#2



ある晴れた日。

律休たちは今日も、バンド練習、もといお茶の時間を過ごしていた。


紬「今日のお菓子はおはぎよー」

唯「わあ、おいしそう!」

律休「……おはぎで思いだしたんだけどさ」

律休「最近この辺りで……出るらしいぜ」

澪尚「お、おいおい、怪談の類はごめんだぞ」

律休「違う違う、狐の話だよ」

紬「狐?」

律休「ああ。『狐に化かされた』って話を近頃よく聞くんだ」

律休「この前は……どこかの寺でさ、おはぎを差し入れに来たおばさんが実は狐で」

律休「そのおはぎを食べようとしたら、おはぎじゃなくて石だった、とか」

紬「そうなの……」

律休「ああ、もちろんこのおはぎがそうだって言ってるんじゃないぞ?」

澪尚「まあ、さっきから唯が食べまくってるからな」

唯「んおいひぃ~」パクパク

律休「まあ、狐にはご用心ってことだ」

紬「でも、一度化かされてみたいわねー」ウットリ

澪尚「歌詞が出来そうだな……『狐みたいに化かされたい』とか」

律休「不調だな……澪」


いつも通りの四人。いつも通りの雑談。

いつも通りのティータイム、のはずだったのだが。


ガララッ

「ただいまー」

律休「おう、おかえりー」

律休「ん、おかえり?……え?」


部屋に入ってきた人物を見て、律休は慌てて目をこする。


唯「どうしたのりっちゃん……え、誰それ?」

唯「ほうひはの?ひっはん……ぶうぅーー!!」


帰ってきたのは唯。隣でおはぎを頬張っているのも唯。


紬「きゃ!」

澪尚「おいおいどうした……え!?」


あんこが目に入り悶える紬。

青ざめる澪尚。


律休「唯が……二人?」

律休「噂をすれば、だな」

澪尚「ど、どっちが本物なんだよ?」


二人の唯は、顔を見合わせた。


帰って来た唯「わたしが本物だよ!」

元から居た唯「わたしも本物だよ!」

帰って来た唯「あなたも本物!?」

元から居た唯「わたしも本物!!」

帰って来た唯「そうなんだすごい!」

元から居た唯「ほめられたー!」エヘヘ


紬「どっちも唯ちゃんっぽいわね」

律休「どっちも頭弱そうだな」

帰唯・元唯「ひ、ひどいよりっちゃん!」


澪尚「どうするんだ? 全然見分けがつかんぞ」

律休「見分けるのがダメなら……唯、ちょっと聞いてくれ」

帰唯・元唯「なーに?」

律休「今からひとりずつ、ギー太を弾いてもらいたいんだ」

澪尚「なるほど、ギターの腕前までは真似できないってことか」

律休「じゃあ、元から居た唯から頼む」

元唯「分かりました!りっちゃん隊員!」

元唯「君を見てると~♪」ジャカジャカ

澪尚「……上手いな」

律休「次は帰って来た唯だ」



紬「どうかしたの?」

帰唯「お…」

帰唯「おなかがすいて力が…」フラフラ

律休「捕えろー!!」

紬「ラジャー!」


紬は、帰って来た方の唯を縄で縛りあげた。


律休「案外あっさりだったな」

帰唯「ち、違うよー! わたしは本物だよー!」ジタバタ

澪尚「往生際が悪いぞ」


紬「ねえりっちゃん、本当にこの子が狐なのかしら?」

律休「うーん、縛ってはみたものの、まだ決めつけるのは早いかもな……」

律休「なあ澪、台所に油揚げってあったか?」

澪尚「ああ、あったと思うぞ」

澪尚(なるほど、狐なら油揚げを見ると食べずにはいられない……)

律休「取ってきてくんね?」

澪尚「……」

澪尚「お前、和尚をパシリにする気か?」

紬「わ、私が行ってくる!」パタパタ

律休「あ、すまんなムギ……いいじゃん澪、それくらい行ってきてくれても」ブーブー

澪尚「ダメに決まってるだろ! これでも私は和尚だぞ!」

澪尚「っていうか最近誰も敬語使ってくれないし!」

澪尚「それどころか『澪ちゃん』って呼ばれるし! 何なんだよ!」

律休「……ムギはまだかなー」キョロキョロ

澪尚「聞け!」ガツン!

