律「うーん」

今日、これで何回目だろう。

机の上に置かれている、白紙のレポート用紙を見る度、私は唸り声をあげている。

まぁ、誰も気付いてくれないけど

律(あぁー、ダメだぁ。なんも思い浮かばねぇ)

頬杖をついて、白紙のレポート用紙とにらめっこしても、文字が勝手に浮かんで来るワケもない。

朝の9時から、ずっとこんな調子だった。

律(もう午後3時か)

律「ふぅー」

一息つくと、携帯電話を取り出した。

律(ここは、あいつに電話するか)

今からかける電話の相手こそ、今回の悩みを作った原因だ。


プルルル、プルルル


数回のコール音のあと、その原因の人物が電話に出た。

『はい、もしもし』

律「おう! わたしわたし、りっちゃんだぞー」

『律?』

律「今日の澪ちゃんのパンツは、何色かなぁー」

澪『馬鹿律!』

律(はは、怒られちゃった)

律「あー、ごめんごめん。冗談だってばー」

澪『ったく! それで、なんの用だ?』

律「あー、ちょっと作詞の件で聞きたいことが……」

澪『もう出来たのか?』

律「いやー、全然。だから、聞きたいんだけど」

澪『そうか……』

律「そんで? 澪は出来たのか?」

澪『全くと言ってダメだ』

律(まぁ、そうだろな)


もうすぐ文化祭がある。
私達、三年生組にとっては最後の文化祭。

そこで新曲をやる予定なんだけど、曲は既にムギが完成しているが、澪が担当する歌詞は未完成。

そこで、みんなで協力して歌詞を書いてみよう!
ってなったんだけど……以外と難しい。


律「なぁ、作詞のコツとかないのか?」

澪『コツねぇ。それが分かったら今頃、私はスランプになってないと思う』

律(そりゃそうだ)

澪『んー、とりあえず思い付いた言葉をメモするしかないな』

律「やっぱ、それが早いんかな?」

澪『まぁ、何もしないよりかは』

律「澪もそうしてるのか?」

澪『一応はな。あとは、そうだな……誰かに思いを伝えたい、とか』

律「私にラブソングを書けってか」

澪『ぷぷっ。律にラブソング……あはははは』

律「笑うな!」

澪『ごめんごめん。でも別にラブソングじゃなくても、大切な人に感謝を伝えたいというか、思いを伝えたいと言うか』

澪『そう言うのでもいいと思うんだ』

律「ふーん、分かった。参考にするよ」

律「じゃあ、澪も頑張れよ」

澪『ああ、律もな』

律「じゃあな」

澪『ばいばーい』

電話を切ると、私はまた作詞の作業に戻る。

律(よし、やるか!)




それから、どれくらい経過したんだろう。

私は澪の助言通り、大切な人に感謝を伝えたい気分で言葉を選び、レポート用紙に書き溜める。

大切な人……家族、友人。

そして、そこから歌詞になるようにしてみるけど……

律「あぁー、ダメだぁ!!」

目の前のレポート用紙を思いっ切り、クシャクシャに丸めて後ろに放り投げる。

もうこの動作を何十回繰り返したか、そろそろレポート用紙がなくなりかけていた。

律(ちょっと、休憩するか)

机に突っ伏す。

そして、少し考え事をしていたら、外で物音がした。

律(ん?)

気になった私は立ち上がって、閉めきってある部屋のカーテンを開ける。

律(あ、雨だ)

いつから降っていたのか、全く雨音に気付かなかった。

律(そういや、ずっと作詞に集中してたからな)

律(まだ全然、出来てないけど)

律「さて、続き……うわー」

さっき立ち上がった時に気付かなかったけど、今になってようやく気付いた。

部屋の床には、丸められたレポート用紙が散らばっていた。

律(まっ、歌詞を何度も書いたり消したり、そんで気に入らないから丸めて捨てて)

律「ふわー」

律(眠い……何時だ?)

時計を見ると、午後9時を少し過ぎたばっかりだった。

よくよく考えたら、日曜日という貴重な休みを丸々、作詞作業で半日も潰してしまった。

律(何やってるんだろなぁ)

丸められたレポート用紙を拾いながら、そんなことを考えた。

結局、この半日の成果はなく、レポート用紙を無駄にしたくらいだ。

律(まっ、澪が困ってるんだから、助けないとな)


全てを片付け終えると、私はそのままベッドにダイブした。

律(もう、寝ちゃお寝ちゃお)

律「おやすみー」

……

翌日、部活もほどほどにして、みんなで帰り道を歩いていた。


唯「さて、今日も作詞を頑張りますか!」

梓「唯先輩。憂に手伝わせるだけじゃなく、ちゃんとやって下さい」

唯「失礼だね、あずにゃん。憂の力は、ちびーっとだけしか借りてないよ」

梓「だといいんですが」


紬「作詞って、なんか楽しいわね」

律「そうか? なーんか、色々と考える部分があるっつーか、私には似合わん」

澪「律らしいな」

律「ひっでぇー!」


唯「じゃあーねー。りっちゃん、澪ちゃん」

梓「お疲れ様です」

紬「ばいばーい」

律「おう」

澪「また明日」

……

律「さーて、帰ったらまた作詞するか」

澪「律、なんか楽しそうだな」

律「楽しくねぇーよ。でも、澪の大変さが身に染みたよ」

澪「だろ」

律「ああ。だから、明日の締め切りにはいい歌詞を披露してやるよ」

澪「私だって負けないからな」

律「まーた動物シリーズとか?」

澪「い、いいじゃないか。動物は可愛いんだぞ!」

律「ぷっ、あはははは」

澪「笑うな、りーつぅ!」

……

澪を茶化してはみたものの、

律(ダメだ)

