ゲームセンターはどこにでもあるようなものだった。まあ逆に他にはないゲームセンターがあれば見てみたいけど。
きらびやかな内装が何となく目にしみた。ゲーセンなんて大人になってからは行くこともなかったので少し懐かしい。
唯「ゲーセンといえばねムギちゃんがとっても好きなんだよー」
彼女は言ってから軽音部のみんなのことを思い出し、自分が置かれた状況を再認識したのか悲しげな表情を浮かべた。
わたしはムギちゃんについて考える。
ムギちゃんは大学を卒業したあと自分の家の系列の会社に就職したはずだ。ムギちゃんは世間知らずなところがあるから、きっと苦労してるんだろうなとぼんやり思った。
いつの間にか彼女が消えていて、いつとったのかぬいぐるみを抱え現れた。
唯「見て見て!200円でとれたっ」
大人唯「はいはい」
唯「名前つけよっ」
大人唯「あはは………あっ」
唯「どしたのー?」
大人唯「うわー“k-on”のフィギュアだー。懐かしいなあ」
唯「えー“k-on”はまだ映画もあるしぜんぜん懐かしくないよー」
大人唯「ああ……そっか」
唯「ねえねえ、これやろうよー」
そう言って彼女はエアホッケーの台を指差す。
大人唯「おっ負けないよ」
負けた。
惨敗だった。
わたしはゲーム中一得点もあげることはできなかった。
逆に面白いように得点された。
結構自信があっただけにショックだった。
唯「お姉さん弱いねー」
これが歳の差というやつなんだろうか。
日々歳をとっていくのを怖れていた恩師の気持ちが今ならわかる。
――いや待ってよ。25ってそんな歳でもないよね。たしかに運動なんかしてないけどそれはどの時代だってそうだし。第一自分より年下の自分に負けるって悔しくない?訂正、かなり悔しくない?うんたまたまだ過去に戻ったからまだ身体がまだうまく動かないんだ次やれば……
大人唯「もう一回っ!」
唯「えー」
大人唯「もしかしてまた負けるのが怖いんだねー?」
唯「負けたのお姉さんのほうだよー」
大人唯「すいません。もう一回やらせてください」
結果からいえば五回やって全部負けた。
四回目なんか途中までリードしてたのに。わたしは罰としてエアギターを披露した。この歳のエアギターは致命傷になりかねないから困る。ギュインギュインギュイーン
ゲーセンから出るともう夕方になっていて歩いているうちに夕日が沈んでいった。
昼間とは打って変わり夜の町はひっそりしていてどこかよそよそしい感じがした。
唯「星がきれいだねー」
たしかに上方に視線を移すとと黒い空が黄色の星で塗りつぶされている。
月明かりがあたりを青白く染めていた。
どこからか波音が聞こえてきて近くに海があるのだなと思った。
彼女もやはり同じことに気がつき呟いた。
唯「海の音がするねー」
大人唯「見に行こっか?」
唯「うん」
わたしたちは音するほうに向けて歩き出す。少し肌寒かった。
夜は不思議な魔法が使えるみたいだ。
わたしたちはその魔法にかかってなんとなく静かになってしまう。
わたしと彼女はそれぞれの大切なものについて考えていた。
ときどき、どちらかがぽつりぽつりと何かを言って、そしてまた冷たい静謐に覆われる。
どのくらい歩いただろう。
潮の匂いが鼻腔をくすぐり歩くペースをあげた。狭い路地を抜けると広い場所に出た。
唯「海だあーっ」
目の前に黒々とした海が広がっていた。
月明かりがうねる海面に反射して歪んできらめく。
夜の海はきれいなんていう優しい感じではなく、もっと暴力的で神秘的で、なんだか隠し事をしているみたいだと思った。
砂浜に下りる前に近くの自販機でジュースを買うことにした。
コーラを買おうと思ったが贔屓にしているメーカーがなかったのでサイダーにする。ガチャガチャとおおげさな音をたてて缶を取り出した。
隣で彼女がコーヒーを選んでいるのが微笑ましい。
唯「……ん」
大人唯「どうかした?」
唯「……にがい」
大人唯「まったく……ほらっ交換しよっ」
唯「ありがと」
コンクリートの階段を下って砂浜に座る。おしりの辺りがざらざらとしていて、なんとなく落ち着かなかった。