律休「あいたー!」


────


律休「二人の唯。ちょっと並んでみろ」

律休「さて、ここに一枚の油揚げがあるわけだが……」ヒラヒラ


律休は並んだ唯たちの顔の前で、油揚げを揺らす。


帰唯「ちょうどおなかすいてたんだ!いただきます!」パクッ

律休「やっぱりお前が狐じゃねーか!」

ポカリポカリ

帰唯「あいたた! ホントにわたしは唯だってば!」

澪尚「もう確定だな」

律休「さっさと狐に戻ればいいものを……」

帰唯「だからわたしは本物だって!」ジタバタ

律休「うーん……そこまで言うなら、挽回のチャンスをやろうか」

律休「帰って来た唯、お前が本当に唯なら、この質問には答えられるはずだ」

帰唯「どんとこい!」

律休「私たちが初めて唯の前で演奏した時、唯はその演奏をどう評価した?」

帰唯「……」

帰唯「わすれた!」

律休「やっぱりお前が狐じゃねーか!」

澪尚「この狐め!」

紬「神妙にお縄につけー!」

ポカリポカリ


帰唯「み、みんなひどいよ……なんで信じてくれないのさ……」グスッ

律休「ふん、泣いたって無駄だぜ! 狐さんよう!」

律休「な、本物の唯! 言ってやれ!」

梓「あ、あの……」

律休「え」


律休が振り向いた先、先ほどまで『元から居た唯』が立っていた場所には、

黒髪ツインテールの少女が立っていた。


澪尚「だ、だれだお前は?」

梓「あ、私、『梓』っていう名前でして……」

梓「えーと、さっきまで……唯さんに化けていたものです」

紬「そ、それじゃあ……」

梓「はい……本物の唯さんは、私ではなくて……縛られている方です」

律澪紬「」


律休「でもなんで自分から正体を明かしたんだ?」

梓「本物なのに、ひどい目に遭ってる唯さんを見て、いたたまれなくなって……」

梓「ご、ごめんなさい!!」ダッ


梓は部屋から飛び出していった。


澪尚「どうする……?」

律休「とりあえず真犯人を追うぞ!」

紬「ラジャー!」


三人も、後を追って駆け出す。


唯「ちょ、ちょっとみんな!この縄ほどいてよ!」

唯「おーい!」

唯「……」

唯「おなかすいたよ……」


部屋には一人、唯が残された。


────


律休「ここか!」ガララッ


三人は、梓が逃げ込んだ部屋に足を踏み入れた。

しかし、部屋に目当ての梓はいない。

その代わりに、全く同じ仏像が二つ、並んで立っていた。


紬「あの子が仏像に化けたのね……」


澪尚「おーい! 怒ったりしないからでてこーい!」

シーン

澪尚「ダメか……」

律休「まあ、私たちが唯にした仕打ちを目の当たりにしているからな……当然だろ」

律休「叩いたら分かるかもしれねーけど……」

紬「梓ちゃんの方を叩いちゃったらかわいそうよ」

律休「だよなー、なんかいい奴みたいだったし」

澪尚「私がお経を読んで、舌を出した方が本物、とかは?」

律休「いや、相手はギターを弾きこなして、唯の真似をバッチリやってのけるほどのやり手だぞ……」

澪尚「流石に引っかからないか……」

律休「……とんちで何とかするか」


律休は座禅を組み、目を閉じた。

ドラムの音が鳴り響く。

ズンズンダンズン♪ズンズンダンズン♪シャーン!!


律休「ひらめいた」

律休「ムギ、そこの窓開けてくれよ」

紬「わかったわ」カララ


開け放たれた窓から、日光が射し込んでくる。


澪尚「どうするつもりだ?」

律休「まあ見てなって」


律休は、一歩、仏像に向かって足を踏み出した。


律休「破ぁ!!!」


日光がおでこで反射し、2体の仏像を照らす。


梓(っ!!まぶしっ!!!)


