律「そうなんだよ、ただそれに自分で気づいてないだけさ。 だからもう少し素直になれよ」

梓「……」

律「…はぁ、頑固だねぇ」

紬「梓ちゃん…」

律「とりあえず今日はもう帰った方がいい、大分日も落ちてきたことだしな」

紬「…そうね、それじゃ梓ちゃん、もう帰りましょう」

梓「…はい」

律「…ま、梓自身のことだ。私達がとやかく言ったって、お前がそう思わないんじゃどうしようもない。 ただ私達みたいに性別も関係なく愛し合っている奴等がいるってことだけ覚えといてくれ」

梓「…わかりました」

律「ありがとう、それじゃまた明日」

紬「ばいばいりっちゃん」

梓「……」

紬「…それじゃ私達も帰ろっか?」

梓「…はい」


―次の日 学校

梓「ふあああ…結局昨日は全然眠れなかったな…」

昨日寝る前に考えた結果、やっぱり私は唯先輩が好き…なんだと思う。
でも、律先輩やムギ先輩はその気持ちを隠すことなんかないって言ったたけど…
やっぱり私は同性同士の恋愛に、偏見を拭いきれない。
これは私がおかしいのだろうか?

…いや、きっと誰もおかしくなんかないんだ。
偏見を持っているのは、きっと私だけじゃない筈。
他にももっと、私よりも強い偏見を持っている人だっていっぱいいるだろう。
特に世間がそうだ。

最近はよくテレビなんかで同性同士の恋愛を許そうなんて謳ってるけど、
それでも世間一般化から見れば、まだまだ同性愛が受け入れられていないのは事実だ。
その証拠に、私は同性愛を快く思わないから。

なのに、自分は同性が好きだと堂々と言える律先輩やムギ先輩が、実は少しだけ羨ましく思える。 
私も周りの目や風当たりを気にしないで、堂々と同性が好きだと宣言できれば、こんなにウジウジ悩む必要もないのだろう。
でもそれが出来ない私には、唯先輩を好きだと言う資格すらないのだ。


梓「はぁ…自己嫌悪…」

憂「おはよう梓ちゃん」

梓「あ、憂…」

憂「どうしたの? なんだか元気ないね」

梓「そ…そうかな…?」

憂「うん、眼の下に隈ができてるし…もしかして寝不足?」

梓「そ、そんなところかな…あはは…」

憂「そうなんだ…実は私も寝不足でさ…」

梓「え? 憂も?」

憂「うん、実は昨日の夜、お姉ちゃんと色々あってね…」

梓「色々?…!ま、まさか…! 唯先輩とにゃんにゃんしたの!?」

憂「えっ?…う、うん///」

梓「!!!」

梓「ど、どうして…?嫌じゃなかったの!?」

憂「うーん…まぁ最初は確かに嫌だったけどさ、お姉ちゃんがどうしてもっていうから、その…」

憂「…にゃんにゃんしちゃった///」

梓「そ…そんな…!」

唯『憂は優しいし、私のことをいつも大好きって言ってくれるから、きっとにゃんにゃんさせてくれるよ』

梓「…おかしいよ、こんなの絶対おかしい!!!」

憂「きゃっ!?急に大きな声出して、どうしたの梓ちゃん?」

梓「だって…唯先輩と憂は姉妹で女の子同士なんだよ!? そんなのおかしいじゃん常識的に考えて!異常だよ!」

憂「異常って…こんなこと女の子同士でしか出来ないよ! なら梓ちゃんは男の人とにゃんにゃんするっていうの!?」

梓「それは…わからないよ…いつかするのかもしれないし…」

憂「ふ~ん…私からしてみればそっちの方が異常だと思うけどね」

梓「私が…異常…?」

梓「私は…異常なんかじゃない!」

憂「異常だよそんなの!おかしいよ!」

梓「違う…異常じゃ…ない…」

憂「異常だよ!…気持ち悪い」

梓「!」


私は…気持ち悪いの…?
異常なのは私の方?
何が常識で、何が非常識なの?
わからない…私にはわからない…

わからない…わからない…

私には…わからない…

梓「う…うぅ…」ポロポロ

憂「あ、梓ちゃん…言いすぎたよ、ごめんなさい…」





梓「唯先輩のことは好きだけど、女同士は気持ち悪いからいやにゃん」

紬「でも唯ちゃんが好きなのよね?」

梓「そうだけど…にゃん」

律「ならにゃんにゃんしちまえよ、私と澪はしてるぞ。なんたって愛し合ってるんだからな!」

澪「り、律…///」

梓「で、でもでも…同性愛者は異常だにゃん」

紬「そんなことないわ、異常だと思うから異常なのよ、自分の本当の気持ちに自信を持ちなさい」

梓「わかったにゃん…では、唯先輩…好きですにゃん!」

唯「嬉しいなぁ、ならにゃんにゃんしよう」

梓「はい」

紬「キマシタワー━━( ゜∀゜ )━(∀゜ )━(゜  )━(  )━(  ゜)━( ゜∀)━( ゜∀゜ )━!」←今ここ





梓「それじゃ唯先輩…眼を閉じてください」

唯「? こう?」

唯先輩がすっと眼を閉じた。
私はそんな無防備な顔をめがけ、ゆっくりと自分の顔を近づけていく。 
勿論、目指すは唯先輩の唇だ。

とくん…とくん…

緊張のせいで、心臓の音がさっきから五月蠅い。

だってファーストキスなんだよ?緊張するに決まってるじゃん。

3cm、2cm、1cm、
徐々に私の唇は、ぷるんとした唯先輩の唇へと近づいていく。

そして、距離はミリ単位まで近づき、

梓「……ん…」

とうとう、お互いの唇が重なり合った。

瞬間、

どんっ!

