梓「水くんできました」

澪「ありがと。わざわざごめんな」

梓「いいえ、平気ですよこれくらい」

澪「じゃあ雑巾浸すか」

梓「冬になるとこれが冷たいんですよね」

澪「わかるよ、冬場はみんな雑巾担当避けるんだよな」

梓「それで、夏になると今度は雑巾やりだして……」

澪「しばらく手を水につけたままでいるんだよな」

澪「でもまあ、今はそんなに寒くないし」

梓「そうですね。じゃあ、やっちゃいましょうか」

じゃぶじゃぶ

梓「………」

じゃぶじゃぶ

梓「………」

澪「ん?どうかしたのか?」

梓「いっ、いえ、何でもないです」

澪「?」

じゃぶじゃぶ

澪「よし、このくらいでいいかな」

ぎゅっ

梓「わ、すごい…」

澪「ん?」

梓「澪先輩やっぱり力ありますね。すごい絞れてます」

澪「そうかな?今まで気にしたことないけど」

梓「私が絞っても……ほら、全然違います」

澪「どれ、ちょっと貸して」

ぎゅっ

梓「すごい、やっぱり違いますよ」

澪「………」

梓「澪先輩?」

澪「もしかしたら、手が大きいせいかも知れない……」

梓「そ、そんなことないですよ」


澪「さてと、じゃあ磨くか」

梓「はいっ、とりあえずこの汚れてるとこ重点的に磨きますか?」

澪「そうだな。そこが一番目立つから、そこを重点的にやろう」

ごしごし

澪「………」

梓「………」

ごしごし

梓「……なかなか落ちませんね」

澪「うん……かなり頑固な汚れだ」

ごしごし

梓「ふう……」

澪「磨いてもなかなか落ちないな……どうするかな、あんまり時間もなくなってきた」

梓「……手で持って磨いたほうが落ちる気がします。やってみますね」

澪「あ、それじゃあ服汚れちゃうぞ」

梓「まあ、しょうがないですね。スカートですし」

梓「でも、やるだけのことはやってみたいですから」

澪「いいよ、そこまで……」

梓「いえ、私がやりたいだけですよ」

梓「ここはいつも使わせてもらってるから、綺麗にできたら嬉しいんです」

梓「私もまだまだお世話になるんですし……」

梓「でも駄目だったら駄目だったで、諦めますけどね」

ごしごし

澪「………」

澪「……よしっ」


澪「私も気合入れよう。梓がやるなら、私もやらなくちゃな」

梓「せ、先輩髪、髪!」

澪「まあ、しょうがないよ。ゴムはロッカーの中だし」

梓「それなら私の使ってください!片方ほどきますから」

澪「梓のを?」

梓「はいどうぞ。私は一つ結びにしますから」

澪「あ、ありがとう……ならさ梓、悪いけど結んでくれないかな?」

梓「わ、私がですか?」

澪「うん、あんまり自分じゃやったことないからさ」

梓「でも……手、綺麗じゃないですよ?」

澪「かまわないよ。よかったらやってくれるか」

梓「は、はいっ」


梓「はい、できましたよ」

澪「ん、ありがと。これで掃除しやすくなったよ」

梓「あの、それで……」

澪「どうした?」

梓「私も澪先輩みたいに、結んでくれませんか?」

澪「私が、梓のを?」

梓「はい……」

澪「いいよ、じゃあ後ろ向いて」

梓「お願いします」

澪「あ、私も手汚れてるけど……」

梓「いえ、全然気にしませんから」

澪「わかった」

澪「はい、できたぞ」

梓「ありがとうございます。えへへ」

澪「じゃあ、続きをやろっか」

梓「はい、頑張りましょうね!」

ごしごし

梓「やっぱり手でやると違いますね」

澪「うん、強く擦るとけっこう落ちる」

ごしごし

梓「………」

澪「………」

ごしごし

澪「あのさ、梓」

梓「はい?」

澪「今日はありがとな」

梓「ど、どうしたんですか先輩?」

澪「いや、今日手伝ってくれてありがとなってこと」

澪「私一人じゃここまでできなかっただろうし」

澪「それに今日梓が来なかったら、こんな気持ちでやれなかっただろうなーって」

梓「……それは、どんな気持ちなんですか?」

澪「そうだな……楽しくて、なんかすがすがしい気持ち」

澪「自分でもよくわかんないけど、でも掃除したり梓と喋ったりして楽しかったよ」

梓「………」

澪「ごめんな、ちょっと何言ってるかわかんないよな」

梓「私も……」

澪「ん?」

梓「私も澪先輩と一緒で、楽しくていっぱい喋れて……楽しかったです」

澪「……そっか。梓も楽しかったんだな」

梓「はいっ」

―――

澪「せーのっ」

どたどたどたどた

梓「負けましたあ」

澪「ちょっとずるいかったかな」

梓「澪先輩のほうが足速いもん……」

澪「でも、梓のほうが体格的に有利な気がする」

梓「むー、それって遠回しに小さいって言ってません?」

澪「い、いや別にそういうわけじゃないけど……」

梓「ふふっ、冗談ですよ」

梓「でも、なんだかいいですね。こういうのって」

