野良猫「猫は嘘をつかないよ」
梓「……」
野良猫「そして猫は作り話をしない」
梓「……だから何」
野良猫「ちょっと前に、とある猫が死んだんだ。小洒落た毛をした野良猫だった」
野良猫「飢え死にじゃない。はねられて死んだわけでもない」
梓「じゃあ……」
野良猫「そうだね。いつでも街で猫を殺すのは人間さ」
梓「……」
野良猫「なぁに、猫の君が落ち込む必要はない」
梓「うざい」
野良猫「どうして殺されたかって? 聞きたい?」
梓「早く」
野良猫「そりゃあ毛がほしかったんだろうね」
梓「……」
野良猫「こっちからしたらそれの価値なんて小魚の骨にも満たないんだけど」
野良猫「ときたまやつらはそれを求めるのさ」
梓「毛……」
野良猫「何に使ったと思う?」
梓「……もしかして」
野良猫「そいつは自分の毛並みを常に自慢しててね。めんどくさいやつだったよ」
梓「あなたもめんどくさいですけど」
野良猫「殺されてわけのわからない物にされちゃそりゃ怒るよね。君はどう?」
梓「怒る……」
野良猫「人間はちょっとした暇つぶしのためにいつも何かを奪っていくんだ」
梓「……ごめん」
野良猫「人の世では死後の恨みつらみのことを『呪い』って言うんだっけ?」
梓「呪い……」
梓「どうして私が呪われなきゃいけないの……」
野良猫「お月様なら何かしってるかもね。いつもこの世界のことを見ている」
梓「ふざけないで! ねぇほかになにかしらない!? どうやったら呪いがなくなるかとか」
野良猫「そういうのは人間のほうが詳しいだろ?」
梓「だって……私の言葉はもうみんなには届かないから」
野良猫「受け入れればいいんじゃないかな。猫になろう」
梓「嫌! 嫌なの!」
野良猫「人間で在り続けたい理由は?」
梓「……」
野良猫「中途半端だよ」
梓「……また、みんなとお茶がしたい、勉強したい、ギターがひきたい……お母さんのご飯がたべたい」
野良猫「残念。全部猫にはわからないことだ。それって楽しいかい?」
梓「楽しいよ……とっても……とっても……イッづづづあっ痛」
野良猫「どうやら、あいつは君と一つになりたがってるようだ」
梓「……たすけて……たすけて痛いの……」
野良猫「野生には逆らえないよ」
梓「嫌だ……猫に、なりたくない」
野良猫「そうだね。そういう猫もいるかもしれない」
梓「イヤァアアア!」
野良猫「人間にもいるはずさ。人間になりたくなかった奴」
野良猫「どこも一緒だね」
野良猫「きっとこの世を探せば、人にとりつかれた猫もいるはず」
野良猫「なにもかもどっこいどっこいだよ」
梓「猫のくせに、しったふうな口を……ッああああ!!」
野良猫「景気よくニャアと泣いてごらん。きっと楽しいよ」
梓「やだよ……やだ……」
野良猫「ふぅ……そうやっていつまでも過去と幻影にくるしみながら暮らすつもりかい」
唯「あずにゃん? あずにゃんどうしたの?」
野良猫「……御主人が来たよ」
梓「ううう……」
唯「おやおや君はさきほどの。うふふふ、あずにゃんとデート?」
梓「ちがいます!」
野良猫「ムキになるなよ」
唯「こんばんわ♪ 涼しくて過ごしやすい夜ですね。って私は猫になにいってんだろ」
野良猫「やぁこんばんわ」
唯「えへへ、君もよく見たら可愛いねぇ」
野良猫「そりゃどうも。飼ってみないかい」
唯「あずにゃんがいつもお世話になってます」ペコリ
野良猫「退屈しのぎにはちょうどいいよ」
梓「むっ」
唯「はぁー月が綺麗。あずにゃんたちもこれを眺めてたの?」
梓「……唯先輩」
唯「隣いいかなぁ、いいよね。よっこらせ」
野良猫「……君の御主人は変わってるね」
梓「主人じゃないって……」
唯「なんだかお団子が食べたい」
野良猫「どうして人はいつも動物の前で心のうちを声にだすんだろう」
梓「あはは……それが性なの……」
野良猫「潜在的な寂しさを打ち消そうとしてるんだ。そうに違いない」
梓「……」
野良猫「つまり人間って寂しがり屋なんだね」
