スティックを2回鳴らし、勢い良くリズムを叫んだ。
「1・2・3・4!」

ドラムの音から前奏が講堂に響き渡り、やがて歌に入る。
その時に唯は少し驚いた顔をした。
そりゃそうだ。歌っているのは澪ではなくムギなのだから。
驚くなよ唯。バンドのメンバー全員が歌うなんて、唯がガラガラ声でステージに立とうとした事に比べれば訳もないさ。
やがて梓がボーカルに変わり、サビは二人で熱唱する。


「「この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよ」」

誰もが知ってるこの曲は、唯が軽音部に入部するきっかけになった曲だ。
ちょっと演出にしてはベタかなと思ったけど気にしないでくれよ。
私達でロックなアレンジをして歌いやすくしたんだ。悪くないだろ?

2番は私と澪で担当することになっている。
正直ドラムを叩きながらの歌はきついけど、自分が歌に参加しているという実感はなかなかのものだ。
あ、やべっ 音外した。

そういえばステージ上で澪と二人で歌うのはこれが初めてだ。
二人で散々いろんなことをしたのに今更初めてだなんて不思議な気分。
私が歌う時が来るなんて想像つかなかったもんね。
ふっとそんな事を考えていたら澪がしかめっ面で見てきた。わかってるって。走ってるんだろ。


ちぐはぐしながらも最後は4人で歌いきる。
正直リズムや音が微妙に狂ったりしていたが気にしない。

「「悲しみの無い自由な空へ 翼はためかせ行きたい」」

最後はギターやキーボードがカッコよく締めて終わった。
演奏が終わった瞬間、思わず全員が口々に声を挙げていた。

「うっしゃあ!」
「凄いです!」
「なかなかだ!」
「うふふ…♪」

唯と憂ちゃんも拍手をしていた。

「わぁ、皆凄いじゃーん!そんな曲も練習してたんだ!」
「そうだぞ唯!実は時間が無くて1回も合わせてないから、今日初めて全員で演奏したんだ」
「上手くいくかわからなかったけど、思ったより全然良かったね!」
「そっかー!演奏が微妙だと思ってたけどそれなら納得するね!」

ここでばっさり言われるのだって想定内さ。
あんまり上手に演奏したら敬遠されちゃうかもしれないもんね。あの時みたいに。
本当はもっと酷くなるって思っていたからすんなりと演奏できて拍子抜けしたぐらいなんだ。
演奏が終わった時の皆の一体感が唯に伝わればいいんだけどね。

澪がマイクを取った。
「さあ、本日のライブは2曲の予定だから、次で最後!」

「ええー?そうなの?」

「そうですよ。唯先輩!思いっきり歌って演奏するので是非聴いてください!」

「うん♪楽しみにしてるね」



さっき、『翼をください』を演奏した時、時間が無くて練習できなかったと伝えた。
それは唯に「私にもできるかもー」と思ってくれればいいからそうしたって言ったよね。
でも本当はもう一つ理由があるんだ。
この1週間、いまから演奏する曲をずっとがんばっていたからなんだ。
唯はどう思うかは知らないけど、私達は唯の為にこの曲を練習していたんだ。
言葉は使わないけど、伝わって欲しい。

「1・2・3・4!」
私の合図と共に勢いよく前奏が始まった。

始まってすぐに、それまでのほほーんと楽しみにしていたような唯の表情が一変する。
憂ちゃんも姉の表情に気付いて少し驚いているようだ。
唯が驚いている顔なんて先にも後にもそんなに見れないだろう。
してやったり!

サプライズを受けた顔をしている唯を見るのがちょっと嬉しくて、私達は演奏が少し楽しくなる。 ちなみにボーカルは澪。コーラスは梓をメインに私とムギも参加している。

知っている。
誰よりもこの曲を知っているのは唯だ。
なにしろ放課後ティータイムとしての演奏が好きな、他でもない唯自身が作った曲なのだから。 そろそろサビに入るかな。思わずドラムに力が入っちゃうのは許してくれよ!

「Jumping Now!ガチでウルワシ Never Ending Girls' Life 日々マジ ライブだし待ったなし!」

アップテンポでキャッチーな曲調と楽しげな歌詞がつい癖になってしまう。
唯の表情は恍惚としていて、口も開きっぱなしで聞き入っている。
みんなこの歌詞を見て、唯らしいな、って笑ったってのに。

「早起きしても早寝はNon Non Non!目一杯Shouting ワッショイ」
「「わっしょい!!」」

ムギと一緒に叫んで盛り上げる。
最初は邪魔かな、なんて思っていたけどマイクのあるドラムも悪くない。

「ガチでスバラシ Never Ending Girls' Song!午後ティータイムには持ってこい」

客席を見てみると、唯の指がピクピク動いている。
コードの詳しいことはわからないけど、ギターを弾く時の動きに違いない。


「片想いでも玉砕で」
「「Here We Go!!」」
「歌えばShining After School!」


3年前にお蔵入りになった曲。
皆の予想だと、唯はこの曲を練習していたはずだ。それも結構本気で。
その曲と歌詞を更にアレンジして出来たのがこの曲だ。
違うけど基本は変わらない。

作曲者であるムギは当時の事を良く覚えていた。当時の唯の悔しさや思い入れを。
そうだ。あの時夢で終わってしまった状況を作ってあげたい。


体でリズムを取りながら指で弦を押さえる動きをする唯。
隣に座っていた憂ちゃんがそれを見てギターを、いやギー太をケースから取り出した。
そこまで来たならもう躊躇う必要は無しだぜ!
舞台から見る唯の様子に一喜一憂しながら2番のサビに入っていく。

「Chatting Nowガチでカシマシ Never Ending Girls' Talk 終業チャイムまで待てない!」

澪が珍しく楽しそうに歌っている。
5人揃うというできそうでできなかった一体感が今にも待ちきれないという感じだ。
恥ずかしさを忘れて演奏に夢中になる澪は、プロだって顔負けのミュージシャンに違いない。


ムギも梓も唯を見ている。
二人とも最初は不安だったのに、今や思いっきり楽しんでいる。
もちろん、あたしもだけど!

