海が見えところまで歩き、コンクリートの上に腰を下ろしました。
子供の落書きでしょうか、まわりには白いチョークで絵が描いてありました。

梓「たい焼きの魚ってけっこうしっかりした顔つきしてますよね」

唯「いまさら何を言ってるのさ」

梓「いえ、夢の中では変な顔してたので」
唯「それはわたしのせいなのかなー」

梓「さあ」

唯「だ、大事なのは形じゃないはず……たぶん」

梓「まあ、あっちはあっちで愛嬌がありましたけど……あ、味は同じですね」

さくりふしゃりぐにゃり。
たい焼きに歯をたてあふれたクリームが舌の上で広がり、それをわたしは飲み込みます。

唯「甘い」

梓「クリームは邪道ですよ」

唯「食べる?」

梓「……あんこがありますから」

唯「そっかあ……うん、おいしい」

梓「……やっぱほしいなーんて」

唯「にやにや」

梓「やっぱいいです」

唯「ほらっどうぞー」

梓「じゃあ……あっ」

唯「にやにや」

梓「怒りますよ?」

最後にはちゃんとあげました。
もちろん。

たい焼きを食べきってしまいしばらくぼうっとしていたら、先ほどまで子供が使っていたと思われる白いチョークが落ちているのを見つけ、わたしはそれを拾い上げました。そして、地面に向かって絵を描きはじめます。

梓「なに描いてるんですか?」

唯「なんだと思う?」

梓「えと、わたしですか?」

唯「あたりっ」

梓「うまいですね」

唯「そんなことないよ……てれてれ」

梓「ふふっ」

安心感というのはつまり油断です。
彼らの声が聞こえてわたしはそれに気がつきました。

「いたぞっ、あそこだ」

ついさっき仕事場から逃げ出したとき、実は数人の職員に見つかっていました。
ここまでくれば安全だと思っていたんですけどね。

梓「あわわ大変ですよ」

あずにゃんはちゃんと事態を理解しているみたいで、すごく助かります。

唯「あずにゃんこっち」

わたしはあずにゃんの手を握り、追手とは逆方向に駆け出しました。

「くそ、あっちに逃げたぞ」

和「やめなさい!」

「……」

和(ここまで追いかけてくるのどれだけ大変だったか)

和「はあはあ……もういいわ」

「しかし……」

和「いい、中野梓は死んだのよ」

「え?」

和「わかるでしょこの意味」

「は、はい」

和「じゃあいいわ」

和「……唯、どこ行っちゃったのよ。もう逃げなくていいのに」


わたしは海の上にいました。
海の上といっても海に浮かぶ船の上です。ここに逃げ隠れたらいつの間にか出港してしまったのです。
あずにゃんは船酔いしたので吐いてくると言ったきり戻ってきていません。
少し嫌な予感がしました。

あずにゃんを探しに甲板にでます。
なんだか人だかりができていました。
わたしもそこに混ざっていき、尋ねてみました。

唯「何があったんですか?」

「女の子が足をすべらせて海に落ちたらしいんだよ」

唯「そ、それどんなこでした?」

「さあ、なんでちっちゃくてツインテールの……」

唯「うそ……うそだっ」

群衆をかき分けてわたしは一番前に出ました。
柵は低く、たしかに手を滑らしたら落ちてしまいそうです。
下を見ると黒々した海が広がっていました。まるで誰だって飲み込んでやるとでもいうように。

ここにあずにゃんが落ちた?
なんてチープな物語!
悲劇にもなれないくせにひどく悲しくて悲しくて……

つい、あずにゃんは夢の中で幸せだったのかなあと思ってしまいました。
いつの間にかわたしは物語をあずにゃんのためではなく、自分のために語っていたのではないでしょうか。

そう考えたら全身の力が抜けてわたしもぽろっと海の中に落ちていきました。

水が全身に侵入してきます。
でも不思議と冷たさは感じない。

この期に及んでなお、もがき、息をしようとバタバタしている自分がいました。
どうせならくらげに刺されて動けなくなってしまえばいいのに。
あ、今はくらげいないんだっけ。


