梅雨も開けようかという7月の中頃、学生寮に居た私に父親から
紬父「試験が終わったらちょっと話をしたいことがあるから帰省してくれ」
と連絡があった。
紬「お盆の頃ではだめでしょうか?」
紬父「急ぐわけではないが、できれば早く帰省してくれないか?紬の顔もみたいし」
紬「わかりました。試験が終わったらすぐ戻ります。」
紬「でも、長居はしません。長居は世間のお盆以降でいいですか?」
紬父「それは構わない」
というわけで私は前期試験が終わった翌日に実家に戻った。
斎藤「お嬢様、よくお戻りで」
菫「お嬢様、おひさしぶりです。」
二人の顔は(特に菫ちゃんは)本当に懐かく、安息を感じられる。
荷物を部屋に置き一息ついていたら、菫ちゃんがノックをしたので入室を許可した。
菫ちゃんは桜ケ丘女子高等学校に入学した上に、軽音楽部にも入部したとのこと。
まさに後輩です。
紬「菫ちゃん、高校生活はもう慣れた?」
菫「ハイっ!!...でも...」
紬「ん?どうしたの?菫ちゃん?」
菫「実は...まだ私が琴吹家に関係していることを言い出せなくて...」
紬「どうして?」
菫「だって、お嬢様に『気づかれないように片付けてね』といわれたから...」
菫「琴吹家と関係ないフリをするのが精一杯で...」
菫ちゃんって、本当に可愛いなぁ~
紬「うふふ!!菫ちゃんはちょっと勘違いしているわ」
紬「私が『気づかれないように片付けて』といったのはね」
紬「...うふふ、ここから先は内緒!!だって夏の合宿で顔を会わすんだもの」
紬「その時にぜーんぶ話たらいいじゃない!!」
菫ちゃんはちょっと困ったような顔をしつつも、昔からの菫ちゃんに戻った。
時間の許す限り私は菫ちゃんと話をした。
学校の事、クラブの事、生活の事...
話を進めるにつれて菫ちゃんが生き生きとしてきた。
紬(あぁ、私もこんな感じで高校生活を楽しんでたんだなぁ~)
表現が難しいけど、自分の成長過程を見ているような感じがした。
のんびりできたのも夕食までだった。
いよいよ父と(もちろん母もいるが)一緒の食事となった。
私は父を尊敬しています。父親としても琴吹家当主としても...
そんな両親との食事は普段通りなんだけど、父がちょっとだけソワソワしています。
こんな態度は私が両親の反対を押して「桜ケ丘女子高等学校」に進路を決めたとき以来です。
私はとても不思議な感覚を覚えたので。
紬「お父様どうしたの?」
紬「なんだか、いつになくソワソワしているような気がします。」
紬「でも...うふふ...私が高校を自分で決めたときのような感じがしますわ。」
紬父「そっ,そうか?」
紬「ハイっ」
紬父「まぁ、紬が緊張していないのなら、どう感じても構わないことだ」
紬「お父様ったら...家族で緊張を感じたことなど今までないと思いますわ」
いつものように軽い会話をかわしつつ夕食は終わった。
夕食後の談笑のなか、父は突然
紬父「なぁ?紬?」
紬「なんですか?お父様?」
紬父「今回のロンドン暴動をどう思う?」
紬「どうって?どういうことですか?」
紬父「なぜステレオタイプの暴動が起こり、なぜステレオタイプの鎮圧があったということだよ!!」
一瞬、なんのことかわからなかった。
紬父「ロンドン暴動だけではなく、ヨーロッパ諸国で極右勢力の極端な活動は知っているだろ?」
紬「はい、それはもちろん知っています。」
紬父「では、その活動は全国的、全世代的な活動なのかどうかも知っているだろう?」