唯はおそるおそる憂ちゃんからギターを受け取っている。
そっと撫でみて、指で軽く弾いて感覚を確かめている。

「型破りなコードでもHere We Go!歌えばShining After School!」


梓のギターがよく響いて間奏に入る。
そういえば梓は上手いのに、私達と一緒にいて本当に大丈夫なのだろうか。
いや、そんな言い方は駄目だ…。唯にギターを教えてたりするのに今も唯を慕っている。
そんな梓が自らの意思でここにいてこうやって演奏してくれている。
嫌な顔も見せず、喜んで唯のために一緒に演奏してくれている。


私は叫んだ。
「あずさっ!!」

聞いた梓は続いて叫ぶ。
「ムギッ!!」

実に楽しそうな表情でムギも続く。
「みおーっ!」

澪はフッと笑ってマイクを握った。
「りーつ!」

そして、図らずも全員で叫んでいた。
「「ゆ・い!!」」


唯は立ち上がった。
ギー太をしっかり持って。

間奏をおずおずと弾き始める唯。その表情はまだ不安を抱えていた。あえてペースを落とさずにドラムを打ちながら、集中力を落とさないように気をつけながら唯の様子を伺う。
私もなかなか器用な事ができたもんだ。

唯が奏でる音は聞こえないけど、なんていうかな、感じられるってやつ?
音がわからなかったりはずしていたりするかもしれないけど、肝心なのはそこじゃない。
唯が楽しそうにしているか、そうでないか。
もちろん前者だ。

最後のサビに入る前にジャンプしよう。
そう決めたわけでもないのに、『せーの』で全員飛び上がった。

「Jumping Now!!」


演奏が終わって、ふっと一瞬静まり帰る講堂内。

やがてどこからともなく、数人の歓声が響き渡った。

「いよっしゃああああああ!!」

梓がステージから飛び降りて唯に抱きついた。
あんまりはしゃぐとギターが傷つくぞー。

「唯先輩!ゆいぜんぱいいいいいーー!!!」
「あ、あずにゃん!どうしたの?」
「ずっと先輩が演奏する姿が見たかったです…。なんか夢みたいです!」
「え、えへへ。わたしもあずにゃんのギターが見れて、なんか嬉しくなっちゃったぁ」
微笑む憂ちゃんの傍ではしゃぐ二人。

澪とムギと目が合った。
「なんだか、感動したとかそういうのじゃなくて、懐かしいな」
「すごく久しぶりなのに、ずっとこうだったような、でも新鮮な、不思議な感じだわ」
「ああ、そうだな…」


「ギー太弾くの、やっぱ楽しい。やっぱり楽しいよ」

「はい!唯先輩はやっぱり、ギターを弾いてる姿が一番かっこいいです」

「あずにゃん…。ありがとっ!」

そんなやりとりを聞きながら、私と澪とムギもステージから降りた。
「久しぶりに梓がはしゃいでいる姿を見たな」
澪はそう言って梓を撫でた。

「唯ちゃん」
「あ、ムギちゃん!澪ちゃんにりっちゃんも!あ、あのね、私…」

「わかってるわよ。そのままの唯ちゃんが一番好きよ」
「ムギちゃん…!そ、それは告白だったりして!?」
「あら?そうに決まってるじゃない」
「ええええ!!??えーと…」
「冗談よ」
「もームギちゃん!こんな時に冗談言わないでよー」

いつもの唯だ。

「唯!舞台裏にアンプあるからさ、アンコールでもう少しやってみないか?5人で!」

「はいはい!やりまぁーーーーあああす!!」


そうして大喜びで梓と一緒に舞台に上がっていく唯を見送った。

澪がそっと話しかけてきた。
「やっと、スタート地点だな」

「うん。」

「実は、最初に二人で演奏した時は、またこんな日がくるなんて夢みたいだって思ってた」

「私もだよ。澪のおかげかもな!」
そう、澪のおかげだよ。今は心の中で言わせて貰うぞっ。
いつだって私のスタート地点には、澪がいてくれる。ありがと!

「律。私達、どこまで行けるのかな」

「そりゃ目指すのはとりあえず武道館で…」

「音楽に人生を懸けるって、大変だぞ?」

「何だよ今更。やってみなきゃわからないって、澪も言っただろー? …って、あれ?」

「どうした?」


「あたしさー、プロ目指すって、澪に言ったっけ?」

「なんだ、そんなの最初からわかってたよ。まだわかっていないメンバーも、ほら」
ここで澪は舞台ではしゃぐ唯を見て、

「…いるみたいだから、ちゃんと教えてあげるんだぞー。すっげー本気だ!って」

「えーー!!ええーー!!澪にだけはまだ黙っておこうって思ったのに!」

「梓も最初からわかってたみたいだぞ。それより律、ほら、唯が呼んでるから行こう!」

「あー!待てってば澪!」


舞台に走っていく澪の先で、唯が声を枯らして叫ぶ。
「りっちゃん澪ちゃん!早くぅ!アンコール1曲目いくよ!ふわふわタイム!!」



日曜日の昼間っから、解散した後も懲りずにまた結成して演奏する。

私達のバンド名は、放課後ティータイム。



fin



最終更新:2010年01月22日 22:16