『澪編』


憂ちゃんが用意してくれたお茶は熱を失い、立った茶柱も気休めにならなかった。

唯「…う…うえぇ…」

唯は床に突っ伏したまま、声をあげて泣いている。
私からはよく見えないが、大粒の涙を流しているのだろう。
もう何十分も唯はこのまま状態だ。いずれ体中の水分が涙になって、この子は死んでしまうのではないかと心配になる。

澪「…そういう所が嫌なんだよ」

嘘だ。その証拠に私は今、唯から目を逸らした。
私の本心は、今すぐにでも唯の涙を拭い、鼻水をかませてやり、くしゃくしゃになるまで頭を撫でてやりたいと思っている。

だが私がそう思わなくなるのも時間の問題だ。
唯が私に何を言われても泣かなくなるのも時間の問題。
それ故に出した結論だ。

澪「わかった?いくら泣いてもダメだ。私は別れるって決めたんだから。」

唯は何も答えない。

唯「うう…うあああああん…」

ただ悲鳴のような泣き声をあげているだけだ。

このまま唯の部屋にいたら、私はきっとほだされてしまう。

澪「じゃあね。もう帰るから。今までありがとう」

私はわざと冷たく唯に言い放ち、立ち上がって唯の部屋を出た。

憂「あっ…」

恐らく姉の泣き声を聞いて、様子を伺っていたのだろう。
ドアを開けたすぐ先に憂ちゃんが立っていた。

憂「え…えっと…」

狼狽する憂ちゃんに私は一言、

澪「ごめん。あとよろしく」

とだけ言い、階段を降りて廊下を抜け、急いでブーツを履き、唯の家のドアを開けて外に出た。

外はもう真っ暗だ。
駆け足になると、周りの風景が、私のぼやける視界の隅を安っぽい映画のワンシーンの様に過ぎ去って行く。

しばらく走り続けた私は、人通りの少ない住宅街の路地で、膝に手をついて呼吸を整えた。

澪「…はぁっ…はぁっ…」

12月の下旬だというのに、私は額に汗をかいていた。私の目から落ちるソレも汗に違いない。

澪「う…う…うぅ…」

私はそのまま両手で膝を抱えて座り込み、顔を隠しながら下唇を噛んだ。

澪「ふっ…うっ…うう…ひっく…」

呼吸は整うどころか乱れる一方だ。

何分かそのまま泣き続けた私は、はぁーっと息を吐いてから顔をあげ、夜空を見上げた。


きっとコンタクトのせいに違いない。視界は霞んだままだ。
私の目にはぼやけた星空が映るだけだった。

その中でも一際光る星を見上げながら、私は唯の事だけを考えていた。

高校三年の四月。

唯「澪ちゃんが好きだからに決まってるじゃん」

唯は律と仲が良い。
梓ともしょっちゅうじゃれ合っている。
和という親友もいる。
もちろん私ともそれなりに仲は良かったが、特別な間柄という程ではなかったはずだ。

それだけに、今私の目の前にいる唯が、頬を赤らめ、その柔らかい手で私の大きな手を握りながら、私を真っ直ぐに見て今の言葉を発した理由がわからなかった。

明らかに友達としてのそれで無い事がわかった。
確かに兆候はあった。
最近唯とは毎日メールをしていたが、それに反比例して部活中に言葉を交わす頻度は下がっていた。
それでも、私とのたまの会話では、唯はとても嬉しそうに、そして気恥ずかしそうにしていた。

私は野暮を承知で尋ねた。

澪「と、友達って事だよな?」

唯「違うよ。わかってるでしょ…」

鉄の壁をも射抜きかねない程真っ直ぐな眼差しで私を見ながら、唯は答えた。

私はこの一連の問答のきっかけを作ってしまった事を悔やんだ。

今日、律とムギは掃除当番、梓は日直だったため、部活にはいつもより遅れてくる。

開け放たれた窓からソフトボール部がランニングをする声の聞こえる、この二人きりの音楽室で、私はギターのチューニングをしていた唯にある事を尋ねたのだ。

澪「なあ、何で最近私と話さないの?」

すると唯は、チューニングを中断し、ギターを置き、私に近づき、私の手を握った。
そしてはっきりとこう言ったのだ。

唯「澪ちゃんの事が好きだからに決まってるじゃん」

私は唯から目を逸らし、またしても野暮な質問をぶつけた。

澪「なんで私なの…?」

唯は一呼吸おいてから答えた。

唯「澪ちゃんだから」

こう言われてしまっては、私ももう逃げようがない。
私に真剣に愛の告白をした目の前の女の子の気持ちに、私の気持ちを話さなければならない。
と言っても、今まで唯の事は友達としか思っていなかった。気持ちも何もあったもんじゃない。
当然だ。恋愛は異性とするものだ。少なくとも私にとって恋愛とはそういうものだ。

私が次の言葉を見つける前に、唯は言った。

唯「ダメ?」

澪「ダメって…?どういう事?」

もう何を言っても野暮になるだけだ。
それを自覚しながらも、私はなんとか話を本題から逸らそうとした。

唯「私が澪ちゃんを好きって事。ダメかな?」

相変わらず唯は真っ直ぐ私を見ている。
私の手を握る唯の力が強くなる。

澪「ダメじゃないけど…」

唯「じゃあ、いいんだね?」

私はもう逃げる事を諦めた。

澪「…手、離してよ。落ち着いて話そう」

唯「わかった…」

唯は視線を下に落とし、スッと手を引いた。

私は椅子に腰掛け、唯にもそれを促した。
唯は正面の椅子に座ると、また私をじっと見つめた。今度は今にも泣き出しそうな目で。

澪「つまりだ。唯は私の事が好き。それも恋愛の意味で。こういう事?」

唯「うん」

私は混乱しきっていた。
過度に回転したエンジンは熱くなり、いつ暴走してもおかしくなかった。
それでも私は、つとめて冷静に振る舞おうとした。
髪をピンでとめた目の前の女の子は、とっくにエンジンから火を噴いて暴走している。
ここで私が取り乱したら、いよいよ事態は収拾がつかなくなる。

