この告白をしたのは
初めての事じゃない
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も
いつだって私は真剣だったのに
いつだって律を見ていたのに
律「……」
澪「…律……」
いつもそうなんだ
冗談で言った事なんて一回もないのに
この空気を私が作り出すと、彼女はいつも押し黙ってしまう
私と一切目を合わせてくれなくなる
解ってるよ律
私は普通の人間じゃない
幼馴染だからって許される
そう思ってこんな事をするのはおかしい
私の特異な感情を律にも同じように押しつける
そんなのはどう考えても間違ってる
澪「……受け入れて…お願い…」
律「……」
だからって律が近い将来、紹介してくるであろう男性と
笑顔で接す事ができる?
律のお友達ですって、幼馴染なんですって
これからその男性と律で一緒に歩む道のりを
心から祝福する事ができる?
私はそんなに器用な人間じゃない
律への深い愛情と激しい憎悪
複雑に絡み合ったその二つの感情をどこにぶつけて良いのか解らなかった
いや違うな
律、律が受け入れてさえくれれば
他の誰でもない
この感情は律にぶつけなくちゃいけないんだ
私は無意識に律の唇に導かれていた
律と唇を交わすべく、私は欲望に身を任す
その愛おしい唇に自身の唇を近づける
澪「…律」
律「……」
澪「……」
律「……」
固く抑えつけていた筈のものが、するりと私の拘束から抜け出し、
その行為をする為に近づいた私の唇をそっと遮る
温かくて、優しくて、そして非情な律のその手の平は、
その行為を頑なに拒絶する律の気持ちを表していた
律「…だめ」
澪「……」
律「……」
澪「…う…くぅ…」
律「……」
自身の唇を律の手の平で抑えつけられたまま、
私は大粒の滴を律の顔に向かって垂らしていた
決して受け入れる事のない
彼女の覚悟を感じ取ったせいだ
澪「…えっぐ…なんで……なん…で…?」
律「……」
その優しく遮っている手の平を
いっそ私の頬に向かって打てばいいのに
はっきりと私を突き放せば良いのに
そうしてくれた方が楽だし、
私も前に進める気がするから
叶わない夢なら、諦めさせてよ
私を楽にさせてよ
相手を中途半端に思いやるその行為が
余計に私を苦しめる事に気がついてよ
ねぇ律
律
りつ
―
――
―――
頬に垂れた水滴がいつしか私の口元に辿りつき、
唇の渇きを嫌った私の舌の無意識下行動によって
それは意図せず私の口内へと招き入れられた
口内で広がる塩の様な味と共に感じるのは、
私に覆いかぶさる黒髪の幼馴染の心情
痛み、憎しみ、そして愛
それらを全て受け入れられる器を持ち合わせていない私は
彼女の唇を遮るこの手をどかす訳にはいかなかった
澪「…ひっぐ……ずず……」
律「……」
押しあてた手をそのままにして
私は哀しみで歪めているであろう、彼女の顔を見る事ができずにいた
止む事なく滴る彼女の涙を淡々と自分の顔で受け続ける
澪「……」
律「…ごめん…」
澪「…うぅ……ぐっす…」
律「……」
澪「…そんなの…謝って欲しくない……」
律「……」
これで彼女の唇を拒むのは何回目の事になるだろうか
時には冗談と決めつけ、時には気がつかないフリをして
その度に私は彼女の気持ちから逃げてきた
初めての事だね
こんなに涙を流すのは
初めての事だね
こんなに自分の気持ちを私にぶつけてきたのは
澪「……」
律「…ごめん」
澪「……」
律「……」
謝る事しかできなかった
今まで経験した事の無い、深い罪悪感を感じながら
彼女の制服に括りつけられた青色のリボンをただ見つめていた
澪「好き…なのに……誰よりも…一番…私が……」
律「…うん……うん…」
呼吸を乱した彼女が、ようやく振り絞ったか弱い声で私に語りかける
か弱いけれど私の心に深く刻まれるその言葉を、一言一句心の中に噛みしめる
私は彼女が語る言葉と言葉の合間を見計らって相槌をする
ちゃんと聞いているから
焦らないで大丈夫だよ
ゆっくりでいいから
澪に合わせて話を聞くから…と
澪「私の気持ち……ずっと前から…知ってた癖に……」
律「……」
澪「……馬鹿律…」
律「…知ってた…」
澪「……」
律「知ってたよ」
澪「…だったら…なんでもっと早く……」
律「……」
私の唇を求め近づく彼女
過去にも何度か経験しているこの状況
おそらく不安と期待と緊張が彼女の中で交わり合うせいだろう
彼女を私の知らない彼女へと変貌させる
私が彼女の目線を意図的に外してしまうのもその為だ
律「…ごめん澪……私にはやっぱり……」
澪「……」
律「やっぱり…受け入れられない……」
澪「……」
近づく彼女の唇を見て頭の中を過る光景はいつも同じ
凄惨極まりない彼女自身の未来
私の頭の中ですっと佇む彼女の切ない表情を見ると
胸が張り裂けそうな程に痛む
その凄惨な光景の続きを見たくはないから、