紬「はい!!全体では数%の勢力でしかありません。」
紬「なので、なぜあそこまでセンセーショナルに報道されるのか理解できないところもあります。」
紬父「さすが紬!!抑えている所は抑えているな!!」
紬父「では、あの活動も報道も仕組まれたものと考えたことはあるか?」
紬「いいえ!!あの活動は危機感を持った集団が自発的に行ったもので、それをたまたまマスコミが報道しただけではないのでしょうか?」
紬父「それは正しいことだ。」
紬父「でも、その問題が解決したとして、市場的になにか利益があると思うか?」
紬「...」
紬「ごめんなさい。私にはそこまではわかりません。」
紬父「いや、今の時点でわからなくて当然だよ。」
紬父「なんせ、世論は簡単に誘導できるからな!!」
紬「どういうことです?お父様?」
紬父「簡単だよ。世論は時の権力者によって自由に操作できるんだよ。」
紬父「例えば、投票率が50%そこらの国があったとしよう。」
紬父「政権維持=権益維持の立場に反対する人が40%いたとして」
紬父「残りの10%そこらでも、投票権を放棄した50%近くの人間を如何に無関心でいさせるか?」
紬父「今年の春に大きな震災があって、原子力発電所で大きな事故があっただろ?」
紬「はい!!それは知っています。」
紬父「この事故は想定外といわれていたけど、20年移譲前からその危険性は訴えられてきたんだよ」
紬父「でも投票率が低いことをいいことにして国も企業も総意を得たことにして事業を進めてきた。」
紬父「当然、琴吹家も総意の元で少からず関与はして来た。」
紬父「ただ、積極的には関与しなかったのは確かだ。」
紬父「それは母さんの意向もかなりあった。」
...紬母「いくら利益が得られそうとは言え、完全に制御できない原子力に関与するのは反対です。」
...紬母「私にはグループに対する発言力はありませんが、あなたには発言できます。」
...紬母「原子力には極力関与しないでください。」
紬父「私はこの言葉を信じ、親父を含めグループの親原子力派を抑えたけど...」
紬父「抑えきれない部分では妥協をせざるを得なかった...」
紬父「今回の事故に関しては琴吹グループは一切関係していない。」
紬父「それだけは保証する。」
紬「わかりました。」
紬「お父様の言葉を信じ、今回の事故に関してはなんら負い目を感じません。」
紬「でもお父様?」
紬「世論は本当にそんなに簡単に操作できるのでしょうか?」
紬父「簡単だよ」
紬父「争点を目先の利益にもっていかせて、利益に関する所はなんら損なわれないようにすればいいだけだよ。」
紬父「そうだなぁ?前回の選挙では『高速道路無料化』と『高校授業料無償化』だろうな」
紬父「そうやって、ずーっと世論を操っていたんだよ。」
紬父「原発に関しては30年以上前から話題にはなってたけど」
紬父「地元は原発マネーで懐柔されていて、地元以外は電気代が安くなるとだけ宣伝されて」
紬父「もちろん、原発以外のことも世論操作と懐柔で特定の企業に利益がでるようになっていたのだよ。」
紬父「琴吹グループは直接は関与していないけど、2次・3次では関与しているかもしれない。」
紬父「紬!!このことは事実なんだよ。」
紬父「厳しいかもしれないけど、今の紬の立場はそういった事実でなりたっているんだよ。」
私は一瞬、父の言葉が理解できなかった。
そして、ようやく
紬(私が何不自由なく今まで生きてこられたことは、いろいろな人の犠牲があったから?)
