一方の梓は、
梓(澪先輩は恋愛と仕事にのめり込みすぎて
破滅するタイプかも。)
などと思っている。
律「ゆい、ゆい!」
唯「なあにぃ?」
律「上野介覚悟ぉぉぉぉ!!」
律は抜き身の細長い剣を両手に持ち、唯に飛びかかるようにポーズをとる。
どこから持ち出してきたのだろうか?
唯「内匠頭殿ッ!乱心めされたかあー!」
律「てぃや… 澪「おい。」
澪から桁外れのプレッシャーを感じる。
澪「ひいお祖父ちゃんの指揮刀で遊ぶなって…」
澪「昔から言ってるだろぅ!!」
ゴツン!
律の脳天に拳骨がおちる。
律「いだっ!!…いだひぃ…」
澪「まったく…お前は本当に…」
律から指揮刀、つまりサーベルを取り上げ、
近くに落ちていた鞘に刀身を収める。
サーベルは全長90cmくらいだ。
柄には金メッキがかけられており、何かの花を模した意匠が施されている。
鞘は鉄製の簡素なもの。
澪「本当に罰あたりな…」
澪はサーベルを両手で水平に持つと、居間の隅の、違い棚にある木箱中に収める。
律「だってよぉ…澪が勉強勉強… 澪「私はお前たち二人のことを思
ってそうしてるんだ!!」
澪「いいか、バラク(オバマ大統領のことらしい)はな、
ハワイ時代に少しグレかかった事があったらしい。
だけれど、彼はそれを乗り越え、真面目に日々…」
唯「澪ちゃん、澪ちゃん。」
澪「ん?なんだ、唯??」
唯「澪ちゃんのひいお祖父さんってさ、軍人さんだったの」
澪「あ、ああ、そうだぞ。」
律「こいつんちは先祖代々軍人家系だぜ。
だからこんなに凶暴に育…」
ゴチンッ!!
律に再び鉄拳が降り注ぐ。
律「ひいぃぃ…」
澪「たく、本当に…」
梓「なんか、かっこよさげですね…」
澪「かっこいい、か。でも、お祖父ちゃんやパパの話では、
色々と大変なことがあったらしいよ。」
唯「大変なこと??」
澪「具体的にどういうことがあったのかは知らないけど…」
澪「指揮官に任された権限は、大変大きなものだから、
小さな間違いすら、『致命的な惨事』を引き起こすもとになるんだって。」
唯は紬の父親の話を思い出す。
澪「それに、ひいお祖父ちゃんは生きて帰ってこれたけれど、
そうじゃなかった方々もたくさんいらっしゃるから…」
澪はそう言うと、いつになく真剣な顔になる。
澪の表情に見惚れてしまう律と梓。
梓(…////)
律(はっ…いかんいかん…クールにクールに…)
律「と、純和風少女っぽい澪もクリスマスは祝うんだよなぁ。」
澪「わっ、悪かったな…////」
澪「っと、もうこんな時間か。とりあえずお風呂を沸かすから、順番に入ってくれ。」
律「一緒に…入る…////?」
澪「ばっ…!?そういうのをやめろって言ってるんだ!!」
唯は呟く。
唯「クリスマス…」
紬の家の、クリスマスツリーの装飾はすでに完成している。
しかし、あの木は、『生命の樹』という不可思議な…
『ふふ…。ゆい、来たわね。』
深夜、秋山家の居間。澪が曽祖父の指揮刀を収めた違い棚の前。
紅い光球が浮かんでいた。その輝きで、部屋の中を仄かに照らす。
『あの黒髪の子の家は代々、高位の軍人の家みたいね。』
唯「うん、そうみたい。ムギちゃんちもそうだったけど、
ウチみたいなフツーの家とは大違いだね。」
『そんなことはないわ。あなたのご先祖様にも何人か軍人がいたわよ。
下士官や兵卒だったようだけれど。』
唯「え?」
『その人間の魂の、いろ・かたちを見れば…数代前の先祖達が
どのような人物だったかくらいは読み取れるもの。』
『だから、これから話すことのために、
あなたのご先祖を例にとらせてもらうわね。』
『ふぅ…』
精霊は一息つく。
『あの黒髪の子の先祖の中には、少なくとも、ここ百年五十年、
人を殺めた人間はいないわ。』
『士官、つまり将校の職務は基本的に、
実際の戦闘を行うことではなく、その指揮と上位指揮官の補佐。』
『そして…よく聞きなさい。』
『ゆい、あなたの曽祖父の一人は、兵卒及び下士官として、
約四十人ほどの人間の命を奪ったわ。』
『そのうちの半数はその武器で、もう半数は敵艦を撃沈させたことによるもの。』
唯「え…」