梓「痛っ!」

急に唯先輩に突き飛ばされた私は、尻もちをついた。
何事かと思い、眼の前の唯先輩を見上げると、そこには涙目になった唯先輩が。

唯「あずにゃん…酷いよ…」

唯先輩はわなわなと震えている。
にゃんにゃんせずに、先にキスをしてしまったことを怒っているのだろうか?

梓「あ、安心して下さい!今からちゃんとにゃんにゃんしますから…」

唯「もういいよ!あずにゃんの馬鹿!知らない!」

そう吐き捨てた唯先輩は、走って部室を飛び出していった。

梓「…え? どういうこと?」

紬「梓ちゃん!唯ちゃんに何か酷いことを言ったの!?」

梓「い、いやいや!私は何も…」

律「ならどうして唯の奴泣いてたんだよ!?」

梓「わからないですよ!私はただキスをしただけです!」

紬「キスをしただけで泣く訳ないでしょ!?」

梓「本当なんです!信じて下さい!」

律「…わかった、とりあえずその話を信じるとしよう。 ならどうして唯は泣いてたんだ? 無理やりキスしたんじゃないのか?」

梓「無理やり…確かに無理やりかもしれません…」

紬「なんてことを…唯ちゃんの気持ちもお構いなしに…!」

梓「で、でもでも…私達はお互いに好きあってたんですよ!?ならキスなんて暗黙の了解みたいなものじゃないですか!」

律「まぁ…確かにそうかもな…」

紬「なら唯ちゃんはどうして…?」

澪「…なぁ、もしかして唯の言う好きと梓の言う好きは違ったんじゃないのか?」

紬「そ、そんな馬鹿な…なら唯ちゃんはどうして梓ちゃんとにゃんにゃんしたがってたの?」

律「そうだよ、それは梓のことが好きだからだろ?」

澪「うーん…まぁ確かにそうだけどさ…ならこういう考えはどうだ? 実はにゃんにゃん自体の意味も違ってたとか」

梓「にゃんにゃん自体の意味…?にゃんにゃんという言葉に複数の意味なんてあるんですか?」

澪「それはわからない、もしかしたら唯が何かのことをそう呼んでいるだけかもしれないしな」

紬「そんな…だとしたら…」

律「にゃんにゃんの本当の意味って…」

梓「一体…なんですか…?」

澪「さぁ…とりあえず唯に聞いてみたらどうだ?」

梓「それは出来ないですよ…唯先輩、かなり怒ってましたし」

澪「そうか…なら他ににゃんにゃんの意味を知ってる奴はいないのか?」

梓「うーん……あっ!一人いました!憂です!」


がちゃっ

憂「失礼します」

梓「憂!ごめんね突然呼び出して…まだ学校に残ってくれていてよかったよ」

憂「梓ちゃん元気出たみたいだね、そういえばさっきは本当にごめんなさい…」

梓「あ、こちらこそごめんね…異常だなんて言ったりしてさ…」

憂「ううん、私のことはいいの。あんまり気にしてないからさ」

梓「憂…」

憂「梓ちゃん…」

紬「いいわねぇ…すごくいいわぁ…はぁはぁ……さて、仲直りも済んだことだしそろそろ本題に入ったらどう?」

梓「あ、そうですね…憂、実は聞きたいことがあるんだけど…」

憂「なーに?なんでも聞いて♪」

梓「それじゃ遠慮なく…にゃんにゃんについて教えてほしいんだけど…」

憂「!!ど、どうして…?」

梓「えっ?そ、それはその…憂が今朝言ってたのを聞いて気になったからだよ!」

憂「…あれ? 確かあの時は梓ちゃんから話を振ってきたんだよね? 私はてっきり、梓ちゃんは知ってるものだと思ってたよ」

梓「それは…ごめん!実は昨日、唯先輩ににゃんにゃんしてほしいって言われて、断ったら憂とやるって言ってたから、それで気になってさ…」

憂「あぁ…そうだったんだ。なら梓ちゃんが断らなければ、私はあんな恥ずかしいことをしないで済んだんだね…」

梓「は、恥ずかしいこと…?それって…どんなこと…?」

憂「それは…すごく恥ずかしいことだよ…///」

紬「まぁ…是非ともそれを見てみたいものだわ」

律「そうだな、見ないことには私達は何とも言えない訳だし」

憂「えっ!?あ、あれをやるんですか…? 今ここで…?」

律「そうだよ、早く早く~」

憂「うぅ…///」

澪「こら律、憂ちゃんが困ってるじゃないか。憂ちゃんも無理にやらなくたっていいぞ」

紬「でもそれを見ないことには、唯ちゃんの怒っている理由がわからないままよ?」

澪「うっ…確かにそうかも…でも流石に無理にやらせるのは…」

憂「…わかりました。私、にゃんにゃんさせていただきます!」

律「さっすが憂ちゃん!話がわかるねー!」

紬「よく決心してくれたわ♪」

澪「憂ちゃん…本当にいいのか?」

憂「はい…恥ずかしいですけど頑張ります!」

憂「……それじゃ、いきます!」

梓澪律紬「……ゴクリ」

憂「………あのー、決して笑わないでくださいね?」

梓澪律紬「……コクリ」

