和『静粛に!ステージに物を投げないで下さい!』



律「みんな、いくぞ?」

唯「らじゃー!」

紬「どんとこいです!」

梓「いつでもオッケーです!」

澪「…さあ、やろう!律!」

律「よし…ワンツースリーフォー!」

私が演奏を始めようと、スティックを叩き合わせたその時だった。

ガツッ

澪「いたっ…!」


観衆が投げた瓶が澪の顔に当たった。

澪「ったたた…」

澪がその場にうずくまる。
私はすぐに澪に駆け寄り澪を抱きかかえた。

観客「かえれー」

観客「ひっこめ化け物ー」

律「お、おい!大丈夫か澪…!」

澪「だ、大丈夫…あっ…」

律「澪、血…血が…」

なおもステージに物が投げ続けられる。

ガツッ

澪「ぐっ!」


律「澪っ!」

澪「い、いったぁ…」

綺麗な顔に傷をつけられ、その額からダラダラと血を流す澪。

澪「ひっ…血、血がこん…なに…」

澪は私の腕の中で気を失った。


私は知っていた。
澪は私を怖がりながらも、陰で私を庇っていてくれた事を。
その美貌が本人の意志とは無関係に人の注目を集めてしまい、時には私より酷い仕打ちを受けていた。

私の親友は…やっぱり親友でいてくれた。

その澪が今目の前で、私の腕の中で、血を流して倒れている。


私が理性を失うには十分すぎる光景だった。

もう誰にも邪魔はさせない。


唯「りっちゃん…?」

私は澪を抱きかかえたまま、無言で立ち上がった。

紬「り、りっちゃん…ダメよ…!」

目を大きく見開き、額に力を込めた。

梓「律先輩!やめてください!!」

うるさい。

ゆらゆらと私の髪が揺れ始め、私はキッと講堂の天井のライトを睨んだ。

その瞬間、講堂のライトが割れた。いや、爆発した。

観客「きゃああああああああああああ!!」

観客「うわああああああああああああああ!!!」

ブーイングは、一瞬にして悲鳴に変わった。



椅子が宙を舞い、次々に人目掛けて飛んでいく。

ステージの幕はビリビリと破れ、意志を持ったように観客に向かっていき、その首を絞め上げる。

爆発したライトからカーテンに引火し、そこから火の手があがる。その火も次々と人に襲いかかっていった。

和「り、律っ!やめて!お願い、やめて!!」

うるさい。
お前が澪に近づいてから全部おかしくなったんだ。


唯「り、りっちゃんやめて…!」

梓「律先輩!!」

紬「りっちゃんダメッ!!」

みんなの声はもう私には聞こえなかった。

私は激情のままに、力を奮った。澪を傷つけたこいつらを絶対に許さない。

あちこちから火の手があがり、椅子も、カーテンも、器材も、全てが私の武器だった。


私は思い切り額に力を込めた。


めきめきと音を立てながら、講堂の天井を支える鉄骨が折れ始める。




折れた鉄骨が人々を潰していく。

ぐしゃり

ぐしゃり…と潰されていく観客。


私の額のしわからは血が滲み始めていた。

身体はガクガクと震え始めている。

それでも私は止めなかった。


澪「う…律…?」

澪が目を覚ましたが、私はそれに気づかなかった。

今まで私を…私達を虐げてきたこいつらを…一人残らず殺してやる。


唯「りっちゃんやめてー!!」

唯が叫びながら、私にしがみついてきた。

そこで私は漸く我に返った。



講堂の天井は大きくめくれあがり、観客席は炎に包まれ、逃げ惑う人々でごった返す阿鼻叫喚の図となっていた。

唯「り、りっちゃん…だめ…だめだよぅ…」ガクガク
『怖い、怖い怖い怖い怖い…』

唯だけじゃない。ムギも梓も和も怖がっている声が聞こえてくる。

…もう私の居場所はどこにもなくなった。

私はしがみついてくる唯をはねとばした。

唯「あっ…!?」

澪「り、律…」

澪「律っ!!」


律「み…お…?」

澪「律…ごめんね…私が怖がっていたのは…律じゃない…律の力でもない…」