澪「まあ、普段はなかなかできないしな」

梓「中学じゃ男子はよくやってましたけど、女子じゃできませんでしたから」

澪「そうだな。高校入ってもスカートだし、みんなの見てる前じゃ無理だな」

梓「じゃあ、今がいいチャンスなんですね」

澪「もう一回やるか?」

梓「やりましょう!今度は勝ちますよ」

澪「じゃあ位置について……」

どたどたどたどた


梓「うわー、雑巾真っ黒」

澪「やりすぎたかな。汚れを落とすのが大変だ」

梓「でも、それで床は綺麗になりましたよ」

澪「ああ、見違えるくらい綺麗になった」

梓「明日みなさん気づきますかね?なんか綺麗になってるって」

澪「気づいたら嬉しいけど……でも黙ってよう。気づいて驚いてたら、こっそり笑おう」

梓「あ、いいですねそれ。たまには私たちが驚かせたいですね」

澪「そうそう、やられっぱなしは悔しいからな」

梓「いつもこっちが驚かされてるんですから、もっとやり返してみたいですよね」

澪「じゃあ今度さ、何か一緒に考えてみないか?あの三人を驚かせる方法とか」

梓「それは楽しそうです♪」

澪「ふふっ」

じゃぶじゃぶ

ごしごし

梓「……それにしても、全然落ちませんね」

澪「ここまで黒くなるのは予想外だったな……」

澪「私、バケツの水捨ててくるよ」

梓「あ、私もいきます。途中で交代しましょう」

澪「そうか?じゃあ、そうしようか」

梓「どこで交代します?」

澪「そうだな……階段降りた踊り場で一回交代しようか」

澪「よいしょっ」

梓「大丈夫ですか?」

澪「ああ、平気だ」


てくてく


梓「ここで交代しますよ」

澪「ん、じゃあ頼むぞ。重いから気をつけてな」

梓「はい……おっとと」

澪「だ、大丈夫か?」

梓「す、すみません……何とか大丈夫です」

澪「無理しなくていいぞ。早めに交代しような」

梓「はい」


てくてく


じゃば~

梓「何とか終わりましたねー」

澪「ああ、なんかすごいやり遂げたって感じだ。大袈裟かもしれないけど」

梓「わかります、澪先輩が言ってたみたいにすがすがしいです」

澪「ふふっ、そうか。心の中までかたづいたのかな」

梓「ぷっ……さすが澪先輩、詩的です」

澪「な、なんだよ梓。今笑わなかったか?」

梓「ええっ、笑ってませんよ」

澪「いや、確かに笑ったように聞こえたぞ」

梓「気のせいじゃないですか?」

澪「でも吹き出したみたいに……うー」

梓「ふふっ」

澪「ほら、笑った」

梓「あ、いえ、今のは違います。頭抱えてる澪先輩が面白くて……」

澪「面白いって何だよっ」

梓「す、すいませんっ!悪気はなかったんです」

澪「……ぷっ、あはは。ごめんな、ちょっとからかってみただけだ」

梓「そ、そうなんですか?……意地悪ですよっ、澪先輩」

澪「ごめんごめん」


澪「じゃあ、そろそろ帰ろっか。もうじき3時になるし」

梓「あ、はい」

梓「……あの、澪先輩!」

澪「ど、どうした?」

梓「そ、そのっ、よければ今日の帰り道、ちょっと寄り道してきませんか?」

澪「え?」

梓「この前おいしいクレープ屋見つけたんです。あと可愛いアクセサリーとか、楽器を見たかったり……」

梓「……澪先輩がよければ、一緒に行きたいなって」

澪「………」

澪「……梓もだいぶ染まってきたな」

梓「ええっ!?」

澪「うそうそ、冗談だよ。そうだな、今日は早いからいろんなとこ行こうか」

梓「いいんですか?」

澪「ああ、一仕事終わったし、ちょっと遊びたい気分なんだ」

梓「やったっ、じゃあ行きましょう」

ぎゅ

澪「わっ……あ、梓?」

梓「えへへ。すいませんちょっと、なんだか幸せになっちゃって」

澪「幸せになると手をつなぎたくなるのか?よくわかんないな」

梓「自分でもわかりませんよ。でも、そんな感じになったんです」

梓「嫌でしたか?」

澪「嫌なわけないよ。ちょうど手が冷たかったし、こうしてると……」

ぎゅ

澪「……温かいな」

梓「はい……温かくて幸せです」

澪「あ」

梓「?」

澪「ごめん、ヘアゴム返すの忘れてた」

梓「あ、いいですよ。もらっちゃってください」

澪「え?いや、でも」

梓「いいからいいから、家にほかのもあるから大丈夫ですよ」

梓「それに……今の澪先輩の髪型、すっごく似合ってるからほどくのはもったいないです」

澪「そ、そうか?」

梓「はい♪」

澪「あ、梓も今の髪型、似合ってていいと思うぞ?」

梓「……本当ですか?」

澪「ああ、ほとくのがもったいないくらい……」

梓「じゃあ……今日はこのままでいます」

澪「うん……」

梓「……大切にしてくださいね、そのヘアゴム」

澪「ああ、大事にする」





おわり



最終更新:2011年10月30日 21:02