私はいつも彼女の唇をそっと遮る
その暗くて心細くて辛い未来に彼女自身はまだ気付いていない
欲望に忠実に、偽りなく真っすぐな彼女がある意味羨ましかった
澪「もう…」
律「……」
澪「もう…終わりだね……なにもかも……」
律「……」
澪「…ありがとう…律」
律「…澪」
澪「……」
律「…澪には…無理だよ……」
澪「……」
律「耐えられっこないよ」
何を言ってるんだ私は
今日で、今日で全て終わる筈だろ
その為にあんな雑誌まで用意して
興味が無い事を解っていながら占いまで彼女の前で読んでみせて
澪「…律……?」
律「女同士なんだよ…?解ってるんだ」
澪「……」
律「そんなの普通じゃない、もし私と澪がそうなっても最初はうまくいくだろう」
澪「……」
澪には私じゃなくて
素敵な男性がきっと未来で待ってる
真っ当な恋愛もできるし、幸せな家庭も築ける
私が、私が
私がそれを全て壊す訳にはいかない
律「私達の親だって最初はこう言うんだ
私達は応援してるから、支えてあげるからって」
澪「律…わかったよ…」
律「でも絶対にどこかで歯車は狂ってしまうんだ
世間の理解だって無いし、体裁だってあるし」
澪「わかったから…」
律「学校でも後ろ指差されるだろうし
唯やムギや梓だってこれを知ったらどんな顔するかっ」
澪「もういいから…」
律「ひ、人一倍人の目を気にする澪が……」
澪「………」
律「こんな辛い事に耐えられる訳ないじゃんかっ!!」
澪「……律…」
律「…ひぐっ!…ぐっす……!……ずず……」
澪「………」
一生彼女に伝える事は無いと覚悟を決めていた事
それを私は彼女の前で全て吐き出してしまった
深い暗闇が覆う未来へと彼女の手をひいてしまうその行為に
とてつもない罪悪感を感じて次から次へと涙が溢れてきた
つかえていた胸の奥底を解放した私は
自身の涙でぼやけた彼女の顔を初めて見つめた
澪「……律…」
律「…ひっぐ…ぐす……」
澪「ごめん…私…自分の事ばっかり……」
律「……」
突然の私の涙に触れたせいか
彼女の涙は止まっていて、その表情は戸惑いが色濃く出ていた
私から目線を外し少し間をおいた後
彼女の目つきが優しく柔らかいものとなり
私の顔を再び見つめてくる
澪「不安は…あるよ……将来の事…」
律「……」
澪「…でもね律…」
律「……」
澪「私…律と一緒なら…平気だよ……?」
律「……」
澪「……」
律「……」
澪「…どんな辛い事だって…乗り切ってみせる……」
律「……」
澪「律が不安な時は……私が絶対に支えてあげる…」
律「……」
澪「……」
律「キス…したら……もう友達じゃいられなくなるんだよ?
……もう…戻れないんだよ?」
澪「…あぁ」
律「…結婚だって…できないんだよ?」
澪「…うん」
律「赤ちゃんだって作れないし……
これから関わる人みんなに白い目で見られるんだよ……?」
澪「うん…かまわない」
律「…ばか…ばかだよ…澪」
澪「……お互い様…だろ…?」
律「……」
澪「……」
私達をずっと遮っていたもの
私はそれをすっと彼女の肩に回していた
律「…は…」
澪「…ん…」
この唇を受け入れる事を
いったい何度夢見ただろうか
律「…みお…はぁ…みお…」
澪「…んん……りつ…」
涙が止まらなかった
澪は…
澪は……
女性が羨む一生の幸せを投げ出して
私を選んでくれた
私と共に歩む道を選んでくれた
律「…はぁ…はぁっ…んっ…」
澪「…はっ…ん…はぁ…はぁ…」
どれくらいそうしていたか解らない
私達はただひたすらにお互いを求めあった
絡ませた舌が疲れて、呼吸を整えたいが為唇を離すと
お互いの名前をくどいくらいに囁きあった
それが終わるとまた舌を、唾液を絡ませ合った
それを何回も繰り返した
何回も、何回も、何回も、何回も
お互いが必要不可欠な存在である事
それを確かめ合う様に
澪「先の事は…不安だけど…」
律「……?」
澪「私達なら…きっと大丈夫」
律「…なんでそう思うの?」
澪「だって…今強く深く愛してるから」
律「……」
澪「……」
律「…ぷっ…はは」
澪「笑うなよっ!…もう!」
律「はは…ごめん…」
澪「……」
律「……」
澪「……」
律「…そう…だな」
澪「…ん?」
律「…本当に大切なのは、『今』だもんな」
澪「……」
律「……」
澪「…うん」
律「……」
澪「……」
辛い事もあるだろう
後悔する事もあるだろう
それら不鮮明なものに対して不安を抱く事よりも
『今』の幸せを何よりも大事にして、私達は再び唇を重ね合う
二人なら乗り越えられる
二人なら支え合える
私達がこれから歩む道は暗いものなんかじゃない
そう信じて
終わり
こんな駄文に最後までつきあってくれてありがとう
支援嬉しかったです
澪律最高です
りっちゃん誕生日おめでとうという事で書きました
最終更新:2011年08月22日 00:04