澪「私は…律が遠くにいっちゃった気がしたんだよ…私にとって律は、私の日常そのものだった…。その律がある日突然、変わってしまって……」

澪「律は律なのに…律がいなくなったみたいでそれが怖かった…ごめんね律…本当にごめんね…」

澪は私の腕の中で、何度も泣きながら謝った。

澪は私を怖がっていたんじゃなかった。
その証拠に、こんな状況だと言うのに、澪の心からは、私を怖がる声は聞こえてこない。

澪も、私と同じだったんだ。

澪が私を怖がっていたんじゃない。
私が澪を怖がっていたんだ。

澪「律…ごめん…ごめんね…」

澪…もう…遅いんだよ。



私は…私と澪の時間を邪魔する奴らを一人残らず消さなきゃ気が済まないんだ。


紬「澪ちゃん!りっちゃんから離れて!!」

ムギがこっちに向かってくる。


舞台の照明がムギ目掛けて落下した。

ぐちゃっと音を立ててムギの頭が潰れる。綺麗な金髪が脳味噌と血にまみれた。

唯「いやあああああ!ムギちゃあああああん!!」

邪魔だ。

お前も…梓も…みんな邪魔だ。

それからの事はよく覚えていない。

私は気が付いたら、澪と一緒に、学校の外にいた。

どこかの公園。

もう冬が迫ってきているせいか、空気はひどく凍てついている。



講堂にいた人々は、澪を除いて一人残らず私が殺した。

澪は…泣いている。

澪の心からは悲しみの声だけが聞こえてくる。

律「澪…」


澪「うっく…えぐっ…何やってんだよバカ律…うううう…」

律「み、澪…私は…私はただ澪と一緒にいたかっただけで……」

澪「なんで…なんでこんな…嫌だ…もう嫌だ…うううう…うううううっ」

律「澪…」

澪「嫌っ!来ないでっ!!」


律「澪…?こ、怖がるなよ…私だよ?律だよ?」

澪「違う!私が知ってる律はそんな奴じゃない!私の親友だった律は…律は…!!」

律「…澪……」

澪「…ううう…律…」

律「……」

誰だ?誰が澪をこんなに怯えさせているんだ?
澪を…かわいい澪を…私の澪を泣かせているのは……

はは…そうか…

澪「…律…?」

私が澪をこんなに泣かせている。
講堂にいた誰よりも、私がまず死ぬべきだったんだ。

でも…


律「澪…今までありがとう…」

律「澪がいない世界なんて私には考えられない…それがこの世でも…あの世でも…」

澪「り、律……?」

律「……ごめん澪…。澪、大好きだよ…」

澪「…律…」


私は尻餅をついて震えている澪に近づき、澪の頬を撫でた。
そのまま涙を拭き取ると、手を澪の首にかけた。


澪「り…つ…」

私は澪の細くて白い首に両手をかけ、少しずつ、力を入れた。

律「澪…ごめん…ずっと…私と一緒にいて…?」

澪「……あ……バカり…つ…」

澪の首が脈打っているのが伝わってきた。

澪「…は…あ……」

澪の口から白い息が漏れる。

澪の左手が、私の腕を弱々しく掴む。

澪の頬に私の涙がぽたぽた落ちていく。

澪「…あ……あ……」

律「澪……私も…私もすぐ澪のところに行くから…」

澪「…か…はっ………」

澪の左手が力を失い、私の腕からするりと落ちる瞬間、澪の心の声が確かに聞こえてきた。



『バカ律…大好き』


澪はそれきり瞳を空けたまま動かなくなった。


律「……澪…」

律「…澪っ!澪っ!!」

律「…あああ…澪ぉ…」

律「ああああああああああああああ!!!」


今、澪はこの世界にいない。

私は澪を泣かせ、怖がらせ、殺した。

澪…私もすぐにそっちに…


いや、まだだ。





私を…私達をずっと遠くから見続けてきた奴ら…あの視線を送り続けてきた奴らを…私達の様子を楽しみながら見ていた奴らも道連れにしてやらないと。





 214 田井中 律 []
  2009/08/03(月) 03:51:23.41 ID:ddsEto7c0

わかってるだろ?

ずっと私達を見ていて何もしなかったお前達…

お前達も必ず道連れにしてやるから









最終更新:2010年01月25日 00:36