唯の両目が驚きで見開かれる。
唯「うそ…」
唯は曽祖父四人全員と面識はなく、どのような人物だったかも全く知らない。
だから、このうちの誰のことについて言われているのかすら、わからない。
『国や民族のための殺人は、古来から、名誉なことだと考えられてきたけれど…』
『しかし、殺人であることに変わりはないわ。』
『これをどう考えるかはあなた次第。』
『だけれど、国と呼ばれるもの、企業と呼ばれるもの、
教団と呼ばれるもの…もっと数多くあるわ。』
『つまり共同体と呼ばれるものは、その構成員に対して、
ある一定の価値を持つことを要求し、
それを拒否するものには、ひどいときには無理にこれを強制する。』
『私は前に言ったわね、個人の目的が集団の目的に束ねられるとき、
そのときに起こる悪のことを。』
『個人の目的が集団の目的の一束とされるのは、
それが良きことを生み出すから。』
『その一方で、人間は悪や不幸、つまり厭わしいものと
無関係ではありえない。』
唯は虚空を見つめたまま。
『そして…』
『悪を抑制する方法は、≪否定≫であったわ。ずっと、ずっと…ね。』
『進歩や啓蒙は、いわば、否定のもとの飛躍。』
『素晴らしい腕持つ匠が、木片を削り取ることによって
神々の像を生み出すように、ね。』
『しかし、これは邪魔な者の排除にも至りえる。』
『これを十全に認識しなかったために、前世紀の多くの指導者が
恐ろしい悲惨を作り出してしまった。』
『大地のノモスには限界がある。』
『ここ数百年来、人間は、大地のノモスを精緻してきたわ。』
『法、及びそれに定められた制度という一種の機械の精密化のこと。
そして、それらを受け入れえる人間を作り出すこと。』
唯「…」
唯は言葉を発せぬまま。
『ゆい、あなたが、曽祖父の行為を受け止めることは必要かもしれないけれど、
そのために、あなたが罰をうける必要性は全くないわ。』
『明日、≪天空のノモス≫について教えましょう。』
『そして≪生命の実≫をその手に取るかどうか…』
『ゆい、あなたが決めなさい。』
か、ちゃ…
澪「ん?」
ドアの開く音で澪は目を覚ます。
唯が部屋に戻ってくるのが、うっすらとわかる。
澪「唯、トイレ…か?」
唯「…」
唯は答えない。
唯はそのまま、澪のベッドの横にしかれた布団に
頭まですっぽりと包まってしまう。
澪「唯?」
唯は答えない。
翌日の唯も口数は少ないままだった。
澪が律にそのことについて漏らす。
律「ここ一週間ぐらい、
様子がおかしいといえばそうだったような…」
澪「悩み、かな?」
律「かもな…」
律「よし!」
唯は秋山家の縁側で、ぼーっと空を眺めている。
唯「ふぅ…」
律「よっこらしょっと、な。」
唯の横に腰を下ろす律。
律「唯よ…」
律が突然、そう切り出す。
律「オトコか?」
唯「…」
唯「え…?」
律「成績か?友達か?ギターの技量のことか?」
唯「えっとね…話がよくわかんない…」
律「あーー!!もうっ!!」
律「最近お前がおかしいから、それについて心配してんだよ!!」
ぶっちゃける律。
唯「!!」
唯「そっか…」
唯は律に顔を向ける。
唯「わたし、自分ことばっかり考えてたね。」
律「は、はい??」
唯「うん。」
律「唯さん??」
唯「うん、うん。」
律「…」
そして、日は落ち宵闇の中-
唯「天上のノモス-」
唯「教えてくれる…?」
『ええ、そのつもりよ。』
『…聞きなさい。』
『明後日はクリスマス。イエスの誕生日とされた日。』
『≪救世主の心持つ皇帝≫という造語があるわ。』
『地上の神、とでも言えばよいのかしら。つまり…』
『人間の進歩ないし進化をいっそう進めることによって、
人間の社会がましなものになる、ということだけれど…』
『これがもし実現するというのなら、いったいどのくらいの人間が
そのための人柱にならなければならないんでしょう?』
『≪天上のノモス≫は、大地からの飛翔では無いし、
また、大地を這うことが悪しきことでもない。』
『≪天上のノモス≫は、数数多(あまた)における調和。
天上の音楽のこと。』
『楽器を演奏するあなたならわかるでしょう?