梓「それって安直すぎない……?」
野良猫「猫だから。人間ほどあれこれ考えないよ」
唯「はぅー……にゃんこの運動会参加したいなぁ。どこでやってるんだろ」
梓「う……」
野良猫「人間も個によってはおもしろいと思うときがある」
梓「唯先輩を参考にするのはやめてよね……」
野良猫「中野梓。君は寂しいかい?」
梓「……」
野良猫「人間の心をもったまま猫になるのは寂しいかい?」
梓「当たり前でしょ」
野良猫「そうか、だから君を猫色に染めようとしてるんだね」
梓「呪いのやつめ……」
野良猫「いい話じゃないか。これで君は心置きなく猫になれる」
唯「なんのお話ー? にゃあにゃあ♪ 私もまぜてほしいにゃあ♪」
野良猫「人間の君は生きてて楽しいかい?」
唯「にゃあにゃあ♪」
野良猫「そうか、それはよかった」
唯「にゃあーん♪」
野良猫「……なんだかバカにされてるような気がしてきたな。人はいつもこうだ」
梓「唯先輩……恥ずかしいです」
唯「ねぇねぇ猫さんたち。きいてほしいことがあるんだけど」
梓「……」
唯「大事なことを思い出せない時ってどうしたらいいのかな」
唯「……もう一生思い出せないのかな」
唯「なんだかそれってすごく怖くってね」
唯「あ、ごめん……猫さんにはわからないか」
野良猫「……」
梓「唯先輩……ありがとうございます」
梓「私のために泣いてくれるんですね……」
唯「おいでーあずにゃん。一緒に月を見ようよ」
梓「はい」
ギュ
唯「……あったかいなぁ。すごく、懐かしい感じがする」
唯「でもね、どうしてこんなに懐かしい感じがするのか、さっぱりわからないの」
唯「あずにゃん……」
唯「はじめてあずにゃんを抱っこしたのはいつだったかなぁ……」
梓「ええと、ええと……あ、イタタタ」
梓『これが落ち着いていられますかーっ!!』
唯『ぎゅっ。いー子いー子』なでなで
澪『そんなことでおさまるはず……』
ほわほわ
澪『おさまったー!?』
唯「いっ……ッ。あああっあずにゃん……」
梓「アアアッ」
野良猫「……馬鹿だよね。君たちは」
野良猫「もっと素直な生き方がきっとあるはずなのに」
唯「はじめてあずにゃんって呼んだのはいつだったかなぁ……」
梓「あぐ、あああっ、唯先ぱい……!」
律『ニャーッって言ってみて。ニャーッて』
梓『に……にゃ~~……?』
梓『はっ!! つい!!』
唯『あだ名はあずにゃんで決定だね!!』
唯「痛い……痛いね、あずにゃん」
梓「あっ、あ゛あああっ」
唯「とっても懐かしくて、痛いよ……」
野良猫「猫は無駄なことはしない。痛いことはしない。怖いことはしない」
野良猫「なのに君たちは時にあえてそれを選んだりする」
野良猫「それを馬鹿だと猫は笑う」
唯「たのしいこと、たくさん、あったはず……たくさん」
梓「うっ、う……ツッ」
唯「ひとつも……わすれ、たくないの……忘れない。そうだよね?」
梓「……」
唯「あずにゃん……私の大事な……あっ、あ゛ああああ!」
梓「う゛ぅううっ、あ゛あああっ」
唯「みんなで、ガッしゅく、いったことも、文化祭のステージも……」
唯「お茶したことも、、、、あっ、つ、トンちゃんだって……あう」
梓「ウ゛ウウウウ、ニ゛ャアアア」
野良猫「見苦しいったらありゃしない」
野良猫「せっかくの名月が君たちの悲鳴で台なしだよ」
野良猫「君もそろそろわかったろう?」
梓「…………」
唯「あず……にゃ……? アッ、ぐっ、あぅ」
野良猫「猫は痛いのもうるさいのも、無駄なのも嫌いなんだ」
野良猫「だから諦めたほうがいい」
梓「…………」
野良猫「中野梓は猫にはならないよ。残念だけどね」
梓「…………」
野良猫「……さぁ、もう行こう」
梓「…………」コクッ
野良猫「良かったね。中野梓」
野良猫「君はもう中途半端じゃない」
野良猫「ただの一人間としてちっぽけな幸せを追い求めるといい」
野良猫「じゃあね」
梓「…………・」
……
梓「ん……私……」
唯「あずにゃん!!」