わたしたちふたりは海を眺めたまま押し黙っていた。
波の砕ける音が耳の奥で響く。
ふと、海はずっと変わらないままなんだろうなという気がした。
久しぶりに飲んだコーヒーは少し苦かった。
しばらくして彼女が口を開く。
唯「あのさ……」
大人唯「…ん?」
唯「大人になったら大人になるのかなー?」
大人唯「……なっちゃうね……なりたくない?」
唯「うん……」
大人唯「そっか」
唯「今のままでいられたらなあー……あ、お姉さんも大人になりたくなかった?」
大人唯「そうだねー。まあ、今では立派な大人だけど……あはは」
沈黙。
波の音。
呼吸の音。
唯「でもね…」
大人唯「うん」
唯「お姉さんみたいな大人だったらいいかなーって」
大人唯「え……なんで?」
唯「だってお姉さんやさしいしクールだし一緒にいると楽しいもん」
大人唯「………」
唯「照れてるー」
大人唯「うるさいー」
唯「えへへ」
大人唯「わたしもひとつ唯ちゃんに教えてもらったよ」
唯「なあに?」
大人唯「昔の自分は今のわたしを応援してくれてるってこと」
唯「ほうほう」
大人唯「わたしね、昔の自分が今の自分を見たらねきっと失望しちゃうんじゃないかなって思ってた。でもさ、そんなことはなくて、今も昔もおんなじなんだろうなって」
唯「そりゃそうだよー」
大人唯「えっとね……つまりわたしがいいたいのはさ……今のわたしもなかなか悪くないってことかな」
唯「あーあ、自分で言っちゃったねー」
大人唯「あはは、だねー」
大人唯「あのね、やっぱりみんなには謝ったほうがいいと思うよ」
唯「じゃあ、お姉さんもみんなにもう一度会おうよって言ったほうがいいよー」
大人唯「うっ……それは」
唯「お姉さんは自分に甘いよっ」
大人唯「それは唯ちゃんもだよ」
唯「えへへっ」
そのとき、突然音楽が鳴り響いた。
アア-カミサマオネガイ フタリダケノ- ドリームタイムクダサイ
大人唯「わっ」
わたしは驚いて飛び退く。
少し遅れてこれが放課後ティータイムの“ふわふわ時間”だということに気がつく。彼女が一瞬嬉しげな表情をしたのが見えた。
大人唯「な、なに?」
唯「これわたしたちの歌なんだー。さわちゃんがパソコンで着信音にできるようにしてくれたんだっ」
そう言って彼女はポケットから携帯を取り出した。携帯からはまだ音楽が鳴り続けている。
そんなこともあったなとわたしは思い出す。たしかメンバーの着信音をふわふわ時間にしたんだっけ。
唯「あ、りっちゃんからだ……」
大人唯「はやししないと切れちゃうよ?」
彼女は大きく息を吸い込み、意を決したのか電話に出た。
唯「あ、り、りっちゃん?」
律『……憂ちゃんから聞いた。憂ちゃんをあんまり心配させるなよ』
唯「う、うん」
彼女は何て言ったらいいのかわからずおどおどとしている。
わたしはそんな彼女を見守っていた。
ふと、わたしと彼女の視線がぶつかった。彼女の顔に浮かんだ不安がありありと見てとれる。
わたしは微笑んだ。
その表情は自分でも意識しないうちに自然に顔に出た。
昔のような無邪気な笑顔を浮かべることはもうできないかもしれない。
だけど、誰かを、少なくとも自分くらいは安心させてあげたいなと思った。
わたしは口の動きだけで
「が、ん、ば、れ」
と伝える。
彼女は少しの間、言葉を読み取るためじっとこちらを見ていたが、やがて笑ってうなずいた。
唯「心配かけてごめんっ―――
――次は桜ヶ丘~え~桜ヶ丘~
車内アナウンスが聞こえて、心地よい揺れにうとうとしかけたわたしは現実に引き戻される。
車窓から入る光に目を細めた。
見慣れた景色がガラスに映って、でもどこか違う気もして、実はわたしは夢の中にいるんじゃないかという考えが頭をもたげる。
夢であろうとなかろうと、とりあえずわたしのこの奇妙な旅も終わりに近づいているみたいだ。
隣の席に視線を移すとこれまた奇妙な旅の仲間が熟睡している。昨日、夜遅くまで話し込んだせいか、電車に乗ってからはずっと寝ている。
大人唯「ほら、そろそろ着くよー?」