とてつもなく重い現実を知らされたような気がしたが、父は
紬父「紬!!今の自分の生活は大勢の人の犠牲に上に成り立っていると思っていないか?」
紬「えぇ...なんとなく、何不自由ない生活の裏にはとてつもない犠牲があるように思いました」
紬父「それはそれで考え過ぎなんだよ。」
紬父「いいか?企業、特に大企業は国民の総意で選ばれた政府の指導の元で活動しているんだ。」
紬父「だから、いかなる状況であれ、総意に基づいたものであればなんら恥じ入ることはない!!」
紬父「選挙にいかない連中が”
その他60%”で総意を屈曲しようと反映しようと関係ないんだよ。」
紬父「結果だけをみたらいいんだよ。そして今の状況はその結果の積み重ねに過ぎないんだよ。」
紬「...」
紬父「話は戻るが...ロンドンの暴動だがな...」
紬「はい」
紬父「ロンドンの暴動は大体30~40年周期で起こる物なんだよ」
紬「?」
紬「どういうことです?」
紬父「ロンドンの労働階級は常に不満を持っているんだ」
紬父「それをサッカーや音楽でごまかせるうちはいいんだけど、不満は完全には解消できないものなんだ。」
紬父「才能があれば労働階級から抜け出せるんだろうけど、そんなのは極少数だ」
紬父「だから、たまりにたまった不満が周期的に爆発するんだよ。」
紬父「今回の暴動も政府としては想定範囲内なんだけど」
紬父「唯一の例外は、ロンドン以外への情報発信だったんだ」
紬父「そこで政府がとった行動がなんだったか知っているか?」
紬「いいえ、知りません。」
紬父「Twitter と SNS の規制だよ。」
紬父「先進国のイギリスで?って思うだろうけど」
紬父「国防のためなら規制は必要なことだよ。」
紬父「アラブ諸国での規制には反対の支持したネット住民も今回は無力だっただろ?」
紬父「それが規制なんだよ。」
紬父「インターネット社会ほど規制が簡単なものはないからな...」
紬「それはどういうことでしょうか?」
紬「私は『規制をする立場』になるということでしょうか?」
紬父「それは違う!!」
紬父「琴吹家は常に公明正大であり、いかなる政党・主義・宗教の影響は受けないことを信条としている。」
紬父「でも、それは琴吹家の話であり、国家レベルには関与できないことなんだよ。」
紬父「だから...」
紬父「そのような状況に遭遇しても、見て見ぬフリをしてくれないか?」
紬「...」
紬「...なぜ、そんな話を今するの?」
紬「...なぜ...」
言葉にできない悔しさがあふれてきた。
紬父「それは...紬」
紬父「お前が音楽をやっているからだ!!」
紬父「今までのような音楽を続けるようならなんの心配もないのだが」
紬父「いったん、社会情勢に目を向け、そこにある矛盾に気がつくと、それを訴えたくなる。」
紬父「そして、紬!!お前にはそれを歌に托すだけの才能があるんだ」
紬父「私は、紬の才能を誇らしいとすら思っているが、世論に影響をあたえるような歌は作って欲しくないんだよ。」
紬父「ただでさえ『琴吹家』がまとわりついているんだ。」
紬父「紬!!約束してくれないか?」
紬父「政治、特定の主義・主張・宗教に深く関わるような音楽活動はしないってことを...」
紬父「今までのような、恋愛・友情といった差し障りのない音楽なら自由だから」
紬「!!」
私はそこまで考えてはいなかったし、琴吹家の人間として政治・宗教には関わらないと決めていたし...
でも...
紬(私って、一見何不自由無いようでも、やっぱり制約があるんだなぁ~)
紬(これって、財力と名誉のせいなのかしら?)
紬(仮にこれらを投げ捨てたとして、それに変わるだけの物が得られるだけの才能が私にあるの?)
今はわからない。
だから、
紬「わかりました。」
紬「でも、お父様。」
紬「もし、私がどうしてもと思ったとき...」
紬「そのときの私が、今の私のように従順である自信はありません!!」
紬父「...」
父は沈黙を続けたあと...
紬父「その時はしかたないけど、勘当でもするよ」ハハハッ
父はとても優しい。
私もその時は勘当されてしまおう。
そして私として伝えたいことを歌にしよう。
そんな日が来ることは望まないけど、
London Burnning!!
来るべきときは来るんでしょう。
最終更新:2011年08月20日 21:29