多くの音源と声音が一つの楽曲を形作る。』
『ある楽器とある楽器の音と音の結びつき。
あるフレーズと別のフレーズの結びつき。』
『変奏、変調さえも楽曲の調和の材料となる。』
『狂おしいほどの生の追求によっても、理性の冷徹な支配によっても、
悪は克服されない。
悪を迷信としたり、認識的な間違いとしたりすることは
結局、遠近法的な逃避でしかない。』
『ゆい、ムーサとなり調和のために尽くしてごらんなさい。』
唯「私に、できるかな…」
『難しいことではないわ。あなたの人生の実現のうちで調和を進めなさい。
何事においても最大の困難は、継続することにまつわる困難よ。』
『自然が隠れることを好み永遠に流転するけれど…』
『調和もまた、永遠に自然の諸物を他の諸物と結びつけることでしょう。』
紅い精霊はそういうと、ゆっくりと唯から離れていく。
『お別れが近いようね。』
『明日、生命の樹の下で…』
『あなたに生命の実をみせてあげましょう。』
そうい言い終えると、唯の前から姿を消した。
唯「ふぅ。」
唯は一息吐き出す。
唯「寝よっと♪」
-エピローグ-
12月24日の夕刻、琴吹家にてクリスマスパーティを楽しむ唯達。
軽音部員達も憂も和も各々が気ままに楽しむ。
広場の中央にはあのクリスマスツリー。
唯はツリーへと近づく。
高さ3mほどのツリーには、典型的なクリスマス装飾で飾られ、
大きめのダイオードたちが、様々な色に輝いている。
しかし、目を凝らせどあの紅い光球の姿はない。
そのとき、唯の背後から声がする。
「生命の実を受け取りに来たようね。」
振り向けば、あの銀髪の女性。
唯「え…」
白銀「安心して、私はあの子の姉妹だから。」
唯「あの子…堀江さん?」
白銀「ホーリ…いえ、堀江でいいわ。」
なぜ人間であるこの女性とあの精霊が、≪姉妹≫なのだろうか?
しかし、唯はそのことについて問うてはいけないような気がした。
白銀「そろそろ時間かしら?」
白銀「お嬢さん、生命の樹の頂点を見てみなさい。」
言われるまま、唯がツリーの樹の天辺に目を向ける。
ツリーの頂点には球形の飾り球らしきものが設置されている。
その刹那、飾り球に紅い輝きが宿る。
そして、飾り球はゆっくりと下降をはじめた。
唯「え?」
白銀「両手を差し出して御覧なさい。」
唯は言われるまま、両手で"器"をつくる。
そして、飾り球が唯の手の内に収まる。
飾り球から紅い光が分たれる。
すると、瞬時にかたちを変え、淡い黄金色に輝きはじめる。
林檎とも柑橘類とも見分けのつかぬ、果物のような物体。
『それが≪生命の実≫。かつてはアンブロージアとも呼ばれた果実よ。』
紅い光球から、あの精霊の声が聞こえる。
白銀「さる稀代の天才錬金術師が作り出した作品のなかでも
特に傑出したものよ。大事に扱いなさぁい。」
紅い精霊は銀髪の女性のすぐ横に浮かんでいる。
『まあ、ゆいに任せるのだわ。
ゆい、それをあなたにあげましょう。
その生命の実は、人間の意志をどのようにでも具現化できるものよ。』
唯「…」
『どうしたの?』
唯「どうやって使うの?
食べればいいのかな??」
『ふふ…好きなように、あなたの望むようにして頂戴。』
唯「!!」
唯「じゃあ…」
唯は瞳を閉じる。
生命の実の輝きが黄金色から白銀色に変わり、
さっと、まばゆく光ったと思うと、唯の手の中から消えてしまった。
そして-
梓「!!」
梓「あっ!雪!ゆきですよっ!」
梓が上空からちらつき始めた粉雪に気がつく。
紬「ナイスタイミングね♪」
澪「♪~」
何やらノートに書き取り始める澪。
律「ホワイトクリスマスねぇ…」
和「わたし、生まれて始めてだわ。」
憂「おねーーちゃん!雪だよっ!!」
少しはなれたところにいる憂が唯に呼びかける。
唯「うんっ!」
憂の方へと駆け出す唯。
白銀「もったいないことするわねぇ。
不死にもなれる魔力を持つ果実だったのに。」
『あれでいいのだわ。ゆいは、それよりも…
皆に喜んでもらえることを選んだのだから。』
クリスマスイブの日に、雪は一晩中、京都の街へと舞い散っていた。
ちなみに、年明けのテストで再びワースト10に入ってしまった唯と律が、
他の五人とともに、さわ子のいい性玩具(おもちゃ)にされたことは、また別のお話。
おしまい。
最終更新:2010年01月25日 15:36