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――眼鏡を外し、空を見上げてみる。


青と、白と、茜色と。
ぼやけ、混ざり合い、淡く滲んだ色に染まった空。

私の身体を吹き抜ける空気の色も、きっと同じ色をしているのだろう。

距離もわからないほどにぼやけた空に、細く震える何かが飛んでゆく。

それが蜻蛉だと気づいた時。
それが赤色だと気づいた時。

淡い空が、ゆっくりと高くなって。ゆっくりと遠くなって。
私は、ただ逆巻く流れに身を任せ、目を閉じた。


――幼い空へと。


――
―――
――――


――背丈ほどある稲をかき分けて、隙間を縫うように歩を進める。
私に踏み潰されないようにと小さな虫が道を開けるけど、そんなの気にしたことはない。

いつも気にするのは、この先にある彼女の笑顔だけ。

金色の波が徐々に弱まる、その先。
細波一つ立たないその先に、私達の場所はある。

縛られる時間を終えた私達が、しがらみから解き放たれ、跳ね踊る場所。


「――のどかちゃん」


待ち合わせの場所。
二人だけの、約束の場所。

ゆらゆらと揺れる黄金色に囲まれた、その場所で。
赤色の頬を鏡に映し、その子は言う。

「すきだよ」

「わたしも」

ゆらゆらと、金色の風が私達を撫でる。
風を受けたその子が一層綺麗に見えた気がして、「あいしてる」などと背伸びしてみれば、
その子も私の袖を摘んで精一杯背伸びする。「わたしもだよ」

背の低い私達には、見えていないものは多かった。
でも、見えないものに気づけるほど視野が広いわけもなく。
目の前のその子を抱きしめることに精一杯だった私は、金の稲穂が少しずつ減ってきているのにも気づけなくて。

ひゅるり、と風が凪ぎ。

風に乗る金の粒は、私とその子のように、ぴったりとくっつく追いかけっこの関係に見えて。

時が流れ、その風が追いかける色を失うころ。


……私達は、少しだけ大人になった。


「とおくがみえるね」と、その子は言う。
色を失ったその場所は、向こうからもこちらからも、遮るものは何も無く。
見られてるみたいで嫌だな、という気持ちに、なぜ嫌なのか、という問いが重なり。

「すきだよ」と囁くその声も、消え入りそうなほど小さくて。
「わたしも」と返す言葉は、無色の風に隠れて見え隠れ。

イヤだね、と、二人で思った。そして知った。
それがきっと、大人になるということ。


私達は、大人にならないといけない。


変わらずにはいられない。
来年、そして再来年と、年を重ねるごとにこの金色の波は低くなっていく。
いつしか、私達を隠す役目なんて果たさなくなる。

チクチクと、棘が胸を刺すけれど。

その時を見据えるなら、その時も、この場所に居たいのなら。


私達は、誰に見せても、見られても恥ずかしくない花を咲かせないといけない。



「しばらく、こういうのはやめよう」と、私から切り出した。

初めて出会った時、彼女――唯は、私の服を右手で摘んでいた。
その摘んだ指をそっとほどいてあげるのは、利き手を預けてもらった私の役目だ。

「うん」と、意外にも素直に唯は答えた。
その瞬間に吹いた風は、独り善がりな予想を外した私を嘲笑うかのように、色を持たないまま胸の中を吹き抜ける。

吹きぬけた風が茎を揺らし、心に棘が触れるけど。
そう、この棘が届かないほど高い場所に、綺麗な花を咲かせないといけない。

意外にも、心の花は唯のほうが立派に育てていたようだ。


「やくそく」

「え?」

唯が両手の小指を差し出し、指切りを誘う。

「こっちのゆびは」右手を掲げて「ちゃんとおむかえに行くってやくそく」。
「こっちのゆびは」左手も掲げて「そのときまでまってる、ってやくそく」。

それじゃどっちが行ってどっちが待つのかわからない、と尋ねたら、どっちもだよ、と答えた。
それは、私の服を摘んでついてきていた彼女が、私と並び立てるようになりたい、という決意の表れ。

それを拒む理由なんてないから、あと一回だけ、と「あいしてる」と言うと。
「わたしも」と、何よりも明確な輪郭を持った言葉が届いて。言葉の後ろに、未来の光が見え隠れして。

そして――


――――
―――
――


そして私達は、花を咲かせる。


周囲の花は枯れたり、また蕾となり開花の時を待ったり、いろいろだけれど。
私達も、時には枯らしそうになったりもするけれど。


それでも、誇れる花を、強く美しい花を、彼女と並び咲かせる時を夢見て。


折れることなく、果てることなく、あの場所で、あの色と共に、ずっと夢見て――




おわり



最終更新:2011年10月20日 20:14