一方の仏像が、パチパチとまばたきをした。


律休「それ!確保ー!!」

紬「ラジャー!」


────


元の少女の姿に戻った梓は、逃げ出す意志がないらしく、大人しく座り込んでいる。

律休たち三人も、相対するようにその場に腰かけた。


律休「まず聞きたいことがあるんだけど」

梓「……なんでもお答えします」

律休「なんであんなにギターが上手いのか」

律休「それと、なんで油揚げに無反応だったのか、だ」

澪尚「(狐相手に策が通用しなかったのが悔しいんだな、律休は)」クスクス

紬「(りっちゃんかわいいー)」クスクス

律休「聞こえてるぞ、お前ら」

梓「え、えーと、まず2つ目の質問からお答えします」

梓「皆さんは、私のことを狐だと思っていらっしゃるようですが……」

律休「違うのか?」

梓「ええ」


そう答えた梓から、黒い猫耳と、しっぽが生えてきた。


紬「まあ、かわいい」

梓「ご覧の通り、私は狐ではなくて……いわゆる化け猫ってやつなんです」

澪尚「道理で油揚げに興味がないわけだ」


梓「で、1つ目の質問ですが…」

梓「私は、同じ化け猫である父からギターを教わりました」

紬「お父様もギタリストだったの?」

梓「ええ」

律休「猫なのにサラブレッドか」

梓「は?」

律休「いや、なんでもない」

澪尚「梓のパパは凄いんだなー」

梓「パパ?」

澪尚「お、お父さん!」

梓「長い間、私たちはひっそりと山の中で暮らしていたのですが……」

梓「何年か前、一人で人間社会をまわって腕を磨いてこいって、父に言われたんです」

梓「それで、あちこち回って見つけたのが、この桜ヶ丘寺でした」

澪尚「別に私たちの演奏なんて、大したことないと思うけど……」

梓「いえ、皆さんの演奏には、どこか魅かれるところがあったんです」

梓「だから、しばらくこのお寺をねぐらにして、皆さんの生活を見学させていただきました」

律休「そのうちに、一緒に演奏してみたいって思うようになったってわけか?」

梓「ええ、澪さんの姿に化けて、唯さんに隣町までお使いに行くよう頼んだんです」

梓「それから唯さんのふりをして皆さんの中に紛れ込みました」

梓「なぜか唯さんは、すぐにお寺に帰ってきてしまいましたが……」

律休「唯のことだから、多分何かの拍子に用事を忘れちゃったんだろうな」

澪紬「さもありなん……」

澪尚「そんなまどろっこしいことしなくても、『一緒に演奏したい』って普通に言ってくれればよかったのに」

梓「すみません、でも、受け入れてもらえるかどうか不安で……」


梓「それに、ずっと見てて思ったんですけど、皆さん練習しなさすぎです!」

律澪紬「ぐさっ」

梓「部外者として指摘するよりも、唯さんの姿になって積極的に練習する姿勢を見せた方が、皆さんやる気になってくださるって思ったんです!」

澪尚「……なんか申し訳ない」

律休「でもさ、その割には私たちの中で一番熱心におはぎ食ってたじゃん」

梓「そ、それは……ああいうお菓子を口にするのが初めてだったので、つい……」

紬「うふふ、いつでも食べに来ればいいわよ、ねえ皆?」

律休「っていうかさ、お前うちのバンドに入らないか?」

梓「え……」

律休「まあ無理にとは言わねーけど……でもさ、今日の唯の真似、すっげー似てたじゃん」

梓「はあ、それが何か?」

律休「それだけ唯のこと、よく観察してるってことだろ? 私たちでもあそこまでそっくりにはできねーよ」

梓「えと、それは、お、同じギタリストとして参考に……//」

紬「あらあら」

律休「見てるだけじゃなくて、一緒に練習することで得られるものもあるんじゃねーの?」

紬「そうよ、見てるだけじゃいつまでたっても仲は進展しないわよ!」

梓「……でも私、皆さんを騙したのに、仲間になんて」

澪尚「大丈夫だよ、誰も気にしてないさ」

梓「……では、私を、皆さんのバンドに……加えていただけますか?」

律休「おう!もちろんだぜ!」

律澪紬「ようこそ!『出家後ティータイム』へ!!」

梓(え……何その微妙な名前)



律休「いやー、なにはともあれ大団円だなー!」

紬「唯ちゃんもきっと喜ぶわね」

澪尚「あれ、そう言えば唯は?」

律休「え、誰も縄解いてやってないのか?」

律澪紬「……」


律たちは一斉に部屋を飛び出し、元の部屋へ急いだ。


ガララッ

律休「唯! 大丈夫か……えっ!?」


四人が駆け込んだ部屋の中には、唯にそっくりな人間が、二人。


律休「ま、またかよ!!」

紬「今度こそ狐かしら!」


入ってきた律休たちに気付いたのか、そのうちの一人が振り返った。


憂「あ、皆さんお久しぶりです。 私、憂です」

律休「な、なんだ憂ちゃんかー」

梓「えーと……」

紬「憂ちゃんは、唯ちゃんの妹さんよ」

憂「皆さんに差し入れを持って来たんです」


憂の後ろでは、縄を解かれた唯が、おにぎりを一心不乱に食らっている。


紬「唯ちゃん無事だったのね」

律休「腹を空かして倒れてるかと思ったぜ……」


安堵の笑みを浮かべる四人。

それに合わせて、憂もにっこりとほほ笑んだ。


澪尚「ああ、憂ちゃんごめんな、唯が縛られてて驚いただろ」

律休「これには訳があってだな……」

憂「ええ、全部聞きましたよ」

憂「皆さん、お姉ちゃんにひどいことしたらしいですね?」

律休「え、えーと……」


柔らかな笑みを崩さずに、憂がゆっくりと歩みよってくる。


澪尚「そ、そうだ! そのことなんだけど唯、伝えることがあるんだ!」

律休「唯、なかまがふえるぞ!」

紬「やったね、唯ちゃん!」

憂「……」ニコニコ


律澪紬「ご……ごめんなさーい!!!」


その日、律休、澪尚、紬の三人は、すごく叱られた。



梓「あの、唯さん、今日はすみませんでした」

唯「気にしてないよ! それより、これからよろしくね、あずにゃん!」ギュッ

梓「あ……はい!///」

唯「ああ、でもあずにゃん……」ギュー

梓「い、痛いですよ……唯さん」

唯「私の分のおはぎを食べたのは……気にしてるから」ギリギリ

梓「ひ!、ご、ごめんなさーい!!」


その日、梓も、すごく叱られた。



#2 おわり


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───




「以上、軽音楽部による、劇『りっきゅうさん』でした」

ワーワーパチパチパチパチ


和「なにこれ」



おわり



最終更新:2011年09月15日 22:32