梓「ごめんなさぁい……嘘ついてました……うぇぇぇぇぇん!」

唯「あ、あずにゃん!?」

律「嘘って……?」

梓「両親はジャズバンドなんてやってないんですぅ」

紬「じ、じゃあ……」

梓「お父さんはトラックの運転手で、お母さんは売れない演歌歌手やってただけですぅ」

澪「なんでそんな嘘を……」

梓「だって、ひっぐ……カッコ悪いし」

梓「それに、皆さんの親御さんのお仕事がとても立派だったから」

梓「だから、馬鹿にされると思って……ひっぐ……」

澪「だから、そんな嘘を……?」

梓「はい……ぐすっ……」

梓父母(こっちも泣きたい……)

唯「そんな……」

梓「一目見て、とても楽しそうで、私も仲間に入りたくて」

梓「だから皆さんとなんとか張り合えるように、両親はジャズバンドやっているって」

梓「本当は高校に入ったらちゃんと嘘つかずにいこうって思ってたのに」

梓「だけど、小学校のころに馬鹿にされたトラウマがあって」

梓「どうしても、見栄を張りたくて。だから……」

澪「梓……」

梓「でも、こんな嘘をついちゃう私はもう退部ですよね……」

律「馬鹿だなぁ、梓は」

梓「……はい、馬鹿です」

律「そんなことで、大切な後輩を追い出すわけないだろ」

梓「……えっ?」

律「梓は私たちの演奏を聴いて、一緒にやりたいって思ったんだろ?」

梓「……はい」

律「それも嘘か?」

梓「違います! 本当に、私はみなさんと一緒にやりたくて!」

律「だったら、何も退部させることなんてないよ」

梓「でも、私……」

律「例え、お父さんがダッサいトラック運転手でも」

梓父「だ、ダサい……」

律「例え、お母さんが売れない下手くそ演歌歌手をやっていたとしても」

梓母「へ、下手くそ……」

律「梓は梓だよ」

梓「……」

梓「はいっ!」

澪「お、おい律」

律「ん? なに?」

澪「ダサいとか下手くそとかは余計じゃなかったのか?」

律「いや~、ちょっと勢いでさ」

梓父「うぉぉぉぉんおんおん!」

梓母「あぁぁぁぁんがあんあん!」

唯「大人のガチ泣き初めて見たよ……」

紬「あの……美味しいケーキ持ってきたので、食べます?」

澪「そんなことで……」

梓父「お嬢ちゃんすまないね」

梓母「いただきます」

澪「泣き止んだ」

梓「……」

梓「でも、言えてよかった」

梓「もし、ずっと嘘をつき続けなきゃいけないなんて
  そんな苦しいこと、これから先どうしようって思ってました」

梓「みなさんが、優しくて。本当によかった」

梓「先輩方は親もとても立派ですし、尊敬しています!」

紬「梓ちゃん、ちょっといい?」

梓「なんです?」

澪「あのさ、そのことなんだけど」

律「私たちもさ、梓に言っておかなきゃいけないことがあって」

梓「?」

唯「あのね……私のお父さん本当はストロー作ってる人なの」

梓「……」

梓「はい?」

梓「マエストロじゃなくて?」

唯「そう、マエストロじゃなくて」

梓「ストロー?」

唯「うん、ストロー作ってる工場に勤めてるの」

梓「え? え? シャレ?」

唯「嘘ついてて、ごめんなさい」

梓「……」

唯「まさか私たちがそんな嘘をついていたせいで、あずにゃんがそこまで苦しんでいたなんて
  わからなかったとはいえ、本当にごめんね」

梓「私たちってことは……」

律「ああ、私の父ちゃんは調律師じゃなくて調理師だ」

梓「コックさん……ですか?」

律「いや、どっちかっていうと板前だな」

梓「は、はぁ……」

律「たぶんピアノなんてちっとも触ったことないだろうな」

律「まぁ、いつも味のハーモニーは奏でてるけど」

澪「なに上手いこと言ってるんだよ」

律「そういう澪の親だって」

澪「わ、私のパパ……お父さんはちゃんと楽器造ってる楽器職人なんだからな!」

梓「ピアノをですか?」

澪「いや、私の親はミハルスをゴム紐で結んで繋ぎ合わせる簡単なお仕事をしている」

梓「ミハルス?」

律「カッコつけずにカスタネットって言えよ」

唯「そうだよ澪ちゃん、逆にカッコ悪いよ……」

澪「くっ……」

梓「幼稚園の頃とかに使ってたあの赤と青のカスタネットですか?」

澪「うん、もう二十数年間ひたすらカスタネットを繋ぎ合わせているんだ」

梓「そ、そうなんですか……」

澪「梓が幼稚園の頃に使っていたカスタネットも私の親が繋ぎ合わせたものかもしれない」

梓「わ、わ~、すご~い……」