私も人のことは言えなかった。

ノートに書き綴った詞を消しゴムで力を入れて消す。

レポート用紙が無駄になるから、ノートを使うことにした。

もう何度、書いたり消したりしたか、新品の消しゴムが半分くらいになっていた。

律(明日が締め切りなのに、本当に出来るんだろうか)

そう思った時、机の上に置いてある携帯電話が鳴った。

律(ん?)

携帯電話を手に取る。

律(澪からか……)

なんだろうと思いつつ、私は電話に出る。

律「もしもーし」

澪『律、大変だ!』

律「大変って、何が大変なんだ?」

澪『唯が……唯が……』

律「唯がどうし……」


澪『唯が風邪をひいた!!』


律「なんだってぇー!!」

それは、その日一番の絶叫だった。


……

結局のところ、風邪をひいたのは唯ではなく憂ちゃんだった。

まぁ、唯からしたら憂ちゃんが風邪ひいたら、そりゃパニクるだろう。

なんにせよ、早く回復して欲しいものだ。


私は今、平沢家を後にし、梓とムギと別れ、澪と並んで歩いている。

律「いやー、びっくりしたなぁ」

澪「うん。去年の文化祭、唯は風邪を引いたから、電話貰った時はかなり焦ったよ」

律「まっ、唯がついてるから、憂ちゃんもすぐに良くなるだろう」

澪「そうだな」

律「で、歌詞の方はどうなんだ?」

澪「まぁ、順調かな」

律「そっか」

澪「律」

律「ん?」

澪「絶対に、いい歌詞を完成させような」

ギュッ、と澪は私の手を握る。

律「あ、うん」

澪「じゃあな」

そう言い残し、澪は走り去った。

なんだろ、物凄くドキドキする。


もしかして、私の大切な人って……

……

帰宅して、私はノートに歌詞を綴った。

律(なんだろ、スラスラ書ける)

理由ははっきりしている。

大切な人に感謝の気持ちを伝えたい。


その大切な人は……


私が紡ぎ出した単語を一つずつ並べて、歌詞にして行く。

決して丁寧な出来じゃないけど、様にはなってると思う。


そして、空が徐々に明るくなり、太陽の光りがカーテンの隙間から差し込み始めた頃、

律「で、出来たー!!」

ようやく、私の歌詞が完成した。

タイトル決めてないけど、まぁいっか。


……

結局の所、歌詞は唯のを採用した。

澪が多少なり不服そうにしていたので、とりあえず澪のも採用しておいた。


律「あー、もう作詞は懲り懲りだぜ」

澪「いい勉強になったんじゃないか?」

律「まぁーな。ただ、唯のセンスには驚かされたな」

澪「あぁ」

律「これからスランプになったらさ、唯に頼め。私には無理だ」

澪「……」

律「さっ、早く帰ろうぜ」

澪「ま、待てよ!」

律「?」

澪「り、律の……」

律「私の?」

澪「律の歌詞! 私、まだ見てない!」

律「あっ」


そう。

実を言うと、私はまだ自分の歌詞をみんなに発表していない。

唯の歌詞の出来が良かったと言えばそれまでなんだけど、なんつーか周りが唯の歌詞を絶賛してたから、
発表するタイミングを見失った。

それはそれで、好都合だったけどな。


律「覚えてたのかよ」

澪「当たり前だ。いい歌詞を完成させようって、約束しただろ」

澪「だから、見せて」

適当にはぐらかそうと思ったけど、隠す必要もなかった。

だから、私はノートを澪に渡した。


澪「う、上手く出来てるじゃないか!」

律「よせ、照れるだろ」

澪「明日、これをみんなに発表しようよ」

律「えー」

澪「いい歌詞だし、みんなも納得するよ!」

律「そ、そうかなぁ……」

澪「そうだよ」

律「うーん、でもやっぱり、やめとくわ」

澪「ど、どうして?」

律「その歌詞な。私の大切な人に向けて書いたんだ」

澪「大切な、人?」

律「あぁ。だけど、よく考えたら歌うのは唯か澪のどっちかだから、別にいいかなぁって」

澪「わ、私が代わりに歌うよ」

律「いや、それは私が歌いたいんだよ」

律「他の誰でもない、私が」


大切な人の前で、声が枯れるまで、
ありのままの自分の想いを書いた、その歌詞を……


澪「律……」

律「だから、この歌詞はなし! さーて、明日から練習キツイぞ!」

律「がんばーるぞー!!」

澪「なあ!」

律「ん?」

澪「教えて欲しいな、その大切な人のこと」

律「……」

澪「律がそこまで思っている、大切な人のことを」

澪「もしかしたら、私の知ってる人かもしれないから」

律「あぁ、いいぜ」

律「それはな……」




ノートに綴った私の大切な人への想い。

もちろん、家族や友人も大切だ。
だけど、中でも一番大切なその人は今、

私の目の前にいる。




おしまい



最終更新:2011年09月17日 20:19