彼女の肩を揺する。
反応なし。
もっと強く。
反応なし。
おもいっきり頬をつねる。
唯「……ん…むにゃ」
大人唯「やっと起きた?ついたよ」
唯「あ…うん。目の前にケーキがたくさんあったから、夢かと思ってほっぺたつねったらホントに覚めちゃった……」
大人唯「それはお気の毒さま」
電車がゆっくりと減速したかと思うと、ぷしゅうという気の抜けた音を出してホームに停まった。
この駅でおりる人はわたしたち以外にはいなかった。
駅から出ると、未来とあまり変わっていない町並みが飛び込んできた。
大人唯「このへんでお別れだねー」
唯「……かな」
大人唯「え?」
唯「またあえるかな?」
大人唯「そうだなー唯ちゃんが大人になったら会えるんじゃないかな」
唯「大人?」
大人唯「そう」
唯「わかった!わたしがんばって大人になるよっ」
大人唯「立派な大人になってくれればわたしも嬉しいよ」
唯「なんで?」
大人唯「唯ちゃんの幸せはわたしの幸せだからだよ」
唯「じゃあーお姉さんの幸せはわたしの幸せだよっ」
大人唯「そっかー」
唯「……うん……あのね」
大人唯「なに?」
唯「…ありがとっ!」
大人唯「ふふっ……ばいばい」
わたしは彼女に背を向けて歩き出す。
彼女が後ろでばいばいと叫んでいた。心なしか涙声に聞こえたが、泣かなかっただけずっと立派だ。
今すぐ戻って抱きしめたいくらい。
だけどそうするわけにもいかない。
ひとりで歩くのは少し寂しかったが、それでも悪い気分じゃなかった。
桜ヶ丘高校までの道筋は7年後とほとんど変わっていないため、すんなりと目的地にたどり着くことができた。
記憶を頼りにワープした地点をやみくもに探していく。学校の近くというのは間違えないはずだ。
考えていてもしかたないだろうし、わたしは車に乗ってバックする。
他の車が通るようすはない。
だいたいこのくらいだろうというところまで下がり、そこでいったん止まる。
出し抜けになぜ過去にきたのだろうという、本来ならば最初に思い浮かぶべき疑問が浮かんだ。
はじめはなにがなんだかわからなかったし、そのあとはもっと別のことに気をとられてしまったために、今の今まで保留になっていたのだ。
でも、まあいいやと思う。
けっこう楽しかったし、まあ理由なんてどうでもいいかって。
横を向いたら桜ヶ丘高校が見えた。
ここに来る前に見たのとほとんど変わっていない。
明日から彼女たちはまたあそこでお茶したり、お菓子を食べたり、馬鹿な話をしたり、小突きあったり、けんかしたり、仲直りしたり、たまに演奏をしたりするんだろう。
彼女たちの笑い声や演奏がここまで聞こえてきたような気がした。
もしかしたらそれはわたしの頭の中から聞こえたのかもしれない。
わたしは少し切ない気持ちになったけど、いっしょに笑い声をあげたくもなって、アクセルを思い切り踏み込んだ―――
気づくとわたしが運転する車は道路を順調なペースで進んでいた。
フロントガラスごしに見える世界はすでになんども見馴れてしまったもの、建ち並ぶ規格化された住居、ソーラーパネルで埋め尽くされた屋根――なんだかデジャビュ。
唐突に携帯が鳴り出した。
わたしは考える。
結局のところもう昔にもどることはできない、過去は取り戻せないんだと。
だけど――別に昔みたいじゃなくてもいいんじゃないかな。
わたしたちは大人になってしまったけど、みんな変わり別々になった気がするけど……それでもわたしはわたしでりっちゃんはりっちゃんで、澪ちゃんは澪ちゃんで、ムギちゃんはムギちゃんで、あずにゃんはあずにゃんだ。
あの頃みたいじゃないかもしれないけど、あの頃みたいに楽しいはすだ。
だから、わたしは運転中の相手に電話をかけるなんて非常識極まりないと思っても、ほころびそうな笑顔を隠しきれなくて電話に出る。
頭の中ではさっきまで携帯から聞こえていた、女の子の歌声が鳴り響き続けていた。
おわりー
読んでくれた人はありがとー
今思ったけど大人唯って語呂悪いな…
最終更新:2011年09月21日 22:53