澪「いつから?」

唯「…わかんない」

澪「そうか」

唯「多分、冬あたりからだと思う」

澪「冬?」

唯「うん。澪ちゃんがベースを太ももに当てた時…かな?」

澪「は?」

唯「ほら、ベースが冷えてて」

澪「…ああ、あの時か」

唯「多分」

そういえばそんな事もあった。
私が冷たいベースを太ももに当ててしまい、声をあげた。
たったそれだけの事で人を好きになるものだろうか?

澪「それで好きっておかしくないか?」

唯は真剣な顔で答えた。

唯「何がきっかけで好きになるかなんてわかんないじゃん」

澪「そりゃそうだけど」

唯「大事なのは私が澪ちゃんを好きかどうかだよ。きっかけなんて関係ないよ」

いつも呆けているだけに、真顔の唯の言葉には不思議な説得力があり、それを聞いた私は気圧されて黙ってしまった。

唯「澪ちゃんは私の事どう思ってるの?」

澪「どうって…」

唯「好き?」

逡巡した後、私は答えた。

澪「考えた事もないよ。だって私ら女の子だろ?」

唯「…うん」

途端に唯は申し訳なさそうな顔をして俯いてしまった。

私は言い訳をする様に言葉を続けた。

澪「いや、そういうのを否定するつもりはないけどさ、なんていうか…ちょっとびっくりしたかな」

俯いたまま唯が答える。

唯「私だっておかしいなって思うよ…。でもどうしようもないんだもん」

澪「そう。もしかして恋愛じゃなくてさ、なんかこう…別の感情なんじゃないか?」

唯は顔を上げ、また私を真っ直ぐ見て答えた。

唯「ううん。私だって小学校や中学校の時に気になる男の子はいたよ」

唯「その時の気持ちと、今の澪ちゃんに対する気持ち…同じだもん」

澪「私は男かい…」

唯「あっ、違う違う!澪ちゃんはとっても素敵な女の子だと思うよ!本当だよ!」

今度は私が俯いた。
唯の言葉は恥ずかし気もなく、堂々としていて、言われるこっちが恥ずかしくなってしまう。

唯「私も最初はびっくりしたよ。まさか女の子を好きになるなんて」

澪「そりゃそうだ」

唯「ちょっと悩んだりもした」

澪「うん」

唯「でも澪ちゃんと話すと恥ずかしくて、嬉しくて…ああ、私、澪ちゃんの事好きなんだなって」

頼むからもうそんなにはっきりと言わないでくれ。顔を見れない。

私が黙ると、唯は罰の悪そうな顔をして言った。

唯「ごめんなさい澪ちゃん…やっぱりイヤだよね…」

澪「う、うーん…ていうか何で今のタイミングで言ったの?」

唯「勢いといいますか…二人っきりだったし、こう…溢れ出したといいますか…」

なるほど。この子は今まで、悩みに悩んで、気持ちを抑えに抑え、そうしてなんとか今までやってきたのだ。
それがとうとう決壊して、今大洪水を起こしている。

そしてその洪水は私を飲み込もうとしている。

澪「…ありがとう。嬉しいよ」

私がそう言うと唯の表情は明るさを取り戻した。

唯「え?じゃあ…」

澪「あ、いや…付き合うとかはちょっと待って。今まで唯の事そーゆー目で見た事なかったから」

唯「…」

澪「考える時間をくれない?」

唯「…」

澪「だってそうだろ?いきなり言われたわけだし」

何で私が言い訳してるんだろう。

唯「そっか。それもそうだよね!うん、わかった。私待つよ」

拍子抜けするくらい、唯は素直だった。

話がまとまった所で、音楽室のドアが開いた。

律「おいーす!お前らー仲良くやってたかー?」

紬「遅くなってごめんなさい。今すぐお茶煎れるね」

私は体がびくっとなったが、唯は何事もなかったように律に手を振っている。



5、6月 律に相談するため一緒に下校。律「いーじゃん。付き合っちゃえよ」ニヤニヤ

付き合う

9月 やっべ、唯めっちゃ可愛い

10月 梓「澪先輩の事好きだと思ってたけどただの憧れでした」

澪「あれ?もしかして唯もただの憧れじゃね?私の事美化しまくってるし」
でもセクロスはする

唯、調子こいてクラスで付き合ってます宣言

澪キレる。澪「ハズカシーハズカシー」

澪「つーか私も唯も、恋に恋してる段階で、それって好きとかじゃなくね?」

澪「大学行ったら私も唯も普通に男の人と付き合うだろうし…思い出がキレイな今のうちに別れよう…」

別れる

澪「でも私の18才の青春は一生唯のものだよ(キリッ」

ED


紬「っていう感じのが見たいの!」

澪「な…ななななな///」

律「ない。これはないってムギ…」

梓「言葉が見つかりません…」

唯「ねーねー、私と澪ちゃんがベッドでもぞもぞしてるところ、よくわかんなかったんだけど」

律「え」

唯「あれって何してたの??」

紬「あらあら」





最終更新:2010年01月25日 15:23