そういえば、海岸に書いた落書きは結局完成できなかったよ―――




【A】

目を覚ますと一番に見えたのは白く光る蛍光灯だった。
固いベッドにわたしは寝転んでいる。

唯「あ、あずにゃんっ、起きたんだね!」
梓「ほえぇ…何なんですか?」

唯「何なんですかじゃないよ!あずにゃんもう目を覚まさないかと思ったんだよ」

梓「へ?どういう……」

よく見ると唯先輩の目の下に泣いたあとがあった。

唯「缶けりしてたらあずにゃん車に轢かれてそれで…」

車?轢かれる?缶けり?
いったい何のことだろう?
だけど、そんな記憶もたしかに存在していた。

唯「あずにゃんずっと寝てたんだよ?」

梓「あ…」

少しずつわかってきてしまった。
もちろん大部分はわからないまま。
だけど今どうしたらいいかそれはわかる。
梓「唯先輩、お願いがあるんです」

唯「何?わたしなんでもするよっ」

梓「えへへ、そですか」

唯「うん」

梓「たぶんおまもりを持っていると思うんです。緑色の」

唯「持っているよ。でも、なんであずにゃんが知ってるの?」

梓「唯先輩が教えてくれたんですよ」

唯「そうだっけ」

梓「……はい」

梓「それを少しの間かしてくれませんか?」

唯「いいよ、ちょっと待っててー」

唯先輩はそう言うと、後ろに置いてあるバックの中をかき回しはじめた。

梓「もとに戻ると思います?」

唯「え?」

梓「唯先輩、わたしたちって遠回りしすぎですよね」

わたしの右手に唯先輩はおまもりを持たせた。

唯「どうだろうねー」

梓「もう少しだけ待っててください……今度はちゃんとしたところで会えますから」
梓「意味わかんないと思いますけど」

唯「うん、よくわかんないけど……大丈夫だよ。わたしはいつでもあずにゃんを信じてるから」

目を閉じた。
深い暗闇が襲ってきた。
結局、わたしたちはどこにたどり着いたんだろう。
でもまあこれで最後だ。
そして、わたしは夢の中に戻っていく―――




【解説】

わたしは公園にいる。
はじめて唯先輩と会ったときに座っていた錆びた黄色のベンチに座っている。
立ち上がって周囲を見まわす。
トンネルの形をした遊具を見つけてそこに近づいていく。
中をのぞきこむと唯先輩がいる。

