロ…ボロ…

純「あずさっ!しっかりして!」

憂「梓ちゃんは何をどうしたいの!あずさちゃん!」


律「ちょっ、ちょっと待って!」

憂「律さん!澪さん!」

梓「ひっ……え゛っ……ぜんぱぃ……?」

純「ちょっと、どういうことですか!?軽音部でよってたかって梓いじめてるんですか!?」

澪「ち、ちがうよ……私達は梓を連れ戻しに来ただけで……」


律(ちょっ、澪……その言い方は……)


純「連れ戻しって……!これ以上梓をどうする気なの!?」

澪「えっ、いや……あの……そういう意味じゃなくて……」オロオロ

憂「純ちゃん、ちょっと落ち着こうよ……」

純「これが落ち着いてられるの!?この人達も梓が唯先輩に嫌がらせされてる時に黙って見てただけなんでしょ!?同罪みたいなもんじゃない!」

律「おまっ……違うって言ってんだろうが!」

澪「律!?」

律「何でもかんでも知った風に言って、お前たちだって何したってんだよ!今始めて泣いてる梓の話聞いてただけだろうが!」

純「何よ!?」

憂「純ちゃあん……」



梓「み……み゛んな……や゛めて……グスッ」



澪「梓……」

憂「梓ちゃん……」

純「梓……」

律「……」


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最終更新:2011年08月17日 00:03