律「だけど、ピアノと比べると遥かに劣るけどな」

澪「か、カスタネットだけじゃないぞ!」

澪「トライアングルの吊り紐を通したり」

澪「それにリコーダーを合体させるお仕事だってたまにしてるんだからなっ!」

梓「でも、それで楽器職人を名乗るのもどうかと……」

澪「うっ……」

梓「あ、だったらムギ先輩も……」

紬「ごめんね、梓ちゃん」

梓「やっぱりお金持ちって言うのは……」

紬「あの時はただの金持ちって言ったけど」

紬「本当は超金持ちなのっ!!」

紬「若干謙虚になってごめんね!」

梓「ちくしょう」

梓「でも、なんでそんな嘘なんか……」

澪「それは、きっと梓と同じ理由だよ」

梓「私と?」

律「私たちの初めての後輩だしさ」

唯「私たちあまりしっかりしてないし」

紬「それに、梓ちゃんが来ていきなりギターで凄い演奏したでしょ」

梓「そういえば」

律「だから本当にこんな私たちと一緒にやってくれるのか不安になっちゃってさ」

澪「あの日梓が帰った後でみんなと話し合ったんだ」

紬「このままじゃ、私たちに幻滅しちゃうかもって」

唯「だったら、あずにゃんの演奏に負けないくらい大きな見栄を張ろう! って」

梓「た、確かに一緒ですね……」

澪「最後までどうしようか迷ってたんだけど」

律「そしたら、親がジャズバンドやっているなんて言うしさ」

唯「だから、もうやるっきゃない! って」

梓「それでマエストロ」

唯「一生懸命考えた結果なんだよ……」

梓「調律師」

律「名前っていうしっくりくる理由があったからな……」

梓「ベーゼンドルファー」

澪「わ、忘れてくれ……」

梓「ただの金持ち」

紬「は、恥ずかしいっ////」

梓「……」

梓「ふふっ」

唯「ああ~、あずにゃん笑うなんて酷いよ」

律「梓ほどじゃないかもしれないけどさ、結構罪悪感あったんだぞ」

梓「いえ、そうじゃなくって、私も結局収まるところに収まったのかなって」

澪「そうかもな」

紬「似たもの同士かもね」

梓「相性バッチリかもしれませんね」




梓父「あ、ケーキおかわり」

梓母「んんんすんごぉぉくぅぅぅ おいしいぃぃぃぃっ」

紬「はぁ~い、ただいま~」

梓「……」




律「はぁ~、でもこれでやっと嘘つかなくてもいいんだな」

澪「ホント、いつバレるか冷々ものだったよ」

唯「私なんてクラシックのCD買っちゃったよ
  ちょっとでも聴いてクラシック慣れするために」

律「で、どうだった?」

唯「すごくよく眠れるんだよね」

澪「全然聴いてないってことだな」

梓「私も、こんなにCD借りちゃったし……」

澪「やっぱり借りたんだ……」

紬「でも、この◯×レンタルってウチの系列のお店だから
  話せばなんとかなるかもしれないわ」

梓「琴吹家の息のかかってないお店ってこの街にあるんですか?」

紬「うふふ」

梓「なんだか怖い」

律「何はともあれ、今後もよろしくな梓」

梓「はい!」

紬「楽しい部活にしましょうね」

唯「ムギちゃんがいればどこでも楽しい部活になるよ、きっと」

梓「それってお茶したいがためでしょ」

唯「ち、ちゃんと練習もするもん」

梓「本当ですかぁ~?」

澪「まぁ、そういう時間も必要だってことだよ」

梓「それは……確かに魅力の一つではあります」

紬「じゃあ、今度梓ちゃんの好きなもの持ってくるわ」

唯「あ、いいなぁ」

律「練習もしてお茶もする、それが私たち軽音部だ!」

梓(やっと、やっとこれからが私の本当の高校生活のスタートなんだ!)


 ジャズ研にて…

ジャズ研部員「はぁ……」

純「どうしたんですか? 先輩」

ジャズ研部員「なんか最近いまいち伸び悩んでるっていうか」

純「これだけ練習してるのに、ですか?」

ジャズ研部員「やっぱりもっとジャズに精通した人に習わないと駄目なのかしら」

純「あ、そうだ! 私のクラスに親がジャズバンドやっているって子がいますよ!」

純「中学で一緒だったって子に聞いたんです」

ジャズ研部員「だったら、なんでその子ジャズ研に入ってないの?」

純「なんでも不抜けた軽音部に喝を入れるためだって、新勧ライブの演奏聴いて
  これは私がなんとかしなきゃいけないって思ったらしいです」

ジャズ研部員「なんだか珍しいくらい殊勝な子なのね」

純「今度連れてきますね!」


 おしまい



最終更新:2011年08月20日 06:00