梓「んあ……唯先輩……」
唯「あずにゃん!!」ガバッ
梓「うわっ、なんなんです! っていうか私なんで裸なんです!?」
唯「あずにゃんがね。にゃーって言ってたのにいきなりボンってあずにゃんになったんだよ!!」
梓「はぁ……」
唯「覚えてないの……?」
梓「おかしな夢をみてました……」
唯「?」
梓「私は猫になって。口うるさい猫につきまとわれて。頭が痛い夢でした」
唯「うんうん……良かった、あずにゃん良かった……」
唯「あずにゃんがちゃんと、私の記憶の中にいて良かった……」
コンコン
憂「お姉ちゃん? どうしたの? 入るよ?」
唯「うっく、憂……あずにゃんがね……」
憂「あれ。梓ちゃん、今日泊まってたの?」
梓「憂……! 憂ー!」
憂「あれ? ていうか梓ちゃんいつのまに」
梓「私のことわかるの!?」
憂「え、えっと……? 何いってるの……当たり前だけど……」
梓「うううう、よかった。よかった……」
憂「でも、なんだかひさしぶりな気がするね」
梓「そうだよ! 私ね! ずっと猫になってたの!! こわかったんだから!!」
憂「……そっか。よしよし」
唯「だめだよ憂! 今夜は私がよしよしするんだもん!」
憂「……? さっぱりわからないよ」
ナレーション:梓は翌朝家に戻り、普通に登校した。
ナレーション:親も教師もクラスメートもみんな梓のことを覚えていた。
ナレーション:自分のことを知ってる人がいる。それだけで梓は嬉しくて嬉しくて涙がこぼれた。
律「じゃあ何か? このきったねー箱に呪われた猫耳が入ってて」
紬「梓ちゃんがそれをつけて猫に変身してたってこと?」
梓「はい。かいつまんで話すとそういうことです」
澪「ひぃぃいいい! 呪いなんて……うぅ、嘘はやめろよ梓ぁ……」
梓「猫は無駄な嘘つきません。なんてね」
澪「……呪い怖い」ブルブル
唯「あずにゃんはね。一人ぼっちで寂しかったんだよ。だからこれからずっと一緒なんだよ!」
律「まぁ、寂しいならそういってくれれば」
梓「別に寂しくはありませんけど」
律「あ、生意気」
唯「よっし! じゃああずにゃんこのあとみんなでどっかいこう!」
梓「どこいきます?」
澪「決めていいぞ」
梓「あ、じゃあ」
紬「どこにする!? たい焼き屋さん!? カラオケ?」
梓「パフェ……食べたいです」
唯「パフェ!? あ、じゃあ駅前のケーキバイキングのお店がね」
梓「じゃなくて……ファミレスのほうの……」
律「んあ? みんなで行ったばっかじゃん」
梓「いきましたね。ふふ、いきましたとも。でも食べたいんです」
澪「まぁいいか。行こう」
紬「私今日はエンジェルバナナパフェ食べようかな」
唯「あ、ずるい! 私がそれしたかったのに!」
梓「……えへへ」
ナレーション:一行はファミレスへと向かって歩きだす。
ナレーション:たわいのない無駄で意味のない話をしながら。
ナレーション:それでも楽しげだった。だからこそ楽しかった。これ以上無いってほどに。
唯「おっ、猫さん」
紬「猫さん? わぁほんと」
澪「あぁ、昨日も見たなこの子」
野良猫「……」
梓「……」
律「梓どした?」
梓「……」
梓「人間って楽しいよ。そっちは?」
野良猫「……ニャ~~~」
梓「そっか……ふふ、じゃあね。いろいろありがと」
野良猫「ニャー」
律「なんだったんだ? 梓の猫友だち的な?」
澪「梓はほんとに猫だったのか……」ガーン
梓「いやいや。まぁ、いろいろありましてね……」
律「聞かせてくれよ。ミーティングは後回し!」
紬「私も聞きたいな! 梓ちゃんのオカルト話!」
澪「やだやだ! なんでパフェ食べながら怖い話きかなきゃ駄目なんだ! 絶対風邪引く!」
紬「じゃあ澪ちゃんはあったかいスープ頼んだら?」
唯「みんなー入るよー」
カランカラン
店員「いらっしゃいませー。何名様でしょうか」
唯「えっと」
唯「五人で。禁煙席でお願いします!」
おしまい。
最終更新:2011年09月04日 20:25