梓「入っていいですが?」

唯「いいよ」

わたしは中に入る。
体が触れあう。

梓「唯先輩が鬼だったんですね」

唯「あったり」

梓「やっぱり」

唯「なんでわかったのー?」

梓「だって唯先輩、海に落ちて死んだじゃないですか」

唯「わたしは生きてるよ?」

梓「それがおかしいんです」

唯「ていうかさ、なんであずにゃんはわたしが海に落ちたことを知ってるの?」

梓「実はあのとき落ちたのわたしじゃなかったんですよ」

唯「は?」

梓「わたしに似ているだけの別人です」

唯「うそっそんな展開あり!?」

梓「さあ」

唯「えー」

梓「じゃあ教えてもらいますよ。なんでこんなことになったのか」

唯「それは…」

梓「それは?」

唯「わからないです」

梓「どっ……て、三文芝居じゃないんですから」

唯「いやあー、まあ今から二人でそれを考えていくことにしようよ」

梓「は、はあ…わかりました」

唯「それではまず、わたしは死んだはずなのに生きているのはなぜでしょうか?」

梓「ゾンビだからじゃないですか」

唯「あずにゃんはロマンチストだねー」

梓「ゾンビのどこロマンチックなんですか…」

唯「えへへ、答えはわたしがお話をつくっていたからでしたー」

梓「お話?」

唯「そうだよ。わたしはあずにゃんの夢をつくるお仕事をしてたんだよ」

梓「それってどうやって……」

唯「わたしが眠ってあずにゃんの中に入ったんだよ」

梓「じゃ、じゃあわたしが今まで現実だと思ってたものは唯先輩の見てた夢ってことですか?」

唯「そうかも」

梓「うわ、うわっ」

唯「だいじょうぶ……じゃないよね」

梓「いやもうわけわかんないです」

唯「ごめんね」

梓「ホントのわたしはどこにいるんですか」

唯「ここに」

梓「でも、でもそれは唯先輩の夢で……」
唯「ストップ。でもねそれだとおかしくなっちゃうんだよ」

梓「へ?」

唯「あずにゃんは船のときのこと覚えてるよね?」

梓「はい」

唯「あれはどこだったでしょう?」

梓「そりゃあ船の上ですよ」

唯「そうじゃなくて、ほらっあずにゃんはあのときすでに起きてたじゃん」

梓「あ……え?それすらも唯先輩の夢じゃ」

唯「ううん。わたしもそのとき起きてたよ」

梓「じゃあ、あのときのわたしがホントのわたし?」

唯「でも、それじゃわたしの生きてることに説明がつかないんだ」

梓「むう」

唯「ねえ、あずにゃんにとってはどの自分が現実だった?」

梓「それは唯先輩つくったとかいう世界のほうです」

唯「わたしにとってはそこは夢の中だったんだよ。逆にわたしが現実だと思ってる世界はどう感じたかな?」

梓「まるで夢を見てるような……あ、夢……」

唯「もしかして、わたしの現実はあずにゃんの夢だったとか?」

梓「そんな……馬鹿げてる…」

唯「えへへ、わたしもそう思うよ。でもさずっと馬鹿げてたんだよ。夢をつくる機械も、船で逃げるとかも」

梓「鬼の話も、公園の缶けりも…」

梓「どこでおかしくなったんでしょう?」
唯「最初から、とか?」

梓「わたしたちはずっとお互いの夢の中で生きてきたってことですか?」

唯「やっぱり馬鹿げてるや……あはは…」
沈黙が訪れる。
風が吹いてきてわたしたちの髪を揺らした。

梓「いったい、わたしたちは現実に戻れるでしょうか?」

唯「またはお互いの夢の中?」

梓「まあ今となってはどっちも同じようなものですけど」

唯「あ……そうだ!」

梓「なんですか」

唯「ヒントをあげよう」

梓「ヒント?」

唯「わたしは一度はあずにゃんのほうから抱きしめてもらいたいと思ってるんだー」
梓「へ?」

唯「だって、これからあずにゃんが会う唯先輩はわたしじゃないかもしれないじゃん。だから、ヒントだよ」

梓「むだに切なくなること言いますね」

すると唯先輩は微笑んでから言う。

唯「あずにゃんみーっけ」

梓「もう、ずるはなしですよ」

唯「わかってる」

唯梓「せーの」

わたしはトンネルを飛び出した。
逆の方向から唯先輩が出てきたのが見えた。わたしたちはほとんど並ぶようにして走っていく。

「缶、ふーん………」

唯先輩が缶を踏む瞬間、わたしは思いきり缶を蹴りあげた。




【エピローグ】

わたしは歩道に立っている。
目の前に広がるのは見慣れた景色だけど、どこか違った。
わたしは、その違和感の正体を5秒ほど考え、見つけた。
すぐ正面にある空き地に立つ看板、工事予定地の文字。
ここは公園だったはずの場所だ。

「あずにゃーん」

右手側から声がして、そちらに視線を向けた。唯先輩が走ってくる。

唯「どうしたの今日部活に来ないからみんな心配してたよー」

梓「いや、あの……すいません」

唯「もういいんだけどさ」

梓「あの、あそこ」

唯「ああ、なんかねデパートみたいなのができるらしいよー。商店街に人がいなくなるって隣のおばあちゃんが嘆いてた」

梓「あ、そうなんですか」

わたしはそのもと公園を眺めた。
運命の場所なんだっけ?それとも因縁?
昔、唯先輩がいたところ。

梓「あの、海に行きませんか?」

唯「今から行ったらきっと夜だよ?」

梓「夜の海が見たかったんですよ」

唯「いいよ、いこっか」

そう言って唯先輩は歩きだした。
コーラの缶が落ちていたので、わたしはそれを拾ってゴミ箱に捨てた。

星に照らされて海は青白く輝いていた。
わたしと唯先輩は固いコンクリートの地面に座っていた。

梓「くらげはいませんね」

唯「この季節にくらげはいないよー。ていうかそれ教えてくれたのあずにゃんだよ」
梓「そうでしたっけ……あ、これありがとうございます」

緑色のおまもりをポケットからわたしは取り出した。

唯「あれ?あずにゃんにかしたっけ?」

梓「はい」

わたしは立ち上がった。
唯先輩の後ろにまわる。

唯「どうしたのー………あっ///」

わたしは唯先輩を抱きしめた。
暖かくて柔らかくてふわふわしている。
なのに、不思議と揺るぎなくてずっと昔からここにあった気がした。

梓「わたし、のろわれたんです」

唯「なにそれ?」

梓「どこにいたって、そこには唯先輩がいるんですよ」

唯「それはのろいなのかな?」

梓「魔法かもしれません」

言ってからどっちだって同じだってことに気づいた。
重要なのはその内容だから。

ふと下を見た。
手を繋いだ二人の少女の絵が白いチョークで描かれていた。

それはわたしたちにそっくりで、わたしはこっそり笑った。



終わり。
こんなよくわからないものを最後まで読んでくれた人はホントにありがとう
きっといいことあると思うよ!






最終更新:2011年10月12日 00:15