憂「それじゃ今度こそ…いきます!」

憂「ワンツースリー…にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃにゃん♪にゃにゃんにゃにゃんにゃんにゃんにゃにゃん↑♪」

梓澪律紬「………」

憂「…終わりです」

梓澪律紬「………え?」


紬「…もう一度、いいかしら?」

憂「えっ!?…わかりました、では…」

憂「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃにゃん♪にゃにゃんにゃにゃんにゃんにゃんにゃにゃん↑♪」

律「…もっと」

憂「…はい、にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃにゃん♪にゃにゃんにゃにゃんにゃんにゃんにゃにゃん↑♪」

律「もっと!」

憂「はい!にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃにゃん♪にゃにゃんにゃにゃんにゃんにゃんにゃにゃん↑♪」

律「もっとー!!!」

憂「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃにゃん♪にゃにゃんにゃにゃんにゃんにゃん…」

律「にゃんにゃんうるせーよ!!!」

憂「にゃっ!?」ビクッ

梓「…え?これがにゃんにゃんの正体なの?」

憂「…うん、恥ずかしいでしょ…」

梓「あ、あはは…そうだね…」

私達が知りたがっていたにゃんにゃんの正体。
それは頭の上で、手で猫耳を作り、ひたすらにゃんにゃんと言いながら左右にステップを踏むという、

ただの恥ずかしい踊りだったのだ。

大体、急ににゃんにゃんしようとか言われたら、誰だって普通はあっちのにゃんにゃんを思い浮かべるだろう。
こんな踊り、誰だって知ってる訳ないじゃん。

憂「お姉ちゃんは…少し変わってるから。でもにゃんにゃんする時のお姉ちゃん、すごく可愛いの♪」

…あぁそうか。異常なのは私でもなく、律先輩やムギ先輩でもない。
…唯先輩だったんだ。


おしまい



――エピローグ?

唯「はぁ…」

私は部室の前でため息をついた。

あずにゃんに私のファーストキスを奪われてから早数日、
私はあずにゃんと顔を合わせるのが気まずくて、ずっと部活を無断欠席していた。

唯「…でも、いつまでも休んでいる訳にはいかないよね」

これからも、あずにゃんとは同じギター同士として、色々と力を合わせなくてはいけないこともあるだろう。
その時の為にも、いつまでもこんな状態じゃいけない。早く仲直りしなくては。
そう決心した私は今、こうして部室の前に立っているという訳だ。

唯「みんな無断欠席したこと怒ってるかな…?」

特にりっちゃん、彼女は部長だし、いい加減な所はとことんいい加減だが、しっかりしている所は嫌にしっかりしている。
それに澪ちゃん、彼女こそ秩序や規制の塊みたいなものだから、きっと入ったらすぐにげんこつをされるんだろうな。
あとムギちゃん、彼女は笑って許してくれそう。

最後に一番問題なのがあずにゃん。
私は彼女ににゃんにゃんしようと誘っただけなのに、まさか唇を奪われるとは思っていなかった。
そのことはすごいショックだったが、何よりも一番ショックだったのは、彼女は私に惚れていたということだ。

私は普段から、スキンシップのつもりで抱きついていたのに、あずにゃんにとってそれは、スキンシップ以上のものだと思っていたんだろうか。
だから彼女に私が惚れていると、勘違いさせるようになってしまったんだろう。
そう思うと、今までの彼女に対する自分の行動を全て否定したくなる。

だって私は、同性愛というものが世界で一番醜くて、汚らわしいものだと思っているからだ。

わいわいきゃっきゃっ

ドアの向こうから部員達の楽しそうな声が聞こえる。
何も知らなかったあの頃、私もあの声に交じって楽しく騒いだものだ。
だがきっと、これからの部活動であの声達に私の声が混ざることはないだろう。

それは、全てを知ってしまった今、私はこの部を素直に楽しむことなど出来ないからだ。
あぁ…出来ることなら、何も知らなかったあの頃に戻りたい。
そしてあずにゃんに抱きつくという馬鹿な行為を二度と繰り返さず、
笑顔のまま楽しい三年間を送りたい。

でも歴史は変えられない、これは成るべくしてなったことだから。
もう悔やんだところで全てが遅いのだ。

唯「…なら変えてやればいい」

私の過ごしやすいように、また笑顔で部室に通えるように、

…私は中野梓を退部させる。


to be continued!



最終更新:2010年01月24日 04:43